ムーコル症(接合菌症)- 感染症

ムーコル症(接合菌症)(mucormycosis)とは、ムーコル目の真菌の感染によって起こる疾患です。

免疫力が低下している患者さんや、糖尿病などの基礎疾患がある方は発症リスクが高いと考えられています。

ムーコル症の症状は感染した部位によって異なり、進行すると致死率が高くなるため、早期発見と早期治療が非常に大切です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

ムーコル症(接合菌症)の種類(病型)

ムーコル症(接合菌症)は感染部位によって複数の病型に分類されます。

鼻脳型

鼻脳型は鼻腔や副鼻腔から感染が始まり、眼窩や脳に波及する、最も頻度が高い病型です。

感染部位特徴
鼻腔・副鼻腔初発部位となることが多い
眼窩眼窩先端部症候群を呈する
髄膜炎や脳膿瘍を合併する

肺型

肺型は肺に感染が生じる病型で、気管支侵襲型と血管侵襲型に分けられます。

感染様式特徴
気管支侵襲型気管支に沿って感染が広がる
血管侵襲型血管内皮細胞に感染し、血管閉塞を起こす

肺型は血液悪性腫瘍や臓器移植後の患者さんで多くみられ、胸部画像検査や気管支鏡検査が診断に有用です。

皮膚型

皮膚型は皮膚に感染が生じる病型で、感染経路としては外傷による直接感染、血行性感染、リンパ行性感染などがあります。

  • 外傷による直接感染
  • 血行性感染
  • リンパ行性感染

皮膚型は糖尿病や熱傷の患者さんで多くみられ、皮膚生検や真菌学的検査が診断に用いられます。

播種型

播種型は血流を介して全身に感染が広がる病型で、多臓器不全、播種性血管内凝固症候群(DIC)、神経症状などの病態を呈することがあります。

  • 多臓器不全
  • 播種性血管内凝固症候群(DIC)
  • 神経症状

播種型は免疫抑制状態の患者で発症リスクが高くなり、血液培養や組織生検が診断に用いられますが検出率は必ずしも高くありません。

消化管型

消化管型は消化管に感染が生じる病型で、感染部位によって胃潰瘍や胃穿孔、小腸潰瘍や小腸穿孔、大腸潰瘍や大腸穿孔などを合併します。

感染部位特徴
胃潰瘍や胃穿孔を合併する
小腸小腸潰瘍や小腸穿孔を合併する
大腸大腸潰瘍や大腸穿孔を合併する

消化管型は固形臓器移植後の患者さんで多くみられ、内視鏡検査や生検が診断に用いられます。

ムーコル症(接合菌症)の主な症状

ムーコル症の主な症状は、感染した部位によって大きく異なりますが、初期症状は非特異的であることが多く、早期発見が難しい疾患の一つです。

鼻脳型ムーコル症の症状

鼻脳型ムーコル症の症状

  • 片側性の眼窩部痛や頭痛
  • 発熱
  • 鼻閉や鼻出血
  • 視力低下や複視
症状割合
片側性の眼窩部痛や頭痛60-70%
発熱50-60%
鼻閉や鼻出血40-50%
視力低下や複視30-40%

症状が進行すると、眼球突出や眼瞼下垂、顔面神経麻痺などが起こることもあります。

肺型ムーコル症の症状

肺型ムーコル症の特徴

  • 発熱
  • 咳嗽
  • 胸痛
  • 呼吸困難

特に血痰や喀血を伴う場合は、肺型ムーコル症を疑う必要があり、画像検査では、肺炎様陰影や空洞病変などが確認できます。

消化管型ムーコル症の症状

消化管型ムーコル症の主な症状

  • 腹痛
  • 悪心
  • 嘔吐
  • 下痢 ・血便

腹部所見として、圧痛を認めることがあります。

皮膚型ムーコル症の症状

皮膚型ムーコル症では、外傷や熱傷など皮膚のバリア機能が破綻した部位に発症し、初期は丘疹や結節として現れ、急速に拡大して潰瘍化します。

皮膚型ムーコル症の主な所見
初期は丘疹や結節として出現
急速に拡大して潰瘍化
潰瘍部は黒色調を呈することが多い
強い疼痛を伴う

ムーコル症(接合菌症)の原因・感染経路

ムーコル症は接合菌目に属する真菌が原因で発症する感染症です。

原因真菌

ムーコル症の原因となる真菌にはムーコル属、リゾプス属、アプシディア属などが知られています。

属名主な菌種
ムーコル属ムーコル・シルシネロイデス
リゾプス属リゾプス・オリザエ
アプシディア属アプシディア・コリンビフェラ

これらの真菌は環境中に広く分布しており、土壌や腐敗した有機物などから検出され、特にムーコル属とリゾプス属による感染症が多いです。

感染経路

ムーコル症の感染経路は、吸入感染、経皮感染、経口感染などです。

  • 吸入感染
  • 経皮感染
  • 経口感染
感染経路特徴
吸入感染胞子を吸入することで感染
経皮感染皮膚の損傷部位から感染
経口感染汚染された食物や水を介して感染

吸入感染は鼻腔や肺から感染が始まることが多く、経皮感染は外傷や熱傷などの皮膚バリア機能が低下した部位から感染が生じ、経口感染は消化管から感染が始まることがあります。

感染のリスク因子

ムーコル症は健康な人では発症することはまれですが、糖尿病、血液悪性腫瘍、臓器移植、ステロイド療法、免疫抑制療法などの因子がある場合に感染のリスクが高まります。

  • 糖尿病
  • 血液悪性腫瘍
  • 臓器移植
  • ステロイド療法
  • 免疫抑制療法

特にコントロール不良の糖尿病患者さんでは発症リスクが、また、造血幹細胞移植や臓器移植後の患者さんでは感染症の重症化リスクが高くなります。

診察(検査)と診断

ムーコル症の診断を行うには、臨床症状や画像所見に加えて、病理学的検査や微生物学的検査が欠かせません。

臨床症状と身体所見

ムーコル症の臨床症状は非特異的であり、感染部位によって多彩な症状を呈します。

感染部位主な臨床症状
鼻脳型片側性の眼窩部痛、視力低下、眼球運動障害など
肺型発熱、咳嗽、胸痛、呼吸困難など
消化管型腹痛、悪心・嘔吐、下痢、血便など
皮膚型紅斑、結節、潰瘍形成など

画像検査

ムーコル症が疑われる場合、感染部位に応じた画像検査が行われます。

  • ・CT:肺病変や副鼻腔病変の評価に有用
  • ・MRI:脳実質病変や眼窩内病変の評価に有用
画像検査主な所見
CT肺炎様陰影、空洞形成、副鼻腔粘膜肥厚など
MRI脳実質内の高信号域、眼窩内の炎症性変化など

病理学的検査

ムーコル症の確定診断には、病理学的検査が必要で、感染部位から生検や穿刺吸引により検体を採取し、以下の検査を行います。

  • HE染色:菌糸の存在を確認
  • Grocott染色:菌糸を黒色に染色
  • PAS染色:菌糸を赤紫色に染色

病理学的検査では、血管侵襲像や壊死組織内に幅広で隔壁のない菌糸を認めます。

微生物学的検査

病理学的検査と並行して、微生物学的検査も実施します。

  • ・培養検査:検体を Sabouraud 寒天培地などに接種し、ムーコル目の真菌を分離同定
  • ・PCR法:検体から直接ムーコル目の真菌を検出

ただし、ムーコル目の真菌は検体からの分離が難しいことが多いため、培養検査の感度は高くありません。

ムーコル症(接合菌症)の治療法と処方薬

ムーコル症の治療においては抗真菌薬の投与が中心です。

治療方針の決定

ムーコル症の治療方針は感染症の病型や重症度によって異なり、限局性感染症では感染巣の外科的切除と抗真菌薬の投与を組み合わせます。

病型治療方針
限局性感染症外科的切除と抗真菌薬投与
侵襲性感染症抗真菌薬の全身投与と支持療法

一方、侵襲性感染症では抗真菌薬の全身投与と支持療法が行われます。

第一選択薬

ムーコル症の第一選択薬はアムホテリシンBで、ポリエン系抗真菌薬に分類され真菌の細胞膜を障害する作用を持ち、ムーコル症の原因真菌に対して高い感受性を示します。

薬剤名投与経路
アムホテリシンB脂質製剤静脈内投与
リポソーマルアムホテリシンB静脈内投与

アムホテリシンBは副作用の発現率が高い薬剤なので、脂質製剤やリポソーマル製剤の使用が推奨されています。

他の抗真菌薬

アムホテリシンBに不耐性の場合や副作用が強い際は、ポサコナゾール、イサブコナゾール、ミカファンギンなどの他の抗真菌薬の使用が考慮されます。

  • ポサコナゾール
  • イサブコナゾール
  • ミカファンギン

これらの薬剤はアムホテリシンBとは異なる作用機序を持つ抗真菌薬で、ムーコル症に対する有効性は十分に確立されていません。

外科的治療

侵襲性ムーコル症では外科的治療を併用し、感染巣の除去、組織への薬剤到達性の改善、診断の確定などが目的です。

  • 感染巣の除去
  • 組織への薬剤到達性の改善
  • 診断の確定

特に鼻脳型ムーコル症では、早期の外科的治療が予後の改善に関係してきます。

治療に必要な期間と予後について

ムーコル症の治療には長期間を要することが多く、予後は感染部位や患者の免疫状態によって大きく異なります。

治療期間

ムーコル症の治療期間

感染部位治療期間
鼻脳型6週間〜6ヶ月
肺型6週間〜6ヶ月
消化管型4週間〜6ヶ月
皮膚型4週間〜6ヶ月

治療は、少なくとも臨床症状および画像所見の改善が認められるまで継続する必要があり、また、再発予防のため、治療終了後も数ヶ月間の経過観察が必要です。

予後因子

ムーコル症の予後は、以下の因子によって左右されます。

  • 診断の遅れ
  • 免疫抑制状態の程度
  • 感染部位
  • 基礎疾患のコントロール状態

鼻脳型ムーコル症は予後不良ですが、皮膚型ムーコル症は比較的予後良好で、外科的処置と抗真菌薬治療により治癒が期待できます。

感染部位致死率
鼻脳型50〜80%
肺型30〜50%
消化管型30〜50%
皮膚型10〜20%

治療の組み合わせ

抗真菌薬の投与 、外科的デブリードマン 、基礎疾患のコントロールを組み合わせることが大切で、特に、アムホテリシンBリポソーム製剤の使用と早期の外科的治療が予後改善に寄与します。

免疫抑制状態とブレイクスルー感染

ムーコル症は、免疫抑制状態にある患者さんに発症しやすいことが知られています。

悪性腫瘍に対する化学療法中や造血幹細胞移植後、長期ステロイド投与中などは特にハイリスク期間であり、ブレイクスルー感染に注意が必要です。

ブレイクスルー感染を予防するためには、抗真菌薬の予防投与や環境管理などの対策が重要になってきます。

ムーコル症(接合菌症)の治療における副作用やリスク

ムーコル症の治療で用いられる抗真菌薬の副作用やリスクには、注意が必要です。

アムホテリシンBの副作用

アムホテリシンBはムーコル症の第一選択薬ですが、急性腎障害、低カリウム血症、発熱などの重篤な副作用を引き起こす可能性があります。

副作用症状
急性腎障害腎機能の低下、尿量減少など
低カリウム血症筋力低下、不整脈など
発熱悪寒、戦慄を伴うことがある

副作用は投与量や投与期間に関連して起こりやすくなるため、腎機能のモニタリングや電解質バランスの管理が大切です。

副作用が強い場合は脂質製剤やリポソーマル製剤への変更を考慮します。

他の抗真菌薬の副作用

アムホテリシンBの代替薬として用いられる抗真菌薬にもポサコナゾールでは肝機能障害やQT延長、イサブコナゾールでは肝機能障害や低カリウム血症、ミカファンギンでは肝機能障害や好中球減少などの副作用のリスクがあります。

  • ポサコナゾール:肝機能障害、QT延長など
  • イサブコナゾール:肝機能障害、低カリウム血症など
  • ミカファンギン:肝機能障害、好中球減少など

薬剤相互作用のリスク

ムーコル症の治療では薬剤相互作用のリスクにも注意が必要で、特に免疫抑制療法に用いられることが多いシクロスポリン、タクロリムス、シロリムスとの併用には注意が必要です。

薬剤相互作用
シクロスポリン腎毒性の増強
タクロリムス腎毒性の増強
シロリムス血中濃度の上昇

外科的治療のリスク

侵襲性ムーコル症では外科的治療を併用することがあり、出血、感染、術後合併症などの手術自体のリスクが伴います。

  • 出血
  • 感染
  • 術後合併症

予防方法

ムーコル症を予防するためには、特に免疫抑制状態にある患者さんに対して、発症リスクを考慮した対策が求められます。

ハイリスク患者

ムーコル症のハイリスク患者

  • 血液悪性腫瘍患者
  • 造血幹細胞移植患者
  • 固形臓器移植患者
  • 糖尿病患者
  • 長期ステロイド投与患者
ハイリスク因子発症リスク
血液悪性腫瘍高い
造血幹細胞移植高い
固形臓器移植中等度
糖尿病中等度
長期ステロイド投与中等度

環境管理

ムーコル症の原因となる真菌は、土壌や腐敗した植物、果物などに存在します。

  • ・建設現場や土壌への不必要な立ち入りを避ける
  • ・腐敗した植物や果物への接触を避ける
  • ・室内の湿度を低く保つ(50%以下)
  • ・HEPAフィルターによる空気清浄
環境管理具体的な方法
建設現場や土壌への立ち入り制限不必要な立ち入りを避ける
腐敗した植物や果物への接触回避腐敗したものへの接触を避ける
室内湿度の管理湿度を50%以下に保つ
空気清浄HEPAフィルターを使用する

抗真菌薬による予防投与

ハイリスク患者では、抗真菌薬の予防投与が考慮され、ポサコナゾールやイサブコナゾールの予防投与が有効です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

抗真菌薬の薬価

ムーコル症の治療に使用される抗真菌薬は高価な薬剤が多いです。

薬剤名薬価(1バイアル)
アムホテリシンB脂質製剤約10万円
リポソーマルアムホテリシンB約15万円
ポサコナゾール約5万円(経口薬)

入院費用

侵襲性ムーコル症では集中治療室(ICU)での管理が必要になることがあります。

病棟1日あたりの費用
一般病棟約3万円
ICU約10万円

外科的治療の費用

侵襲性ムーコル症では外科的治療を併用することがあり、手術費用、麻酔費用、術後管理費用などが発生します。

  • 手術費用
  • 麻酔費用
  • 術後管理費用

以上

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