鎌状赤血球症(sickle cell disease)とは、遺伝子の異常により赤血球の形が変形する重篤な血液疾患です。
通常、赤血球は円盤状の形状をしていますが、この病気では赤血球が鎌(かま)のような形に変化しています。
変形した赤血球は体内の細い血管を通過する際に障害を起こし、血液の流れが阻害され、酸素や栄養素の供給が滞り、いろいろな臓器に悪影響を及ぼします。
鎌状赤血球症は、主にアフリカ系の方々に多く見られる遺伝性疾患です。
鎌状赤血球症の主な症状
鎌状赤血球症は激しい痛みの発作や重度の貧血、合併症を起こす深刻な血液疾患です。
痛みの発作
鎌状赤血球症の最も特徴的な症状は、「ペインクライシス」と呼ばれる痛みの発作です。
発作時の痛みは主に骨や関節に集中し、痛みは数時間から数日間続くこともあります。
貧血とその影響
鎌状赤血球症では赤血球の寿命が著しく短くなるため、慢性的な貧血状態に陥ります。
貧血により起こる症状
- 息切れ(少し動いただけで息が上がる感覚)
- めまい(立ち上がった時などに感じる回転性のめまいや立ちくらみ)
- 疲労感(通常の活動でも極度の疲れを感じる)
- 体力低下(以前はできていた運動や作業が困難になる)
- 集中力の減退(勉強や仕事に集中できない状態が続く)
貧血の程度 | 症状 | 日常生活への影響 |
軽度 | 軽い疲労感、わずかな息切れ | 通常の活動はほぼ可能 |
中等度 | 明らかな疲労感、日常活動の制限 | 仕事や学業に支障が出始める |
重度 | 極度の疲労、安静時の息切れ | 日常生活全般に大きな制限 |
感染症のリスク増加
鎌状赤血球症の患者さんは、脾臓(ひぞう)の機能不全が原因で、細菌感染症のリスクが高いです。
免疫機能の低下は、患者さんの年齢によって異なる影響があります。
幼少期の患者さんでは、肺炎球菌やインフルエンザ菌による重症感染症に注意が必要で、成人の患者さんでは、尿路感染症や肺炎などの一般的な感染症でも重症化しやすいです。
臓器障害
鎌状赤血球症は血流障害を起こすため、臓器に深刻な影響を及ぼします。
影響を受ける臓器 | 症状や合併症 | 患者さんへの影響 |
肺 | 急性胸症候群、肺高血圧症 | 呼吸困難、酸素不足 |
腎臓 | 腎機能障害、血尿 | 浮腫、高血圧 |
眼 | 網膜症、視力低下 | 視覚障害、失明のリスク |
骨 | 骨壊死、骨髄炎 | 慢性的な痛み、運動障害 |
脳血管障害
鎌状赤血球症の患者さんは、脳卒中のリスクが顕著に高くなります。
小児期には症状が現れない無症候性の脳梗塞が起こることがあり、認知機能や学習能力に長期的な影響を与えます。
脳血管障害の症状
- 突然の激しい頭痛:通常の頭痛とは異なる、耐え難い痛みを伴う。
- 片側の麻痺や脱力:体の半分が動かしにくくなる。
- 言語障害:話すことや言葉を理解することが困難になり、コミュニケーションに問題が生じる。
- 視覚障害:視野が狭くなったり物が二重に見えたり見え方に異常が生じる。
- 意識障害:意識が薄れたり完全に失ったりすることがあり、緊急の医療介入が必要。
鎌状赤血球症の原因
鎌状赤血球症の病因は、ヘモグロビン合成に関与する遺伝子の突然変異です。
遺伝子変異
鎌状赤血球症は、ヘモグロビンβ鎖をコードするHBB遺伝子の点突然変異が原因で、変異により、正常なヘモグロビンA(HbA)の代わりに異常なヘモグロビンS(HbS)が産生されます。
HbSは低酸素環境下で重合化し、赤血球内で異常な結晶構造を形成する特性があり、赤血球の形態変化の直接の要因です。
遺伝子 | 変異タイプ | 産生されるヘモグロビン |
HBB | 点突然変異 | ヘモグロビンS(HbS) |
HBA | 正常 | 正常ヘモグロビン |
遺伝形式と発症リスク
鎌状赤血球症は常染色体劣性遺伝形式を示し、両親から変異遺伝子をそれぞれ受け継いだ場合にのみ発症します。
片親からのみ変異遺伝子を受け継いだときは保因者となり、通常は症状を示しません。
ただし、保因者同士のから生まれた子どもは、25%の確率で鎌状赤血球症を発症します。
赤血球の形態変化
変異型ヘモグロビンS(HbS)は、酸素分圧の低下に伴い長鎖状のポリマーを形成し、この過程をポリマー化と呼びます。
ポリマー化したHbSは赤血球内で結晶のような構造を作り、細胞膜の変形が起き、赤血球が鎌状になるのです。
状態 | 赤血球形態 | ヘモグロビンの状態 |
正常酸素 | 円盤状 | 単量体 |
低酸素 | 鎌状 | ポリマー化 |
環境因子の影響
遺伝的要因に加え、環境因子も鎌状赤血球症の発症に関与しています。
- 低酸素状態
- 脱水
- 感染症
- 寒冷暴露
- 過度の身体的負荷
これらの因子は体内の酸素分圧を低下させたり、血液粘度を上昇することで、HbSのポリマー化を促進します。
他のヘモグロビン異常症との関連
鎌状赤血球症はヘモグロビン異常症の一種で、他のヘモグロビン異常症との複合する状態もあり、症状の重症度に影響を及ぼします。
疾患名 | 遺伝子変異 |
鎌状赤血球症 | HBB遺伝子の点突然変異 |
サラセミア | グロビン遺伝子の欠失または変異 |
ヘモグロビンC病 | HBB遺伝子の異なる点突然変異 |
診察(検査)と診断
鎌状赤血球症の診断は患者さんの症状と家族歴の聞き取りから始まり、血液検査や遺伝子解析技術を用いて確定診断に至ります。
初診時の問診と身体診察
鎌状赤血球症の診断では、患者さんの症状、特に痛みの発作や長期にわたる貧血の兆候について、お聞きします。
また、家族歴も非常に有用な情報源となるため、血縁者の方に同様の症状や過去の診断歴がないかを確認することが重要です。
身体診察では、貧血の徴候や脾臓の腫れ、皮膚や目の黄疸の有無を観察していきます。
血液検査
鎌状赤血球症の診断では、血液検査が必須です。
行われる検査
- 末梢血塗抹標本検査 顕微鏡で赤血球の形態異常を直接観察し、鎌状の赤血球を確認
- 完全血球計算(CBC) 貧血の程度や他の血球成分の異常を総合的に評価
- ヘモグロビン電気泳動 異常なヘモグロビン(HbS)の存在を確実に判定
- 網赤血球数測定 骨髄での赤血球の産生状態を正確に把握
検査項目 | 目的 | 異常所見 |
末梢血塗抹標本 | 鎌状赤血球の確認 | 三日月型や鎌状の赤血球 |
ヘモグロビン電気泳動 | HbSの検出と定量 | HbSの存在、HbAの減少 |
遺伝子検査
鎌状赤血球症の最終的な確定診断には、遺伝子検査が欠かせません。
βグロビン遺伝子の特定の変異(HbS変異)を検出することで、診断の確実性が飛躍的に高まります。
検査方法 | 特徴 | 検出する変異 |
PCR法 | 迅速、特定の変異を効率的に検出 | HbS変異(GAG→GTG) |
シークエンシング | 詳細な遺伝子情報を包括的に取得 | βグロビン遺伝子全体 |
鑑別診断
サラセミアや他のヘモグロビン異常症は、貧血や臓器障害などの症状が鎌状赤血球症と重なるため、鑑別が必要です。
ヘモグロビン電気泳動で得られる結果のパターンや、遺伝子検査で特定される変異の種類により、鎌状赤血球症と他のヘモグロビン異常症を区別することができます。
新生児スクリーニング
多くの先進国では、新生児スクリーニングプログラムに鎌状赤血球症の検査が標準的に組み込まれています。
検査は、新生児が生まれてから数日以内に、踵から採取したごく少量の血液サンプルを用いて実施します。
鎌状赤血球症の治療法と処方薬、治療期間
鎌状赤血球症の治療は、薬による治療を中心に、輸血療法、痛みの管理、そして造血幹細胞移植まで含む総合的な方法を用います。
薬による治療
鎌状赤血球症の薬物療法で使われるのは、ヒドロキシウレアとL-グルタミンです。
ヒドロキシウレアは、胎児ヘモグロビン(HbF、胎児が持っているタイプのヘモグロビン)の生産を促し、赤血球が鎌状に変形するのを抑え、L-グルタミンは、赤血球の酸化を減らし、赤血球の寿命を延ばします。
薬の名前 | 主な働き |
ヒドロキシウレア | 胎児ヘモグロビンを増やし、赤血球の変形を抑える |
L-グルタミン | 赤血球へのダメージを減らし、寿命を延ばす |
痛みの管理と輸血による治療
強い痛みが起こった時は、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs、炎症を抑える薬)やオピオイド系の痛み止めが使われます。
痛みが強い場合は、モルヒネを点滴で投与することも。
貧血がひどい時や、急性胸症候群(肺に問題が起こる合併症)の症状が出た時、また、脳卒中のリスクが高い子どもの患者さんに予防のために行われるのが、輸血療法です。
造血幹細胞移植
造血幹細胞移植は、現在のところ鎌状赤血球症を完全に治すことができる唯一の方法です。
主に症状が重い患者さんや若い患者さんが対象となります。
治療法 | 行う状況 |
薬による治療 | すべての患者さん |
輸血療法 | 貧血がひどい時、合併症を防ぐ時 |
造血幹細胞移植 | 症状が重い患者さん、若い患者さん |
長期的な管理と治療期間
鎌状赤血球症は一生涯にわたって管理が必要な病気で、定期的に血液検査や体の機能をチェックすることが欠かせません。
調べる項目
- 完全血球計算(血液中の細胞の数と種類を調べる検査)
- 肝機能・腎機能検査
- 鉄過剰の評価(体内の鉄分が多すぎないか調べる)
- 心機能評価
- 網膜検査(目の奥にある光を感じる部分の検査)
鎌状赤血球症の治療における副作用やリスク
鎌状赤血球症の治療は患者さんの症状改善と生活の質向上を目指す一方で、さまざまな副作用やリスクがあります。
ヒドロキシウレア療法
ヒドロキシウレアは鎌状赤血球症の標準治療薬として広く使用されていますが、長期にわたる使用に伴う副作用が懸念されます。
最もよく見られる副作用は骨髄抑制です。
骨髄抑制により白血球、赤血球、血小板のいずれも減少し、感染リスクの上昇や貧血の悪化、出血傾向の増加につながります。
また、皮膚の色素沈着や爪の変色が起こり、二次性白血病のリスクが上昇します。
副作用 | 発生頻度 | 症状や影響 |
骨髄抑制 | 高頻度 | 感染しやすさ、貧血、出血傾向 |
皮膚変化 | 中頻度 | 色素沈着、爪の変色 |
輸血療法
定期的な輸血は貧血の改善に効果的ですが、鉄過剰という新たな問題が起こります。
繰り返し輸血を受けると鉄分は肝臓や心臓に蓄積し、時間の経過とともに深刻な臓器障害を起こす危険性があります。
鉄過剰を防ぐためには、鉄キレート療法と呼ばれる治療が必要です。
造血幹細胞移植
造血幹細胞移植は、現在のところ鎌状赤血球症を根本的に治癒できる唯一の方法ですが、重大なリスクが伴います。
最も深刻なリスクは、重度の慢性GVHD(移植片対宿主病)です。
さらに、ドナーの確保も大きな課題で、HLA(ヒト白血球抗原)の完全一致ドナーを見つけることは容易ではありません。
リスク | 発生率 | 影響 |
移植関連死亡 | 5-10% | 致命的 |
重度GVHD | 10-20% | 生活の質の著しい低下 |
遺伝子療法
遺伝子療法は鎌状赤血球症の新たな治療法であるものの、長期的な安全性については未だ確立されていません。
ウイルスベクターの挿入位置によっては、がん化のリスクがあります。
また、遺伝子導入に対する予期せぬ免疫反応や、導入された遺伝子の発現制御の難しさによる予期せぬ遺伝子発現変化の可能性もあります。
痛み止め使用リスク
鎌状赤血球症に伴う激しい痛みの管理にはよくオピオイド系鎮痛薬が使用され、リスクが伴います。
最も懸念されるのは、薬物依存や耐性形成のリスクです。
さらに、呼吸抑制などの重篤な副作用にも細心の注意が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用
急性疼痛発作や合併症を発症すると、入院が必要です。
入院期間 | 概算費用 |
7日間 | 35〜56万円 |
10日間 | 50〜80万円 |
薬剤費
ヒドロキシウレアなどの定期的な薬物療法は月額2〜5万円かかり、痛み止めや抗生物質も必要であれば、さらに1〜3万円程度上乗せされます。
輸血療法
定期的な輸血が必要な場合1回あたり10〜20万円で、年間6〜12回の輸血をすると、総額60〜240万円です。
検査費用
定期的な血液検査や画像診断は月額2〜5万円で、遺伝子検査が必要なときは、1回あたり10〜30万円の費用が発生します。
検査項目 | 概算費用 |
月次血液検査 | 2〜3万円 |
MRI検査 | 3〜5万円 |
以上
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