血小板無力症(thrombasthenia)とは、血液凝固の要となる血小板の機能不全が原因の、遺伝性の血液疾患です。
血小板表面の特定タンパク質(糖タンパク質IIb/IIIa複合体)が不足または欠損しているため血小板同士が凝集できず、止血機能が著しく低下します。
見られる症状は、強い出血傾向、通常以上の時間を要する止血、少しの打撲や切り傷でも想定外に長く出血です。
さらに、歯肉からの出血や鼻血が頻繁に起こり、女性患者さんでは月経過多も見られます。
血小板無力症の主な症状
血小板無力症では出血症状が現れ、患者さんの日常生活に重大な影響を及ぼします。
皮膚の出血症状
血小板無力症患者さんでは皮膚の出血が顕著で、軽微な打撲や擦り傷でも、予想を超える大きさの内出血や広範囲の皮下出血が生じます。
出血は長時間続くので、日常生活では運動時や家事中の不意の外傷に注意が必要です。
症状 | 特徴 |
内出血 | 軽度の打撲でも広範囲の血腫形成 |
皮下出血 | 擦過傷で広範囲の出血斑が出現 |
粘膜出血
粘膜からの出血も血小板無力症の症状です。
鼻出血や歯肉出血が頻発し長時間続き、口腔衛生管理や鼻腔粘膜の取り扱いには細心の注意がいります。
10歳男児の患者さんが歯磨き後30分以上歯肉出血が持続し、緊急来院したケースがありました。
このような事態を回避するため、軟毛歯ブラシの使用や歯磨き指導が不可欠です。
女性特有の症状
女性患者さんでは月経過多が現れ、通常の生理用品では対応困難な出血量になり、排卵時出血も発生しやすく、腹痛を伴います。
月経過多は貧血のリスクを上昇させるため、慎重な経過観察が必要です。
症状 | 影響 |
月経過多 | 重度貧血のリスク上昇 |
排卵時出血 | 腹痛随伴の可能性 |
手術・外傷時の大量出血
血小板無力症患者にとって、手術や重度外傷は特に危険です。
多量の出血が予想され止血に長時間を要するので、予定手術前には医療チームとの綿密に打ち合わせ、日常生活においても、重度外傷予防が重要になってきます。
- 危険を伴う活動の回避
- 適切な保護具の着用
- 安全環境の整備
内臓出血
まれではありますが、内臓出血が発生することもあり、消化管出血は血便や黒色便として、尿路出血は肉眼的血尿として確認されます。
出血部位 | 症状 |
消化管 | 血便・黒色便 |
尿路 | 肉眼的血尿 |
血小板無力症の原因
血小板無力症は、血小板の機能異常による出血性疾患で、原因は遺伝子の変異にあります。
遺伝子変異
血小板無力症の発症メカニズムは、常染色体劣性遺伝形式をとります。
両親から変異遺伝子を受け継ぐことで、患者さんは糖タンパク質IIb/IIIa複合体の形成に必要な遺伝子に異常を持つことになります。
遺伝子異常により、血小板表面に正常な糖タンパク質IIb/IIIa複合体が形成されず、血小板の凝集能が著しく低下してしまうのです。
遺伝子 | 染色体 | 関連タンパク質 |
ITGA2B | 17番 | GPIIb |
ITGB3 | 17番 | GPIIIa |
糖タンパク質IIb/IIIa複合体の役割
糖タンパク質IIb/IIIa複合体は、血小板の凝集過程で中心的な役割を果たします。
この複合体は、フィブリノゲンやフォンヴィレブランド因子などの接着タンパク質と結合し、血小板同士を強固に結びつけるのに欠かせない要素です。
血小板無力症の患者さんでは、複合体の機能不全により、血小板が凝集できず、止血が困難になります。
遺伝子変異の多様性
血小板無力症を起こす遺伝子変異は多様で、これまでの研究により、ITGA2B遺伝子とITGB3遺伝子の両方で、数多くの異なる変異が同定されています。
- ミスセンス変異:アミノ酸の置換が起こる
- ナンセンス変異:タンパク質合成が早期に終了
- フレームシフト変異:遺伝子の読み枠がずれる
- スプライシング変異:遺伝子の正常な読み取りが妨げられる
遺伝子診断の発展と課題
近年の遺伝子解析技術の進歩により、血小板無力症の遺伝子診断が可能になりました。
患者さんの遺伝子を詳細に調べることで特定の変異を見つけ、確定診断をくだせますが、遺伝子変異は多様なので、全ての患者さんで変異を指定することは難しいです。
診断方法 | 特徴 | 精度 |
遺伝子解析 | 直接的な変異同定 | 高 |
血小板機能検査 | 表現型の評価 | 中 |
フローサイトメトリー | GPIIb/IIIa発現量の測定 | 中~高 |
環境要因の影響
遺伝子変異が主要な原因ではあっても、環境要因も血小板無力症の症状の程度に影響を与えます。
栄養状態、他の病気の有無、薬物療法などの要因が、遺伝子変異の影響を変化させ、症状の出方や重さを変える可能性があります。
環境要因 | 影響 |
栄養状態 | 血小板の生成と機能に影響 |
他の病気 | 出血のリスクが高まる |
薬物療法 | 血小板機能への追加的な影響 |
診察(検査)と診断
血小板無力症の診断は、臨床症状の評価から始まり、血液学的検査、血小板機能解析を経て、最終的に遺伝子解析によって確定します。
臨床症状の評価
血小板無力症の診断は、病歴聴取と身体診察から開始します。
注目するのは、患者さんがどういう状況で出血するのかと家族歴です。
皮膚・粘膜の異常出血、特に軽微な外傷後の過剰出血が重要な指標で、女性患者さんにおいては、月経過多も診断の糸口になります。
臨床症状 | 診断的意義 |
皮膚の点状出血・紫斑 | 高 |
粘膜出血 | 高 |
月経過多 | 中~高 |
血液検査
臨床症状評価後、血液検査を実施します。
血小板数は通常正常範囲内ですが、他の凝固因子異常を除外するため全血球計算と凝固スクリーニング検査が行われます。
血小板機能解析
血小板無力症の診断では血小板機能解析が行われ、用いられるのはフローサイトメトリーによる血小板膜糖タンパク質(GPIIb/IIIa)発現解析です。
血小板凝集能検査では、ADP、コラーゲン、リストセチン等の凝集惹起物質に対する反応性を評価。
血小板無力症があると、これらの刺激に対する凝集反応が著しく減弱または欠如します。
検査項目 | 血小板無力症における特徴 |
GPIIb/IIIa発現 | 減少または欠損 |
血小板凝集能 | 顕著な低下 |
遺伝子解析
血小板無力症の確定診断には、ITGA2B遺伝子とITGB3遺伝子の変異解析が不可欠です。
遺伝子解析は診断確定のみならず、家族内スクリーニングや遺伝カウンセリングにも役に立ちます。
鑑別診断
血小板無力症の診断過程では、似た症状が現れる他疾患との鑑別が重要です。
- von Willebrand病
- Bernard-Soulier症候群
- 血小板放出異常症
- 後天性血小板機能異常症
血小板無力症の治療法と処方薬、治療期間
血小板無力症の治療は、出血の予防と管理、患者さんの生活の質の向上を目指して行われます。
出血予防と管理
血小板無力症患者の治療では、出血の予防と迅速な対応が大切です。
日常生活での注意事項や定期的な検診を通じて、出血リスクを最小限に抑えます。
軽度の出血には局所的な圧迫や止血剤の使用が有効で、患者さん自身が行えるよう指導することも治療の一環です。
薬物療法
重度の出血や手術時にはより積極的な治療介入が必要で、血小板輸血は、一時的に止血機能を改善するための主要な治療法です。
ただし、反復輸血によって抗体が形成される可能性があるため、使用頻度や時期については慎重に検討します。
治療法 | 適応 | 効果持続時間 |
血小板輸血 | 重度出血、手術前 | 数日間 |
抗線溶薬 | 軽度~中等度の出血 | 数時間~数日 |
抗線溶薬(トラネキサム酸など)は血栓の溶解を抑制することで出血を制御し、粘膜からの出血に対して効果的です。
ホルモン療法
女性患者さんの月経出血のコントロールには、ホルモン療法が有用です。
経口避妊薬やその他のホルモン製剤を用いることで、月経量を減少させ、出血リスクを軽減できます。
ホルモン療法 | 目的 | 投与方法 |
経口避妊薬 | 月経量の減少 | 経口 |
黄体ホルモン | 子宮内膜の安定化 | 経口・注射 |
遺伝子治療の展望
将来的な治療法として遺伝子治療の研究が進められていて、欠陥のある遺伝子を正常な遺伝子で置換することが目的です。
現時点では臨床応用には至っていませんが、前臨床試験で有望な結果が得られており、今後の発展が期待されます。
長期的な治療計画
血小板無力症の治療は生涯にわたって継続されるので、定期的な検診と必要に応じた治療介入が大切です。
患者さんへの教育も治療の一環として捉え、自己管理能力の向上を図ります。
- 定期的な血液検査による凝固機能の評価
- 出血症状の詳細なモニタリングと記録
- 合併症の早期発見と迅速な対応
- 生活習慣の指導と定期的な見直し
血小板無力症の治療における副作用やリスク
血小板無力症に対する血小板輸血、遺伝子治療、抗線溶薬使用は、それぞれ特有の副作用やリスクがあります。
血小板輸血関連の副作用とリスク
血小板輸血は血小板無力症患者の出血管理に不可欠ですが、複数のリスクを伴います。
輸血関連急性肺障害(TRALI)はまれではあるものの、重篤な合併症です。
アレルギー反応や発熱も頻繁に観察され、長期的には同種免疫化のリスクがあり、輸血効果の低下を招く可能性があります。
副作用/リスク | 頻度 | 重症度 |
TRALI | まれ | 高 |
アレルギー反応 | 中 | 低〜中 |
同種免疫化 | 高 | 中〜高 |
抗線溶薬使用に伴うリスク
抗線溶薬(トラネキサム酸等)は出血制御に有効ですが、血栓形成リスクがあるので、高齢者や心血管疾患を有する患者さんでは特に慎重に投与します。
また、筋肉痛や消化器症状等の副作用、長期使用による腎機能への影響も考慮すべき点です。
遺伝子治療の潜在的リスク
遺伝子治療は血小板無力症の根本的治療法として期待されていますが、長期的安全性は未確立です。
挿入変異によるがん化リスクや免疫反応による合併症もあり、注意を要します。
治療効果の持続性に関しても、さらなる長期的観察が求められます。
リスク要因 | 考慮事項 |
挿入変異 | がん化リスク |
免疫反応 | 急性/慢性合併症 |
効果持続性 | 長期観察の必要性 |
ホルモン療法のリスク
女性患者の月経過多に対するホルモン療法は、喫煙者や肥満患者さんで血栓リスクが上昇します。
さらに、乳房痛や気分変動等の副作用、長期使用による骨密度への影響にも注意が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
血小板輸血の費用
血小板輸血は血小板無力症の主要な治療法で、一回の血小板輸血にかかる費用は、平均して30,000円から50,000円です。
重度の出血時や手術前後には複数回の輸血が必要になり、総額で100,000円を超えることもあります。
血小板輸血 | 費用(円) |
1回あたり | 30,000-50,000 |
重度出血時(複数回) | 100,000以上 |
抗線溶薬の費用
トラネキサム酸の経口薬は1日あたり数百円程度ですが、長期使用が必要なため、年間で数万円の出費となります。
ホルモン療法の費用
月経管理に用いるホルモン療法の費用
ホルモン療法 | 月額費用(円) |
経口避妊薬 | 3,000-5,000 |
黄体ホルモン | 2,000-4,000 |
以上
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