こめかみのヒアルロン酸注射と失明リスク:知っておくべき重要な医学的事実

この記事の執筆者

丸岡 悠 医師
丸岡 悠(まるおか ゆう)
医療法人丸岡医院 理事

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。 沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。ラベールミラクリニック新井医師に師事し、ヒアルロン酸TFT治療を学び、庄内プライベートクリニック(美容外科/美容皮膚科)を開業。

「こめかみのヒアルロン酸注射で失明するって本当?」

この疑問を持つことは、とても自然で、とても大切なことです。美容医療を検討する際、私たちは効果や費用について調べることが多いものですが、安全性について深く考える機会は意外に少ないものです。しかし、医療である以上、リスクを正しく理解することは、適切な選択をするための必須条件です。

結論から申し上げると、こめかみへのヒアルロン酸注射による失明リスクは、医学的に確認されている実在するリスクです。ただし、これは決して「ヒアルロン酸注射は危険だから避けるべき」という単純な話ではありません。正しい知識を持ち、適切な対策を取ることで、リスクを最小限に抑えながら安全に施術を受けることは可能です。

この記事では、美容医療の専門知識を持つ立場から、感情論ではなく科学的事実に基づいて、こめかみのヒアルロン酸注射に関する失明リスクについて詳しく解説いたします。不安を煽ることなく、しかし重要性を軽視することもなく、あなたが納得のいく判断をするための情報をお伝えします。

目次

なぜ「こめかみ」で失明のリスクがあるのか?

顔の血管は、まるで精密な地図のように複雑にネットワークを形成しています。特に、目の周辺は「血管のターミナル駅」のような場所で、様々な血管が集中し、互いに連結しています。

こめかみの血管システムを理解するために、電車の路線図をイメージしてみてください。こめかみには「深側頭動脈」や「浅側頭動脈」という主要な血管が走っており、これらは複数のルートを通じて目に栄養を送る「眼動脈」と繋がっています。

失明が起こるメカニズムは、次のようなものです:

  1. 血管への誤注入:ヒアルロン酸が血管内に入る
  2. 逆流現象:注射の圧力により、ヒアルロン酸が血流に逆らって流れる
  3. 血管塞栓:ヒアルロン酸が眼動脈や網膜中心動脈を塞ぐ
  4. 血流遮断:目への酸素と栄養の供給が停止
  5. 視力喪失:網膜細胞が損傷し、失明に至る

このプロセスは、まるで水道管の一部が詰まって、家全体の水の供給が止まってしまうようなものです。しかも、目の神経細胞は一度損傷すると回復が極めて困難という特徴があります。

特にこめかみ部位が問題となるのは、こめかみの血管が複数のルートで眼動脈と繋がっているためです。研究によると、深側頭動脈から眼動脈への塞栓には4つの経路が存在することが明らかになっています。

失明リスクはどの程度あるのか?

「実際にどのくらいの確率で起こるの?」これは、誰もが知りたい重要な質問です。

国際的な医学文献によると、2015年までに98例、2015年から2018年の間に48例の失明事例が報告されているとされています。また、最新の研究では、注射部位別のリスクとして、鼻部(40.6%)、額(27.7%)、眉間(19.0%)が最も高いリスク部位とされており、こめかみは「中リスク部位」に分類されています。

ただし、これらの数字を理解する際には、以下の点を考慮する必要があります:

報告バイアスの存在:重篤な合併症は論文として報告されやすいため、実際の施術数に対する発生率は、報告数よりもはるかに低い可能性があります。

施術者の技術レベルの影響:経験豊富な医師が担当していても失明が起こった症例がある一方で、適切な技術と知識を持つ医師による施術では、リスクを大幅に軽減できることも事実です。

個人差の大きさ:血管の走行は人によって個人差があり、解剖学の教科書通りではない場合があるため、リスクは一律ではありません。

現実的な視点から言えば、適切な技術を持つ医師による施術では、失明のリスクは「非常に低いが、ゼロではない」というのが正確な表現でしょう。

失明が起こる時の症状と緊急性

失明の症状は、施術直後から突然起こることが多く、急激な視力の低下として現れるのが特徴です。

主な初期症状:

  • 急激な視力低下または完全な視力喪失
  • 眼痛、光がまぶしく感じる
  • 物が二重に見える、視界が暗くなる
  • 発汗、吐き気、頭痛、眼瞼下垂

これらの症状は、注入後数分以内に現れることが多く、時間の経過とともに改善するものではありません。

緊急性について: 血流不全に陥った網膜を救済するためには、1時間から1.5時間以内に治療する必要があるとされています。しかし、現実的には、従来の治療法では視力の完全な回復は困難で、多くの場合永続的な視力障害が残るのが実情です。

これは、まるで心筋梗塞や脳梗塞と同じような緊急性を持つ医学的事態であり、「様子を見る」という選択肢はありません。

現在の治療法とその限界

失明が発生した場合の治療法について、正直にお伝えする必要があります:確実に有効な治療法は確立されていないというのが現状です。

現在試みられている治療法:

  1. ヒアルロニダーゼ注射:ヒアルロン酸を溶かす酵素の注射
  2. 眼球マッサージ:血流を促進し、塞栓の除去を試みる
  3. 血管拡張薬の投与:血流改善を図る
  4. 高圧酸素療法:組織への酸素供給を増加させる

しかし、緊急処置としてヒアルロニダーゼを投与しても、視力の改善は見られず、3例とも失明のままだったという研究報告があります。

網膜動脈の一時的な閉塞が98分以内であれば永続的な損傷は起こらないが、105分以上続くと不可逆的な損傷が生じるという実験結果もあり、時間的な制約の厳しさが分かります。

この現実を踏まえると、「治療」よりも「予防」に焦点を当てることの重要性が明確になります。

リスクを最小限に抑える予防策

失明リスクを完全にゼロにすることはできませんが、適切な予防策により、リスクを大幅に軽減することは可能です。

施術者側の安全対策

解剖学的知識の習得: 血管の位置と深さ、一般的な変異について理解することが基本です。特に、こめかみ部位では深側頭動脈の走行を正確に把握する必要があります。

適切な注射技術

  • 0.1mL以下の少量ずつ注入する
  • 針の位置を動かしながら注射し、一箇所に大量注入しない
  • 逆血確認:血管内に針が入っていないかの確認
  • 適切な深度での注射:危険な血管を避けた深度での施術

器具の選択: 鈍的なカニューレの使用により血管内注入のリスクを減少させることができます。ただし、カニューレでも血管を破ることがあるため、完全にリスクを除去するものではないことを理解する必要があります。

患者側の安全対策

医師選びの重要性

  • 豊富な解剖学的知識を持つ医師
  • 合併症への対応経験がある医師
  • 緊急時の連携体制が整っているクリニック
  • 十分な説明と同意を行う医師

施術前の準備

  • 既往歴の正確な申告(特に血管系の病気)
  • 前回の美容医療歴の詳細な報告
  • アレルギー歴の確認
  • 血液をサラサラにする薬の服用歴

施術当日の注意

  • 体調不良時の施術は避ける
  • 施術後の症状変化を敏感に察知する
  • 異常を感じたら即座に報告する

他の美容医療選択肢との比較

こめかみのボリュームアップには、ヒアルロン酸注射以外の選択肢も存在します。リスクとベネフィットを比較検討することが重要です。

プロテーゼ挿入

  • メリット:永続的効果、血管塞栓のリスクなし
  • デメリット:手術が必要、感染リスク、より高い費用

脂肪注入

  • メリット:自然な仕上がり
  • デメリット:脂肪注入による失明は、ヒアルロン酸よりも回復が困難とされる

ボトックス(表情筋の調整による間接的改善)

  • メリット:血管塞栓のリスクなし
  • デメリット:ボリュームアップ効果は限定的

レーザーや高周波治療

  • メリット:血管塞栓のリスクなし
  • デメリット:効果は緩やか、複数回の治療が必要

心理的側面への配慮

失明リスクについて知ることで、不安や恐怖を感じるのは自然な反応です。しかし、適切な知識と準備があれば、過度に恐れる必要はありません。

適切な心構え

  1. リスクを正しく理解する:ゼロリスクは存在しないが、適切な対策でリスクは大幅に軽減できる
  2. 信頼できる医師との関係構築:十分な相談時間を確保し、疑問を解消する
  3. 代替案の検討:必ずしもヒアルロン酸注射でなければならないわけではない
  4. 優先順位の明確化:美容的改善と安全性のバランスを個人的に評価する

家族や周囲との相談: 重要な医療決定について、信頼できる人との相談は価値があります。ただし、最終的な判断は、十分な情報を得た上での本人の意思が最も重要です。

国際的な安全基準と規制の動向

世界各国で、美容医療の安全性向上に向けた取り組みが進んでいます。

国際美容外科学会(ISAPS)の推奨事項: 深部への注入を避ける、大量注入しない、注入時に過度な圧をかけないなどの基準が設けられています。

医師教育の重要性: 多くの専門学会で、血管解剖学の教育強化や、合併症対応の研修プログラムが実施されています。

製品の改良: より安全性の高いヒアルロン酸製剤の開発や、血管内注入を検知する技術の研究が進んでいます。

患者教育の推進: 十分な情報提供と同意確保の重要性が、国際的に認識されています。

実際に施術を検討する際のチェックリスト

もしこめかみのヒアルロン酸注射を検討される場合、以下のチェックリストを参考にしてください:

医師・クリニック選択のチェックポイント

□ 豊富な解剖学的知識を持つ医師か □ 合併症の経験と対応能力があるか □ 緊急時の連携体制が整っているか □ 十分な説明時間を設けているか □ リスクについて正直に説明するか □ 代替治療法についても説明するか □ 強引な勧誘をしないか □ アフターケア体制が充実しているか

カウンセリング時の確認事項

□ 失明リスクについて詳細な説明を受けたか □ 緊急時の対応方法を確認したか □ 使用する製剤の詳細を聞いたか □ 施術の必要性を客観的に評価したか □ 代替手段について相談したか □ 費用対効果を十分検討したか □ 同意書の内容を理解したか □ 質問に対して納得のいく回答を得たか

施術当日の準備

□ 体調は良好か □ 緊急連絡先を確認したか □ 付き添いの手配をしたか □ 施術後の予定を調整したか □ 症状変化のチェック方法を理解したか

長期的な美容戦略としての位置づけ

こめかみのヒアルロン酸注射を、単発的な施術としてではなく、長期的な美容戦略の一部として考えることが重要です。

段階的アプローチの推奨: いきなり大幅な変化を目指すのではなく、少量ずつ段階的に行うことで、リスクを分散し、結果を確認しながら進めることができます。

定期的な評価: 施術後3ヶ月、6ヶ月といった節目で効果と安全性を評価し、継続の必要性を検討します。

他の美容医療との組み合わせ: こめかみのヒアルロン酸注射を、スキンケア、レーザー治療、生活習慣の改善など、より安全な方法と組み合わせることで、総合的な美容効果を得ることができます。

年齢に応じた修正: 30代、40代、50代と年齢を重ねるにつれて、リスクとベネフィットのバランスを再評価し、アプローチを調整していくことが大切です。

結論:賢明な選択をするために

こめかみのヒアルロン酸注射による失明リスクは、医学的に確認された現実のリスクです。しかし、これは「絶対に避けるべき施術」を意味するものではありません。

重要なのは、以下の点を理解し、実践することです:

  1. 正確な情報に基づく判断:感情論ではなく、科学的事実に基づいて決定する
  2. 適切な医師選択:豊富な知識と経験を持つ医師を選ぶ
  3. 十分な準備:リスクを最小化するための準備を怠らない
  4. 現実的な期待値:完璧な安全性は存在しないことを理解する
  5. 代替案の検討:他の選択肢も含めて総合的に判断する

美容医療は、私たちの人生をより豊かにするツールの一つです。しかし、その前提として、安全性が確保されていることが絶対条件です。

あなたがもしこめかみのヒアルロン酸注射を検討されているなら、この記事の情報を参考に、信頼できる医師と十分に相談し、納得のいく選択をしてください。そして、どのような選択をされても、それがあなたにとって最良の決断となることを願っています。

美容医療の目的は、外見を変えることではなく、あなたがより自信を持って、より充実した人生を送ることです。その目的を達成するために、安全性を最優先に置いた賢明な選択をしていただければと思います。


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