失神(Syncope)とは、突如として意識を喪失し、自然と回復する症状を指します。
医学的な観点から見ると、脳への血液供給が急激に減少することが主な要因となります。
急に立ち上がったときや長時間同じ姿勢で立ち続けた場合、強い精神的ストレスにさらされた際などに発生しやすいとされます。
また、心臓や血管に関連する問題が根本的な原因となっているケースも珍しくありません。
失神の主な症状
失神は意識が突然失われ、体がふらふらしたり、倒れてしまう状態を指し、通常数分以内に意識が回復します。
失神の前に現れる症状
失神が起こる前には、特徴的な症状が現れることがあります。
失神前の症状 | どんな感じか |
めまい | ぐるぐる回る感じや、ふわふわする感じがする |
目の異常 | 見える範囲が狭くなったり、急に暗くなったりする |
冷や汗 | 体中に冷たい汗をかく |
吐き気 | 実際に吐いてしまうこともある |
意識がなくなる時の特徴
- 突然起こる
- 短い時間(普通は数秒から数分)で意識が戻る
- 姿勢を保てなくなる(立っていたり座っていたりすると、倒れてしまうことがある)
- 周りからの刺激に反応しなくなる
意識が戻った後の症状
意識が戻った後も、しばらくの間、以下のような症状が続くことがあります。
- 一時的に周りの状況がわからなくなる
- とても疲れた感じがする
- 頭痛(脳に流れる血液の量が変わることで頭が痛くなる)
症状は時間がたつと良くなりますが、長く続く場合は注意しなければなりません。
失神の回数・続く時間
失神がどのくらいの頻度で起こるか、どのくらい続くかは、原因となる病気によって違います。
失神が長く続けば続くほど、また回数が多ければ多いほど、深刻な病気が隠れている可能性があります。
患者さんの中には、失神がどのくらいの頻度で起こるか、どのくらい続くかをはっきりと覚えていない方もいます。
そのため、家族や周りの人がどんな様子だったかを教えてくれると、病気を見つけるのに役立つことがあります。
失神と一緒に現れやすい症状
- 動悸(胸がドキドキする感じ)
- 胸の痛み
- 息苦しさ
- けいれん(体が勝手に震えたりひきつったりする)
失神の原因
失神は循環器系の問題、神経系の異常、代謝の乱れなど、さまざまな原因が潜んでいます。
循環器系の問題が引き起こす失神
心臓が十分な血液を脳に送ることができない状態になると、一時的に意識を失ってしまう場合があります。
特に注意が必要なのが不整脈です。心臓の拍動が極端に遅くなったり速くなったりすると、脳への血液の供給が不足し、失神につながる可能性が高くなります。
また、弁膜症(心臓の弁の異常)や心筋症(心臓の筋肉の病気)なども失神の原因となります。
心臓の問題 | 失神との関連性 | 主な特徴 |
不整脈 | 脳血流の急激な変動を引き起こす | 心拍数の異常な増加や減少 |
弁膜症 | 心臓のポンプ機能を低下させる | 心臓の弁の開閉異常 |
心筋症 | 心臓の収縮力を弱める | 心臓の筋肉の異常 |
血管系の異常が関与する失神
特に、起立性低血圧(立ち上がった時に血圧が下がる状態)は、高齢者に多く見られる失神の原因です。
急に立ち上がった時に血圧が急激に低下し、一時的に脳への血液の供給が不足するために失神が起きます。
また、血管迷走神経反射も失神を引き起こす代表的な原因の一つです。
強い痛みや恐怖、長時間立っているなどの状況をきっかけに、急激な血圧低下と心拍数の減少が起こります。
これにより脳への血液の流れが低下し、失神に至ります。
血管系の問題 | 主な特徴 | 起こりやすい状況 |
起立性低血圧 | 姿勢変化による急激な血圧低下 | 急に立ち上がった時 |
血管迷走神経反射 | 自律神経の過剰反応による血圧低下 | 強いストレスや長時間の立位 |
神経系の異常が引き起こす失神
- てんかん発作
- 一過性脳虚血発作(脳の一部に一時的に血液が行き渡らなくなる状態)
- 自律神経障害
その他の失神の原因
- 低血糖(血液中の糖分が少なすぎる状態)
- 電解質異常(体内のミネラルバランスの乱れ)
このほか、高血圧の薬や利尿薬などの薬が血圧を必要以上に低下させ、失神の原因となる場合もあります。
診察(検査)と診断
失神の診断では、症状、これまでの病歴、ご家族の病歴、そして失神が起こった時の状況をお聞きしながら、原因を探っていきます。
病歴聴取
失神の前に現れる症状、意識を失っていた時間、意識が戻ってからの様子、そして失神に伴って起こった他の症状などを確認します。
また、以下のような点についてもお聞きします。
- 失神がどのくらいの頻度で、どんな状況で起こるか
- 体の姿勢を変えた時に関係があるか
- 運動中や精神的なストレスがある時に関係があるか
- ご家族の中で突然亡くなった方や心臓の病気がある方がいるか
- 現在飲んでいる薬
身体診察・基本検査
身体診察では以下のような項目を確認します。
確認する項目 | 具体的に調べること |
バイタルサイン | 血圧、脈拍数、呼吸の回数、体温 |
心臓の聴診 | 心臓の音、異常な雑音、脈が乱れていないか |
首の動脈の聴診 | 首の血管に異常な音がしないか |
神経の働きの確認 | 意識がはっきりしているか、手足の動きや感覚に問題がないか |
基本的な検査として、12誘導心電図(しんでんず)という検査を必ず行います。
心電図では、不整脈や心臓の電気の伝わり方の異常、心臓の筋肉に血液が十分に行き渡っていないかどうかなどを調べます。
以前、10代後半の患者さんが運動中に何度も失神を起こすという訴えで来院されました。
詳しくお話を伺い、心電図検査を行った結果、QT延長症候群(心電図の波形の一部が長くなる遺伝性の病気)という不整脈の病気が見つかり、治療を始めました。
このように、若い方の失神でも重大な心臓の病気が隠れている可能性があります。
追加検査
失神の特徴や原因に応じて、検査を追加する場合もあります。
検査の名前 | 主に調べること |
ホルター心電図 | 24時間以上、心電図を連続して記録する |
心臓超音波検査 | 心臓の形や働きに異常がないか調べる |
運動負荷試験 | 運動をしたときに不整脈や心臓の血流に問題が起きないか調べる |
血液検査 | 貧血、血液の成分のバランス、甲状腺の働きなどを調べる |
確定診断
臨床診断だけでは確定的な診断に至らないこともあります。そのような場合、さらに専門的な検査を検討します。
検査の名前 | どんなときに行うか |
心臓電気生理検査 | 不整脈をより詳しく調べる必要があるとき |
チルト試験 | 立ちくらみなどが原因の失神(神経調節性失神)かどうか調べるとき |
植込み型心電計 | 原因がわからず、繰り返し失神が起こるとき |
失神の治療法と処方薬、治療期間
失神の治療方法は大きく分けて、お薬を使う方法、お薬を使わない方法、そして場合によっては手術を行う方法の3つに分けられます。
治療方法 | 主に対象となる症状や状態 |
お薬を使う方法 | 不整脈(心臓の拍動が乱れる状態)、低血圧 |
お薬を使わない方法 | 生活習慣の改善、体を動かす訓練 |
手術を行う方法 | 重い心臓の病気 |
お薬を使った治療
不整脈が原因の場合、不整脈を治すお薬を使って心臓の拍動を整えます。血圧が低いことが問題の場合は、血圧を上げるお薬を出します。
また、神経調節性失神に対しては、ミドドリンやフルドロコルチゾンというお薬が効果的です。
お薬の名前 | 主な働き |
ミドドリン | 血管を縮める |
フルドロコルチゾン | 体の中の水分を増やす |
β遮断薬(ベータしゃだんやく) | 心臓の拍動を調整する |
お薬を使わない治療と生活指導
特に神経調節性失神の患者さんには、次のような指導を行います。
- たくさん水分を取る
- 適度に塩分を取る
- 急に姿勢を変えない
- 足を締め付ける靴下を履く
また、失神が起きそうな予兆を感じたときの対処法として、すぐに座るか横になることをお伝えします。
こうすることで、脳に血液が行きやすくなり、失神を避けられる場合があります。
治療にかかる時間と経過の観察
一時的な原因で起こった失神であれば、数週間から数か月の治療で良くなる場合もあります。
一方、不整脈や心臓の問題などの病気が原因の場合は、治療には長期間かかります。
失神の原因 | 治療にかかると想定される時間 |
一時的な水分不足 | 数日〜数週間 |
不整脈 | 数か月〜数年 |
心臓の形に問題がある病気 | 長い期間の管理が必要 |
失神の治療における副作用やリスク
失神の治療には、さまざまな副作用やリスクがあります。治療の方法によって副作用の種類や程度は違いますが、特に薬を使う治療や体に負担がかかる処置では注意しましょう。
薬物療法の副作用
薬の種類 | 主な副作用 |
不整脈を治す薬 | 頭痛、めまい、体のだるさ |
血圧を調整する薬 | 血圧が下がりすぎる、水分不足、体内の塩分バランスが崩れる |
その他のリスク
ペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)という特殊な医療機器を体内に埋め込む手術が必要になる場合は、次のようなリスクがあります。
- 傷口から細菌が入って感染症になる
- 手術の際に出血する
- 埋め込んだ機器が正しく動作しない
- 心臓や血管を傷つけてしまう
手術を行う前には、手術の内容や起こりうる問題について説明を受け、リスクについて理解しておきましょう。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
失神の治療費は、原因や必要な検査によって大きく変動します。
失神の診断に関わる費用
検査項目 | 概算費用(円) |
心電図検査 | 5,000〜10,000 |
血液検査 | 3,000〜8,000 |
頭部CT検査 | 10,000〜20,000 |
心エコー検査 | 8,000〜15,000 |
原因別の治療費
- 不整脈による失神…ペースメーカー植込み手術が必要な際は、約200万円の費用がかかります。
- 起立性低血圧による失神…主に薬物療法で対応し、月額5,000〜10,000円程度の薬剤費が目安です。
- 神経調節性失神…生活指導が中心となるため、追加の治療費はほとんどかかりません。
入院時の費用
重度の失神や原因不明の失神では、入院して精密検査や治療を行います。入院費用は、病室の種類や入院期間によって変わります。
入院日数 | 一般病室(円) | 個室(円) |
3日間 | 60,000〜90,000 | 90,000〜150,000 |
1週間 | 140,000〜210,000 | 210,000〜350,000 |
以上
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