腸チフス – 感染症

感染症の一種である腸チフスは、サルモネラ属菌の一種であるチフス菌によって引き起こされる感染症です。

チフス菌に汚染された食べ物や水を口から取り込むことで感染が成立するのが、主な感染経路となっています。

腸チフスにかかると、高熱や頭痛、倦怠感といった全身症状や下痢・便秘などの消化器症状が現れることが多くあります。

腸チフスが重症化した際には、意識障害や腸穿孔などの深刻な合併症を発症するリスクが高まります。

腸チフスの種類(病型)

腸チフスには、定型例、非定型例、合併症を伴う症例という3つの病型が存在します。

定型例

定型例は、腸チフスの典型的な症状を示す病型です。

高熱、頭痛、倦怠感、バラ疹、脾腫などの症状が現れます。

症状頻度
高熱90%
頭痛80%
倦怠感70%
バラ疹30%
脾腫50%

非定型例

非定型例は、定型例とは異なる非特異的な症状を示す病型です。

下痢、便秘、腹痛などの消化器症状が主体となります。

  • 発熱が軽度である
  • 全身症状が乏しい
  • 消化器症状が目立つ

合併症を伴う症例

合併症を伴う症例は、腸チフスの経過中に様々な合併症を発症する病型です。

腸出血、腸穿孔、意識障害などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあります。

合併症頻度
腸出血5-10%
腸穿孔1-3%
意識障害5%

腸チフスの主な症状

腸チフスの症状は多様であり、人によって症状の現れ方に大きな違いがあるのが特徴です。

発熱

腸チフスの最も典型的な症状は、持続的な高熱です。

発熱パターン特徴
階段熱数日かけて徐々に上昇
弛張熱1日の中で体温の上下が大きい

消化器症状

腸チフスでは、様々な消化器症状が現れます。

  • 下痢(ピーソープ様便)
  • 便秘
  • 腹痛
  • 腹部膨満感

全身症状

腸チフスは全身に影響を及ぼすため、以下のような症状が見られます。

症状頻度
頭痛80%
倦怠感70%
食欲不振60%
関節痛30%

皮膚症状

腸チフスに特徴的な皮膚症状として、バラ疹(rose spots)があります。

バラ疹は、胸部や腹部に出現する淡い赤色の斑点状発疹です。

腸チフスの原因・感染経路

腸チフスは、サルモネラ属菌の一種であるチフス菌(Salmonella typhi)が原因となって発症する感染症です。

チフス菌は、ヒトの腸管内で特異的に増殖することで、感染を引き起こします。

チフス菌の特徴

チフス菌は、グラム陰性の桿菌であり、人間の腸管内で増殖する性質を持っています。

以下の表は、チフス菌の主な特徴をまとめたものです。

特徴説明
宿主特異性人間のみに感染する
酸素要求性通性嫌気性菌であり、酸素の有無にかかわらず増殖可能
至適温度37℃前後の体温付近で最も増殖しやすい

チフス菌は、人間以外の動物に感染することはなく、ヒトの腸管内での増殖に適応しています。

また、通性嫌気性菌であるため、酸素が十分にない環境下でも生存・増殖することが可能です。

感染経路

腸チフスの主な感染経路は、以下の3つです。

  1. 経口感染:チフス菌に汚染された食べ物や水を口から取り込むことによる感染
  2. 接触感染:患者や保菌者との直接的な接触による感染
  3. 血行性感染:まれではあるが、菌が血流に入り込むことで全身に広がる感染

最も一般的な感染経路は経口感染であり、不衛生な環境下で汚染された食品や水を介して感染が拡大します。

接触感染は、患者や保菌者のふん便や尿に直接触れることによって起こります。

血行性感染は、腸管外への菌の侵入によって引き起こされますが、比較的まれなケースとされています。

感染源

腸チフスの感染源は、主に以下の2つです。

  • 患者の糞便や尿
  • 慢性保菌者の糞便

発症者は、発症後数週間にわたってチフス菌を糞便や尿中に排出し続けます。

一方、慢性保菌者は、発症後も長期間にわたって菌を排出し続けることがあります。

感染源説明
患者の糞便や尿発症後数週間、菌を排出し続ける
慢性保菌者の糞便発症後も長期間にわたって菌を排出し続ける可能性がある

これらの感染源から排出されたチフス菌によって、食品や水が汚染され、新たな感染が引き起こされます。

感染リスクの高い食品

以下のような食品は、腸チフスの感染リスクが高いとされています。

  • 生水や井戸水などの未処理の水
  • 加熱が不十分な魚介類
  • 洗浄が不十分な野菜や果物

これらの食品は、チフス菌に汚染されやすく、十分な加熱や洗浄がなされていない場合、感染の原因となります。

特に、衛生環境が整っていない地域においては、これらの食品を介した感染のリスクが高くなります。

診察(検査)と診断

腸チフスの診断においては、臨床症状や疫学的情報に加えて、各種検査が活用されます。

確定診断を下すためには、血液培養や糞便培養によって病原体を分離・同定することが必要とされます。

臨床診断

腸チフスの臨床診断は、以下の特徴的な症状を参考に行われます。

    症状頻度
    高熱90%
    頭痛80%
    倦怠感70%
    バラ疹30%
    脾腫50%

    血液検査

    腸チフスの診断に有用な血液検査として、以下のものがあります。

    • 白血球数の減少
    • 血小板数の減少
    • 肝機能異常(AST、ALTの上昇)
    • 炎症反応の上昇(CRP、ESR)

    血液培養

    血液培養は、腸チフスの確定診断に不可欠な検査です。

    発症初期から血液培養を行うことで、高率にチフス菌が検出されます。

    検査検出率
    血液培養80-90%

    糞便培養

    糞便培養は、腸チフスの確定診断に有用な検査です。

    発症後1週間以降に実施することで、チフス菌の検出率が上昇します。

    • 発症1週間以内:40-50%
    • 発症1週間以降:60-70%

    その他の検査

    以下の検査も、腸チフスの診断に役立つ場合があります。

    • Widal試験(血清学的検査)
    • PCR法(遺伝子検査)
    • 骨髄培養

    腸チフスの診断にあたっては、臨床症状と各種検査を組み合わせることが肝要です。

    とりわけ、血液培養と糞便培養によって病原体を分離・同定することが、確定診断につながります。

    腸チフスの治療法と処方薬

    腸チフスの治療において、抗菌薬の投与は欠かせません。

    治療の目的は、症状の改善とチフス菌の体内からの排除にあります。

    第一選択薬

    腸チフスの第一選択薬は、キノロン系抗菌薬です。

    薬剤名投与量投与期間
    シプロフロキサシン500mg 1日2回7-14日間
    レボフロキサシン500mg 1日1回7-14日間

    キノロン系抗菌薬は、チフス菌に対する高い抗菌力と良好な臨床効果が特徴です。

    第二選択薬

    キノロン系抗菌薬が使用できない場合、以下の抗菌薬が選択されます。

    • セフトリアキソン(セフェム系)
    • アジスロマイシン(マクロライド系)
    薬剤名投与量投与期間
    セフトリアキソン2g 1日1回7-14日間
    アジスロマイシン1g 1日1回5-7日間

    治療期間

    腸チフスの治療期間は、通常7-14日間です。

    以下の基準を満たすまで、抗菌薬の投与を継続します。

    • 解熱が得られる
    • 全身状態が改善する
    • 血液や糞便の培養が陰性化する

    合併症への対応

    腸チフスに合併症を伴う際には、追加の治療が必要とされます。

    • 腸出血:輸血、止血剤の投与
    • 腸穿孔:外科的処置
    • 中枢神経系合併症:ステロイド投与

    慢性保菌者への対応

    慢性保菌者に対しては、長期の抗菌薬投与が行われます。

    • シプロフロキサシン:750mg 1日2回 4-6週間
    • アモキシシリン:1g 1日3回 4-6週間

    腸チフスの治療にあたっては、抗菌薬の適切な選択と十分な投与期間が肝要です。

    合併症や慢性保菌者への対応も、治療上の重要な課題と言えます。

    治療に必要な期間と予後について

    腸チフスの治療には、一般的に7-14日間の抗菌薬投与が必要とされます。

    適切な治療が行われた場合、大部分の患者において良好な予後が見込めます。

    治療期間の目安

    腸チフスの治療期間は、患者の状態や治療への反応によって異なります。

    病型治療期間
    軽症例7-10日間
    中等症例10-14日間
    重症例14日間以上

    治療期間の目安は、以下の基準を満たすまでとされています。

    • 解熱が得られる
    • 全身状態が改善する
    • 血液や糞便の培養が陰性化する

    再発と再燃

    腸チフスでは、治療後の再発や再燃が起こる可能性があります。

    • 再発:治療終了後1-3週間以内に症状が再出現
    • 再燃:治療中に一旦改善した症状が再び悪化
    再発・再燃の頻度割合
    再発5-10%
    再燃1-2%

    再発や再燃が疑われる際には、再度の抗菌薬治療が必要とされます。

    慢性保菌者

    腸チフスの治療後、一部の患者では慢性保菌者となることがあります。

    慢性保菌者は、無症状でありながらチフス菌を排出し続けます。

    • 慢性保菌者の頻度:1-5%
    • 胆嚢内に菌が長期間残存することが原因

    慢性保菌者に対しては、長期の抗菌薬投与や胆嚢摘出術が検討されます。

    合併症と死亡率

    適切な治療が行われない場合、腸チフスでは重篤な合併症を来たすことがあります。

    • 腸出血
    • 腸穿孔
    • 中枢神経系合併症(脳症、髄膜炎)

    合併症を伴う腸チフスの死亡率は、適切な治療下でも1-2%程度とされています。

    腸チフスの治療期間は、通常7-14日間ですが、患者の状態に応じた適切な期間の治療が肝要です。

    さらに、再発や再燃、慢性保菌者への対応など、治療後のフォローアップも予後に影響を与えます。

    腸チフスの治療における副作用やリスク

    腸チフスの治療に用いられる抗菌薬は、副作用のリスクを伴います。

    キノロン系抗菌薬の副作用

    腸チフスの第一選択薬であるキノロン系抗菌薬の主な副作用は以下の通りです。

    副作用頻度
    消化器症状(悪心、下痢)5-10%
    中枢神経症状(頭痛、めまい)1-5%
    皮膚症状(発疹、そう痒感)1-3%
    血液障害(貧血、白血球減少)0.1-1%

    キノロン系抗菌薬は、以下のような患者では慎重投与が必要です。

    • 小児(関節障害のリスク)
    • 妊婦(胎児への影響)
    • 高齢者(副作用のリスク増大)

    セフェム系抗菌薬の副作用

    セフェム系抗菌薬の主な副作用は以下の通りです。

    • アレルギー反応(発疹、発熱、そう痒感)
    • 消化器症状(悪心、下痢)
    • 血液障害(貧血、白血球減少)
    • 肝機能障害
    副作用頻度
    アレルギー反応1-5%
    消化器症状5-10%
    血液障害0.1-1%
    肝機能障害0.1-1%

    セフェム系抗菌薬は、ペニシリンアレルギーの患者では交差反応に注意が必要です。

    マクロライド系抗菌薬の副作用

    マクロライド系抗菌薬の主な副作用は以下の通りです。

    • 消化器症状(悪心、腹痛、下痢)
    • 肝機能障害
    • QT延長(心臓への影響)

    マクロライド系抗菌薬は、他の薬剤との相互作用に注意が必要です。

    特に、QT延長を起こすリスクのある薬剤との併用は避けるべきです。

    薬剤耐性菌の出現

    腸チフスの治療において、抗菌薬の不適切な使用は薬剤耐性菌の出現につながります。

    薬剤耐性菌の出現は、治療の選択肢を制限し、治療期間の延長や予後の悪化を招きます。

    抗菌薬の適正使用と耐性菌の監視が、薬剤耐性菌の出現を防ぐ上で欠かせません。

    予防方法

    腸チフスを予防するためには、衛生管理の徹底とワクチン接種が肝要です。

    とりわけ、流行地域への渡航者は予防対策を講じる必要があります。

    衛生管理の徹底

    腸チフスの予防には、以下の衛生管理が不可欠です。

    • 手洗いの徹底(特に食事前、トイレ後)
    • 安全な水の確保(煮沸、浄水、ボトル水の使用)
    • 加熱調理の徹底(十分な加熱で菌を死滅)
    • 生鮮食品の洗浄(野菜、果物の流水洗浄)
    予防法効果
    手洗い感染リスクを50-70%減少
    安全な水水系感染を90%以上予防
    加熱調理食品中の菌を死滅
    生鮮食品の洗浄付着した菌を除去

    ワクチン接種

    腸チフスワクチンは、感染リスクを大幅に減少させます。

    以下の2種類のワクチンが使用されています。

    1. Vi多糖体ワクチン(注射)
    2. 経口生ワクチン(カプセル)
    ワクチンの種類接種方法効果持続期間
    Vi多糖体ワクチン1回の注射3年程度
    経口生ワクチン4回の内服5-7年程度

    ワクチン接種は、特に以下のような場合に推奨されます。

    • 流行地域への渡航者
    • 流行地域からの帰国者
    • 感染者との接触が多い医療従事者

    環境衛生の改善

    腸チフスの流行を防ぐには、環境衛生の改善が重要です。

    • 下水処理システムの整備
    • 安全な水の供給
    • 食品衛生の管理体制の強化

    これらの取り組みは、腸チフスの感染源を減らし、感染の拡大を防ぎます。

    感染者の早期発見と治療

    腸チフスの感染者を早期に発見し、適切な治療を行うことも予防につながります。

    • 発熱、倦怠感などの症状がある際は速やかに医療機関を受診
    • 感染者との接触があった場合は、健康観察と検査の実施
    • 感染者の適切な隔離と治療の徹底

    感染者の早期発見と治療は、感染の拡大を防ぐ上で重要な役割を果たします。

    治療費について

    治療費についての留意点

    実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

    腸チフスの治療費は、症状の重症度や合併症の有無によって大きく異なります。

    一般的に、入院治療を必要とする場合、治療費は高額になる傾向があります。

    治療費の内訳

    腸チフスの治療費は、以下の項目で構成されます。

    • 診察費
    • 検査費(血液検査、画像検査など)
    • 投薬費(抗菌薬、対症療法薬など)
    • 入院費(病室料、食事料など)
    項目概算費用
    診察費1,000-3,000円/回
    検査費10,000-50,000円
    投薬費5,000-20,000円
    入院費10,000-30,000円/日

    合併症による費用の増加

    腸チフスに合併症を伴う場合、治療費は大幅に増加します。

    以下のような合併症が発生すると、追加の検査や治療が必要となります。

    • 腸出血
    • 腸穿孔
    • 脳症
    • 肝炎
    • 心筋炎
    合併症追加費用
    腸出血輸血、内視鏡的止血術
    腸穿孔緊急手術、集中治療
    脳症頭部CT/MRI、脳波検査
    肝炎肝機能検査、肝庇護療法
    心筋炎心電図、心エコー、循環器治療

    合併症の治療には、さらに数十万円から数百万円の費用がかかるリスクがあります。

    以上

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