卵巣良性腫瘍 – 婦人科

卵巣良性腫瘍(benign ovarian tumors)とは、卵巣内部で正常とは異なる細胞が増え続けて形成される、がんではない腫瘍のことです。

この腫瘍は悪性のものとは違い、他の臓器に広がったり転移することはなく、体の中で一定の範囲にとどまります。

卵巣良性腫瘍の代表的なものは、嚢胞腺腫や奇形腫です。

全く自覚症状がない方もいますが、腫瘍の大きさが増すにつれて、下腹部に痛みや張りを感じる方もいます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

卵巣良性腫瘍の主な症状

卵巣良性腫瘍は初めのころは自覚症状がないことが多いものの、腫瘍が成長するにつれて、体のあちこちに不快な兆候が現れます。

卵巣良性腫瘍の症状

卵巣良性腫瘍の症状は、腫瘍の大きさや場所によって変わってきます。

症状具体的な状態
下腹部痛じわじわとした痛みや重苦しさを感じる
腹部膨満感お腹がパンパンに張った感覚がする
頻尿トイレに行きたくなる間隔が短くなる
便秘スムーズに排便できなくなる

症状は、腫瘍が周りの器官を押しつぶすことで起きます。

とりわけ下腹部痛は、多くの患者さんが経験する自覚症状です。

月経に関連する症状

卵巣良性腫瘍が卵巣本来の働きを阻害することで、女性の月経周期に影響があります。

月経周期に生じる変化

  • 月経不順(生理の周期が乱れる)
  • 月経痛の悪化(生理痛がいつもより強くなる)
  • 不正出血(生理でもないのに出血がある)

腹部の変化

腫瘍が大きくなると、お腹の見た目や触った感じに違いが現れてきます。

腹部の変化詳しい状況
腹部の膨らみ下腹部の片側または両側がふくらんでくる
しこりお腹を触ると硬いものがあるのを感じる
腹囲の増加ズボンやスカートのウエストがきつくなる
体重増加腫瘍の重さで体重が増える

消化器系の症状

卵巣良性腫瘍がある程度の大きさになると周囲の消化器官を圧迫して、不快な症状が出てきます。

代表的な症状

  • 吐き気や嘔吐(胃の内容物を吐き出してしまう)
  • 食欲不振(食べる気力が湧かない)
  • 胃もたれ感(食べ物が胃に溜まった感じがする)
  • 腹痛(お腹が痛くなる)

こうした症状は腫瘍が胃や腸を押しつぶすことで生じるので、食事を取った後に顕著になることが多いです。

泌尿器系の症状

卵巣良性腫瘍は膀胱や尿管を圧迫することで、排尿に関する不快感が現れます。

症状わかりやすい説明
頻尿トイレに行く回数が増える
排尿困難おしっこが出にくくなる
尿閉おしっこが全く出なくなる
背部痛腎臓への影響で背中が痛くなる
尿意切迫突然、強い尿意を感じる

尿閉は緊急性が高い症状なので、すぐに医療機関を受診してください。

卵巣良性腫瘍の原因

卵巣良性腫瘍の原因は遺伝子の働き、体内のホルモンの状態、日々の生活環境が関わっています。

遺伝子要因

卵巣良性腫瘍が発症する背景には、遺伝的な要素が関係しています。

特定の遺伝子に変化が生じていたり、家族の中で同じような症状が見られると、腫瘍ができるリスクが高いです。

例えば、乳がんや卵巣がんのリスクを高めるBRCA1やBRCA2という遺伝子の変異は、良性の卵巣腫瘍についても同様にリスクをあげます。

卵巣良性腫瘍の家族歴がある患者さんが、同じような腫瘍を発症するケースをたびたび見てきました。

体内のホルモンバランスの乱れ

体内のホルモンバランスが崩れることも、卵巣良性腫瘍が形成される原因です。

女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンのバランスが乱れると、卵巣の組織に変化が見られます。

ホルモンの種類体内での働き
エストロゲン細胞を増やす働きを促進する
プロゲステロン細胞の分化を調整する

ホルモンの量が変動するのは、月経や妊娠、更年期で、また、ホルモン補充療法や避妊薬の服用も、ホルモンバランスに関係します。

日々の生活環境

環境要因も、卵巣良性腫瘍の発症に関わっています。

  • タバコを吸う
  • 体重が健康的な範囲を超えて増えすぎる
  • 有害な化学物質などの汚染物質にさらされる
  • 日々のストレスが重なる

年齢と習慣

年齢や普段の生活習慣も、卵巣良性腫瘍ができるリスクと関係があります。

良性卵巣腫瘍は閉経を迎える前の女性や若い方に見られますが、年齢によって発症しやすい腫瘍の種類が異なります。

年齢層よく見られる腫瘍の種類
若い世代奇形腫
中年の方漿液性嚢胞腺腫
高齢の方粘液性嚢胞腺腫

生活リズムが乱れる、偏った食事が続く、運動不足などの日々の習慣も、ホルモンのバランスを崩し体の中で炎症反応を起こします。

診察(検査)と診断

卵巣良性腫瘍は、問診から始まり検査を経て最終的な確定診断に至ります。

問診と身体診察

まず、患者さんからどのような症状があるのか、いつ頃から気づいたのかの詳しい経過をお聞きします。

ご家族に同じような病気をされた方がいないか、過去に大きな病気をしたことがないかも、重要な情報です。

その後、お腹を実際に見て触診を行います。

診察項目具体的な内容
目で見る診察(視診)お腹が左右で膨らみ方が違わないか、全体的に膨らんでいないかを確認
手で触る診察(触診)お腹の中にしこりがないか、その大きさや固さ、押すと痛みがないかを確認
内診腟や子宮の状態を確認し、卵巣の位置や大きさを調べる
直腸診直腸から卵巣の状態を触って確認する

初めの診察で卵巣に腫瘍の疑いがあった場合は、さらに詳しい検査を受けていただきます。

画像診断

画像診断は卵巣に腫瘍があるか、あるとすればどんなものなのかを確認するために欠かせない検査です。

行われる画像診断

  • 腟から超音波を当てる検査(経腟超音波検査)
  • おなかの上から超音波を当てる検査(経腹超音波検査)
  • CTスキャン
  • MRI検査

超音波検査は体に負担をかけずにすぐに結果が分かるので、最初の段階でよく使われます。

腫瘍マーカー検査

卵巣腫瘍が良性なのか悪性なのかを判断するための手がかりとして、血液検査で腫瘍マーカーと呼ばれる物質を測定します。

マーカーの名前主に関係する腫瘍の種類
CA125漿液性腫瘍(水っぽい液体を含む腫瘍)
CA19-9粘液性腫瘍(ねばねばした液体を含む腫瘍)
AFP卵黄嚢腫瘍(胎児の時にできる組織に似た腫瘍)
hCG絨毛癌(妊娠に関連した腫瘍)
CEA腸や肺の腫瘍が転移した可能性を示唆

これらのマーカーの値を調べることで、腫瘍が良性か悪性かの判断材料になったり、治療がうまくいっているかどうかを評価するのに役立ちます。

確定診断のための手術

腫瘍が良性か悪性かを100%確実に判断するのは難しく、確定診断のためには組織を顕微鏡で調べることが必要です。

検査の方法は、腫瘍の大きさや患者さんの体の状態によって選びます。

用いられる手術方法

・腹腔鏡下手術(おなかに小さな穴をあけて行う)

・開腹手術(おなかを大きく切って行う)

卵巣良性腫瘍の治療法と処方薬、治療期間

卵巣良性腫瘍の治療方法は様子を見守る経過観察、薬剤による治療、手術による治療があります。

経過観察

小さな卵巣の嚢胞や卵巣の働きによってできる嚢胞の多くは、しばらく様子を見、定期的に超音波検査やホルモン検査を行い、腫瘍の大きさや性質が変化していないかを確認します。

3〜6ヶ月ごとに検査を行い、1〜2年ほど続けます。

20代の患者さんの3センチメートルあった単純な嚢胞を6ヶ月間見守ったところ、自然に消えてしまったケースがありました。

経過観察は体に負担をかける処置を避けながら、腫瘍が自然に変化していく様子を見守る有効な選択肢です。

薬剤による治療

ホルモンの影響を受けやすい良性腫瘍に対しては、薬剤による治療が効果を発揮します。

使われる薬剤

  • 経口避妊薬:女性ホルモンのバランスを整える
  • GnRHアゴニスト:卵巣の働きを一時的に抑える
  • ダナゾール:男性ホルモンに似た作用で腫瘍を小さくする
お薬の名前飲む期間よく見られる副作用
経口避妊薬3〜6ヶ月吐き気、頭痛
GnRHアゴニスト3〜6ヶ月ほてり、骨の密度が下がること

治療は、3〜6ヶ月続けます。

治療の効果を確認するために、定期的に画像検査でおなかの中を見たり、血液検査でホルモンの値を測ったりすることが欠かせません。

手術による治療

大きな腫瘍や、悪性の腫瘍の疑いがある方には、手術による治療を選びます。

手術方法は、おなかに小さな穴をあけて行う腹腔鏡下手術と、おなかを大きく切開して行う開腹手術です。

手術の方法特徴入院する期間
腹腔鏡下手術体への負担が少なく、回復が早い2〜4日
開腹手術大きな腫瘍にも対応できる5〜7日

手術の後、約1〜2週間で日常生活に戻れます。

手術後の経過観察

手術後は1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、1年と決まった間隔で検査を行い、その後も年に1回の検査が欠かせません。

検査では超音波で体の中を見、腫瘍のマーカーを血液検査で調べ、腫瘍が再び現れる兆しがないかを確認します。

検査を行う時期主な検査の内容
手術後1ヶ月傷跡の確認、超音波検査
手術後3ヶ月超音波検査、腫瘍マーカーの検査

少なくとも5年間は定期的に検診を受けてください。

卵巣良性腫瘍の治療における副作用やリスク

卵巣良性腫瘍の治療方法はどんなものを選んでも、ある程度の副作用やリスクが伴います。

手術療法の副作用とリスク

手術には、いくつかの副作用やリスクがあることを知っておく必要があります。

副作用・リスクどういうことが起こるのか
出血手術中や手術後に予想以上の出血が起こる可能性がある
感染傷口や腹腔内でバイ菌が増えてしまうことがある
周りの臓器を傷つける腸や膀胱など、近くにある臓器を誤って傷つけてしまう可能性がある
麻酔の影響吐き気や喉の痛み、めまいなどが起こることがある

腹腔鏡手術特有のリスク

腹腔鏡手術はおなかを大きく切らずに済む手術方法ですが、この手術方法特有のリスクもあります。

  • 炭酸ガス塞栓症(手術中に使う炭酸ガスが血管に入ってしまう)
  • おなかを膨らませる際の合併症(心臓や肺に負担がかかる)
  • 手術器具を入れる際の血管や臓器の損傷

薬物療法の副作用

卵巣良性腫瘍の種類によっては薬剤による治療が選ばれ、他の治療法と同様に副作用があります。

お薬の種類主な副作用
GnRHアゴニスト(性腺刺激ホルモン放出ホルモン作動薬)更年期症状のような症状、骨がもろくなる
経口避妊薬(ピル)血液が固まりやすくなる、体重が増える
ダナゾール(男性ホルモン様作用のある薬)にきびができる、声が低くなる
アロマターゼ阻害薬関節痛、骨がもろくなる

副作用は薬の量を調整したり別の薬を一緒に使うことで、うまくコントロールできます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

経過観察にかかる費用

経過観察では、定期的な超音波検査や血液検査が行われます。

検査項目概算費用(保険適用前)
超音波検査5,000円〜8,000円
腫瘍マーカー検査3,000円〜6,000円

3〜6ヶ月ごとの検査で、年間の総額は2〜5万円程度です。

薬物療法の費用

  • 経口避妊薬 約5,000円〜10,000円/月
  • GnRHアゴニスト 約20,000円〜30,000円/月
  • ダナゾール 約10,000円〜15,000円/月

治療期間は3〜6ヶ月で、15万円〜60万円程度になります。

手術療法の費用

腹腔鏡下手術と開腹手術で費用が異なります。

手術方法概算費用(入院費込み)
腹腔鏡下手術50万円〜80万円
開腹手術70万円〜100万円

以上

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