重鎖(H鎖)病 – 血液疾患

重鎖(H鎖)病(heavy chain disease)とは、血液中で抗体を産生する細胞に異常が起こる血液の疾患です。

この疾患では、免疫グロブリン(体内で異物を攻撃するタンパク質)の構成要素である重鎖が必要以上に作られてしまいます。

本来なら、重鎖は軽鎖という別のものと組み合わさり完全な抗体になるはずのところ、異常な重鎖だけが大量に生成されます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

重鎖(H鎖)病の種類(病型)

重鎖(H鎖)病の病型は、産生される異常免疫グロブリン重鎖の種類によって、α重鎖病、γ重鎖病、μ重鎖病に分けられます。

α重鎖病

α重鎖病は、3つの病型の中で最も頻度が高く、中東や地中海沿岸地域で多く見られ、消化管に影響を及ぼします。

γ重鎖病

γ重鎖病は、3つの病型の中で2番目に多く観察され、リンパ組織に影響を与えます。

γ重鎖病は他のリンパ増殖性疾患と類似した臨床像を呈するので、診断には詳細な検査が必要です。

μ重鎖病

μ重鎖病は、3つの病型の中で最もまれで、骨髄(造血組織)に影響が出ます。

μ重鎖病の特徴

  1. 慢性リンパ性白血病様の臨床像
  2. 自己免疫疾患との関連
  3. 高齢者に多い傾向
  4. 進行が比較的緩徐

μ重鎖病は症例が少ないので診断が遅れることがあり、注意が必要です。

重鎖(H鎖)病の主な症状

重鎖(H鎖)病は、α、γ、μの3つのタイプでそれぞれで特徴的な症状が現れます。

α重鎖病の症状

α重鎖病は消化器系に影響を与え、慢性的な下痢や腹痛、栄養吸収障害による栄養失調などが見られます。

また、腸管のリンパ組織の肥大化により、腹部膨満感や腹部の不快感があります。

体重減少や全身倦怠感も頻発する症状の一つです。

症状頻度
下痢高頻度
腹痛中程度
体重減少高頻度
倦怠感中程度

γ重鎖病の症状

γ重鎖病は、リンパ系組織に影響を与える病型として知られていて、代表的な症状はリンパ節腫脹です。

頸部、腋窩、鼠径部のリンパ節が腫大しやすく、違和感や疼痛を感じ、脾腫や肝腫大も観察され、上腹部の違和感や圧迫感として自覚されます。

全身倦怠感、発熱、寝汗などの全身症状も現れることがあります。

μ重鎖病の症状

μ重鎖病の特徴的な所見として、尿中ベンス・ジョーンズ蛋白の検出が挙げられます。

患者さんによっては、骨痛や病的骨折のリスク上昇といった骨関連の症状を経験。

また、貧血による疲労感や呼吸困難、感染症のかかりやすさなどの免疫機能低下症状も生じます。

症状関連する身体系統
ベンス・ジョーンズ蛋白尿泌尿器系
骨痛骨格系
貧血造血系
易感染性免疫系

重鎖病の共通症状

3つのタイプに共通する症状もいくつかあります。

  • 全身倦怠感
  • 微熱や寝汗
  • 食欲不振
  • 体重減少
共通症状特徴
全身倦怠感持続的な倦怠感
発熱・寝汗微熱の持続、夜間発汗
食欲不振継続的な食欲低下
体重減少緩徐進行性の体重減少

重鎖(H鎖)病の原因

重鎖(H鎖)病の原因は、B細胞の遺伝子変異と免疫グロブリン産生過程の異常にあります。

B細胞の遺伝子変異

重鎖病の根本的な原因は、B細胞における遺伝子変異です。

変異により正常な免疫グロブリンの産生が阻害され、異常な重鎖のみが産生されるようになります。

B細胞の遺伝子変異が誘発される要因

  • 環境因子(放射線、化学物質への曝露、喫煙)
  • ウイルス感染
  • 加齢に伴うDNA修復機能の低下
  • 遺伝的素因

免疫グロブリン産生過程の異常

重鎖病では、免疫グロブリンの産生過程に異常が生じます。

免疫グロブリンは重鎖と軽鎖から構成されますが、重鎖病では軽鎖の産生や結合に問題が生じ、重鎖のみが過剰に産生されるのです。

変化影響
重鎖遺伝子の欠失不完全な重鎖の産生
スプライシング異常異常なmRNAの生成
翻訳後修飾の異常不安定な重鎖タンパク質の形成

クローン性増殖と腫瘍化

遺伝子変異を起こしたB細胞が制御不能になることで、異常重鎖が増殖します。

クローン性増殖のメカニズムに関与する要因

  1. 細胞周期制御遺伝子の異常
  2. アポトーシス抑制遺伝子の活性化
  3. 成長因子受容体の過剰発現
  4. シグナル伝達経路の恒常的活性化

これらの要因が組み合わさることで異常なB細胞が生存・増殖の優位性を獲得し、腫瘍化へと至ります。

免疫システムの調節異常

重鎖病の発症には、免疫システムの調節異常も関与しています。

正常な免疫系では異常な細胞や抗体は排除されますが、重鎖病ではこの機構が正常に機能しません。

免疫調節異常の要因

要因影響
T細胞機能不全異常B細胞の排除能力低下
サイトカインバランスの乱れB細胞の異常な活性化
免疫チェックポイント分子の異常免疫寛容の破綻

年齢によるリスクの違い

重鎖病は年齢が上がるほど、リスクが高まります。

年齢層発症リスク
20歳未満低い
20-40歳やや低
41-60歳中等度
61歳以上高い

診察(検査)と診断

重鎖(H鎖)病の診断にはさまざまな検査と臨床評価が必要で、初期の症状が他の病気と似ていることから、確実な診断には段階を踏んだアプローチが欠かせません。

初期評価と臨床診断

重鎖病の診断は、患者さんの病歴を聞き取り、身体を診察することから始まります。

患者さんの症状、今までにかかった病気、家族の病歴などを評価し、重鎖病を疑う所見がある場合は、さらに詳しい検査を行います。

臨床診断の段階では、全身のだるさ、熱が出る、リンパ節が腫れるなど症状が重要な手がかりです。

しかし、これらの症状は他の血液の病気や炎症を起こす病気でも見られるため、他の病気との鑑別が重要になります。

初期評価項目内容
病歴聴取症状が出始めた時期、進行の速さ、関連する症状
身体診察リンパ節、肝臓、脾臓を触って確認
一般血液検査血液中の細胞の数、血液の生化学的な検査

血清蛋白電気泳動検査

重鎖病の診断では、血清蛋白電気泳動検査を実施します。

血液の中に含まれるタンパク質を電気の力で分離し、異常なタンパク質がないかを調べる検査です。

重鎖病の患者さんの血液では、特徴的な単一の山型のグラフが見られます。

免疫固定法

血清蛋白電気泳動検査で異常が見つかると、次の段階として免疫固定法を行います。

この方法では、特別な抗体を使い、異常なタンパク質の性質を調べます。

重鎖病の場合、免疫グロブリン(体を守るタンパク質)の重鎖だけが見つかり、本来一緒にあるはずの軽鎖が見つからないのが特徴です。

検査名意義
血清蛋白電気泳動異常なタンパク質を見つける
免疫固定法異常なタンパク質の種類を特定する

骨髄検査

骨髄検査は、重鎖病を確実に診断し、どのタイプの重鎖病かを特定するために欠かせない検査です。

骨髄穿刺(こつずいせんし)または骨髄生検で骨髄の細胞を採取し、異常な形質細胞がいないかを調べ、重鎖病では、骨髄の中に特徴的な形質細胞が増えているのが見られます。

遺伝子検査

最近の分子生物学の進歩により、重鎖病の診断の精度が上がっています。

PCR法や次世代シーケンシングという最新の技術を使い、免疫グロブリン遺伝子の異常を直接調べられるようになりました。

重鎖病の診断で注意を払う点

  • 一般的な症状を評価する
  • 血液中のタンパク質の異常を分析する
  • 骨髄検査で形質細胞の特徴を調べる
  • 遺伝子レベルで異常がないか確認する
診断のポイント方法
症状の評価詳細な問診と身体診察
血液検査血清蛋白電気泳動、免疫固定法
骨髄検査骨髄穿刺または生検
遺伝子検査PCR法、次世代シーケンシング

重鎖病の診断と鑑別

重鎖病の診断では、他の類似疾患との鑑別を行うことが不可欠です。

鑑別が必要な疾患

  • 多発性骨髄腫(形質細胞の悪性腫瘍)
  • 慢性リンパ性白血病(Bリンパ球系の悪性腫瘍)
  • 非ホジキンリンパ腫(リンパ系組織の悪性腫瘍)
  • 原発性マクログロブリン血症(IgM産生細胞の単クローン性増殖)
疾患名特徴
多発性骨髄腫骨痛、貧血、腎機能障害
慢性リンパ性白血病リンパ節腫脹、倦怠感、易感染性
非ホジキンリンパ腫リンパ節腫脹、発熱、体重減少
原発性マクログロブリン血症視力障害、出血傾向、神経症状

重鎖(H鎖)病の治療法と処方薬、治療期間

重鎖(H鎖)病の治療法は化学療法や免疫療法で、症状が重い場合や若い患者さんさんでは造血幹細胞移植も検討します。

化学療法

重鎖病の治療において、化学療法は中心的な役割を果たします。

異常なB細胞の増殖を抑え、免疫グロブリンの過剰な産生を減らすことが目的です。

化学療法で使用される薬

  • シクロホスファミド
  • ドキソルビシン
  • ビンクリスチン
  • プレドニゾン

薬剤は、通常CHOP療法という組み合わせで使用されます。

薬の名前投与方法
シクロホスファミド静脈に注射
ドキソルビシン静脈に注射
ビンクリスチン静脈に注射
プレドニゾン飲み薬

CHOP療法は、3週間を1回として6〜8回繰り返します。

免疫療法

モノクローナル抗体療法(特定の細胞だけを狙い撃ちする抗体を使う)は、効果が高く比較的副作用が少ない治療法です。

代表的な免疫療法薬

  1. リツキシマブ(抗CD20抗体)
  2. ダラツムマブ(抗CD38抗体)
  3. イブルチニブ(BTK阻害剤)
  4. レナリドミド(免疫調節薬)

免疫療法役は単独で使われたり化学療法と併用することが多いです。

造血幹細胞移植

症状が重い患者さんや若い患者さんでは、造血幹細胞移植も選択肢の一つです。

高い量の化学療法を行った後に健康な造血幹細胞を移植することで、病気を根本から治すことを目指します。

造血幹細胞移植の種類

移植の種類説明
自家移植患者さん自身の幹細胞を使用
同種移植ドナーの幹細胞を使用

移植後の回復には3〜6ヶ月かかり、その後も長期間にわたって経過観察が必要です。

治療期間と経過観察

重鎖病の治療期間は、化学療法や免疫療法の場合、最初の治療は4〜6ヶ月程度続けることが多いです。

治療の効果を判断するには、以下の指標が用いられます。

  • 血液中のM蛋白(異常な抗体)の減少
  • リンパ節の腫れの改善
  • 全身の症状の改善
  • 骨髄検査の結果が正常に戻ること

完全寛解後も、再発のリスクを考えて2〜3年間の維持療法を行います。

治療段階期間目的
初期治療4〜6ヶ月病気の活動性を抑える
維持療法2〜3年再発を防ぐ
経過観察継続的再発の早期発見

重鎖(H鎖)病の治療における副作用やリスク

重鎖(H鎖)病の治療は、いずれの治療法にも副作用やリスクが伴います。

化学療法に伴う副作用

化学療法は重鎖病治療の主要な選択肢の一つですが、さまざまな副作用が生じます。

最もよく見られる副作用は、骨髄抑制です。

骨髄抑制により血球数が減少し、貧血、感染リスクの上昇、出血傾向が現れ、また、消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)や脱毛も頻発します。

副作用発生頻度
骨髄抑制高頻度
消化器症状中~高頻度
脱毛中頻度

免疫療法のリスク

免疫療法であるモノクローナル抗体療法は、特有のリスクがあります。

懸念されるのは、サイトカイン放出症候群と呼ばれる急性の免疫反応です。

サイトカイン放出症候群では、発熱、倦怠感、呼吸困難が現れ、重症化すると集中治療を要し、さらに長期的には免疫機能の低下により、感染症のリスクが上昇します。

造血幹細胞移植に関連するリスク

造血幹細胞移植は高い治療効果が期待できる一方で、重大なリスクも伴います。

深刻な合併症の一つが移植片対宿主病(GVHD)です。

GVHDでは、移植された免疫細胞が患者様の組織を攻撃し、皮膚、肝臓、消化管に障害が起きます。

また、前処置として行われる大量化学療法や全身放射線照射により、さまざまな臓器問題が生じる可能性があります。

リスク重症度
GVHD中~高度
臓器障害中~高度
感染症高度

副作用管理と支持療法

重鎖病の治療に伴う副作用やリスクを最小限に抑えるため、支持療法が実施されます。

  • 抗生物質や抗真菌薬による感染予防
  • G-CSF製剤による好中球減少の管理
  • 制吐剤や栄養サポートによる消化器症状の緩和
  • 輸血療法による貧血や血小板減少への対応

長期的なフォローアップの重要性

重鎖病の治療は長期にわたることが多く、治療終了後も定期的なフォローアップが不可欠です。

晩期合併症(心血管系疾患や内分泌障害)や二次がんの発症リスクが増加するため、継続的な観察が重要となります。

フォローアップ項目目的
定期的な血液検査再発の早期発見
画像診断二次がんのスクリーニング
心機能評価心血管系合併症の監視

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院治療にかかる費用

重鎖病の治療では長期の入院が必要です。

入院期間概算費用
1週間30万円〜50万円
1ヶ月100万円〜200万円

費用には、病室代、食事代、看護料が含まれます。

化学療法と免疫療法の費用

重鎖病治療の中心は化学療法や免疫療法で、高額な薬剤を使用するため、治療費の大きな割合を占めます。

  • リツキシマブ(1回投与):40万円〜60万円
  • CHOP療法(1サイクル):20万円〜30万円
  • イブルチニブ(1ヶ月分):100万円前後

治療は複数回または長期間にわたって行われるので、総額は数百万円から数千万円に達することがあります。

造血幹細胞移植の費用

重症例では造血幹細胞移植が選択されることがありますが、この治療法は特に高額です。

移植の種類概算費用
自家移植500万円〜800万円
同種移植800万円〜1500万円

費用には、前処置の化学療法、移植手術、術後のケアが含まれます。

外来治療と検査の費用

定期的な外来診療や各種検査も必要です。

  • 血液検査(1回):5,000円〜10,000円
  • PET-CT検査(1回):10万円〜15万円
  • 骨髄検査(1回):3万円〜5万円

以上

References

Wahner-Roedler DL, Kyle RA. Heavy-chain disease. Neoplastic Diseases of the Blood. 2013:701-28.

Witzig TE, Roedler DL. Heavy chain disease. Current treatment options in oncology. 2002 Jun;3:247-54.

Bianchi G, Anderson KC, Harris NL, Sohani AR. The heavy chain diseases: clinical and pathologic features. Oncology. 2014 Jan 1;28(1):45-.

Fermand JP, Brouet JC. Heavy-chain diseases. Hematology/oncology clinics of North America. 1999 Dec 1;13(6):1281-94.

Wahner-Roedler DL, Witzig TE, Loehrer LL, Kyle RA. γ-Heavy chain disease: review of 23 cases. Medicine. 2003 Jul 1;82(4):236-50.

Ballard HS, Hamilton LM, Marcus AJ, Illes CH. A new variant of heavy-chain disease (μ-chain disease). New England Journal of Medicine. 1970 May 7;282(19):1060-2.

Aucouturier P, Khamlichi AA, Touchard G, Justrabo E, Cogne M, Chauffert B, Martin F, Preud’Homme JL. Heavy-chain deposition disease. New England Journal of Medicine. 1993 Nov 4;329(19):1389-93.

Kambham N, Markowitz GS, Appel GB, Kleiner MJ, Aucouturier P, D’Agati VD. Heavy chain deposition disease: the disease spectrum. American journal of kidney diseases. 1999 May 1;33(5):954-62.

Seligmann M, Mihaesco E, Preud’homme JL, Danon F, Brouet JC. Heavy chain diseases: current findings and concepts. Immunological Reviews. 1979 Dec;48(1):145-67.

Buxbaum J, Gallo G. Nonamyloidotic monoclonal immunoglobulin deposition disease: light-chain, heavy-chain, and light-and heavy-chain deposition diseases. Hematology/oncology clinics of North America. 1999 Dec 1;13(6):1235-48.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。