血球貧食性症候群(hemophagocytic syndrome)とは、人体の防御システムである免疫系に異常が生じ、体内で過剰な炎症反応が起こる疾患です。
この症候群では、免疫細胞の白血球(T細胞やマクロファージ)が通常以上に活性化し、本来守るべき健康な血液細胞を誤って攻撃してしまう現象が生じます。
持続的な高熱や肝臓・脾臓(ひぞう)の腫大、血球数の減少といった症状が現れます。
原因はウイルスや細菌による感染症、自己免疫疾患、さらには悪性腫瘍(がん)などです。
血球貧食性症候群の種類(病型)
血球貧食性症候群の病型は、一次性(遺伝性)と二次性(散発性、後天性)に大別されます。
一次性(遺伝性)血球貧食性症候群
一次性血球貧食性症候群は、特定の遺伝子に変異が生じることで発症する疾患群です。
この病型では、遺伝子の異常により免疫系の機能不全が起き、血球貧食性症候群が現れ、家族内そして幼少期から発症します。
一次性血球貧食性症候群には、異なる遺伝子変異に関連していくつかの亜型があります。
亜型 | 関連遺伝子 |
家族性血球貧食性リンパ組織球症 | PRF1、UNC13D、STX11など |
Chediak-Higashi症候群 | LYST |
Griscelli症候群 | RAB27A |
家族性血球貧食性リンパ組織球症は、一次性血球貧食性症候群の中で最も頻度が高い亜型です。
この亜型では、免疫細胞の機能に重要な役割を果たすPRF1、UNC13D、STX11に変異が見られます。
Chediak-Higashi症候群とGriscelli症候群では、それぞれ細胞内の物質輸送や分泌に関わるLYST遺伝子とRAB27A遺伝子の変異が関与しています。
二次性(散発性、後天性)血球貧食性症候群
二次性血球貧食性症候群は外的要因により起きる病型で、基礎疾患や環境因子によって誘発されるため、後天性とも呼ばれます。
一次性と異なり、遺伝子の変異は伴ないません。
二次性血球貧食性症候群の誘因
- ウイルス感染(特にEBウイルス)
- 細菌感染
- 真菌感染
- 自己免疫疾患
- 悪性腫瘍
感染症が引き金となる場合が多く、特にEBウイルス(エプスタイン・バーウイルス)関連血球貧食性症候群は頻度が高いです。
EBウイルスは、通常は無症状か軽い症状で済むことが多いですが、まれに免疫系の過剰反応を起こし、血球貧食性症候群を発症することがあります。
自己免疫疾患に関連する血球貧食性症候群は、マクロファージ活性化症候群とも呼ばれます。
自己免疫疾患そのものの症状に加えて、血球貧食性症候群の症状が重なることで、複雑な臨床像を呈することも。
基礎疾患 | 関連する血球貧食性症候群 |
全身性エリテマトーデス | ループス関連血球貧食症候群 |
関節リウマチ | スティル病関連血球貧食症候群 |
悪性腫瘍に伴う血球貧食性症候群は、血液腫瘍で発症リスクが高いです。
リンパ腫や白血病などの血液腫瘍では、腫瘍細胞自体が異常なサイトカイン(免疫系の調節物質)を産生することで、血球貧食性症候群が起こります。
血球貧食性症候群の主な症状
血球貧食性症候群の症状は、持続性の高熱、血液細胞の減少、臓器腫大などです。
全身性の症状
血球貧食性症候群において最も顕著な症状は、難治性の高熱です。
発熱は一般的な解熱薬で抑えることが難しく、38度以上の体温が数日から数週間にわたって続くことがあります。
さらに、全身倦怠感や食欲不振も見られます。
血液系の異常
血球貧食性症候群では血球貪食現象により、血液を構成する細胞が減少します。
減少する血液成分 | 症状 |
赤血球 | 貧血(組織への酸素供給低下) |
白血球 | 免疫機能低下(感染症リスク上昇) |
血小板 | 出血傾向の亢進 |
赤血球減少による貧血の進行は軽度の運動でも息切れが起き、安静時でも疲労を感じます。
白血球減少は生体防御機能を低下させ、通常では問題とならない病原体でも重症化するリスクが高いです。
血小板減少は凝固機能を阻害し、軽微な外力で皮下出血を起こしたり、鼻出血の止血困難を招いたりします。
臓器腫大
肝臓や脾臓の腫大も、本症候群の特徴的な症状の一つです。
臓器の腫大により、腹部の違和感や疼痛を訴える患者さんが多く見られます。
皮膚症状
皮膚にも多様な症状が現れます。
- 黄疸(皮膚や強膜の黄染)
- 発疹(皮膚の紅斑や丘疹)
- 紫斑(皮下出血による紫色斑点)
皮膚症状は肝機能障害や血小板減少に起因しており、体内で進行している病態を外部から観察できる重要な臨床所見です。
神経系症状
まれではありますが、神経系への影響も報告されています。
神経系症状 | 臨床像 |
意識障害 | 軽度の錯乱から重度の場合は昏睡状態に至ることもある |
痙攣発作 | 局所性または全般性の不随意運動 |
運動麻痺 | 特定の身体部位の運動機能喪失 |
神経症状は、血球貪食性症候群が中枢神経系にまで波及している可能性を示唆しており、迅速な医療介入が必要です。
血球貧食性症候群の原因
血球貧食性症候群は、遺伝的要因や外的刺激により、免疫システムの制御が失われることで生じる血液疾患です。
遺伝的要因による発症
遺伝子変異は、血球貧食性症候群の主要な原因です。
特定の遺伝子に異常が生じると、免疫細胞の機能に障害が起こり、炎症反応が起きます。
遺伝子 | 関連する症候群 | 影響を受ける免疫機能 |
PRF1 | 家族性血球貧食性リンパ組織球症 | 細胞傷害性タンパク質の産生 |
UNC13D | 家族性血球貧食性リンパ組織球症 | 細胞傷害性顆粒の放出 |
LYST | Chediak-Higashi症候群 | リソソームの形成と機能 |
外的要因による発症
遺伝的要因がなくても、外的刺激により血球貧食性症候群が発症することがあります。
関与している要因
- ウイルス感染(特にEBウイルス(エプスタイン・バーウイルス))
- 細菌感染
- 自己免疫疾患(体の免疫システムが自身の細胞を攻撃する病気)
- 悪性腫瘍(がん)
感染症は二次性血球貧食性症候群の最も多い誘因で、特に、EBウイルス感染は重要な引き金です。
EBウイルスは通常、感染しても軽い症状で済むみますが、免疫系の異常な反応を起こし、血球貧食性症候群を発症させることがあります。
感染原因 | 発症頻度 | 代表的な病原体 |
ウイルス | 高い | EBウイルス、サイトメガロウイルス |
細菌 | 中程度 | 結核菌、マイコプラズマ |
真菌 | 低い | カンジダ、アスペルギルス |
自己免疫疾患や悪性腫瘍も、血球貧食性症候群を発症させる要因です。
免疫系の異常な活性化が起こり、全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患では、体の免疫系が自身の細胞を攻撃することで炎症が持続し、血球貧食性症候群を起こすことがあります。
免疫系の過剰反応
血球貧食性症候群の根底にある共通のメカニズムは、免疫系の過剰反応です。
普段、免疫系は病原体や異常細胞を排除しますが、血球貧食性症候群では制御機構が崩壊し、免疫細胞が過剰に活性化され、大量のサイトカイン(免疫細胞間の情報伝達物質)が産生されます。
このサイトカインの大量放出現象は、「サイトカインストーム」と呼ばれ、全身性の強い炎症反応を生じさせ、臓器に障害を与え、多臓器不全を起こすことがあるので注意が必要です。
環境因子の影響
環境因子も血球貧食性症候群の発症に関与することが明らかになってきました。
ストレスや栄養状態、環境中の化学物質への曝露などが、免疫系の機能に影響を与え、発症のリスクを高めます。
環境因子 | 影響 | 考えられるメカニズム |
慢性ストレス | 免疫抑制 | コルチゾールの持続的分泌による免疫機能低下 |
栄養不良 | 免疫機能低下 | 必須栄養素の不足による免疫細胞の機能障害 |
化学物質曝露 | 免疫系の攪乱 | 内分泌撹乱物質による免疫調節の乱れ |
診察(検査)と診断
血球貧食性症候群の診断は、臨床症状の評価、血液検査、骨髄検査、遺伝子検査を組み合わせて行われ、特定の診断基準を満たすことで確定診断に至ります。
臨床症状の評価
血球貧食性症候群の診断では患者さんの症状、病歴、ご家族の病歴などを聞き、全身の状態を観察します。
特に、持続する高熱、脾臓(腹部左上部にある臓器)の腫れ、血球減少(貧血や出血傾向など)といった所見がないかを確認します。
血液検査
血球貧食性症候群の診断では、血液検査が大切です。血球計数(赤血球、白血球、血小板の数を調べる検査)に加え、特殊な検査項目が含まれます。
- フェリチン値(体内の鉄分量を反映する蛋白質)
- トリグリセリド値(中性脂肪)
- フィブリノゲン値(血液凝固に関わる蛋白質)
- 可溶性IL-2受容体(sIL-2R)値(免疫系の活性化を反映する物質)
検査項目 | 異常値の特徴 | 正常値の例 |
フェリチン | 著明な上昇 | 10-200 ng/mL |
トリグリセリド | 上昇 | 30-150 mg/dL |
フィブリノゲン | 低下 | 200-400 mg/dL |
sIL-2R | 上昇 | 122-496 U/mL |
フェリチン値の著明な上昇(10,000 ng/mL以上)は、本疾患を強く示唆する所見です。
フェリチンは通常、体内の鉄分量を反映する蛋白質ですが、血球貧食性症候群では炎症反応として異常に高い値を示します。
骨髄検査
骨髄検査は、血球貧食性症候群の確定診断に必要な検査の一つです。
骨髄穿刺(骨に細い針を刺して骨髄液を採取する検査)や骨髄生検(骨髄の一部を採取して調べる検査)で、骨髄中の血球貪食像(マクロファージという免疫細胞が血球を食べている様子)を観察します。
骨髄中で、活性化したマクロファージが赤血球や白血球、血小板を貪食している様子が観察されれば、血球貧食性症候群の可能性が高くなります。
ただし、骨髄検査で血球貪食像が観察されないことがあるため、他の臨床所見や検査も必要です。
遺伝子検査
遺伝子検査は、一次性(遺伝性)血球貧食性症候群の診断に有用です。
PRF1、UNC13D、STX11などの関連遺伝子の変異を同定することで、遺伝性の病型を確定できます。
遺伝子 | 関連する疾患 | 遺伝子の機能 |
PRF1 | 家族性血球貧食性リンパ組織球症2型 | 細胞傷害性タンパク質の産生 |
UNC13D | 家族性血球貧食性リンパ組織球症3型 | 細胞傷害性顆粒の放出 |
STX11 | 家族性血球貧食性リンパ組織球症4型 | 細胞内小胞の融合 |
診断基準
血球貧食性症候群の確定診断には、国際的に認められた診断基準が用いられます。
HLH-2004診断基準が広く使用されており、以下の8項目のうち5項目以上を満たすことが診断の条件です。
- 発熱(38.5℃以上が7日以上持続)
- 脾腫(触診やエコー検査で確認)
- 血球減少(2系統以上。例:貧血と血小板減少)
- 高トリグリセリド血症(空腹時265 mg/dL以上)かつ/または低フィブリノゲン血症(150 mg/dL未満)
- 骨髄、脾臓、リンパ節における血球貪食像
- NK細胞活性の低下または欠如
- フェリチン高値(500 ng/mL以上)
- 可溶性IL-2受容体高値(年齢別正常上限の2倍以上)
血球貧食性症候群の治療法と処方薬、治療期間
血球貧食性症候群の治療は、免疫抑制剤や化学療法薬を用いた薬物療法が主体で、治療期間は数週間から数か月です。
初期治療
血球貧食性症候群の初期治療では、国際的に認められたHLH-2004プロトコル治療指針が広く用いられています。
複数の薬剤を組み合わせて使用することで、過剰に活性化した免疫系を抑制し、症状の改善を図ります。
使用薬剤と役割
- エトポシド:異常な免疫細胞を抑制する働きがあり、過剰な免疫反応を鎮める効果がある
- デキサメタゾン:強力な抗炎症作用を持つステロイド剤で、全身の炎症を抑える役割を果たす
- シクロスポリンA:T細胞(免疫細胞の一種)の活性化を抑制し、免疫反応を調整
- イントラサイト(抗胸腺細胞グロブリン):T細胞を減少させることで、過剰な免疫反応を抑制
薬剤名 | 投与経路 | 投与間隔 | 副作用 |
エトポシド | 静脈内投与 | 週2回 | 骨髄抑制、脱毛 |
デキサメタゾン | 経口または静脈内 | 毎日 | 消化器症状、高血糖 |
初期治療は、約8週間です。
維持療法と治療期間
初期治療後、多くの患者さんは維持療法に移行します。
維持療法の目的は疾患の再燃を防ぎつつ、徐々に薬剤の量を減らしていくことです。
段階 | 期間 | 治療内容 | 治療の目標 |
初期治療 | 8週間 | HLH-2004プロトコル | 急性期の症状改善 |
維持療法 | 数か月〜1年 | 薬剤の漸減 | 再燃予防と副作用軽減 |
維持療法の期間は数か月から1年程度で、この間、定期的な診察と検査を行いながら、経過を観察していきます。
難治例への対応
初期治療に反応が乏しかったり再燃を繰り返す難治例では、より強力な治療が必要です。
このような症例では、高用量の化学療法や、生物学的製剤(人工的に作られた抗体などの薬剤)の使用が検討されます。
造血幹細胞移植
遺伝子変異が原因の家族性血球貧食性症候群や、再発を繰り返す難治例では、根治的治療として造血幹細胞移植が考慮されます。
造血幹細胞移植は、患者さんの異常な免疫系を健康なドナーの幹細胞で置き換える治療法です。
移植前 | 移植時 | 移植後 |
強力な化学療法 | ドナー幹細胞の輸注 | 免疫抑制剤の投与 |
全身放射線照射 | 感染症対策 |
移植前処置として化学療法や全身放射線照射が行われ、その後にドナーの造血幹細胞が輸注されます。
移植後は、生着までの期間と、その後の免疫再構築の期間を合わせて、少なくとも6か月から1年の経過観察が必要です。
血球貧食性症候群の治療における副作用やリスク
血球貧食性症候群の治療には、免疫抑制剤や化学療法などの強力な治療法が用いられるため、さまざまな副作用やリスクがあります。
免疫抑制療法に伴うリスク
免疫抑制療法は血球貧食性症候群の主要な治療法ですが、免疫機能の低下によって感染症のリスクが高まり、注意すべきなのは日和見感染症の発症です。
普段では問題にならない微生物が、免疫力の低下した患者さんの体内で増殖し、重篤な症状を起こします。
感染症の種類 | 起因菌 | 症状 |
肺炎 | ニューモシスチス・イロベチー | 発熱、咳、呼吸困難 |
敗血症 | カンジダ菌 | 高熱、血圧低下、意識障害 |
髄膜炎 | クリプトコッカス | 頭痛、発熱、嘔吐 |
感染症を予防するため、抗生物質や抗真菌薬の予防投与が必要となることがあります。
ステロイド療法の副作用
ステロイド薬は強力な抗炎症作用を持ち、血球貧食性症候群の治療に欠かせませんが、長期使用に伴う副作用には十分な注意が必要です。
代表的な副作用
- 骨粗鬆症(骨の密度が低下し、骨折のリスクが高まる状態)
- 糖尿病(血糖値が高くなる病気)
- 高血圧(血圧が正常値より高くなる状態)
- 消化性潰瘍(胃や十二指腸に傷ができる病気)
- 白内障(眼のレンズが濁る病気)
化学療法に関連するリスク
化学療法は強力な治療法ですが、同時に健康な細胞にも影響を与えるため、さまざまな副作用が生じます。
副作用 | 影響を受ける組織 | 症状 |
脱毛 | 毛根 | 頭髪や体毛の減少 |
嘔吐 | 消化管 | 吐き気、食欲不振 |
貧血 | 骨髄 | 疲労感、息切れ |
長期的な合併症
血球貧食性症候群の治療は長期にわたることが多く、合併症が生じる可能性があります。
肝機能障害や腎機能障害、また、長期的な免疫抑制状態は、二次性悪性腫瘍(治療の影響で新たに発生するがん)の発症リスクを高めます。
このため、定期的な臓器機能検査や全身スクリーニングが必須です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院治療にかかる費用
血球貧食性症候群の治療では多くの場合入院が必要で、入院期間は1〜3ヶ月程度です。
病室タイプ | 1日あたりの費用 | 1ヶ月あたりの費用 |
大部屋 | 2万円〜3万円 | 60万円〜90万円 |
個室 | 3万円〜5万円 | 90万円〜150万円 |
薬剤費
血球貧食性症候群の治療に使用される薬剤とその概算費用
- ステロイド剤:1〜2万円/月
- シクロスポリン:5〜10万円/月
- エトポシド:10〜20万円/月
薬剤は併用されることが多く、月額の薬剤費は20〜30万円になります。
検査費用
主な検査項目と概算費用
検査項目 | 概算費用 |
血液検査 | 5,000円〜10,000円 |
骨髄検査 | 30,000円〜50,000円 |
CT検査 | 20,000円〜30,000円 |
遺伝子検査 | 100,000円〜200,000円 |
検査は定期的に行われ、月額10〜20万円です。
造血幹細胞移植にかかる費用
重症例や難治性の場合、造血幹細胞移植が必要になります。
- 移植前処置:100〜200万円
- 移植実施:300〜500万円
- 移植後管理:200〜300万円
以上
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