発熱性好中球減少症(FN)(febrile neutropenia)とは、体の免疫機能が著しく低下した状態で発生する合併症の一つです。
この症状は、抗がん剤治療を受けている患者さんに見られることが多く、白血球の一種である好中球(体内に侵入した細菌と戦う免疫細胞)が減少することで起こります。
好中球は数が減ると、さまざまな感染症にかかるリスクが大幅に上昇します。
発熱性好中球減少症では、38度以上の高熱と好中球数の減少が特徴的な症状です。
発熱性好中球減少症(FN)の主な症状
発熱性好中発熱性好中球減少症(FN)の症状には、発熱、感染部位の炎症、出血傾向があります。
発熱と全身症状
発熱性好中球減少症(FN)の最も顕著な症状は、持続する38℃以上の発熱です。
高熱は、体内の感染と闘うための免疫反応によるものですが、好中球が減少しているため、感染対策が困難となります。
発熱に伴い、患者さんは全身の倦怠感や筋肉痛、関節痛などを経験します。
症状 | 特徴 |
発熱 | 38.3℃以上、または1時間以上持続する38℃以上 |
全身症状 | 倦怠感、筋肉痛、関節痛 |
感染部位の症状
好中球の減少により、体のいろいろな部位で感染が起こりやすくなります。
特に注意が必要なのは、呼吸器系、消化器系、皮膚、口腔内の感染です。
呼吸器系の感染では咳や呼吸困難が、消化器系の感染では腹痛や下痢が見られ、皮膚の感染では発赤や腫れ、口腔内の感染では口内炎や嚥下痛(飲み込む時の痛み)が生じます。
出血傾向
発熱性好中球減少症(FN)では、血小板の減少を伴い、皮下出血(あざ)、鼻出血、歯肉出血が現れます。
重篤な場合には、消化管出血や脳出血などの深刻な合併症を起こすこともあるため、注意が必要です。
その他の症状
発熱性好中球減少症(FN)では主要な症状以外にも、多様な症状が現れます。
- 悪寒や震え
- 頭痛
- めまい
- 食欲不振
- 脱水症状(口渇、尿量減少)
症状カテゴリー | 症状 |
全身症状 | 悪寒、震え、頭痛、めまい |
消化器症状 | 食欲不振 |
脱水関連 | 口渇、尿量減少 |
発熱性好中球減少症(FN)の原因
発熱性好中球減少症(FN)の原因は、抗がん剤治療による骨髄抑制です。
抗がん剤治療と骨髄抑制
抗がん剤はがん細胞を攻撃する一方で、正常な細胞にも影響を及ぼします。
血液細胞を産生する骨髄の機能が抑制されることで、好中球を含む白血球の生成が低下し、この状態を骨髄抑制と呼びます。
抗がん剤の影響 | 骨髄への影響 |
直接的作用 | 細胞分裂抑制 |
間接的作用 | 造血環境変化 |
好中球減少のメカニズム
好中球は、3~4日で入れ替わりますが、抗がん剤治療により骨髄の機能が低下すると新しい好中球の産生が追いつかず、体内の好中球数が急激に減少します。
このプロセスが、発熱性好中球減少症の根本的な要因です。
感染リスクの上昇
好中球数が著しく減少すると体の防御機能が大幅に低下し、普段なら問題にならない細菌やウイルスによっても容易に感染が起こります。
抗がん剤治療後約1週間で好中球数が最低値となり、この時期に感染症を発症するケースが多く見られます。
その他の要因
抗がん剤以外にも、発熱性好中球減少症の原因となる要因があります。
- 放射線療法(がんの治療に用いる放射線を使った治療法)
- 造血幹細胞移植(血液の元となる細胞を移植する治療)
- 骨髄異形成症候群などの血液疾患
- 重度の栄養不良
要因 | 影響の度合い |
抗がん剤治療 | 非常に高い |
放射線療法 | 中程度 |
血液疾患 | 症例による |
診察(検査)と診断
発熱性好中球減少症(FN)の診断は、問診と身体診察、血液検査、画像検査、微生物学的検査を組み合わせて行われます。
問診と身体診察
発熱性好中球減少症(FN)の問診では、患者さんの症状の経過、既往歴、現在の治療内容を聞き取ります。
身体診察で調べるのは、バイタルサイン(体温、血圧、脈拍、呼吸数など)の測定に加え、感染源となりうる部位(口腔内、皮膚、肺、腹部など)です。
問診項目 | 確認内容 |
発熱の詳細 | 程度、持続時間、パターン |
随伴症状 | 咳、腹痛、排尿時痛など |
既往歴 | 過去の感染症、慢性疾患 |
現在の治療 | 化学療法、免疫抑制剤など |
血液検査
発熱性好中球減少症(FN)の血液検査では、血球計算(CBC)を行い、好中球数を確認します。
好中球数が500/μL未満、または1000/μL未満で48時間以内に500/μL未満に低下すると予測される場合、FNを疑います。
同時に、CRP(C反応性タンパク)や赤血球沈降速度(ESR)などの炎症マーカーも測定し、感染の程度を評価。
また、肝機能や腎機能を示す生化学検査も実施し、全身状態を把握することも大切です。
微生物学的検査
感染源の特定と抗菌薬選択のため、微生物学的検査が必要です。
血液培養は最も重要な検査の一つで、異なる部位から2セット以上採取し、尿培養、喀痰培養、便培養なども必要に応じて実施し、感染源の特定を行います。
最近は、PCR法やMALDI-TOF MS法(マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法)などの迅速診断法も導入され、より早期の病原体同定が可能です。
微生物学的検査 | 目的 |
血液培養 | 菌血症(血液中に細菌が存在する状態)の検出 |
尿培養 | 尿路感染症の診断 |
喀痰培養 | 呼吸器感染症の診断 |
便培養 | 消化器感染症の診断 |
画像検査
胸部X線検査は肺炎や胸水の有無を確認するために行われ、初期評価として広く用いられます。
CT検査は肺炎や深部感染巣の評価に優れている検査法です。
腹部超音波検査や腹部CT検査は、腹腔内感染や肝脾腫の評価のために行われます。
臨床診断と確定診断
発熱性好中球減少症(FN)の臨床診断は、発熱(腋窩温38.0℃以上または1時間以上持続する37.5℃以上の発熱)と好中球減少(好中球数500/μL未満または1000/μL未満で48時間以内に500/μL未満になると予測される場合)の両方を満たすことです。
確定診断には臨床診断基準に加え、各種検査結果を総合的に評価します。
- 発熱の原因となる他の疾患(薬剤性発熱、腫瘍熱など)の除外
- 感染巣の同定(微生物学的検査や画像検査による)
- 全身状態の評価(臓器機能、栄養状態など)
- 基礎疾患や治療歴の考慮
診断段階 | 評価項目 |
臨床診断 | 発熱、好中球数 |
確定診断 | 臨床診断基準、各種検査結果、他疾患の除外 |
発熱性好中球減少症(FN)の治療法と処方薬、治療期間
発熱性好中球減少症(FN)の治療は広域抗菌薬の投与を中心とし、支持療を併用しながら、7~14日間にわたって行われます。
即時の抗菌薬投与
FNの治療において、最も大切なのは迅速な広域抗菌薬の投与です。
発熱が確認された時点で血液培養を採取した後、直ちに抗菌薬治療を開始します。
初期治療では、緑膿菌(感染症を起こす細菌)をカバーする抗菌薬が選択されることが多いです。
抗菌薬の種類 | 使用例 |
カルバペネム系 | メロペネム |
セフェム系 | セフェピム |
G-CSF製剤
顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)製剤は、好中球の回復を促進する目的で使用されます。
G-CSF製剤の種類 | 投与方法 |
フィルグラスチム | 皮下注射 |
ペグフィルグラスチム | 単回皮下注射 |
支持療法
FNの治療中は、全身状態の維持と合併症の予防が重要です。
支持療法
- 輸液療法:脱水の予防と電解質(体内のミネラルバランス)の維持
- 解熱鎮痛薬:発熱時の対症療法(症状を和らげる治療)
- 制吐剤:抗がん剤による悪心・嘔吐の軽減
- 栄養サポート:十分なカロリー摂取の確保
治療期間と終了の判断
FNの治療期間は、約7~14日間です。
治療終了の判断基準
- 解熱:48時間以上連続して体温が37.5℃未満
- 好中球数の回復:500/μL以上(血液検査で測定)
- 全身状態の改善:食欲回復、自覚症状の消失
外来治療の可能性
低リスク群のFN患者さんに対しては、外来での経口抗菌薬を用いた治療も検討されるようになってきました。
治療形態 | 対象患者 | 特徴 |
入院治療 | 高リスク群 | 24時間モニタリング |
外来治療 | 低リスク群 | 定期的な通院が必要 |
発熱性好中球減少症(FN)の治療における副作用やリスク
発熱性好中球減少症(FN)の治療は、患者さんの生命を守るために不可欠ですが、同時に副作用やリスクを伴います。
抗菌薬関連の副作用
FNの治療では広域抗菌薬(多くの種類の細菌に効果のある抗生物質)が使われ、副作用があります。
最も頻度の高い副作用は、消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢)で、また、薬剤性肝障害や腎機能障害も注意が必要です。
まれではありますが、重篤な副作用として、アナフィラキシーショッや Stevens-Johnson 症候群(重度の皮膚粘膜眼症候群)などの重度の皮膚反応も報告されています。
抗菌薬 | 副作用 |
β-ラクタム系 | アレルギー反応、下痢 |
アミノグリコシド系 | 腎毒性(腎臓への悪影響)、耳毒性(聴力への悪影響) |
フルオロキノロン系 | 腱障害、QT延長(心電図の異常) |
バンコマイシン | 腎毒性、Red man症候群(顔面や上半身の紅潮、かゆみ) |
抗真菌薬関連のリスク
FNの患者さんでは真菌感染症(カビによる感染症)のリスクも高いため、抗真菌薬の使用が必要で、さまざまな副作用を起こします。
- アゾール系抗真菌薬 肝機能障害や薬物相互作用のリスク
- アムホテリシンB 腎毒性や電解質異常(体内のミネラルバランスの乱れ)を起こす
G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)関連のリスク
G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)は好中球の数を増加させるために使用される薬剤ですが、いくつかのリスクを伴います。
副作用として、骨痛(骨の痛み)や発熱が挙げられ、脾臓破裂や急性呼吸窮迫症候群(ARDS、重度の呼吸障害)などの重篤な合併症にも注意が必要です。
さらに、G-CSFの使用により、基礎疾患である血液悪性腫瘍の進行を促進する可能性も指摘されており、使用には慎重な判断が求められます。
G-CSF関連リスク | 頻度 |
骨痛 | 高頻度 |
発熱 | 中等度 |
脾臓破裂 | 稀 |
ARDS(急性呼吸窮迫症候群) | 非常に稀 |
薬剤耐性菌の出現
広域抗菌薬の長期使用は、薬剤耐性菌の出現リスクを高めます。
問題になる耐性菌
- メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
- 多剤耐性緑膿菌(MDRP)
- 基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生菌
- カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用
FNの治療には、1週間から2週間の入院が必要です。
入院日数 | 概算費用 |
7日間 | 21-35万円 |
14日間 | 42-70万円 |
抗菌薬治療費
FN治療の中心は広域抗菌薬で、メロペネムは1日あたりの薬価は約1万円です。
G-CSF製剤の費用
フィルグラスチムの1回分の薬価は約2万円で、3-5日間使用します。
G-CSF製剤 | 1回分薬価 | 使用日数 | 合計 |
フィルグラスチム | 2万円 | 3-5日 | 6-10万円 |
その他の費用
FN治療には以下のような追加費用が発生することがあります。
- 血液検査:1回あたり約5,000円
- 画像診断:CT検査1回あたり約2万円
- 輸液療法:1日あたり約3,000円
以上
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