乳癌 – 婦人科

乳癌(breast cancer)とは、乳房の組織に発生する悪性の腫瘍のことです。

乳癌は乳腺を構成する細胞が制御を失って、無秩序に増えることで発症します。

初期の段階では目立った症状が現れないことが多いため、定期的な検診が欠かせません。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

乳癌の種類(病型)

乳癌は主に、非浸潤癌、浸潤癌、パジェット病の3つに分類されます。

非浸潤癌

非浸潤癌は、乳管内に限局して癌細胞が増える病型です。

この段階では、癌細胞が基底膜を超えて周囲の組織に広がっていないため、転移のリスクが低いです。

非浸潤癌には、乳管内癌(DCIS)と小葉内癌(LCIS)の2種類があります。

非浸潤癌の種類特徴
乳管内癌(DCIS)乳管内に限局した癌細胞の増殖
小葉内癌(LCIS)小葉内に限局した癌細胞の増殖

非浸潤癌は、マンモグラフィーや超音波検査などの画像診断で発見されることが多いです。

浸潤癌

浸潤癌は、癌細胞が基底膜を破って周囲の組織に浸潤した病型です。

この段階では、リンパ節や他の臓器への転移のリスクが高まります。

浸潤癌には、浸潤性乳管癌や浸潤性小葉癌があります。

  • 浸潤性乳管癌:最も見られる病型で、乳管から発生し周囲に広がる
  • 浸潤性小葉癌:乳腺小葉から発生し、しばしば両側性に発生
  • 特殊型:粘液癌、髄様癌、管状癌など、まれな病型が含まれる

浸潤癌の診断には、画像診断に加えて生検が必須です。

パジェット病

パジェット病は、乳頭や乳輪に発生する特殊な形態の乳癌です。

この病型は、乳頭や乳輪の湿疹のような変化を特徴とし、時に非浸潤性または浸潤性の乳管癌を伴います。

パジェット病の特徴詳細
好発部位乳頭、乳輪
主な症状湿疹様変化、痒み、ただれ
随伴病変非浸潸性または浸潤性の乳管癌を伴うことがある

パジェット病は、一見すると単なる皮膚トラブルに見えることがあるため、見落とされやすい病型です。

乳癌の主な症状

乳癌の症状は、進行度合いや形態によって多岐にわたります。

非浸潤癌における初期の兆候

非浸潤癌は乳癌の初期段階で、癌細胞が乳管内に留まっているため、多くのケースでは目立った症状が現れません。

まれに、以下のような変化が観察されます。

  • 乳頭からの異常分泌物の排出
  • 乳頭の形状変化や陥没
  • 乳房組織内の局所的な硬結

これらの兆候は良性の乳腺疾患でも生じる可能性があるため、必ずしも乳癌の確定診断には至りません。

浸潤癌に見られる症状

浸潤癌は、癌細胞が乳管や小葉の枠を超えて周囲の組織に浸潤した状態です。

浸潤癌の症状

症状所見
腫瘤固く、可動性に乏しい傾向がある
皮膚の異常えくぼ状の陥凹や肥厚が見られる
乳頭の変形陥没や向きの変化が起こる
疼痛進行に伴い出現することがある

症状のうち一つでも該当する場合、すぐに医療機関を受診してください。

パジェット病に特有の皮膚症状

パジェット病は、乳頭およびその周辺の皮膚に変化が現れる乳癌の一形態です。

主要な症状

  1. 乳頭とその周囲に現れる湿疹様の変化
  2. 持続的なかゆみや灼熱感の訴え
  3. 乳頭からの出血や異常分泌物の排出
  4. 乳頭部位の疼痛や腫脹

一見すると単なる皮膚トラブルと混同されやすいため、見逃されるリスクが高いです。

自己観察の重要性

初期段階では無症状で経過することも珍しくないため、定期的な自己検診と医療機関での検査を組み合わせることが大切です。

自己検診の推奨頻度医療機関での検診間隔
毎月1回最低年1回
年齢層マンモグラフィ検査の推奨頻度
40歳未満医師の判断による
40-74歳2年に1回
75歳以上個人の状況に応じて検討

乳癌の原因

乳癌の発症には遺伝的素因と環境的影響が複雑に絡み合っており、単一の原因を特定することは容易ではありません。

遺伝的素因

乳癌の発症には、遺伝的な要素が大きく関与しています。

BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子に変異が生じていると、乳癌を発症するリスクが上昇します。

遺伝子生涯乳癌リスク一般人口との比較
BRCA1変異65-80%約5-7倍
BRCA2変異45-70%約4-6倍
一般人口約12%

これらの遺伝子変異を有する方は、乳癌発症リスクが5〜10倍程度高いです。

ただし、BRCA遺伝子変異が全ての乳癌発症の原因というわけではなく、家族性乳癌の約5〜10%を説明するにとどまります。

ホルモン関連要因

女性ホルモンのエストロゲンへの長期的な暴露も、乳癌発症リスクを高める要因です。

エストロゲンへの長期暴露が長い状況

  • 初経年齢が早い
  • 閉経年齢が遅い
  • 出産経験がない、または初産年齢が高い
  • 長期にわたるホルモン補充療法の使用

生活習慣関連要因

日々の生活習慣も乳癌発症リスクに少なからず関与しています。

生活習慣リスクへの影響推定リスク変動
肥満(特に閉経後)リスク増加約1.5-2倍
運動不足リスク増加約1.2-1.5倍
アルコール多飲リスク増加約1.3-1.6倍
野菜・果物の十分な摂取リスク低下約0.8-0.9倍

閉経後の肥満は体内でのエストロゲン産生を増加させる要因です。

一方で定期的な運動習慣は、免疫機能の向上やホルモンバランスの適正化を通じて、乳癌リスクを低下させる効果があります。

環境要因

環境中にある化学物質や放射線へさらされることも、乳癌発症リスクを高める可能性があります。

環境要因リスクへの影響注意すべき点
放射線照射リスク増加特に若年期の曝露に注意
内分泌かく乱物質リスク増加の可能性研究段階だが注意が必要
大気汚染リスク増加の可能性都市部での長期居住に注意

内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)の影響については、現在も研究が進められています。

加齢の影響

年齢の進行は、乳癌発症におけるリスク因子の一つです。

加齢に伴い遺伝子変異の蓄積や免疫機能の低下が進行するため、乳癌発症リスクが段階的に上昇していきます。

診察(検査)と診断

乳癌の診断は、視診・触診による初期スクリーニングから画像診断技術を用いた精密検査、そして生検による組織学的評価まで、複数の段階を経て進められます。

視診と触診

初期評価では乳房の外観や皮膚の微細な変化、触知可能なしこりの有無などを観察します。

触診においては、乳房全体と腋窩リンパ節、硬結の有無、その大きさ、硬さ、周囲組織との癒着の程度、可動性などを多角的に評価します。

画像診断

視診・触診で何らかの異常が疑われる場合、あるいは定期的な健康診断の一環として、画像診断技術が行われます。

  • マンモグラフィ検査
  • 乳房超音波検査(エコー)
  • 乳房MRI検査
  • 乳房トモシンセシス

複数の方法を組み合わせて実施することで、診断の精度と信頼性が向上します。

検査方法特徴と利点
マンモグラフィ微細な石灰化の検出に優れ、非触知病変の発見に有効
乳房超音波しこりの性状評価に優れ、若年者の高密度乳房にも有用
乳房MRI広範囲の病変把握に適し、多発病変の検出に威力を発揮
トモシンセシス従来のマンモグラフィよりも立体的な画像が得られ、重なりの多い乳腺の評価に有効

生検

画像診断で乳癌の疑いが持たれたときは、組織学的診断を目的とした生検が実施されます。

  1. 針生検(コア生検):局所麻酔下で特殊な中空針を用いて組織を採取する方法
  2. 吸引式針生検:真空吸引を利用してより多くの組織サンプルを採取可能な手法
  3. ステレオガイド下生検:マンモグラフィを用いて正確な位置を特定し、微細な病変から組織を採取する技術
  4. 切開生検:皮膚を小切開して直接目視下で組織を採取する従来型の手法
生検方法特徴と適応
針生検低侵襲性で外来診療でも実施可能、多くの症例で第一選択となる
吸引式針生検診断精度が高く、微小病変の評価に適している
ステレオガイド下生検非触知の微細石灰化病変の評価に特に有用
切開生検診断確実性が最も高いが、侵襲性も高いため選択的に実施

病理診断

生検で採取された組織標本は、顕微鏡下で観察されます。

癌細胞の存在の有無だけでなく、癌の組織学的タイプ、悪性度(グレード)、ホルモン受容体の発現状態、HER2タンパクの過剰発現なども評価することが可能です。

病理診断項目臨床的意義
組織型予後や治療反応性の予測に関与
悪性度腫瘍の増殖速度や転移リスクの指標
ホルモン受容体内分泌療法の適応決定に不可欠
HER2発現分子標的療法の適応判断に重要

乳癌の治療法と処方薬、治療期間

乳癌の治療においては、手術療法、薬物療法、放射線療法を組み合わせた多角的なアプローチを用います。

手術療法

乳癌の手術には、乳房温存手術と乳房全摘出術という二つの選択肢があります。

乳房温存手術では腫瘍とその周囲の正常組織を部分的に切除し、乳房全摘出術は乳房全体を切除する術式です。

薬物療法

薬物療法は、術前術後や転移性乳癌の治療に用いられます。

代表的な薬物療法は、ホルモン療法と化学療法です。

治療法適応代表的な薬剤
ホルモン療法ホルモン受容体陽性乳癌タモキシフェン、アロマターゼ阻害薬
化学療法進行性乳癌、再発リスクの高い早期乳癌アンスラサイクリン系、タキサン系

ホルモン療法は、エストロゲン受容体陽性の乳癌に対して高い効果を示します。

一方、化学療法は進行した乳癌や再発リスクが高いと判断される早期乳癌に対して用いられることが多いです。

分子標的薬

近年、HER2陽性乳癌に対するトラスツズマブをはじめとする分子標的薬の登場により、治療成績が飛躍的に向上しています。

これらの薬剤は癌細胞の特定の分子を標的とすることから、従来の化学療法と比較して副作用が軽減されます。

  • トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)
  • ペルツズマブ(商品名:パージェタ)
  • T-DM1(商品名:カドサイラ)

放射線療法

放射線療法は、乳房温存手術後の局所再発リスクを減らす目的で実施されます。

1日1回、週5日のスケジュールで、5〜6週間にわたって照射を行うのが標準です。

最近では、照射期間を短縮した加速部分乳房照射法なども開発され、臨床応用が進んでいます。

照射法期間特徴
通常照射5〜6週間標準的な方法として広く普及
加速部分乳房照射1〜2週間照射範囲を限定し期間を短縮

治療期間

早期乳癌の場合、手術から放射線療法まで含めておよそ2〜3ヶ月程度です。

ただし、薬物療法を併用する場合は、さらに長期化します。

治療法期間
手術1〜2週間(入院期間)
化学療法3〜6ヶ月
ホルモン療法5〜10年

ホルモン療法は再発リスクの低減を目的として、5年以上継続することが珍しくありません。

乳癌の治療における副作用やリスク

乳癌に対する治療法は予後を大きく改善する一方で、さまざまな副作用やリスクを伴います。

手術に関連する副作用とリスク

乳癌の外科的治療では病変の範囲や進行度に応じて、乳房の一部または全体を切除する必要があり、副作用やリスクが生じます。

  • 手術創部位の疼痛や腫脹
  • 上肢のむくみ(リンパ浮腫)
  • 乳房の形状変化や左右非対称性
  • 術後の肩関節可動域制限

腋窩リンパ節郭清を実施した症例では、リンパ浮腫のリスクが上昇します。

手術の種類副作用とリスク
乳房温存手術乳房の部分的変形、術後放射線療法の必要性
乳房全摘術ボディイメージの変容、乳房再建手術の検討
センチネルリンパ節生検腋窩のしびれ感、一過性の上肢挙上困難
腋窩リンパ節郭清リンパ浮腫、上肢の可動域制限

放射線療法に起因する副作用

放射線療法は、乳房温存手術後の局所再発リスク低減を目的として実施される補助療法です。

放射線療法に伴う副作用

  1. 照射部位の皮膚症状(発赤、乾燥、掻痒感)
  2. 全身倦怠感の増強
  3. 照射野における疼痛や不快感
  4. 長期的な皮膚変化(色素沈着、皮膚の硬化など)
  5. まれに肺炎や心臓への影響
副作用発現時期推定持続期間
皮膚炎照射開始2-3週間後照射終了後1-2か月で軽快
疲労感照射期間中〜終了直後終了後数週間で改善
肺炎照射終了後2-3か月数週間〜数か月

化学療法に伴う副作用

化学療法は全身性の治療法で、副作用が起こります。

主な副作用

  • 脱毛(頭髪、眉毛、睫毛など)
  • 悪心・嘔吐
  • 食欲不振
  • 全身倦怠感
  • 口腔粘膜炎
  • 消化器症状(下痢または便秘)
  • 末梢神経障害(手足のしびれ感)
  • 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)
副作用発現時期予想される持続期間
脱毛治療開始2-3週間後治療終了後3-6か月で回復傾向
悪心・嘔吐投与直後〜数日間数日〜1週間程度
骨髄抑制投与後7-14日頃2-3週間程度で回復
末梢神経障害累積投与量依存性治療終了後も持続の可能性あり

ホルモン療法の副作用

ホルモン受容体陽性乳癌の患者さんに対して実施されるホルモン療法には、特有の副作用があります。

  • 更年期様症状(ホットフラッシュ、寝汗、発汗過多など)
  • 骨密度の低下と骨折リスクの上昇
  • 関節痛や筋肉痛
  • 血栓塞栓症のリスク上昇
  • 子宮内膜癌のリスク(タモキシフェン使用時)
  • 脂質代謝異常
薬剤クラス副作用注意すべき点
選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM)血栓症、子宮内膜癌不正性器出血の有無
アロマターゼ阻害薬骨密度低下、関節痛定期的な骨密度測定
黄体形成ホルモン放出ホルモン(LH-RH)アゴニスト閉経様症状、骨密度低下心血管リスクの評価

長期的視点で考慮すべきリスクと留意事項

乳癌治療後は、長期的な視点でのフォローアップが必要不可欠です。

注意を要する点

  • 二次性悪性腫瘍の発生リスク
  • 心機能への影響(特に左側乳癌に対する放射線療法後)
  • 骨粗鬆症の進行リスク
  • 認知機能への影響(化学療法関連認知機能障害)
  • リンパ浮腫の晩期発症
リスク因子関連する治療モダリティ推奨される対策
二次性悪性腫瘍放射線療法、特定の化学療法薬定期的な全身検診と画像診断
心機能障害アントラサイクリン系薬剤、抗HER2療法、放射線療法定期的な心機能評価とモニタリング
骨粗鬆症ホルモン療法(特にアロマターゼ阻害薬)骨密度測定と必要に応じた骨粗鬆症治療
認知機能障害化学療法神経心理学的評価と支援

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術費用

乳癌の手術費用は術式によって異なり、費用には入院費や麻酔料も含まれます。

手術の種類概算費用(3割負担の場合)
乳房温存手術15万円〜25万円
乳房全摘出術20万円〜30万円

薬物療法の費用

抗がん剤治療やホルモン療法などの薬物療法は、長期間にわたって継続されるため、総額が高くなります。

  • 抗がん剤治療(1クール):5万円〜15万円
  • ホルモン療法(1ヶ月):1万円〜3万円
  • 分子標的薬(1回投与):10万円〜30万円

放射線治療の費用

放射線の治療期間は、通常4〜6週間です。

治療期間概算費用(3割負担の場合)
4週間20万円〜30万円
6週間30万円〜40万円

再建手術の費用

乳房再建手術を選択する場合、追加の費用が発生します。

人工乳房を用いた再建手術では、30万円〜50万円程度の自己負担が必要です。

以上

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