骨盤臓器脱 – 婦人科

骨盤臓器脱(pelvic organ prolapse)とは、女性の骨盤内にある臓器が本来あるべき位置から降りてくる状態です。

この症状では膀胱や子宮、直腸といった骨盤の中にある器官が、腟を通って下方に移動します。

骨盤底筋群と呼ばれる筋肉や靭帯が弱くなることで発症することが多く、年を重ねることや出産経験、体重過多、長期間の便秘などが原因です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

骨盤臓器脱の種類(病型)

骨盤臓器脱(POP)の病型分類で使われるPOP-Q(Pelvic Organ Prolapse Quantification)法は、世界中で標準的に使われている評価方法で、骨盤臓器脱の進行具合を客観的に判断できます。

POP-Q法の基本的な考え方

POP-Q法は骨盤の底にある臓器の位置関係を基準にして、下がってきた臓器の位置を数字で表す方法です。

腟の入り口を基準点として、いくつかの測定点の位置を記録します。

測った数値を使って、骨盤臓器脱の程度をStage 0からStage IVまでの5段階に分けます。

POP-Q法によるStage分類の詳しい説明

Stage状態
0臓器が下がっていない正常な状態
I一番下がっている部分が腟の入り口より1cm以上内側にある状態
II一番下がっている部分が腟の入り口より1cm内側から1cm外側の間にある状態
III一番下がっている部分が腟の入り口より1cm以上外に出ているが、腟の全長-2cmより短い状態
IV完全に臓器が出てきている状態(一番下がっている部分が腟の全長-2cm以上ある)

骨盤臓器脱の主な症状

骨盤臓器脱では、子宮脱、膀胱瘤、直腸瘤、小腸瘤、腟断端脱の症状が見られます。

子宮脱でみられる症状

子宮脱は、子宮が下方に移動して腟から出てくる状態です。

腟の中に何かが押し出されているような不快な感覚を経験することがあります。

症状が進むと、立ち上がったときや歩いているときに腟から子宮が飛び出してくるような感覚を覚えることがあります。

さらに、腰の痛みや下腹部が重く感じられたりということも。

症状詳細
腟内の違和感何かが押し出されているような感覚
子宮の突出立ったり歩いたりすると顕著に
腰痛・下腹部の重さ日常生活に支障が出ることも

膀胱瘤による症状

膀胱瘤は、膀胱が腟の壁を押し出して腟の中に突き出ている状態です。

この状態では尿が漏れたり、頻繁にトイレに行きたくなったりといった排尿に関する問題が主な症状として現れます。

トイレで用を足しても尿が出切らないような感覚や、膀胱を完全に空っぽにするために体の向きを変えなければならないといった経験をする方も。

直腸瘤が引き起こす症状

直腸瘤は、直腸が腟の後ろの壁を押し出して腟の中に突き出ている状態です。

この状態では、腸に関する問題が主な症状として現れます。

便秘になったり、お通じをすることが難しくなったりする経験をすることが多いです。

また、排便しても残っている感じがしたり、腟の中に何かが詰まっているような違和感を覚えたりすることもあります。

症状解説
便秘長期にわたる排便の難しさ
お通じの困難力んでも出にくい状態
残便感お通じの後も残っている感覚
腟内の異物感何かが詰まっているような感覚

小腸瘤による症状

小腸瘤は、小腸が腟の上部を押し出して腟の中に突き出ている状態です。

お腹に違和感や押されるような感覚を感じる方や、下腹部に重さを感じ食事の後に不快感が強くなる方もいます。

腟断端脱でみられる症状

腟断端脱は、子宮を全て取り除いた後に腟の上の部分が下がってくる状態です。

腟の中に何かが突き出ているような違和感や、下腹部が押されるような感覚が出て、腰の痛みやトイレに行くときの不快感を伴います。

患者さんが「長年、便秘に悩まされていたが、実は直腸瘤が原因だった」というケースがあり、この方は、お通じの際に腟を指で押さえる必要があり、日々の生活に大きな支障をきたしていました。

骨盤臓器脱の種類主にみられる症状
子宮脱腟から子宮が出てくる感覚、腰の痛み
膀胱瘤尿漏れ、頻尿、排尿が難しい
直腸瘤便秘、お通じが難しい、すっきりしない感じ
小腸瘤お腹の不快感、膨らんだ感じ
腟断端脱腟内の違和感、下腹部が押される感覚

骨盤臓器脱の原因

骨盤臓器脱(POP)の起きる原因には、体の仕組みや、遺伝子、生活環境などの要素が関係しています。

骨盤の底を支える構造の弱まり

骨盤臓器脱の原因の一つは、骨盤の底にある支える組織が弱くなることです。

骨盤の底は、筋肉や靭帯、そして結合組織という構造でできていて、骨盤の中にある臓器を正しい位置に保っています。

骨盤底の部分主な働き
骨盤底の筋肉群骨盤の中の臓器を支え、おしっこが漏れるのを防ぐ
靭帯臓器をしっかり固定し、支える力を与える
結合組織組織と組織をつなぎ、クッションのような役割をする

骨盤底の組織が何らかの理由で弱くなると、骨盤の中の臓器が下がってきて、外に出てしまう危険性が高くなります。

更年期の影響

更年期を過ぎた女性はエストロゲンが減ることで、骨盤底の組織の弾力性や強さが落ちます。

骨盤底の組織に起こる変化

  • 組織を強くするコラーゲンが作られにくくなる
  • 組織の弾力性が落ちる
  • 血液の流れが悪くなり、組織の栄養状態が悪くなる
  • 筋肉の量が減る

このような変化から骨盤底が臓器を支える力が弱くなり、POPになるリスクが高くなるのです。

妊娠・出産が与える影響

妊娠と出産は、骨盤の底に大きな負担をかけ、出産時には骨盤底の筋肉や結合組織が傷つくことがあります。

出産に関係する要因POPのリスクへの影響
腟からの出産骨盤底の筋肉が傷ついたり、神経に障害が起きたりする
大きな赤ちゃん骨盤の底に強い圧力がかかる
器具を使った出産組織が傷つくリスクが高くなる
長時間の出産骨盤の底に長い時間負担がかかる

40代の患者さんで最後の出産のときに4000グラムを超える大きな赤ちゃんを産んだ方がPOPになったケースがあります。

出産してしばらくしてから腟の中に違和感を感じ始めたので診察をしたところ、中程度のPOPと診断しました。

診察(検査)と診断

骨盤臓器脱の診断は症状を聞くことことから始まり、身体診察、画像検査などを組み合わせて進めていきます。

症状を聞き取る問診

骨盤臓器脱の診断においてまず大切なのは詳しい問診です。

日々の生活で感じる不快感や違和感、トイレに関する問題などについて、伺います。

症状がどの程度でいつから続いているのか、普段の暮らしにどのような影響があるのかといった点も、重要な情報です。

さらに、出産の経験や過去にかかった病気、ご家族の病歴なども、診断の手がかりになります。

問診で確認すること具体的な内容
主な症状最も気になっている症状
症状の変化いつからどのように変わってきたか
日常生活への影響仕事や家事にどの程度支障があるか
既往歴これまでに受けた手術や病気

身体診察

骨盤臓器脱の診断では、骨盤の内診が重要です。

腟の中や骨盤底の状態を注意深く確認していき、この時、咳をしたり、おなかに力を入れたりしていただくことで、臓器がどの程度下がってくるのかを調べます。

画像検査でより詳しく評価

超音波検査は体に負担をかけずにすぐに結果が分かるため、骨盤臓器脱の診断によく用いられる方法です。

また、MRI検査は骨盤底の構造をより細かく観察でき、複雑な症例で特に役立ちます。

検査の種類特徴と利点
超音波検査体への負担が少なく、すぐに結果が得られる
MRI検査骨盤底の詳細な構造を観察
排尿時の膀胱尿道造影排尿機能を評価
直腸肛門機能検査排便の機能を評価

症状の程度を分類する臨床診断

骨盤臓器脱の重症度は世界共通の基準であるPOP-Q (骨盤臓器脱定量化)システムを使って分類します。

このシステムでは腟の決まった点を測り、臓器の脱出の程度を0から4までの5段階で評価。

臨床診断では、どの臓器が下がってきているのか(子宮脱、膀胱瘤、直腸瘤など)も特定していきます。

骨盤臓器脱の治療法と処方薬、治療期間

骨盤臓器脱(POP)の治療は、患者さんの症状の程度や年齢、体の状態、生活の仕方などを考えて決めていき、大きく分けて、手術をしない方法と手術をする方法があります。

手術をしない治療法

手術をしない治療法は、症状が軽度〜中程度の患者さんや、手術をするのが難しい患者さんに対して行われます。

主な方法

  1. 骨盤底の筋肉トレーニング(ケーゲル体操)
  2. 腟の中に入れる器具(ペッサリー)
  3. 女性ホルモン(エストロゲン)

骨盤底のトレーニングは骨盤の底にある筋肉を強くして、臓器が下がってくるのを防ぐ効果があります。

毎日続けることが大切で、効果が出てくるのは3〜6ヶ月後です。

手術をしない治療法治療にかかる期間主な効果
骨盤底の筋トレずっと続ける(3〜6ヶ月で効果が出始める)骨盤底の筋肉が強くなる、症状が良くなる
腟に入れる器具ずっと続ける(定期的に交換が必要)臓器を物理的に支える
女性ホルモンのお薬医師の指示に従う(普通は数ヶ月〜数年)腟の壁が強くなる、症状が和らぐ

腟に入れる器具(ペッサリー)は腟の中に入れる医療器具で、下がってきた臓器を物理的に支え、定期的に交換したり手入れしたりする必要がありますが、すぐに効果が出て長い間使えます。

手術による治療法

手術をしない方法で十分な効果が得られなかったり、症状がひどい場合には手術を検討します。

手術方法

  • 腟を通して行う手術
  • 腹腔鏡手術
  • ロボットを使って行う手術
  • 開腹手術
手術方法入院する期間回復にかかる期間
腟を通す手術3〜5日4〜6週間
お腹に小さな穴を開ける手術2〜4日2〜4週間
ロボットを使う手術2〜4日2〜4週間
お腹を大きく切る手術5〜7日6〜8週間

薬剤による治療

薬剤による治療は手術をしない治療法として、または手術の前後に使われます。

主に使われる薬剤

  • 女性ホルモン
  • 頻尿の症状を改善する薬
  • 便秘改善薬(便秘で腹圧が上がるのを防ぐため)

治療後の経過観察と長期的な管理

POPの治療は一度で終わるものではなく、長い間様子を見ながら観察していく必要があります。

手術をしても再発することがあるため、定期的に診察を受けたり、骨盤底のトレーニングをを続けたりすることが大切です。

経過観察の内容頻度目的
定期健診3〜6ヶ月ごと症状の再発や新たな問題の早期発見
骨盤底筋トレーニング毎日骨盤底筋の維持・強化
生活習慣の確認定期健診時リスク因子の管理
ペッサリーの管理1〜3ヶ月ごと合併症の予防、適合性の確認

中程度の症状があった患者さんでPOPに対して手術をしない治療法を選んだ方がいました。

この患者さんは、腟に入れる器具を使いながら、骨盤底のトレーニングを6ヶ月間続けた結果症状が改善し、その後も3ヶ月ごとに定期検診を続け、その後も良い状態を保っています。

骨盤臓器脱の治療における副作用やリスク

骨盤臓器脱の治療には手術を行う方法と手術をしない方法がありますが、どちらの方法を選んでも、ある程度の副作用やリスクが避けられません。

手術をしない治療法のリスク

手術をしない治療法の一つにペッサリーを使う方法があり、これにも副作用が出ることがあります。

ペッサリーは腟の中に入れる器具で長い間使っていると、腟の壁に炎症や傷ができ、サイズが合っていなかったり位置が悪かったりすると、違和感や痛みを感じることも。

まれですが、ペッサリーが膀胱や直腸を押してしまい、排尿や排便の問題が起こることもあります。

副作用起こる頻度
腟の壁の炎症比較的多い
違和感・痛みたまにある
排尿・排便の問題まれ

手術治療に伴うリスク

手術治療には、他の手術と同じようにリスクがあります。

麻酔に関係するリスクとして、アレルギー反応が出たり呼吸に問題が起きたりすることがあります。

また、手術した部分に感染が起きたり、出血が止まりにくくなったり、血栓のリスクも考えなければなりません。

高齢の患者さんや他の病気をお持ちの方は、これらのリスクが高くなるので注意が必要です。

手術後のリスク

骨盤臓器脱の手術後に膀胱の働きに問題が起き、尿が出にくくなったり、逆に漏れやすくなったりすることがあります。

また、直腸の働きにも影響が出て、排便の問題も。

珍しいケースですが、手術で使った網(メッシュ)が腟の壁を傷つけたり、周り臓器と癒着する合併症もあります。

合併症起こるリスク
おしっこの問題中くらい
お通じの問題低い~中くらい
メッシュに関する問題低い

性生活への影響

手術の後に腟が狭くなったり短くなったりすることで、性交渉の時に痛みや不快感を感じることがあります。

影響は一時的なものがほとんどですが、長く続くこともあるため、手術を受ける前にしっかり説明を聞いておくことが大切です。

再び症状が出るリスク

骨盤臓器脱の治療を受けた後も、ある程度の割合で再発のリスクがあることを知っておくことが必要です。

手術治療を受けた後でも、時間がたつにつれて、再び臓器が下がってくる患者さんもいます。

再発のリスクは、年齢や体型、出産した回数によって変わり、患者さんの中に、初めの手術から6年たって症状が再び出てきたので、もう一度手術を受けることになったケースがありました。

骨盤臓器脱の治療で起こりうる主な副作用やリスクをまとめました。

  • 手術をしない治療(ペッサリー)による不快感や炎症
  • 手術に伴う一般的なリスク(感染、出血など)
  • 排尿・排便の機能への影響
  • 性生活への影響
  • 再発の可能性
リスクの種類具体例
短期的なリスク感染、出血
中期的なリスク機能障害
長期的なリスク再発

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

保存的治療の費用

保存的治療は低コストで開始できます。

骨盤底筋体操や生活習慣の改善指導は健康保険適用で行われるため自己負担額は数千円程度です。

ペッサリー挿入治療の場合<初回の診察や挿入費用、器具代を含めて2万円から3万円ほどかかります。

治療法概算費用
骨盤底筋体操指導3,000円~5,000円
ペッサリー挿入20,000円~30,000円

手術治療の費用

腟式手術の場合は、40万円から80万円程度です。

腹腔鏡下手術ではより高度な技術と設備が必要なので、60万円から100万円以上の費用が発生します。

以上

References

Jelovsek JE, Maher C, Barber MD. Pelvic organ prolapse. The Lancet. 2007 Mar 24;369(9566):1027-38.

Iglesia CB, Smithling KR. Pelvic organ prolapse. American family physician. 2017 Aug 1;96(3):179-85.

Weber AM, Richter HE. Pelvic organ prolapse. Obstetrics & Gynecology. 2005 Sep 1;106(3):615-34.

American College of Obstetricians and Gynecologists. Pelvic organ prolapse. Urogynecology. 2019 Nov 1;25(6):397-408.

Collins S, Lewicky-Gaupp C. Pelvic organ prolapse. Gastroenterology Clinics. 2022 Mar 1;51(1):177-93.

Kuncharapu I, Majeroni BA, Johnson DW. Pelvic organ prolapse. American family physician. 2010 May 1;81(9):1111-7.

Burrows LJ, Meyn LA, Walters MD, Weber AM. Pelvic symptoms in women with pelvic organ prolapse. Obstetrics & Gynecology. 2004 Nov 1;104(5 Part 1):982-8.

Barber MD, Maher C. Epidemiology and outcome assessment of pelvic organ prolapse. International urogynecology journal. 2013 Nov;24:1783-90.

Schaffer JI, Wai CY, Boreham MK. Etiology of pelvic organ prolapse. Clinical obstetrics and gynecology. 2005 Sep 1;48(3):639-47.

Vergeldt TF, Weemhoff M, IntHout J, Kluivers KB. Risk factors for pelvic organ prolapse and its recurrence: a systematic review. International urogynecology journal. 2015 Nov;26:1559-73.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。