悪性胚細胞腫瘍– 婦人科

悪性胚細胞腫瘍(malignant germ cell tumors)とは、卵子のもとになる生殖細胞から発生する悪性の腫瘍で、主に若い女性の卵巣に生じます。

本来胚細胞は体を作る大切な細胞ですが、異常が起こると急激に増殖を始め、周囲の正常な組織を侵していきます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

胚細胞腫瘍(悪性)の種類(病型)

悪性胚細胞腫瘍の主要な病型は4つあります。

未分化胚細胞腫(ディスジャーミノーマ)

未分化胚細胞腫、別名ディスジャーミノーマは、悪性胚細胞腫瘍の中で最も多く見られる病型です。

大型で明るい細胞質を持つ腫瘍細胞で、線維性の間質反応を伴います。

他の胚細胞腫瘍と比べて予後が良好です。

特徴詳細
好発年齢10代後半から20代
腫瘍マーカーLDH、hCGが上昇することがある
治療感受性放射線療法、化学療法に高い感受性あり
5年生存率約95%

卵黄嚢腫瘍

卵黄嚢腫瘍は、胎児の卵黄嚢に似た組織を作る悪性腫瘍で、小児や若年成人に発症し、急速に増大します。

グロメルロイド構造やシャイン・クガマン体といった所見が見られ、血清AFP(アルファフェトプロテイン)値が高値を示します。

未熟奇形腫

未熟奇形腫は三胚葉性の組織を含む腫瘍で、その中に未熟な神経組織が見られ、腫瘍の大きさや未熟な成分の割合によって悪性度が決まります。

観察されるのは、未熟な神経組織やグリア組織、未熟な間葉系組織です。

  • グレード1:軽度の未熟性
  • グレード2:中等度の未熟性
  • グレード3:高度の未熟性
グレード未熟性の程度予後
1軽度比較的良好
2中等度中間的
3高度不良

混合型胚細胞腫瘍

混合型胚細胞腫瘍は、複数の胚細胞腫瘍の要素が混在する腫瘍です。

未分化胚細胞腫や卵黄嚢腫瘍、未熟奇形腫の要素が混在して認められ、各構成要素に応じた腫瘍マーカーの上昇を示します。

構成要素頻度腫瘍マーカー
未分化胚細胞腫高いLDH, hCG
卵黄嚢腫瘍中等AFP
未熟奇形腫低いなし
絨毛癌hCG

胚細胞腫瘍(悪性)の主な症状

悪性胚細胞腫瘍の症状は、腹部膨満感、下腹部痛、不正出血です。

未分化胚細胞腫(ディスジャーミノーマ)の症状

未分化胚細胞腫、別名ディスジャーミノーマは、悪性胚細胞腫瘍の中で最も発生頻度が高い腫瘍型です。

片側性の下腹部痛や腹部膨満感が認められ、腫瘍の増大に伴い腹部の膨みが徐々にはっきりとしてきます。

症状特徴
下腹部痛片側性が多い
腹部膨満感進行に伴い増悪

卵黄嚢腫瘍の症状

卵黄嚢腫瘍は、成長が急速で症状の進行が早いです。

多くの患者さんが、急激な腹部膨満感や下腹部痛を主訴として受診されます。

また、腫瘍からのホルモン分泌により、不正性器出血が起こります。

未熟奇形腫の症状

未熟奇形腫はいろいろな組織成分を含む複雑な腫瘍なので、症状も多岐にわたります。

  • 腹部腫脹および疼痛
  • 便秘または頻尿
  • 発熱および全身倦怠感
  • 月経異常

このような症状が複合的に現れ、進行すると腹水貯留によっておなかが張った感じや膨れた感覚が生じます。

症状頻度
腹部膨満高頻度
下腹部痛中等度
便秘・頻尿低頻度

混合型胚細胞腫瘍の症状

混合型胚細胞腫瘍は複数の腫瘍型が混じるため、症状が複雑化しやすいです。

腹部の張りや下腹部の痛みといった症状に加え、腫瘍から分泌されるホルモンの影響により、月経不順や乳房が張って重く感じられ症状が出てきます。

症状原因
腹部膨満感腫瘍の増大
月経不順ホルモン分泌異常

症状の発現と進行

悪性胚細胞腫瘍は初期段階では軽微であったり、他の婦人科疾患と類似するため、見過ごされやすいです。

持続的な腹痛、急激な体重変動、不正出血が起きたら、すぐに婦人科を受診してください。

注意すべき症状特記事項
持続的な腹痛長期化する場合
体重の急激な変化短期間での増減
持続的な不正出血通常の月経周期外

胚細胞腫瘍(悪性)の原因

悪性胚細胞腫瘍の原因は単一の要因ではなく、複数の要素が絡み合って発症します。

遺伝的要因

悪性胚細胞腫瘍の発症には遺伝子レベルでの変化が関与していて、遺伝子変異や染色体の構造異常が腫瘍の発生リスクを高めます。

X染色体の数的・構造的な異常は、卵巣胚細胞腫瘍の発症リスクを上げる要因の一つです。

染色体異常関連する腫瘍タイプリスク増加の程度
X染色体異常卵巣胚細胞腫瘍軽度〜中程度

発生学的要因

胎児期に細胞の移動や分化の過程で何らかの乱れが生じると、将来腫瘍化するリスクが高まりす。

環境要因

環境要因も悪性胚細胞腫瘍の発症に少なからず影響を与えています。

  • 母体の喫煙習慣
  • 化学物質(環境ホルモンなど)への長期的な曝露
  • 医療目的以外の放射線被ばく
  • 生活環境によるホルモンバランスの乱れ
環境要因影響を受ける時期リスク増加の可能性
母体の喫煙胎児期中程度
化学物質曝露幼少期〜思春期軽度〜中程度
放射線被ばく全年齢高度
ホルモン環境思春期前後中程度

免疫系の関与

免疫系の機能不全も、悪性胚細胞腫瘍の発症に関連しています。

私たちの体内では免疫系が異常な細胞を認識し排除する働きをしていますが、異常が起こると腫瘍細胞の増殖を起こしてしまいます。

ホルモンの乱れ

体内の女性ホルモン(エストロゲン)が異常に高い状態が続いたり、男性ホルモン(アンドロゲン)の受容体に問題が生じると、胚細胞腫瘍のリスクが高まります。

ホルモン関連因子影響を受ける腫瘍タイプリスク増加の程度
高エストロゲン状態卵巣胚細胞腫瘍中程度
アンドロゲン受容体異常精巣胚細胞腫瘍軽度〜中程度

診察(検査)と診断

悪性胚細胞腫瘍の診断は、最初に患者さんから詳しい話を聞いて体の状態を確認し、その後さまざまな検査を行います。

初診

初診で行うのは、詳しい問診と身体診察です。

問診ではどんな症状がいつから始まったか、月経の状態はどうか、過去にかかった病気や家族の病歴などを聞きます。

身体診察では、しこりがないか、あればどのくらいの大きさかを調べ、内診も行います。

診察の種類調べる項目
問診症状の経過、生理の状態、病歴
身体診察お腹のしこり、内診での所見

画像を使った検査

超音波検査は最初に行う検査で、腫瘍の大きさや場所、中の様子を観察します。

CTやMRIでは、腫瘍がどこまで広がっているか、周りの組織との関係はどうかを詳しく調べることが可能です。

PET-CT検査は、腫瘍がどのくらい活発に動いているか、他の場所に広がっていないかを調べるために使うこともあります。

血液検査と腫瘍マーカー

血液検査は体全体の状態を調べたり、腫瘍マーカーを測ったりするのに使います。

悪性胚細胞腫瘍で増える腫瘍マーカー

  • AFP(アルファフェトプロテイン)
  • β-hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピンβサブユニット)
  • LDH(乳酸脱水素酵素)
  • CA125(癌抗原125)
腫瘍マーカー増える場所
AFP卵黄嚢腫瘍
β-hCG絨毛癌

確定診断

確定診断は手術で取り出した腫瘍の組織を顕微鏡で観察し、腫瘍の種類や悪性度を判定し、免疫組織化学染色や遺伝子検査といった特別な検査も一緒に行います。

診断方法どんなことが分かるか
組織を顕微鏡で見る検査腫瘍の種類や悪性度を判定できる
免疫組織化学染色特定のタンパク質があるかどうかを確認できる

胚細胞腫瘍(悪性)の治療法と処方薬、治療期間

悪性胚細胞腫瘍の治療は、手術療法、化学療法、放射線療法を組み合わせます。

手術療法

手術療法は、腫瘍を完全に取り除くことが目的です。

卵巣や子宮の摘出が必要となることもあり、手術の範囲は腫瘍の進行度や患者さんの年齢、妊娠を希望されるかどうかを検討して決めます。

早期のステージであれば、片側の卵巣だけを摘出する方法も選択肢の一つです。

手術の種類適応特徴
片側卵巣摘出術早期ステージ、妊孕性温存希望妊娠の可能性を残せる
両側卵巣摘出術進行ステージ、再発例根治性が高い

化学療法

化学療法は白金製剤と呼ばれる薬剤を中心に、複数の薬を組み合わせて使用する多剤併用療法が標準です。

代表的な薬剤の組み合わせにはBEP療法があり、ブレオマイシン、エトポシド、シスプラチンという3種類の薬剤を使用します。

化学療法は3〜4週間を1クールとして、3〜4クール繰り返し行います。

  • ブレオマイシン 抗腫瘍性抗生物質で、がん細胞のDNAに作用して増殖を抑制
  • エトポシド トポイソメラーゼII阻害剤 がん細胞の分裂を阻害
  • シスプラチン 白金製剤の一種で、がん細胞のDNAと結合して増殖を抑える

放射線療法

放射線療法は特定のタイプの胚細胞腫瘍や、化学療法を行った後に残った腫瘍に対して用いられる治療法です。

高エネルギーの放射線を腫瘍に当てることで、がん細胞を破壊し増殖を抑える効果があります。

治療期間は4〜6週間程度です。

放射線療法の種類特徴適応
外部照射体外から腫瘍に放射線を照射多くの症例で使用
密封小線源療法腫瘍近くに放射性物質を留置特定の症例に限定

治療期間

悪性胚細胞腫瘍の初期治療の期間は2〜6ヶ月程度です。

化学療法を含む複合的な治療が必要なときは、6ヶ月以上の時間がかかることもあります。

治療が終了した後も再発のリスクが高いため、少なくとも5年間程度は定期的な検査や診察による経過観察が必要です。

新たな治療法の展望

近年、医学の進歩により、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などの新しい治療法が研究され、従来の治療に抵抗性を示す症例や再発した患者さんに対する新たな選択肢になっています。

新規治療法作用機序期待される効果
分子標的薬特定の分子を標的副作用の軽減
免疫チェックポイント阻害剤免疫機能を活性化難治例への効果

胚細胞腫瘍(悪性)の治療における副作用やリスク

悪性胚細胞腫瘍を治療する際には、手術や抗がん剤治療、放射線治療などを組み合わせて行い、それぞれにさまざまな副作用やリスクが伴います。

手術に伴う副作用とリスク

手術後の痛みや出血、傷口が化膿するリスクは、どんな手術でもある程度起こり得るものです。

卵巣や子宮を取り除くと、妊娠が難しくなったり、若いうちに閉経を迎えたりします。

また、手術の範囲によっては、腸ねん転が起きたり、尿が出にくくなったりする合併症のリスクもあります。

副作用・リスクいつ頃起こるか
手術後の痛みすぐ後
妊娠しにくくなる長い目で見て

抗がん剤治療に伴う副作用

抗がん剤治療は体全体に影響を与えるため、さまざまな副作用が現れます。

よく見られる副作用

  • 吐き気や嘔吐
  • 髪の毛が抜ける
  • 血液を作る機能が低下する(白血球が減る、貧血になる、血小板が減る)
  • 手足のしびれ
  • 腎臓の働きが悪くなる

放射線治療に伴う副作用とリスク

放射線治療のすぐに現れる副作用は、皮膚の赤み、倦怠感、放射線を当てた近くの臓器での炎症です。

長期的にみると、妊娠が難しくなったり、別のがんができるリスクがあります。

副作用・リスクどの部分に影響があるか
皮膚が赤くなる皮膚
腸に炎症が起きる消化管

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術療法にかかる費用

卵巣腫瘍摘出術の場合、約30万円から50万円程度です。ただし、広汎子宮全摘出術などの大規模な手術になると、100万円以上かかります。

手術の種類概算費用
卵巣腫瘍摘出術30-50万円
広汎子宮全摘出術100-150万円

化学療法にかかる費用

BEP療法(ブレオマイシン、エトポシド、シスプラチン)は、1クール(3週間)あたり約50万円から80万円程度です。標準的な3〜4クールの治療を行うと、総額で150万円から320万円ほどになります。

放射線療法にかかる費用

外部照射は、1回あたり約1万円から2万円程度で、全体で20〜30回程度行うので総額で約20万円から60万円です。

治療法1回あたりの費用総額(標準的な治療回数)
外部照射1-2万円20-60万円
密封小線源療法5-10万円25-50万円

その他の関連費用

治療に伴う入院費、検査費、薬剤費などもあります。

  • 入院費 1日あたり約2万円から3万円
  • PET-CT検査 約10万円から15万円
  • 腫瘍マーカー検査 約5000円から1万円
  • 支持療法の薬剤費 月額約5万円から10万円

以上

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