細菌性腟症(bacterial vaginosis)とは、女性の腟内の微生物バランスが崩れることで起こる症状です。
正常な状態では善玉菌と呼ばれる乳酸菌が腟内を酸性に保つことで有害な細菌の増殖を抑えていまが、何らかの原因でこのバランスが乱れると、悪玉菌が増殖し始ます。
細菌性腟症は、灰白色のおりものや魚臭い匂いといった不快な症状を引き起こします。
細菌性腟症の主な症状
細菌性腟症は多くの場合無症状ですが、症状が現れる際には特徴的な徴候があり、異常な腟分泌物、不快な臭い、腟内の不快感が含まれます。
異常な腟分泌物
細菌性腟症の最も一般的な症状の一つが、異常な腟分泌物です。
特徴 | 詳細 |
量 | 通常より多い |
色 | 灰白色や黄色みがかった色 |
質感 | 薄く、水っぽい |
異常な分泌物は腟内の細菌バランスが崩れていることを示す重要なサインです。
異常な分泌物は不快感や衛生面の問題を起こし、下着が濡れやすくなったり、外陰部にかゆみや刺激を感じたりすることもあります。
特徴的な臭い
細菌性腟症に伴う特徴的な臭いは、多くの女性にとって気になる症状の一つです。
臭いの特徴
- 生臭い魚のような臭い
- アンモニア臭
- 金属的な臭い
- 酸っぱい臭い
臭いは性交渉後や月経中に強くなり、シャワーを浴びた後でも臭いが残る場合があります。
臭いの強さは個人差がありますが、通常の腟の臭いとは明らかに異なります。
腟内の不快感
細菌性腟症に伴い腟内の不快感も現れます。
症状 | 詳細 |
かゆみ | 軽度から中程度のかゆみ感 |
灼熱感 | 腟内や外陰部の焼けるような感覚 |
違和感 | 腟内に何かがある感じ |
痛み | 性交渉時の不快感や痛み |
腟内の不快感は他の婦人科疾患でも生じることがあるため、自己診断は避け、専門医の診察を受けてください。
症状の変動
細菌性腟症の症状は時期によって変わり、月経周期や性行為、ストレスなどの要因により、症状が悪化したり一時的に改善したりします。
要因 | 症状への影響 |
月経周期 | 月経前後で症状が強くなる |
性行為 | 症状が悪化する |
ストレス | 症状が悪化する |
衛生習慣 | 不適切な習慣で症状が悪化 |
細菌性腟症の原因
細菌性腟症の主な原因は、善玉菌である乳酸菌の減少と悪玉菌の増殖にあります。
腟内細菌叢のバランス崩壊
細菌性腟症の根本的な原因は、腟内の細菌叢(さいきんそう)バランスの崩壊です。
通常、健康な腟内には乳酸菌を中心とした善玉菌が多く存在し、酸性環境を維持することで有害菌の増殖を抑制していますが、何らかの要因によってバランスが崩れると悪玉菌が優勢になり、細菌性腟症が起こります。
乳酸菌の減少メカニズム
乳酸菌の減少は、細菌性腟症発症の重要な要因です。
乳酸菌減少の主な原因
原因 | 説明 |
抗生物質の使用 | 善玉菌も同時に減少 |
ホルモンバランスの変化 | 月経周期や妊娠の影響 |
過度の腟洗浄 | 自然な細菌叢を破壊 |
ストレス | 免疫系の低下を招く |
乳酸菌が減少すると腟内のpH値が上昇し悪玉菌が増殖しやすい環境が整ってしまうため、細菌性腟症のリスクが高まります。
リスク要因の分析
細菌性腟症の発症リスクを高める要因はいくつかあります。
- 性行為の頻度が高い
- 複数のパートナーがいる
- 喫煙習慣がある
- 腟内洗浄を頻繁に行う
- IUDなどの避妊具を使用している
これらの要因は直接的または間接的に腟内環境に影響を与え、細菌叢のバランスを崩す可能性があるため、注意が必要です。
環境要因と生活習慣の影響
環境要因や生活習慣も、細菌性腟症の発症に関与します。
きつい下着の着用や合成繊維の使用は腟周辺の湿度を高め、細菌の増殖を促進することがあり、また、不適切な衛生管理や過度のストレスも、腟内環境に悪影響を及ぼす要因です。
ホルモンバランスと細菌性腟症
ホルモンバランスの変化も、細菌性腟症の発症に関与する重要な要因です。
ホルモンバランスの変化が腟内環境に与える影響
ホルモンの変化 | 腟内環境への影響 |
エストロゲン減少 | 腟壁の薄化、乾燥 |
プロゲステロン増加 | pH値の上昇 |
テストステロン増加 | 細菌叢バランスの変化 |
ホルモン変動は月経周期や妊娠、更年期などのライフステージの変化に伴って生じ、細菌性腟症のリスクを高めます。
免疫系の関与
免疫系の働きも、細菌性腟症の発症に関連しています。
健康な免疫系は腟内の有害菌の増殖を抑制しますが、免疫力が低下すると防御機能が弱まり細菌性腟症のリスクを高めます。
ストレスや疲労、栄養不足、慢性疾患などの免疫系の機能を低下させる要因に注意が必要です。
原因カテゴリ | 具体例 |
生理的要因 | ホルモンバランスの変化、月経周期 |
環境要因 | 衛生状態、下着の素材 |
生活習慣 | 喫煙、ストレス、食生活 |
医療的要因 | 抗生物質の使用、避妊具の使用 |
診察(検査)と診断
細菌性腟症の診断は、症状の確認、視診、腟分泌物の検査、および顕微鏡検査を組み合わせて行われます。
臨床診断にはAmsel基準が広く用いられ、確定診断にはNugent scoreが活用されます。
問診と視診
細菌性腟症の診断プロセスは詳細な問診から始まり、患者さんの症状、持続期間、性行動などについて聞き取りを行い、症状の全体像を把握します。
問診後視診を行い、外陰部や腟の状態を確認します。
確認項目 | 観察内容 |
外陰部の状態 | 発赤や腫れの有無 |
腟壁の状態 | 炎症や異常の有無 |
分泌物の性状 | 色、量、粘性 |
視診により細菌性腟症に特徴的な灰白色の薄い分泌物が確認される場合があり、この所見は診断の重要な手がかりです。
腟分泌物の検査
以下のような検査を行い分泌物の特性を詳しく調べ、診断の精度を高めます。
- pH測定
- アミン臭テスト
- 湿潤標本検査
pH測定では通常4.5以下である腟内pHが細菌性腟症の場合4.5以上に上昇することが多く、腟内環境の変化を示す重要な指標です。
アミン臭テストでは分泌物に10%水酸化カリウム溶液を滴下し、特徴的な魚臭が生じるかを確認し、陽性反応は細菌性腟症を強く示唆します。
湿潤標本検査では分泌物を顕微鏡で観察し、腟上皮細胞の存在は細菌性腟症の特徴的な所見です。
Amsel基準による臨床診断
Amsel基準は細菌性腟症の臨床診断に広く用いられる方法で、4つの基準のうち3つ以上が満たされる場合細菌性腟症と診断されます。
Amsel基準 | 内容 |
1 | 均一な灰白色の腟分泌物 |
2 | 腟内pHが4.5以上 |
3 | アミン臭テスト陽性 |
4 | 腟上皮細胞の存在 |
Nugent scoreによる確定診断
Nugent scoreは細菌性腟症の確定診断に用いられる客観的な評価方法です。
腟分泌物のグラム染色標本を用いて、以下の3種類の細菌の存在比率を点数化します。
細菌の種類 | 特徴 |
Lactobacillus | 正常な腟内細菌叢の主要構成菌 |
Gardnerella/Bacteroides | 細菌性腟症に関連する細菌 |
Mobiluncus | 細菌性腟症に関連する細菌 |
各細菌の存在量に応じて0-4点が与えられ、合計点数により診断が行われます。
点数 | 診断 |
0-3点 | 正常 |
4-6点 | 中間 |
7-10点 | 細菌性腟症 |
Nugent scoreは客観性が高く再現性に優れているため、研究や臨床試験でも広く使用される評価方法です。
細菌性腟症の治療法と処方薬、治療期間
細菌性腟症の治療は主に抗生物質を用いて行われ、経口薬と腟内投与薬があり、患者さんの状態や医師の判断によって選択されます。
主な治療法の概要
細菌性腟症の治療には抗生物質が用いられ、治療の目的は腟内の細菌バランスを正常化し症状を改善することです。
悪玉菌を減少させることで善玉菌である乳酸菌が再び優勢になるよう働きかけ、腟内環境の健康な状態への回復を促進します。
経口薬による治療
経口薬による治療は、全身に薬剤が行き渡る利点があります。
主な経口薬とその特徴
薬剤名 | 特徴 |
メトロニダゾール | 一般的な第一選択薬 |
クリンダマイシン | 妊婦にも使用可能 |
ティニダゾール | 長時間作用型 |
経口薬は通常1日1〜2回の服用で5〜7日間続け、服用中はアルコールを控えます。
腟内投与薬による治療
腟内投与薬は、直接患部に薬剤を届けられる利点があります。
主な腟内投与薬
- メトロニダゾールゲル
- クリンダマイシンクリーム
- クリンダマイシン坐剤
薬剤は就寝前に腟内に挿入して使用し、治療期間は通常5日間程度です。
治療期間と経過観察
細菌性腟症の治療期間は5〜7日程度ですが、症状の程度や再発リスクによっては長期の治療が必要になります。
治療開始後数日で症状が改善し始めても、処方された薬は指示通りに最後まで使用することが重要です。
再発防止と追加治療
細菌性腟症は再発しやすい疾患として知られており、再発を防ぐためには治療後も定期的な経過観察が必要です。
再発が確認された場合はより長期の治療や異なる薬剤の使用を検討し、患者さんの状態に応じた治療アプローチが取られます。
再発時の対応
再発パターン | 対応策 |
初回再発 | 初回治療と同じ薬剤で再治療 |
頻繁な再発 | 長期的な予防的治療の検討 |
治療抵抗性 | 別の薬剤への変更や併用療法 |
妊婦への治療
妊娠中の細菌性腟症は早産や低出生体重児のリスクを高める可能性があるため、治療が重要です。
妊婦に対しては胎児への影響を考慮した薬剤選択が行われ、クリンダマイシンやメトロニダゾールの経口薬または腟内投与薬が使用されます。
ただし、妊娠週数によって使うべき薬剤が異なるので、慎重な対応が求められます。
予後と再発可能性および予防
細菌性腟症は治療により症状が改善しますが、再発率が高いことが知られており、再発リスクを考慮した長期的な管理が必要です。
治療後の予後
細菌性腟症の予後は良好で、多くの患者さんで症状の改善が見られます。
予後を評価する際の注意点
項目 | 内容 |
短期的予後 | 症状の改善率が高い |
長期的予後 | 再発リスクを考慮する必要がある |
個人差 | 生活習慣や体質により差がある |
短期的には症状の改善が期待できますが、長期的な視点では再発のリスクを考慮することが大切です。
再発の可能性
細菌性腟症は再発率が高い疾患で、治療後1年以内に30-50%の患者さんで再発が見られるとの報告があります。
再発のリスク因子
- 過去の細菌性腟症の既往
- 不規則な生活習慣
- ストレス
- 性行為の頻度
- 喫煙
再発を繰り返す場合、慢性化や他の合併症のリスクが高まる点に注意が必要です。
予防法
細菌性腟症の予防には、腟内環境の維持と生活習慣の改善が効果的です。
主な予防法
予防法 | 具体的な方法 |
腟内環境の維持 | プロバイオティクスの摂取、腟内pHの維持 |
生活習慣の改善 | ストレス管理、規則正しい生活 |
衛生管理 | 適切な洗浄方法の実践、過度の洗浄を避ける |
性行為関連 | コンドームの使用、性行為後の排尿 |
細菌性腟症の治療における副作用やリスク
細菌性腟症の治療には主に抗生物質が使用され副作用には消化器症状や頭痛などがありますが、まれに重篤な副作用も報告されています。
また、治療に伴う腟内環境の変化や薬剤耐性菌の出現なども懸念事項です。
抗生物質による一般的な副作用
細菌性腟症の治療に使用される抗生物質の最も一般的な副作用は、消化器症状です。
主な抗生物質と副作用
抗生物質 | 一般的な副作用 |
メトロニダゾール | 吐き気、味覚異常 |
クリンダマイシン | 下痢、腹痛 |
ティニダゾール | めまい、頭痛 |
副作用は通常一時的で、治療終了後に自然に解消します。
重篤な副作用のリスク
まれではありますが抗生物質による重篤な副作用も報告されており、注意が必要な重篤な副作用の例として以下のようなものがあります。
- アナフィラキシーショック
- スティーブンス・ジョンソン症候群
- 肝機能障害
- 血液障害
これらの副作用は生命を脅かすことがあるため、早期発見と迅速な対応が不可欠です。
腟内環境の変化によるリスク
抗生物質治療は細菌性腟症の原因となる悪玉菌を減少させることを目的としていますが、同時に善玉菌も減少させてしまい、治療後に新たな問題が生じることがあります。
腟内環境の変化によって起こる問題
問題 | 説明 |
カンジダ症 | 真菌の異常増殖 |
再発性細菌性腟症 | 正常な細菌叢の回復遅延 |
pH値の上昇 | 腟内環境の酸性度低下 |
薬剤耐性菌のリスク
薬剤耐性菌の出現は将来の治療を困難にするため、慎重な薬剤選択と正しい使用が求められます。
妊婦への投与におけるリスク
抗生物質の一部は胎盤を通過し胎児に影響を与えるので、妊娠中の細菌性腟症治療には特別な配慮が必要です。
妊娠中によく使用される抗生物質と関連するリスク
抗生物質 | 妊娠中のリスク |
メトロニダゾール | 低リスク(第2、3期) |
クリンダマイシン | 比較的安全 |
アモキシシリン | 低リスク |
妊婦への投与は利益がリスクを上回る場合にのみ行われるべきで、慎重な判断が求められます。
長期使用に伴うリスク
細菌性腟症の再発予防のために長期的な抗生物質使用が検討されることがありますが、これには特有のリスクが伴います。
長期使用によって腸内細菌叢のバランスが崩れ、さまざまな健康問題を引き起こします。
また、肝臓や腎臓への負担が増加し、臓器機能に影響を与える可能性も指摘されているため、長期使用を検討する際は定期的な健康チェックを行うことが大切です。
抗生物質の長期使用に伴うリスク
リスク | 説明 |
腸内細菌叢の乱れ | 消化器症状、免疫機能低下 |
臓器負担 | 肝機能・腎機能への影響 |
耐性菌の出現 | 治療効果の低下 |
ビタミン欠乏 | 特にビタミンKの吸収阻害 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
細菌性腟症の治療費は診察内容や処方される薬剤によって異なりますが、外来治療で済むため比較的低額です。
検査費用
細菌性腟症の診断には、以下のような検査が行われます。
検査項目 | 費用(3割負担の場合) |
顕微鏡検査 | 約800円 |
pH測定 | 約300円 |
アミン臭テスト | 約200円 |
細菌培養検査 | 約1,500円 |
薬剤費
細菌性腟症の治療には、主に抗菌薬が使用されます。
薬剤名 | 1週間分の費用(3割負担の場合) |
メトロニダゾール錠 | 約700円 |
クリンダマイシン腟錠 | 約1,200円 |
セフィキシムカプセル | 約900円 |
追加治療の費用
再発を防ぐための追加治療や、合併症がある場合の治療費は別途かかります。
- プロバイオティクス製剤処方 約1,500円
- 腟洗浄療法 約2,000円
以上
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