肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎(pulmonary cryptococcosis and cryptococcal meningitis)とは、クリプトコックス属の真菌(クリプトコックス・ネオフォルマンス、クリプトコックス・ガッティ)の感染によって引き起こされる深刻な疾患です。
肺クリプトコックス症はクリプトコックスの吸入により発症し、肺に感染が拡大し、クリプトコックス脳髄膜炎は血流に乗ったクリプトコックスが中枢神経系に到達し、脳や脊髄の髄膜に炎症を生じさせます。
発症リスクは、健康な人と比べて免疫力の低下している人、とりわけHIV感染者や臓器移植を受けた人などで高くなることが知られています。
肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎の種類(病型)
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎は、それぞれ特徴的な病型に分けられます。
肺クリプトコックス症の種類(病型)
肺クリプトコックス症には、主に3つの病型があります。
病型 | 特徴 |
結節型 | 肺にしこりが形成される |
浸潤型 | 肺の一部に炎症が広がる |
播種型 | 他の臓器にも感染が及ぶ |
クリプトコックス髄膜炎の種類(病型)
クリプトコックス髄膜炎は、3つの病型に分けられます。
病型 | 主な症状 |
髄膜炎型 | 頭痛、発熱 |
脳実質型 | 意識障害、神経症状 |
脳室内肉芽腫型 | 頭蓋内圧亢進による症状 |
病型による重症度の違い
病型により、重症度や予後に大きな影響を与え、播種型の肺クリプトコックス症や脳実質型のクリプトコックス髄膜炎では、重症化のリスクが高くなっています。
一方で、結節型の肺クリプトコックス症や髄膜炎型のクリプトコックス髄膜炎は、比較的軽症であるケースが多いです。
肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎の主な症状
肺クリプトコックス症とクリプトコックス脳髄膜炎の症状は多岐にわたります。
肺クリプトコックス症の主な症状
肺クリプトコックス症の主な症状は、咳、発熱、胸痛、呼吸困難などの呼吸器症状ですが、これらの症状は非特異的であるため、他の呼吸器疾患との鑑別が必要です。
病状が進行すると、体重減少や全身倦怠感なども現れることがあります。
症状 | 頻度 |
咳 | 高い |
発熱 | 高い |
胸痛 | 中程度 |
呼吸困難 | 中程度 |
クリプトコックス脳髄膜炎の主な症状
クリプトコックス脳髄膜炎の主な症状
- 頭痛
- 発熱
- 悪心・嘔吐
- 意識障害
- 痙攣
これらの症状は、他の中枢神経系感染症でも見られるため、的確な診断が極めて重要で、さらに、病状が進行すると、昏睡状態に陥るリスクもあります。
症状 | 頻度 |
頭痛 | 非常に高い |
発熱 | 高い |
意識障害 | 中程度 |
免疫抑制状態における症状の特徴
HIV感染者や臓器移植患者さんなどでは、急速に病状が進行し、早期からクリプトコックス血症を合併するケースもあります。
肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎の原因・感染経路
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎の感染経路は主に吸入感染であり、土壌や鳥類の糞などに生息する真菌の胞子を吸い込むことで感染が成立します。
原因真菌
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎の原因となる真菌は、クリプトコックス属に分類されます。
クリプトコックス属の中でも、特にクリプトコックス・ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)とクリプトコックス・ガッティ(Cryptococcus gattii)が主な病原体です。
菌種 | 主な生息環境 |
クリプトコックス・ネオフォルマンス | 鳩などの鳥類の糞、土壌 |
クリプトコックス・ガッティ | ユーカリの木、土壌 |
感染経路
クリプトコックス属の真菌は、土壌や樹木、鳥類の糞などに生息しており、環境中に存在する真菌の胞子が空気中に舞い上がり、それを吸い込むことで感染が起こります。
胞子が非常に小さいため、容易に肺の奥深くまで到達するのです。
健康な人が感染しても発症することはまれですが、免疫力が低下している人では感染が広がり、肺クリプトコックス症や髄膜炎を発症することがあります。
感染リスクの高い人
免疫力が低下した人は、クリプトコックス感染のリスクが高くなります。
- AIDS患者
- 臓器移植を受けた患者
- 悪性腫瘍を持つ患者
- ステロイド薬を長期間使用している人
リスク因子 | 理由 |
AIDS | CD4陽性リンパ球の減少により免疫力が低下 |
臓器移植 | 拒絶反応を抑えるための免疫抑制剤の使用 |
悪性腫瘍 | 腫瘍自体や治療による免疫力の低下 |
ステロイド薬の長期使用 | 免疫抑制作用により感染リスクが上昇 |
診察(検査)と診断
肺クリプトコックス症とクリプトコックス脳髄膜炎の診断においては、臨床症状と検査所見を総合的に評価し、確定診断を下すには、検体からクリプトコックスを検出します。
臨床診断
肺クリプトコックス症の臨床診断
- 咳、発熱、胸痛などの呼吸器症状
- 胸部画像検査(胸部X線、CT)での異常陰影
- 免疫抑制状態の有無
クリプトコックス脳髄膜炎の臨床診断
- 頭痛、発熱、意識障害などの中枢神経症状
- 髄液検査での圧上昇、細胞数増加、糖低下、蛋白上昇
- 免疫抑制状態の有無
疾患 | 主な臨床症状 |
肺クリプトコックス症 | 咳、発熱、胸痛 |
クリプトコックス脳髄膜炎 | 頭痛、発熱、意識障害 |
確定診断
肺クリプトコックス症とクリプトコックス脳髄膜炎の確定診断には、以下の検査が用いられます。
検査 | 内容 |
培養検査 | 喀痰、気管支洗浄液、髄液などからのクリプトコックスの分離・同定 |
病理検査 | 生検組織でのクリプトコックスの証明 |
抗原検査 | 血清、髄液中のクリプトコックス莢膜抗原の検出 |
培養検査は確定診断の基本であり、クリプトコックスの分離・同定が可能で、病理検査は、組織への侵襲が明らかな場合に有用です。
抗原検査は、高感度な検査法であり、スクリーニングとしても重要な役割を果たします。
画像検査
肺クリプトコックス症では、胸部X線やCTで多彩な陰影が見られ、結節影、浸潤影、空洞形成などが観察されます。
クリプトコックス脳髄膜炎では、頭部MRIで髄膜の造影効果や脳実質病変を認めることがあります。
ただし、画像所見は非特異的であるため、確定診断には直結しません。
肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎の治療法と処方薬
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎には抗真菌薬による治療が中心です。
肺クリプトコックス症の治療
肺クリプトコックス症の治療に利用される抗真菌薬
- フルコナゾール(経口):軽症~中等症の肺クリプトコックス症に対して第一選択です。
- イトラコナゾール(経口):フルコナゾールの代替薬として使用されることがあります。
- アムホテリシンB(静注):重症例や播種型の肺クリプトコックス症に対して使用されます。
薬剤名 | 投与経路 | 主な適応 |
フルコナゾール | 経口 | 軽症~中等症 |
イトラコナゾール | 経口 | フルコナゾールの代替 |
アムホテリシンB | 静注 | 重症例、播種型 |
クリプトコックス髄膜炎の治療
クリプトコックス髄膜炎の治療は、導入療法と維持療法の2段階で行われます。
導入療法使用される抗真菌薬
薬剤名 | 投与経路 | 主な適応 |
アムホテリシンB+フルシトシン | 静注+経口 | 第一選択 |
リポソーマルアムホテリシンB+フルシトシン | 静注+経口 | 副作用が懸念される場合 |
フルコナゾール | 経口 | 代替療法 |
導入療法後は、フルコナゾールの経口投与による維持療法が行われます。
免疫抑制状態への対応
肺クリプトコックス症やクリプトコックス髄膜炎の患者さんが免疫抑制状態にある場合は、治療期間の延長や再発予防の強化が必要で、AIDS患者さんでは、抗HIV療法を併用します。
また、臓器移植患者さんでは、免疫抑制剤の調整が必要となることも。
ステロイド薬の長期使用者では、ステロイド薬の減量・中止を検討することがあります。
治療に必要な期間と予後について
肺クリプトコックス症とクリプトコックス脳髄膜炎の治療期間と予後は、患者の免疫状態や病状の重症度によって大きく異なり、抗真菌薬治療と併存疾患の管理が予後改善のために大切です。
肺クリプトコックス症の治療期間と予後
肺クリプトコックス症の治療期間は、以下の因子によって変わってきます。
- 免疫状態(免疫抑制の有無)
- 病変の広がり
- 症状の重症度
- 合併症の有無
免疫正常者の軽症例では、フルコナゾールの内服治療を3~6ヶ月程度行うことが多いです。
一方、免疫抑制患者や重症例では、アムホテリシンBとフルシトシンの併用による導入治療後、フルコナゾールの長期内服治療(6~12ヶ月)が必要となることがあります。
免疫状態 | 治療期間 |
免疫正常 | 3~6ヶ月 |
免疫抑制 | 6~12ヶ月 |
治療が行われれば、肺クリプトコックス症の予後は比較的良好ですが、免疫抑制患者では再発リスクが高いため、フォローアップが必要です。
クリプトコックス脳髄膜炎の治療期間と予後
クリプトコックス脳髄膜炎の治療は、より長期に及ぶことが多いです。
標準的な治療期間
治療フェーズ | 期間 |
導入治療(アムホテリシンB+フルシトシン) | 2週間 |
地固め治療(フルコナゾール高用量) | 8週間 |
維持治療(フルコナゾール低用量) | 6~12ヶ月 |
クリプトコックス脳髄膜炎の予後は、治療開始の遅れや免疫抑制の程度によって左右されます。
肺クリプトコックス症・クリプトコックス脳髄膜炎の治療における副作用やリスク
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎の治療に用いられる抗真菌薬には、さまざまな副作用やリスクがあります。
アムホテリシンBの副作用とリスク
アムホテリシンBは、重症例や播種型の肺クリプトコックス症、クリプトコックス髄膜炎の導入療法で使用される静注薬です。
主な副作用
副作用 | 頻度 |
腎機能障害 | 高い |
電解質異常 | 高い |
発熱、悪寒 | 中等度 |
フルシトシンの副作用とリスク
フルシトシンは、クリプトコックス髄膜炎の導入療法で使用される経口薬です。
主な副作用
副作用 | 頻度 |
骨髄抑制 | 中等度 |
肝機能障害 | 中等度 |
消化器症状 | 中等度 |
アゾール系抗真菌薬の副作用とリスク
フルコナゾールやイトラコナゾールなどのアゾール系抗真菌薬は、肺クリプトコックス症の治療やクリプトコックス髄膜炎の維持療法で使用される経口薬です。
主な副作用
免疫抑制状態と副作用リスク
肺クリプトコックス症やクリプトコックス髄膜炎の患者さんが免疫抑制状態にあると、抗真菌薬の副作用リスクが高まります。
予防方法
肺クリプトコックス症とクリプトコックス脳髄膜炎を予防するには、クリプトコックスへの曝露を避け、免疫力を維持することが大切です。
曝露予防
クリプトコックスは、鳥類(特に鳩)の糞に多く存在するので、鳥類の糞との接触を避けます。
場所 | 対策 |
鳥類の糞が蓄積している場所 | 立ち入りを避ける |
鳥類の糞の清掃・除去時 | マスク・手袋を着用 |
免疫力の維持
クリプトコックス感染のリスクは、免疫力を維持することが予防対策として必要です。
免疫力低下の原因 | 対策 |
HIV感染 | 適切な治療とコントロール |
免疫抑制療法 | 適正化 |
栄養不良 | 栄養状態の改善 |
化学的予防投与
一部の高リスク患者さんでは、抗真菌薬の予防投与が検討されます。
- CD4陽性リンパ球数が200/μL未満のHIV患者
- 臓器移植患者(特に肺移植患者)
- 長期の高用量ステロイド療法を受けている患者
予防投与薬は、フルコナゾールやイトラコナゾールなどです。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
抗真菌薬の薬剤費
肺クリプトコックス症とクリプトコックス髄膜炎の治療に使用される主な抗真菌薬の薬剤費は以下の通りです。
薬剤名 | 薬剤費(1日あたり) |
フルコナゾール | 1,000~2,000円 |
イトラコナゾール | 1,500~3,000円 |
アムホテリシンB | 10,000~20,000円 |
リポソーマルアムホテリシンB | 30,000~50,000円 |
フルシトシン | 5,000~10,000円 |
入院費と検査費用
肺クリプトコックス症やクリプトコックス髄膜炎の治療には、入院が必要になることが多いです。
高額療養費制度の活用
肺クリプトコックス症やクリプトコックス髄膜炎の治療費が高額になる場合、高額療養費制度を活用できます。
所得区分 | 自己負担限度額(月額) |
住民税非課税世帯 | 35,400円 |
一般所得者 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
高額所得者 | 150,000円+(医療費-500,000円)×1% |
高額療養費制度を利用することで、月額の自己負担額を一定の限度内に抑えることが可能です。
以上
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