存続絨毛症 – 婦人科

存続絨毛症(gestational trophoblastic disease)とは、妊娠に関連して発生する疾患群です。

正常な妊娠や流産後に、胎盤を形成する細胞(絨毛細胞)が異常に増殖することで起こり、不正性器出血や腹部の痛み、吐き気などの症状が現れます。

また、妊娠反応検査で陽性反応が継続することも、この疾患に特徴的な所見の一つです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

存続絨毛症の種類(病型)

存続絨毛症の病型は、奇胎後hCG存続症、臨床的侵入奇胎、臨床的絨毛癌があり、見られる症状や経過が異なります。

奇胎後hCG存続症

奇胎後hCG存続症は、奇胎を娩出した後もhCG値が下がらず持続する状態です。

画像検査では明らかな腫瘤は見られず、hCG値の推移を観察し状況に応じて化学療法の実施を検討します。

臨床的侵入奇胎

臨床的侵入奇胎は、絨毛組織が子宮筋層に浸潤していく病態です。

超音波検査やMRIで所見が見られ、診断の手がかりになります。

検査方法所見
超音波蜂巣状エコー、血流豊富な病変
MRI子宮筋層内の多発性嚢胞状病変、造影効果の増強

臨床的絨毛癌

臨床的絨毛癌は存続絨毛症の中で最も悪性度が高い病型で、急速な進行と遠隔転移を起こすため、早期発見と迅速な対応が必要です。

臨床的絨毛癌の特徴

  • 異常に高いhCG値
  • 腫瘍の急速な増大
  • 肺、肝臓、脳などへの遠隔転移
  • 顕著な出血傾向

存続絨毛症の主な症状

存続絨毛症の病型、奇胎後hCG存続症、臨床的侵入奇胎、臨床的絨毛癌は、それぞれ独自の症状パターンを示します。

奇胎後hCG存続症の症状

奇胎後hCG存続症は全胞状奇胎の掻爬術後に絨毛組織が残り、血中hCG値が長期にわたって高値を維持します。

この疾患で最もよく見られる症状は、不規則な性器出血と腹部不快感です。

不規則な性器出血は通常の月経周期とは異なり、量や発生時期を予測することが困難で、腹部不快感は軽度から中程度の痛みで、持続的あるいは間欠的に現れます。

主要症状臨床的特徴
不規則な性器出血予測不可能な出血パターン、量の変動が大きい
腹部不快感軽度から中程度の痛み、持続性または間欠性

臨床的侵入奇胎の症状

臨床的侵入奇胎は絨毛組織が子宮筋層内に浸潤していて、奇胎後hCG存続症の症状に加え重篤な症候が見られ、激しい下腹部痛や大量の性器出血が生じます。

また、触診で子宮の腫大や軟化が確認できます。

臨床的絨毛癌の症状

臨床的絨毛癌は存続絨毛症の中で最も進行した状態で、全身に及ぶ症状がはっきりと現れてきます。

  • 持続的かつ大量の不規則性器出血
  • 激烈な下腹部痛
  • 呼吸時の困難感
  • 持続的な咳嗽
  • 頑固な頭痛
  • 視野の異常や視力低下

これらの症状は、絨毛癌が他の臓器へ転移していることを示唆する重要な指標です。

転移好発部位関連する症状
肺組織呼吸困難、持続的咳嗽
脳実質頑固な頭痛、視覚異常
肝臓実質右季肋部痛、黄疸症状

存続絨毛症に共通して見られる症状

存続絨毛症の3つの病態に共通する症状もあります。

  1. 持続的に高値を示すhCGレベル
  2. 妊娠反応検査における持続的な陽性反応
  3. 進行性の貧血症状
  4. 全身にわたる強い倦怠感
共通して観察される症状臨床上の意義
持続的高hCG値疾患活動性の客観的指標
進行性貧血持続出血による二次的影響

存続絨毛症の原因

存続絨毛症は主に胞状奇胎後に発生するものの、正常妊娠や流産後にも生じることがあります。

他にも、遺伝子の異常、ホルモンバランスの乱れ、免疫系の変調、さらには環境因子が絡み合って本疾患の発症に関与しています。

胞状奇胎と存続絨毛症

全胞状奇胎のおよそ15-20%が、存続絨毛症へと進展します。

奇胎の種類存続絨毛症へのリスク所見
全胞状奇胎15-20%胎児組織の完全欠如、絨毛の水腫状変性
部分胞状奇胎0.5-1%一部の胎児組織の存在、部分的な絨毛の水腫状変性

胞状奇胎では受精卵の染色体に重大な異常が生じることにより、正常な胎児の発育が阻害され、代わりに絨毛組織が異常に増殖します。

遺伝子異常

存続絨毛症の発生に関係しているのは、細胞周期の制御や腫瘍の抑制に役割を果たす遺伝子の変異です。

存続絨毛症との関連が示唆される遺伝子異常

  • p53遺伝子の変異 腫瘍抑制機能の低下をもたらす
  • KRAS遺伝子の活性化 細胞増殖シグナルの異常亢進を起こす
  • FHIT遺伝子の不活性化 アポトーシス誘導能の低下につながる
  • MYC遺伝子の過剰発現 細胞増殖と分化の制御異常を招く

ホルモンバランスの乱れ

存続絨毛症において見られる所見の一つが、絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の異常な高値です。

hCGの過剰産生が、さらなる絨毛組織の増殖を促進すという悪循環があります。

ホルモン存続絨毛症における変化臨床的意義
hCG異常高値診断や経過観察の指標として重要
エストロゲン上昇子宮内膜への影響、血栓リスクの上昇
プロゲステロン変動子宮内膜の状態に影響を与える
インヒビン上昇腫瘍マーカーとしての可能性

また、エストロゲンやプロゲステロンなどの妊娠関連ホルモンにおけるバランスの変化も、存続絨毛症の発生や進展に関わっています。

免疫システムの変調

妊娠過程では、母体の免疫システムが胎児を異物として排除することを防ぐため、免疫寛容というメカニズムが働いています。

存続絨毛症は免疫寛容のメカニズムが過剰に機能することにより、増殖した絨毛組織を排除できない状況です。

免疫細胞存続絨毛症における変化影響
NK細胞機能低下異常細胞の排除能力の低下
T細胞活性化状態の変化免疫応答の調整不全
制御性T細胞増加過剰な免疫抑制状態の誘導
マクロファージ極性の変化腫瘍微小環境の形成促進

環境因子

遺伝的要因や生物学的要因に加えて環境因子もまた、存続絨毛症の発生リスクに影響を及ぼす可能性があります。

環境因子存続絨毛症との関連性メカニズム
年齢高齢・若年で発生率上昇卵子の質的変化、ホルモンバランスの乱れ
栄養状態ビタミンA欠乏との関連細胞分化異常、免疫機能低下
喫煙リスク上昇の可能性血管新生促進、DNA損傷
放射線被曝リスク上昇の可能性遺伝子変異誘発、細胞周期異常

診察(検査)と診断

存続絨毛症の診断は問診から始まり、身体診察、血液検査、そして高度な画像診断技術が行われます。

病歴聴取と身体診察

存続絨毛症の問診で、患者さんの妊娠歴や出産経験、異常出血の有無など、疾患を示唆する情報を聞き取ります。

その後身体診察で、腹部の触診や内診を通じて、子宮の大きさや硬さの変化、圧痛の有無などを評価します。

評価手法確認する内容
病歴聴取妊娠・出産歴、異常出血の詳細
身体診察子宮の触診所見、圧痛の有無

血液検査

ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の定量測定が、診断の決め手となる検査項目です。

さらに、貧血の程度や肝機能、腎機能の詳細な評価も実施し、患者さんの全身状態を把握します。

高度画像診断

超音波検査は、子宮内の微細な異常や腫瘤の存在を確認するために用いられる方法です。

より精密な画像が必要な場合には、MRIやCTスキャンを活用し、病変の範囲や潜在的な転移巣を調べます。

先端画像診断法評価対象
超音波検査子宮内微細異常、腫瘤形成
MRI/CT病変の詳細な範囲、転移巣の検出

鑑別診断の重要性

存続絨毛症の診断では、正常妊娠、子宮外妊娠、自然流産との区別が大切です。

注意する点

  • hCG値の経時的変化パターン
  • 超音波検査で観察される特徴的な画像所見
  • 患者さんの訴える症状と経過
  • 組織学的に観察される特徴的な所見

存続絨毛症の治療法と処方薬、治療期間

存続絨毛症の治療は化学療法が中心で、外科的介入や放射線療法を組み合わせます。

化学療法

存続絨毛症は病期の進行度や病型の特性によって、単剤療法あるいは多剤併用療法のいずれかを選びます。

病期分類推奨される化学療法レジメン投与スケジュール効果
低リスク群メトトレキサート単剤週1回、8週間高い寛解率、副作用軽減
高リスク群EMA-CO療法2週間を1サイクル、複数サイクル強力な抗腫瘍効果

低リスク群の症例では、メトトレキサートやアクチノマイシンDの単剤療法が第一選択です。

これらの薬剤は副作用が少なく、外来での治療が可能であるという利点があります。

高リスク群の症例に対しては、多剤を併用するEMA-CO療法(エトポシド、メトトレキサート、アクチノマイシンD、シクロフォスファミド、ビンクリスチンの併用)を用います。

化学療法の投与と治療期間

化学療法は、複数のサイクルに分けて投与が行われます。

低リスク群の患者さんでは週1回の投与を8回連続で行うなど、短期間で治療が完結。

高リスク群の患者さんに対しては2週間を1サイクルとして、複数のサイクルを連続して実施することが標準で、期間は数ヶ月に及びます。

治療効果判定基準hCG値の推移パターン臨床的意義
完全寛解正常化後3週連続陰性治療終了の目安
部分寛解10%以上の低下治療継続の判断材料
病勢安定10%未満の変動治療戦略再考の契機
病勢進行10%以上の上昇治療方針変更の指標

治療効果を判定するうえで重要な指標となるのが、血中hCG値の推移です。

hCG値が正常範囲内に低下し、その後3週間連続で陰性を確認できれば完全寛解と判断します。

外科的介入

化学療法による全身的な治療に加えて、外科的介入が併用されるケースがあります。

  • 子宮内容除去術:残存する異常絨毛組織の完全摘出を目指す
  • 子宮全摘術:広範囲に浸潤した病変や出血リスクの高い症例に対して検討
  • 肺切除術:化学療法後の残存肺転移巣の摘出
  • 開頭術:脳転移巣の摘出による神経症状の改善と局所制御

化学療法に対する反応が乏しい病変や、大量出血のリスクが懸念される病変に対しては、外科的介入が検討します。

放射線療法

脳転移をはじめとする転移巣には、放射線療法が有効な選択肢です。

全脳照射や定位放射線治療があり、化学療法や外科的介入と組み合わせて用います。

放射線療法の種類適応期待される効果
全脳照射多発性脳転移広範囲の腫瘍制御
定位放射線治療限局性脳転移正常組織への影響最小化
骨転移部への照射疼痛を伴う骨転移疼痛緩和と病的骨折予防

長期的フォローアップと再発時の対応

初回治療が終了した後も、定期的なフォローアップが欠かせません。

hCG値の測定を中心に、画像検査を組み合わせます。

再発が確認された場合、EP-EMA療法(エトポシド、シスプラチン、エトポシド、メトトレキサート、アクチノマイシンDの併用)を考慮することに。

フォローアップの時期検査内容注意すべきポイント
治療終了直後週1回のhCG測定急激な上昇に要注意
寛解後1年目月1回のhCG測定と3ヶ月ごとの画像検査微小な変化も見逃さない
寛解後2年目以降2-3ヶ月ごとのhCG測定と半年ごとの画像検査晩期再発の可能性も考慮

存続絨毛症の治療における副作用やリスク

存続絨毛症の治療では化学療法が用いられますが、その過程で患者さんに副作用やリスクが生じます。

化学療法に伴う短期的副作用

化学療法で頻繁に見られる副作用は、激しい悪心や嘔吐、脱毛、全身の倦怠感です。

短期的副作用発現頻度持続期間
悪心・嘔吐数日〜数週間
脱毛数ヶ月
全身倦怠感治療中〜治療後数週間

化学療法による血液学的副作用

化学療法は造血機能に大きな影響を与えます。

白血球減少は感染症のリスクを高め、血小板減少は出血を増加させる要因です。

また、貧血も頻繁に見られ、患者さんに強い疲労感や息切れをもたらします。

生殖機能への影響

化学療法によって卵巣機能が一時的あるいは永続的に低下し、不妊につながるケースがあります。

若年の患者さんの場合、将来の妊娠の可能性について治療開始前に十分な説明を行い、卵子凍結保存などの対策を講じることが重要です。

生殖機能への影響可逆性対策
卵巣機能低下可逆性ありホルモン補充療法
不妊一時的/永続的卵子凍結保存

化学療法後の長期的な健康リスク

化学療法は治療終了後も患者さんの健康に影響を及し、二次性悪性腫瘍の発生リスクがわずかながら上昇します。

また、心臓や肺といった重要な臓器への長期的な影響も懸念されるため、定期的な受診が大切です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院治療にかかる費用

高リスク症例では、多剤併用化学療法のために入院が必要です。

EMA-CO療法の1クール(2週間)あたりの入院費用

項目概算費用
入院基本料15万円
化学療法薬剤費30-50万円
検査・処置費10-20万円

多くの場合複数クールの治療を行うため、総額で300-500万円程度の費用が見込まれます。

外来治療の費用内訳

低リスク症例では、メトトレキサートを単剤療法を外来で行うことが多いです。

8週間の治療期間の費用

  • 薬剤費: 1回あたり2-3万円 × 8回 = 16-24万円
  • 血液検査: 1回あたり5千円 × 8回 = 4万円
  • 画像検査: CT検査 2万円 × 2回 = 4万円

合計すると、外来治療全体で約30-40万円になります。

追加治療に伴う費用増加

化学療法に反応が乏しいかったり合併症が生じた際は、追加の治療が行われます。

追加治療概算費用
子宮全摘術50-80万円
放射線療法30-50万円

以上

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