成熟奇形腫(mature teratoma)とは、卵巣やに現れる珍しい種類の腫瘍です。
腫瘍には皮膚や毛髪、歯、骨、筋肉など、本来その部位にないはずの組織が入り混じっています。
成熟奇形腫は良性でゆったりとしたペースで大きくなっていきますが、まれに悪性化することもあります。
成熟奇形腫の主な症状
成熟奇形腫は、腫瘍の大きさ、位置、成長速度によって症状は異なり、時に他の婦人科疾患と似た症状を示します。
無症状期から初期症状
成熟奇形腫の初期段階では無症状で、腫瘍が徐々に増大するにつれ微妙な身体の変化が現れ始めます。
よく見られる初期症状は、下腹部の違和感や間欠的な鈍痛です。
初期症状 | 特徴 | 類似疾患 |
下腹部違和感 | 持続的、軽度 | 子宮内膜症 |
間欠的鈍痛 | 月経周期と無関係 | 卵巣嚢腫 |
軽度の腹部膨満感 | 食事と無関係 | 過敏性腸症候群 |
排尿頻度の増加 | 特に夜間 | 膀胱炎 |
進行期の身体的症状
腫瘍の成長に伴い、よりはっきりとした症状が現れます。
- 持続的な下腹部痛:腫瘍の増大による周囲組織への圧迫で生じる。
- 腹部膨満感:特に立位時に顕著になることが多い。
- 便秘または頻尿:直腸や膀胱への圧迫が原因。
- 不規則な月経:卵巣機能への影響により起こる。
緊急を要する症状
成熟奇形腫に関連する緊急の症状は、腫瘍の捻転、破裂、または感染が原因です。
緊急症状 | 考えられる原因 | 必要な対応 |
急性腹痛 | 腫瘍捻転 | 緊急手術 |
発熱を伴う激痛 | 腫瘍感染 | 抗生物質投与と手術 |
突発的な腹部膨満 | 腫瘍破裂 | 緊急開腹手術 |
ショック症状 | 出血性腹膜炎 | 集中治療と手術 |
このような症状が見られたら、すぐに医療機関を受診してください。
内分泌学的症状
成熟奇形腫は腫瘍内にある甲状腺組織や副腎組織が原因で、ホルモン産生能力を持つことがあります。
- 甲状腺ホルモン過剰:頻脈、体重減少、発汗過多
- 性ステロイドホルモン分泌:不規則な月経、多毛症、声の変化
- コルチゾール過剰:中心性肥満、満月様顔貌、皮膚線条
成熟奇形腫の原因
成熟奇形腫は遺伝的要因や環境因子が複合的に作用し、発症に関与しています。
発生メカニズムの解明
成熟奇形腫は、胚細胞から発生する腫瘍です。
通常、胚細胞は卵子へと分化しますが、何らかの理由でこの過程が乱れると、いろいろな組織に分化する能力を持った細胞が異常に増え始めます。
遺伝的要因
特定の遺伝子が胚細胞の正常な分化を阻害したり、細胞の増殖を促進したりすることで、腫瘍形成につながるケースが見られます。
発症に関連する遺伝子
遺伝子名 | 機能 |
KRAS | 細胞増殖シグナル |
TP53 | 腫瘍抑制 |
BRCA1 | DNA修復 |
PTEN | 細胞周期制御 |
環境因子
喫煙や過度の飲酒、ホルモンバランスの乱れ、化学物質が卵巣組織に悪影響を与え、腫瘍形成のきっかけになります。
若年期から長期間にわたり喫煙習慣のあった患者さんに成熟奇形腫が見つかり、禁煙後腫瘍の成長速度が遅くなった例がありました。
ホルモンバランス
エストロゲンやプロゲステロンといった性ホルモンの乱れも、卵巣組織の異常な増殖を促進します。
ホルモン名 | 作用 |
エストロゲン | 細胞増殖促進 |
プロゲステロン | 細胞分化調整 |
FSH | 卵胞刺激 |
LH | 排卵誘発 |
年齢と発症リスク
成熟奇形腫は若年期の卵巣が活発になり細胞分裂が頻繁に行われることが関係しているので、若年女性に多く見られます。
年齢別の発症リスク
- 10代後半~20代:最もリスクが高い
- 30代:リスクは依然として高いが、20代よりは低下
- 40代以降:リスクは大幅に低下
免疫系の関与
正常な免疫系は異常な細胞を排除しますが、この機能が低下すると、腫瘍細胞が増えることを許してしまいます。
免疫系と成熟奇形腫の関係についての研究
研究分野 | 注目ポイント |
T細胞機能 | 腫瘍細胞の認識と排除 |
NK細胞活性 | 自然免疫による腫瘍抑制 |
サイトカイン | 免疫応答の調節 |
抗体産生 | 腫瘍特異的抗体の役割 |
遺伝子環境相互作用
遺伝子変異を持つ人が環境要因にさらされることで、成熟奇形腫の発症リスクがあがります。
遺伝子 | 環境因子 | 相互作用の影響 |
BRCA1 | 放射線 | DNA修復能力の低下 |
TP53 | 化学物質 | アポトーシス抑制 |
PTEN | ホルモン | 細胞増殖制御の乱れ |
KRAS | 喫煙 | シグナル伝達の異常 |
診察(検査)と診断
成熟奇形腫を診断するには、患者さんの症状や体の状態を確認し、画像を使った検査、血液検査、顕微鏡で組織を調べるといった、段階を踏んだアプローチをとります。
初診での問診と体の診察
患者さんにどんな症状がどのくらい続いているのかを確認した後、お腹を目で見て触診と内診を行い、しこりの有無や場所、大きさ、硬さ、動きやすさを調べます。
画像を使った検査
画像検査は成熟奇形腫を見つけ出すのに欠かせない方法です。
検査方法 | どんな検査か | 何がわかるか |
超音波検査 | お腹に機械を当てて調べる | しこりの大きさや中身の様子 |
CT検査 | レントゲンを使って体の断面を撮影 | 石灰化や脂肪の部分がよくわかる |
MRI検査 | 磁力を使って体の中を詳しく撮影 | 中身の様子が細かくわかる |
- 超音波検査 特徴的な「ロックグラスサイン」と呼ばれる像が見える。
- CT検査 脂肪の部分や石灰化がはっきりと映し出され、診断の確実さを高める。
- MRI検査 体の軟らかい部分の違いがよく分かるので、腫瘍の中身の様子を細かく調べられ、他の袋状の腫瘍と見分けるのに役立つ。
血液検査
血液検査では、腫瘍マーカーや炎症の有無を調べます。
- CA125:卵巣の腫瘍がないかを調べる
- AFP(アルファフェトプロテイン):未熟奇形腫という別の腫瘍と鑑別
- hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン):悪性に変化している可能性を示す
- LDH(乳酸脱水素酵素):組織が壊れていないかを確認
組織検査
確定診断に用いられるのは、組織を顕微鏡で調べる組織検査です。
検査方法 | どんな検査か | 良い点と難しい点 |
細い針で吸い取る検査 | 体への負担が少なく外来でできる | 正確さが低く、がん細胞をばらまくリスクがある |
お腹を切って調べる手術 | 確実に調べられる | 体への負担が大きく全身麻酔が必要 |
おへそから小さな穴を開けて調べる | 体への負担が少なく回復が早い | 技術的に難しい場合がある |
検査で腫瘍の中に体の異なる部分(外胚葉、中胚葉、内胚葉)から作られた組織が見つかれば、成熟奇形腫と診断されます。
成熟奇形腫の治療法と処方薬、治療期間
成熟奇形腫は、外科的治療を行うと完治が見込める疾患です。
外科的治療法の種類
腫瘍の大きさや位置、患者さんの年齢や希望に応じて手術方法を選びます。
- 腹腔鏡下手術 小さな切開で行う負担の少ない手術で、回復が早い。
- 開腹手術 腹部を大きく切開して行う従来の手術方法で、大きな腫瘍や複雑な症例に。
- 卵巣温存手術 可能な限り健康な卵巣組織を残す手術で、将来の妊娠を希望する若い患者さんに配慮した方法。
- 付属器切除術 卵巣と卵管を一緒に摘出する手術で、再発リスクを最小限に抑えたい場合に選択。
使用される薬剤
成熟奇形腫の治療では、手術前後の管理や症状緩和のために薬剤が使用されます。
よく使用される薬剤
薬剤の種類 | 使用目的 |
抗生物質 | 術後感染予防 |
鎮痛剤 | 術後の痛み軽減 |
制吐剤 | 術後の吐き気対策 |
ホルモン剤 | 卵巣機能の調整 |
治療期間
成熟奇形腫の治療期の目安
治療段階 | 期間 |
入院期間 | 3〜7日 |
術後安静期間 | 1〜2週間 |
日常生活復帰 | 2〜4週間 |
完全回復 | 1〜3ヶ月 |
術後のフォローアップ
再発のリスクは低いものの、手術後は定期的な検査と経過観察が欠かせません。
フォローアップの頻度
- 術後1年目 3〜4ヶ月ごとに検査を行い、経過を観察
- 術後2年目 6ヶ月ごとの検査で、安定した回復を確認
- 術後3年目以降 年1回の定期検査を継続
成熟奇形腫の治療における副作用やリスク
成熟奇形腫の治療で行われる手術には、副作用やリスクもあります。
手術に関連するリスク
成熟奇形腫の手術は、お腹を大きく切開する開腹手術と、小さな穴をいくつか開けて行う腹腔鏡下手術です。
手術のリスク
- 出血:手術中や手術後に予想以上の出血。
- 感染:手術した部分や尿の通り道に細菌が入る。
- 麻酔に関連する問題。:麻酔薬によるアレルギー反応や、呼吸に関する問題
- 血栓:長時間の手術や手術後にあまり動かないでいると、足の深い部分の血管に血の固まりができやすくなる。
卵巣の働きへの影響
成熟奇形腫の手術では卵巣の一部または全体を取り除き、そのために卵巣の働きに影響が出ます。
手術の範囲 | 卵巣の働きへの影響 |
一部を取り除く | 少し働きが弱くなる |
片方の卵巣を全部取る | もう一方の卵巣でカバーする |
両方の卵巣を取る | 卵巣の働きが完全になくなる |
卵巣の働きが弱くなると体のホルモンのバランスが崩れることで、妊娠しにくくなります。
手術後の癒着
手術の後の癒着は、成熟奇形腫の治療後によく見られる合併症の一つです。
癒着は手術で傷ついた組織や炎症反応にから起こります。
癒着する場所 | 起こりうる問題 |
卵管のまわり | 妊娠しづらい、子宮外妊娠 |
腸のまわり | 腸がつまる |
膀胱のまわり | 尿が出にくい |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術方法による費用の違い
成熟奇形腫の治療には二つの手術方法があります。
手術方法 | 費用範囲 |
腹腔鏡手術 | 50万円〜80万円 |
開腹手術 | 70万円〜100万円 |
追加検査と術後ケアにかかる費用
成熟奇形腫の治療では、術前の検査や術後のフォローアップも必要です。
項目 | 概算費用(保険適用前) |
MRI検査 | 3万円~5万円 |
CT検査 | 2万円~4万円 |
術後フォローアップ(1回あたり) | 5千円~1万円 |
以上
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