卵巣炎(oophoritis)とは卵巣に炎症が生じる婦人科の疾患で、主に細菌感染によって引き起こされる骨盤内の炎症性疾患の一種です。
卵巣炎は若い女性に多く見られ性行為によって感染するケースが多く、症状は下腹部の痛みや発熱、不正出血などが現れ、重症化すると不妊の原因になります。
卵巣炎の主な症状
卵巣炎の主な症状には下腹部痛、発熱、不正出血などがあり、程度や組み合わせは個人によって異なります。
下腹部痛
卵巣炎の最も一般的な症状は下腹部痛で、痛みは持続的であったり断続的であったり、片側または両側に現れ軽度から激しいものまであります。
発熱と全身症状
卵巣炎で炎症反応により現れるのが発熱と、発熱に伴う症状です。
症状 | 特徴 |
発熱 | 37.5℃以上の熱が出る |
悪寒 | 体が震えるような寒気を感じる |
倦怠感 | 体がだるく感じる |
食欲不振 | 食べる気力が減退する |
不正出血
不正出血は卵巣炎の特徴的な症状の一つです。
月経期間以外に出血が見られたり通常の月経よりも出血量が多かったりし、出血の量や期間は人によって異なり、出血に伴い下腹部痛が増強することもあります。
その他の症状
卵巣炎には上記以外にもいくつかの症状が現れます。
- 排尿時の痛みや頻尿
- 性交痛
- 吐き気や嘔吐
- 腹部の膨満感
- 腰痛や背中の痛み
症状 | 頻度 |
排尿時痛 | 比較的多い |
性交痛 | やや多い |
吐き気 | 時々見られる |
腹部膨満感 | 時々見られる |
このような症状は卵巣炎特有のものではありませんが、他の症状と併せて現れます。
症状の経過と変化
卵巣炎の症状は時間とともに変化します。
経過 | 症状の変化 |
急性期 | 症状が突然現れ、強くなる |
慢性期 | 症状が長期間続き、緩和と悪化を繰り返す |
急性期では症状が急激に現れ数日間で悪化し、慢性期では症状がより穏やかになりますが長期間にわたって続きます。
年齢層 | 症状の特徴 |
若年層 | 急性症状が出やすい |
中高年層 | 慢性的な症状が多い |
年齢によっても症状の現れ方に違いがあり、若い女性では急性の症状が出やすく、中高年の女性では慢性的な症状が多いです。
卵巣炎の原因
卵巣炎の主な原因は細菌感染、性感染症、骨盤内の炎症性疾患などです。いろいろな要因が単独または複合的に作用し、卵巣の炎症を引き起こします。
細菌感染による卵巣炎
卵巣炎の最も一般的な原因は細菌感染で、腟や子宮から上行性に細菌が卵巣に侵入することで炎症が生じます。
特に注意が必要な細菌
- クラミジア・トラコマティス
- 淋菌
- マイコプラズマ・ジェニタリウム
- 大腸菌
細菌は性行為や医療処置を通じて体内に侵入します。
性感染症と卵巣炎の関連
性感染症は卵巣炎の重要な原因の一つで、クラミジアと淋病は卵巣に深刻な影響を与えます。
性感染症 | 卵巣炎リスク |
クラミジア | 高い |
淋病 | 非常に高い |
トリコモナス | 中程度 |
マイコプラズマ | 中程度 |
性感染症は無症状のまま進行するため、定期的な検査が大切です。
骨盤内炎症性疾患と卵巣炎
骨盤内炎症性疾患(PID)は卵巣炎を引き起こす主要な原因の一つです。
PIDの原因 | 卵巣炎への影響 |
細菌感染 | 直接的 |
免疫系の異常 | 間接的 |
手術後の合併症 | 中程度 |
子宮内避妊具 | 軽度〜中程度 |
PIなどの要因が複合的に作用することで、卵巣炎のリスクが上昇します。
診察(検査)と診断
卵巣炎の診断は問診から始まり、身体診察、各種検査を経て行われ、患者さんの症状や検査結果を総合的に評価します。
問診と身体診察
卵巣炎の問診で患者さんの症状、経過、既往歴、性生活などについて聞き取りを行い、卵巣炎の可能性を探ります。
身体診察では下腹部の圧痛や腫れの有無、子宮や卵巣の状態を確認します。
血液検査と尿検査
血液検査と尿検査は、卵巣炎の診断に欠かせない検査です。
検査項目 | 主な目的 |
白血球数 | 炎症の有無と程度を確認 |
CRP値 | 炎症の程度を数値化 |
尿検査 | 尿路感染症の有無を確認 |
血液検査では白血球数やCRP値の上昇が炎症の存在を示唆し、尿検査では尿中の白血球や細菌の有無を調べ、尿路感染症の合併を確認します。
検査結果は卵巣炎の重症度や他の疾患との鑑別に有用です。
画像診断
卵巣炎の確定診断に役立つ画像検査には次のようなものがあります。
- 経腟超音波検査
- 骨盤部CT検査
- 骨盤部MRI検査
- 腹腔鏡検査
経腟超音波検査は非侵襲的で即時に結果が得られるため、最初に選択されることが多く、卵巣の腫大や周囲の液体貯留などの異常所見を確認できます。
CT検査やMRI検査はより詳細な画像が得られ、卵巣炎の範囲や他の骨盤内疾患との鑑別に有用です。
腹腔鏡検査は侵襲的ですが直接卵巣の状態を観察でき、同時に組織採取も可能なため、診断確定の決め手となることがあります。
微生物学的検査
卵巣炎の原因になる病原体を特定するため、微生物学的検査が行われます。
検査方法 | 採取部位 |
子宮頸管培養 | 子宮頸部 |
腟分泌物培養 | 腟 |
尿培養 | 尿 |
血液培養 | 血液 |
検査で病原体が検出された際には抗生物質感受性試験も併せて行われ、感受性試験の結果は抗生物質の選択に使われます。
卵巣炎の治療法と処方薬、治療期間
卵巣炎の治療は2週間から4週間程度の抗生物質投与が必要で、重症例では入院治療が必要となる場合もあるため、完治までには慎重な経過観察が不可欠です。
抗生物質による治療
卵巣炎の治療において抗生物質の投与は最も重要な治療法で、広域スペクトラムの抗生物質が初期治療として用いられます。
抗生物質の種類 | 主な対象菌 |
セフトリアキソン | 淋菌、クラミジア |
ドキシサイクリン | クラミジア、マイコプラズマ |
メトロニダゾール | 嫌気性菌 |
レボフロキサシン | 広範囲の細菌 |
治療期間と経過観察
卵巣炎の治療期間は2週間から4週間程度で、治療開始後48時間以内に症状の改善が見られない場合は、入院治療が必要です。
治療期間 | 主な対象 |
2週間 | 軽症例 |
3〜4週間 | 中等症例 |
4週間以上 | 重症例 |
入院治療が必要な場合
重症の卵巣炎や外来治療で改善が見られないときは入院治療が選択されます。
入院治療では、以下のような集中的な治療が行われます。
- 静脈内抗生物質投与
- 点滴による水分補給
- 痛みのコントロール
- 必要に応じた外科的処置
入院期間は通常3日から5日程度です。
治療後のフォローアップ
卵巣炎の治療後は再発予防と合併症の早期発見のためのフォローアップが重要で、治療終了後1〜2週間後に再診を行います。
フォローアップ項目 | 目的 |
症状の再確認 | 再発の早期発見 |
血液検査 | 炎症マーカーの確認 |
画像検査 | 卵巣の状態評価 |
パートナーの検査 | 再感染予防 |
また、治療後6か月程度は定期的な検診が必要です。
予後と再発可能性および予防
卵巣炎は治療を受けることで多くの場合良好な予後が期待できますが、再発のリスクもあり、予後は早期発見と迅速な治療開始が重要です。
予後の一般的な傾向
卵巣炎の予後は多くの場合良好で早期に対応を受けた患者さんは、通常数週間で症状が改善します。
しかし、重症化したり慢性化した場合は回復に時間がかかります。
予後を左右する主な要因は、診断の時期、治療の開始時期、患者さんの全身状態などです。
予後に影響する要因 | 影響の程度 |
診断の早さ | 大きい |
治療開始の迅速さ | 大きい |
患者の全身状態 | 中程度 |
基礎疾患の有無 | 中程度 |
長期的な影響と合併症
卵巣炎が治療されなかった場合、長期的な影響や合併症が生じます。
- 慢性骨盤痛
- 不妊症
- 卵管閉塞
- 骨盤内癒着
合併症は患者さんの生活の質に大きな影響を与え、特に不妊症は妊娠を希望する女性にとって重大な問題となりうるため、早期の対応が不可欠です。
再発のリスクと要因
卵巣炎は一度罹患すると、再発のリスクが高まります。
再発の主な要因
再発要因 | リスク度 |
不適切な治療 | 高い |
性行動の変化 | 中程度 |
免疫力の低下 | 中程度 |
ストレス | 低~中程度 |
不適切な治療や治療の中断は再発のリスクを大きく高め、また、複数のパートナーとの性交渉や新しいパートナーとの性交渉も再発のリスクを増加させる要因です。
また、ストレスや過労による免疫力の低下も再発につながります。
再発予防のための生活習慣
再発を予防するためには日常生活での注意が大切です。
再発予防に効果的な生活習慣
- 衛生管理(コンドームの使用など)
- 規則正しい生活とストレス管理
- バランスの取れた食事と適度な運動
- 十分な睡眠と休養
さらに、定期的な婦人科検診を受けることも、再発の早期発見につながる重要な予防策です。
卵巣炎の治療における副作用やリスク
卵巣炎の治療には主に抗生物質が使用され、さまざまな副作用やリスクが伴います。
一般的な副作用として消化器症状や皮膚反応が挙げられ、まれに重篤なアレルギー反応や二次感染、また、長期的な合併症として不妊や慢性骨盤痛のリスクもあるので注意が必要です。
抗生物質による副作用
卵巣炎治療で使用される抗生物質の副作用は消化器症状が多く、特に下痢や腹痛は比較的よく見られます。
副作用 | 頻度 |
消化器症状 | 高い |
皮膚反応 | 中程度 |
頭痛 | 低い |
疲労感 | 中程度 |
重大な副作用とリスク
まれではありますが、抗生物質治療には重大な副作用やリスクもあります。
副作用 | 頻度 |
アナフィラキシー | 非常に低い |
肝機能障害 | 低い |
腎機能障害 | 低い |
血液障害 | 非常に低い |
特にアナフィラキシーは生命に関わるため、急速な症状の変化には注意が必要です。
長期的な合併症リスク
卵巣炎の治療後も長期的な合併症のリスクがあり、患者さんの生活に大きな影響を与えます。
- 不妊
- 慢性骨盤痛
- 子宮外妊娠のリスク増加
- 骨盤内癒着
特に不妊は多くの患者さんにとって大きな懸念事項です。
薬剤耐性菌のリスク
抗生物質の使用には薬剤耐性菌の発生リスクが伴います。
リスク要因 | 影響 |
不適切な抗生物質使用 | 高い |
長期間の抗生物質使用 | 中程度 |
妊娠中の治療リスク
妊娠中の卵巣炎治療に抗生物質を使用する際は、胎児の影響に対する特別な配慮が必要です。
薬剤 | 胎児への影響 |
ペニシリン系 | 低リスク |
セファロスポリン系 | 低リスク |
マクロライド系 | 中程度リスク |
テトラサイクリン系 | 高リスク |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来治療の費用
外来での卵巣炎治療は、主に診察、検査、薬物療法で構成されます。
検査費用は血液検査で4,000円から6,000円程度、超音波検査で6,000円から10,000円程度です。
薬物療法の費用は処方される薬の種類や量によって異なりますが、一般的に1回の処方で5,000円から15,000円程度になります。
項目 | 費用 |
血液検査 | 4,000円~6,000円 |
超音波検査 | 6,000円~10,000円 |
薬物療法(1回) | 5,000円~15,000円 |
入院治療の費用
重症の卵巣炎の場合、入院治療が必要になります。
入院費用は、入院期間や治療内容によって大きく変動しますが、一般的に1日あたり10,000円から30,000円程度です。
手術が必要な場合はさらに高額になり、腹腔鏡手術で400,000円から600,000円程度、開腹手術で600,000円から1,200,000円程度かかります。
保険適用と自己負担
卵巣炎の治療は通常、健康保険が適用されます。
以上
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