目次
- 慢性閉塞性肺疾患という病気の正体
- 日本に530万人の「隠れCOPD」がいるという現実
- 原因はタバコだけではない
- 症状はゆっくりと忍び寄ってくる
- スパイロメトリーで「見える化」する
- 重症度の分類と治療の考え方
- 吸入薬を中心とした薬物療法
- 呼吸リハビリテーションの力
- 急性増悪を防ぐということ
- 最新治療と生物学的製剤の登場
- 併存症との付き合い方
- よくある質問
慢性閉塞性肺疾患という病気の正体
「先生、最近どうも息が切れるんですよ。歳のせいですかね?」と聞かれることが、外来で本当に多いです。みなさんこんにちは、丸岡医院の丸岡悠です。今日は「慢性閉塞性肺疾患」、英語の略称で「COPD」と呼ばれる病気についてお話しします。
COPDは、気管支や肺胞に慢性的な炎症が起きて、空気の通り道が狭くなり、肺が壊れていく病気です。息を吸うことはなんとかできるのに、吐くことが難しくなる。これがこの病気の本質です。肺の中に空気が溜まってしまい、次の息を吸うスペースがなくなるわけです。
2017年のGOLDレポートでは、COPDを「持続的な気流制限を特徴とする予防・治療可能な疾患」と定義しています[1]。ここで大事なのは「予防・治療可能」という部分です。つまり、手遅れの病気ではないということ。ただ、早く見つけないと肺の組織は戻ってこないので、早期発見がとにかく重要になります。
日本に530万人の「隠れCOPD」がいるという現実
ではこの病気、日本にどれくらいの患者さんがいるのか?ここに衝撃的なデータがあります。2004年に発表されたNICE Study(Nippon COPD Epidemiology Study)では、40歳以上の日本人2,343人を対象にスパイロメトリー検査を行い、なんと10.9%に気流制限が見つかりました[2]。これを日本の人口に換算すると、約530万人になります。
ところが厚生労働省の患者調査では、COPDと診断されている人は約22万人しかいません。つまり500万人以上が「自分がCOPDだと知らない」まま生活しているわけです。2024年に発表されたCORE Studyでも、健診で気流閉塞が見つかった人のうちCOPDと診断されていたのはわずか8.4%でした[3]。
ではなぜこれほど見逃されるのか?それは「息切れ」を歳のせいだと思い込んでしまうからです。階段を上ったときにゼーゼーする。坂道で立ち止まることが増えた。こういった症状を「もう歳だから仕方ない」と片付けてしまう。以前、ある訪問診療の先輩医師が「この病気は患者さん自身が病気だと気づかないのが最大の問題だ」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。
原因はタバコだけではない
COPDの原因として真っ先に思い浮かぶのは「タバコ」でしょう。実際、COPD患者の80〜90%に喫煙歴があるとされています。ただ、ここで知っておいてほしいのは「タバコを吸ったら必ずCOPDになるわけではない」ということです。喫煙者の中でCOPDを発症する割合は15〜20%と言われています。遺伝的な素因、つまり「肺が壊れやすい体質」かどうかが大きく関わっています。
そしてもう一つ見落としてはいけないのが、タバコ以外のリスク因子です。2022年に発表されたLancet Commissionでは、COPDの原因を喫煙だけに帰するべきではないと強く指摘しています[4]。具体的には、①職場での粉塵や化学物質への長期暴露、②大気汚染、特にPM2.5への慢性的な曝露、③幼少期の気道感染症や低栄養による肺の発達障害、こういったものが複合的に絡み合ってCOPDが発症するケースが少なくありません。
特に山形のような地域では、冬場に薪ストーブや灯油ストーブを使う家庭も多いですし、農業に従事されている方も多い。「タバコは吸ったことがないのに息が苦しい」という方が受診されることもあります。そういう場合も、COPDの可能性を頭に置いておく必要があるわけです。
症状はゆっくりと忍び寄ってくる
COPDの厄介なところは、症状が非常にゆっくり進行することです。肺は予備能力が大きい臓器なので、3分の1くらい機能が落ちても日常生活では気づきにくい。だからこそ「気づいたときにはかなり進んでいた」ということが起こります。
初期の段階では、激しい運動をしたときにだけ息切れを感じます。この段階で受診する人はほとんどいません。そこから数年かけて、階段の上り下りで息が切れるようになり、平地を歩くだけでも休憩が必要になり、最終的には着替えやトイレでも息が苦しくなる。こうした進行には10年以上かかることも珍しくありません。
息切れ以外の症状としては、「慢性的な咳」と「痰」があります。特に朝起きたときに痰が絡む、風邪をひくと咳がなかなか止まらない、こういった症状が何年も続いているなら要注意です。ちなみに「たかが咳」と侮ってはいけません。慢性的な咳は肺がSOSを出しているサインです。
スパイロメトリーで「見える化」する
COPDの診断に欠かせないのが「スパイロメトリー」という肺機能検査です。大きく息を吸って、一気に吐き出す。このとき最初の1秒間にどれだけ吐けるかを「1秒量(FEV1)」と呼び、全体の吐き出し量に対する割合を「1秒率(FEV1/FVC)」と言います。
気管支拡張薬を吸入した後の1秒率が70%未満であれば、COPDと診断されます[5]。2025年のGOLDレポートでは、まず気管支拡張薬を使う前の数値でスクリーニングし、70%未満であれば薬を使った後に再検査するという二段階方式が推奨されるようになりました。
この検査、実はとても簡単で、痛みもありません。5分もあれば終わります。でも日本ではこの検査を受ける機会が少ないのが現状です。健康診断でレントゲンは撮るのにスパイロメトリーはやらない。ここが「隠れCOPD」を生み出している大きな原因の一つだと僕は考えています。40歳以上で喫煙歴がある方には、ぜひ一度受けてほしい検査です。
重症度の分類と治療の考え方
COPDと診断されたら、重症度を評価します。GOLDガイドラインでは、気流制限の程度をGOLD 1(軽症)からGOLD 4(最重症)まで4段階に分類しています[1]。GOLD 1は1秒量が予測値の80%以上、GOLD 2は50〜80%、GOLD 3は30〜50%、GOLD 4は30%未満です。
ただ、治療方針を決めるときに大切なのは「数値だけで判断しない」ということです。2024年のGOLDレポートでは、症状の程度と増悪(急に悪くなること)の頻度を組み合わせたABE分類を採用しています[5]。つまり「肺機能はそこまで悪くないけれど増悪を繰り返している人」と「肺機能は悪いけれど安定している人」では、治療のアプローチが変わるわけです。
ではなぜこのような分類をするのか?それは、COPDが一人一人違う顔を持つ病気だからです。同じ1秒量でも、日常生活で困っている度合いは全然違う。「患者さんの生活を見て治療を考える」というのが、現代のCOPD治療の基本姿勢です。
吸入薬を中心とした薬物療法
COPDの薬物療法の中心は「吸入薬」です。飲み薬ではなく、直接気管支に届ける。これがポイントです。全身への副作用を最小限にしつつ、必要な場所にピンポイントで薬を届けることができます。
基本となるのは「長時間作用性気管支拡張薬」で、大きく分けて2種類あります。LAMA(長時間作用性抗コリン薬)とLABA(長時間作用性β2刺激薬)です。軽症であればどちらか一方から始めますが、症状が十分にコントロールできない場合は両方を組み合わせたLAMA/LABA合剤を使います。
増悪を繰り返す患者さんには、吸入ステロイド(ICS)を加えた「3剤合剤」、いわゆるトリプルセラピーが検討されます。2007年のTORCH試験では、サルメテロールとフルチカゾンの合剤がCOPDの増悪リスクを25%減少させることが示されました[6]。現在のGOLDガイドラインでも、ICSの使用が適応となる場合にはICS/LABA合剤よりもトリプルセラピーが推奨されています[5]。
ここで僕がいつも患者さんに伝えているのは「吸入薬は正しく使わなければ意味がない」ということです。実は吸入薬を正しく使えている患者さんは半分以下というデータもあります。吸入の仕方が間違っていると、薬が肺に届かず口の中に残ってしまう。デバイスの種類によって使い方が全然違うので、処方時にしっかり指導を受けることが大切です。
呼吸リハビリテーションの力
COPDの治療で、薬と同じくらい、いやある意味ではそれ以上に重要なのが「呼吸リハビリテーション」です。これは運動療法、呼吸訓練、栄養指導、患者教育などを組み合わせた包括的なプログラムです。
Cochraneレビューでは、呼吸リハビリテーションによって6分間歩行距離が平均57メートル改善し、入院後に行った場合は再入院リスクが52%低下したと報告されています[7]。これは薬物療法だけでは得られない効果です。息切れや疲労感が減り、日常生活の質が明らかに上がります。
具体的にどんなことをするのかと言うと、まず有酸素運動です。ウォーキングや自転車エルゴメーターなど、その人の体力に合わせた運動を週に2〜3回行います。そして「口すぼめ呼吸」や「腹式呼吸」といった呼吸法の訓練。これを覚えると、息が苦しくなったときに自分で楽にすることができるようになります。
以前、ある呼吸器内科の先輩が「リハビリで肺機能の数値自体は大きく変わらないけれど、患者さんの顔つきが変わる。それが一番の成果だ」と話していたことがあります。数値には表れない生活の質の向上、これが呼吸リハビリの本当の価値だと僕も感じています。
急性増悪を防ぐということ
COPD管理で最も避けたいのが「急性増悪」です。これは普段の症状が急激に悪化することで、多くの場合、気道感染が引き金になります。増悪を起こすたびに肺機能は階段状に落ちていき、元の状態には完全には戻りません。つまり、増悪は肺の寿命を縮めるイベントなのです。
増悪を防ぐために大切なことを整理すると、①インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの接種(これだけで増悪リスクがかなり下がります)、②吸入薬の毎日の継続使用(調子がいいからといってやめないこと)、③禁煙の徹底、④手洗い・うがいなど基本的な感染予防、こういった地道な取り組みが重要になります。
特に冬場は要注意です。寒さと乾燥でウイルスが活発になりますし、寒冷刺激自体が気管支を収縮させます。COPDの患者さんには「冬を無事に越えること」が毎年の大きな目標になります。増悪のサインとしては、いつもより痰の量が増える、痰の色が黄色や緑に変わる、息切れがいつもよりひどい、こういった変化があれば早めに受診してください。
最新治療と生物学的製剤の登場
COPDの治療は長い間、気管支拡張薬とステロイドが中心でしたが、2023年に大きな転換点がありました。NEJM に掲載されたBOREAS試験で、生物学的製剤「デュピルマブ」がCOPD治療に有効であることが初めて示されたのです[8]。
この試験では、トリプルセラピーを使っても増悪を繰り返す患者さんのうち、血中好酸球数が高い(2型炎症がある)グループにデュピルマブを投与しました。その結果、中等度から重度の増悪が30%減少し、肺機能も有意に改善しました。これはCOPD治療における「精密医療」の始まりとも言える出来事です。
ただ、全てのCOPD患者さんにこの薬が効くわけではありません。効果が期待できるのは「血中好酸球数が300/μL以上」の、いわゆる2型炎症を持つ患者さんです。COPD全体の20〜40%程度がこのタイプに該当すると推定されています。「全員に同じ治療」ではなく「その人に合った治療」を選ぶ時代に入ったということです。
併存症との付き合い方
COPDは肺だけの病気ではありません。全身性の炎症を伴うため、様々な併存症を抱えやすいことが知られています。Lancet Commissionでも、COPDを「肺に限定された疾患」として扱うべきではないと強調されています[4]。
併存しやすい病気として特に多いのが、心血管疾患(虚血性心疾患、心不全、不整脈)、骨粗鬆症、糖尿病、うつ病、そして肺がんです。COPDの患者さんが亡くなる原因の第1位は実は心血管疾患だというデータもあります。息が苦しいから動かない、動かないから筋力が落ちる、筋力が落ちるから骨が弱くなる、こういう悪循環が全身に広がっていくわけです。
だからこそ僕は、COPDの患者さんを診るときに肺だけを見ていてはいけないと思っています。血圧は大丈夫か、血糖値はどうか、骨密度は測ったか、気分の落ち込みはないか。こうした全身的な視点で診療することが、COPDの患者さんの寿命と生活の質を守ることにつながります。
よくある質問
Q1. COPDは治る病気ですか?
残念ながら、壊れてしまった肺の組織を元に戻すことは現在の医学ではできません。ただし、早期に発見して適切な治療を行えば、進行を大幅に遅らせることは可能です。禁煙するだけでも肺機能の低下速度は健常者と同程度まで回復します。「治らないから仕方ない」ではなく「これ以上悪くしない」という姿勢が大切です。
Q2. タバコをやめれば良くなりますか?
禁煙はCOPD治療の中で最も効果が大きい介入です。禁煙によって肺機能の低下速度が遅くなり、増悪のリスクも減少します。何年吸っていても、やめた時点から効果が出ます。「もう遅い」ということは絶対にありません。禁煙補助薬も使えますので、一人で頑張らず相談してください。
Q3. 吸入薬は一生続けなければいけませんか?
基本的には継続して使い続けることが推奨されます。吸入薬は症状を抑え、増悪を防ぐ効果がありますが、やめると元に戻ってしまいます。「調子がいいからもういらない」と自己判断でやめてしまう方が少なくありませんが、調子がいいのは薬が効いているからです。主治医と相談しながら使い続けてください。
Q4. 運動しても大丈夫ですか?
むしろ運動は積極的に行ってほしいです。息切れを怖がって動かなくなると、筋力が落ちてさらに息切れが悪化するという悪循環に陥ります。散歩やストレッチなど、自分のペースでできる運動から始めてください。呼吸リハビリテーションのプログラムに参加できれば理想的です。
Q5. 在宅酸素療法はどんなときに必要になりますか?
安静時の動脈血酸素分圧(PaO2)が55mmHg以下、または60mmHg以下で睡眠時や運動時に著しい低酸素が見られる場合に適応となります。在宅酸素療法は生命予後を改善するエビデンスが確立されています。最近の機器はコンパクトで、外出時にも携帯できるものがあります。
Q6. COPDと喘息はどう違いますか?
喘息は気道の炎症が主体で、症状が発作的に出て、治療で元に戻ります。COPDは肺の構造的な破壊を伴い、基本的に元には戻りません。ただし、両方の特徴を併せ持つ「ACO(喘息COPDオーバーラップ)」という状態もあり、これは好酸球が高く、吸入ステロイドが効きやすいとされています。
Q7. 家族にCOPDの人がいると自分もなりやすいですか?
遺伝的な要因はあります。α1アンチトリプシン欠損症は有名な遺伝性の危険因子ですが、日本人では非常にまれです。ただ、「肺が壊れやすい体質」というのは存在しますので、家族にCOPDの方がいて自分にも喫煙歴がある場合は、一度スパイロメトリーを受けておくことをお勧めします。
Q8. 食事で気をつけることはありますか?
COPDが進行すると、呼吸自体にエネルギーを消費するため、体重が減少しやすくなります。やせ型のCOPD患者さんは予後が悪いことが分かっていますので、しっかり栄養を取ることが大切です。タンパク質を意識して摂取し、少量多回食にすると呼吸への負担が減ります。逆に肥満もCOPDを悪化させるので、適正体重の維持を目指しましょう。
みなさん、COPDは「気づきにくいけれど気づけば対策できる病気」です。息切れや慢性的な咳が気になっている方は、ぜひ一度スパイロメトリー検査を受けてみてください。丸岡医院でも対応しておりますので、「ちょっと息が苦しいかも」と感じたら、気軽に相談に来てください。一緒に肺を守っていきましょう。
参考文献
[1] Vogelmeier CF, et al. Global Strategy for the Diagnosis, Management, and Prevention of Chronic Obstructive Lung Disease 2017 Report: GOLD Executive Summary. Am J Respir Crit Care Med. 2017;195(5):557-582.
[2] Fukuchi Y, et al. COPD in Japan: the Nippon COPD Epidemiology study. Respirology. 2004;9(4):458-465.
[3] Tanimura K, et al. Underdiagnosis of COPD: The Japan COPD Real-World Data Epidemiological (CORE) Study. Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2024;19:1037-1047.
[4] Stolz D, et al. Towards the elimination of chronic obstructive pulmonary disease: a Lancet Commission. Lancet. 2022;400(10356):921-972.
[5] Agustí A, et al. GOLD COPD report: 2024 update. Eur Respir J. 2024;63(1):2301097.
[6] Calverley PMA, et al. Salmeterol and Fluticasone Propionate and Survival in Chronic Obstructive Pulmonary Disease. N Engl J Med. 2007;356(8):775-789.
[7] McCarthy B, et al. Pulmonary rehabilitation for chronic obstructive pulmonary disease. Cochrane Database Syst Rev. 2015;(2):CD003793.
[8] Bhatt SP, et al. Dupilumab for COPD with Type 2 Inflammation Indicated by Eosinophil Counts. N Engl J Med. 2023;389(3):205-214.
