Evans症候群(Evans syndrome)とは、自己免疫性溶血性貧血(体の免疫システムが赤血球を攻撃して破壊する病気)と特発性血小板減少性紫斑病(血小板が減少する病気)が同時に、または前後して発症する疾患です。
この病気では、私たちの体を守るはずの免疫システムが、誤って自分の赤血球と血小板を敵だと認識して攻撃し、貧血や出血傾向などが現れます。
Evans症候群の原因は今のところはっきりとわかっていませんが、遺伝子の影響や環境因子が関係していると考えられています。
Evans症候群の主な症状
Evans症候群ではは、貧血と出血傾向、皮膚症状、全身症状が見られます。
溶血性貧血の症状
Evans症候群の原因の一つ自己免疫性溶血性貧血では、体内で赤血球が過剰に破壊されることにより、強い疲労感や息切れを感じます。
また、皮膚や粘膜が黄色みを帯びる黄疸が現れることもあります。
溶血性貧血の症状 | 症状の特徴 |
疲労感 | 持続的で強い |
息切れ | 軽い運動でも生じる |
黄疸 | 皮膚や粘膜が黄色くなる |
血小板減少症の症状
Evans症候群のもう一つの主要な症状は、免疫性血小板減少症から起こるものです。
血小板は止血に重要な役割を果たすため、数が減少するとさまざまな出血症状が現れます。
患者さんの皮膚に点状出血(小さな出血斑)や紫斑(皮下出血による青紫色の斑点)が四肢や体幹部に多く見られます。
重症の場合鼻出血や歯肉出血などの粘膜出血が生じ、血尿や消化管出血など、内臓からの出血の危険性もあるので、注意が必要です。
複合的な症状とその変動
Evans症候群の特徴的な点は、溶血性貧血と血小板減少症の症状が同時に、あるいは交互に現れることです。
ある時期には貧血症状が強く出て、別の時期には出血傾向が顕著になるといったことが起こります。
症状の種類 | 特徴 | 注意点 |
溶血性貧血 | 疲労感、息切れ、黄疸 | 症状の程度は変動する |
血小板減少症 | 点状出血、紫斑、粘膜出血 | 出血リスクに注意 |
複合症状 | 貧血と出血傾向の共存 | 個別の経過観察が必要 |
その他の随伴症状
Evans症候群患者さんにおいては、主要な血液学的異常に加えて、他の自己免疫疾患に関連する症状が現れます。
- 発熱(原因不明の体温上昇)
- 関節痛(複数の関節に痛みが生じる)
- リンパ節腫脹(首や脇の下、鼠径部のリンパ節が腫れる)
- 脾臓腫大(左上腹部の臓器である脾臓が腫れる)
Evans症候群の原因
Evans症候群の主な原因は免疫系の異常による自己抗体の産生と、それに伴う赤血球および血小板の破壊です。
免疫系の自己認識障害
Evans症候群は、免疫系が自己と非自己を正確に識別できなくなる自己免疫疾患の一種です。
免疫系が誤って赤血球と血小板を外来抗原と認識し、攻撃を始めます。
遺伝的素因の影響
免疫調節に関与する遺伝子の異常は、自己免疫反応を起こす要因です。
さらに、Evans症候群患者さんの家族内に他の自己免疫疾患罹が見られることがあり、遺伝的要因が示唆されています。
関連遺伝子 | 免疫系における機能 |
CTLA4 | T細胞活性化の抑制 |
LRBA | 免疫細胞の恒常性維持 |
STAT3 | サイトカインシグナル伝達制御 |
環境因子
環境要因もEvans症候群の発症に関与する可能性があります。
- ウイルス感染
- 細菌感染
- 薬剤暴露
- 慢性的ストレス
- 内分泌系の変動
環境因子は、遺伝的素因を有する方の免疫系を刺激し、自己抗体産生を促進します。
自己抗体産生機序
Evans症候群では赤血球や血小板に対する自己抗体が産生され、正常な血球成分を異物として認識し、免疫反応を起こします。
自己抗体産生の中心的役割を担うのはB細胞です。
通常、B細胞は外来抗原に対する抗体を作りますが、Evans症候群では自己抗原に対する抗体を作ります。
自己抗体の種類 | 標的細胞 | 影響 |
抗赤血球抗体 | 赤血球 | 溶血性貧血 |
抗血小板抗体 | 血小板 | 血小板減少 |
免疫調節の破綻
正常な免疫系では、自己反応性リンパ球の除去や制御性T細胞(Treg)による抑制など、調節機構がありますが、Evans症候群では調節機構に異常があります。
免疫調節機構 | Evans症候群における状態 |
制御性T細胞 | 機能低下または数的減少 |
中枢性免疫寛容 | 自己反応性T細胞の不完全な除去 |
サイトカインバランス | 炎症性・抗炎症性サイトカインの不均衡 |
診察(検査)と診断
Evans症候群の診断は、問診と身体診察、そして特殊な血液検査を組み合わせて進めます。
初期評価と病歴聴取
Evans症候群の問診では、患者さんが経験された症状の経過、過去にかかった病気、ご家族の病歴などをお聞きします。
特に注目するのは、貧血に関連する症状や出血傾向の有無です。
また、他の自己免疫疾患を患ったことがあるか、ご家族に自己免疫疾患の方がいるかも重要な情報となります。
身体診察
Evans症候群に特徴的な身体の変化として、皮膚や粘膜の蒼白、黄疸、点状出血や紫斑がないかを確認し、腹部を触診して脾臓、首や脇の下、足の付け根などのリンパ節が腫れていないかも調べます。
身体診察のポイント | 確認事項 | 意味 |
皮膚・粘膜の観察 | 蒼白、黄疸、出血斑 | 貧血や溶血の兆候 |
腹部触診 | 脾臓腫大の有無 | 血液疾患の可能性 |
リンパ節触診 | 腫大の有無 | 免疫系の異常反応の兆候 |
血液検査
血球計算(CBC)を行い、赤血球の数、ヘモグロビンの量、血小板の数を確認し、Evans症候群では貧血と血小板減少が見られます。
さらに、体内で赤血球が壊れている(溶血)かどうかを調べるために、網状赤血球(若い赤血球)の数、間接ビリルビン(赤血球が壊れてできる物質)、LDH(乳酸脱水素酵素、細胞が壊れると増える酵素)を測定することが大切です。
免疫学的検査として、直接クームス試験(DAT)を実施し、赤血球の表面に自己抗体が付着しているかどうかを確認し、また、血小板に対する自己抗体の検査も行います。
鑑別診断
Evans症候群の確定診断には、自己免疫性溶血性貧血(AIHA、赤血球のみが攻撃される病気)や特発性血小板減少性紫斑病(ITP、血小板のみが減少する病気)が単独で起こっている場合との区別が必要です。
また、全身性エリテマトーデス(SLE、体の様々な部分を免疫系が攻撃する病気)などの他の自己免疫疾患に伴って二次的にEvans症候群が発症していることもあるため、鑑別をします。
鑑別診断の追加検査
- 抗核抗体(ANA)検査(体の核に対する自己抗体を調べる検査)
- 補体価測定(免疫反応に関わる補体というタンパク質の量を測定する検査)
- 免疫グロブリン定量(体内の抗体の量を測る検査)
- ウイルス感染症検査(HIV、EBV、CMVなどのウイルスに感染していないかを調べる検査)
検査項目 | 目的 | 結果の解釈 |
抗核抗体 | 自己免疫疾患の可能性評価 | 陽性の場合、他の自己免疫疾患の存在を示唆 |
補体価 | 免疫系の活性化状態確認 | 低下している場合、活発な免疫反応の存在を示唆 |
ウイルス検査 | 感染症による二次性変化の除外 | 陽性の場合、ウイルス感染に伴う血液異常の可能性 |
確定診断
Evans症候群の確定診断は、以下の条件を全て満たすことが条件です。
- 自己免疫性溶血性貧血の存在(直接クームス試験が陽性で、赤血球に対する自己抗体が確認される)
- 免疫性血小板減少症の存在(血小板の数が減少し、血小板に対する自己抗体が陽性である)
- 上記の状態を引き起こす他の原因疾患が除外されている
Evans症候群の治療法と処方薬、治療期間
Evans症候群の治療は免疫抑制療法を中心に、副腎皮質ステロイドや免疫抑制剤の投与、症例によっては脾臓摘出術や輸血療法を組み合わせて行います。
第一選択薬
Evans症候群の初期治療では、副腎皮質ステロイドが第一選択薬です。
ステロイド剤は強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を有し、自己免疫反応を抑制します。
プレドニゾロンを用い、初期投与量は1-2 mg/kg/日で開始され、症状の改善に伴い、段階的に減量します。
ステロイド | 初期投与量 |
プレドニゾロン | 1-2 mg/kg/日 |
メチルプレドニゾロン | 1-2 mg/kg/日 |
免疫抑制剤
ステロイド治療に対する反応が不十分なときや、ステロイドの減量が困難な場合には、他の免疫抑制剤が併用されます。
代表的な薬剤は、アザチオプリン、シクロスポリン、ミコフェノール酸モフェチルで、異なる作用機序で免疫系を抑制し、自己抗体の産生を抑えることが可能です。
免疫抑制剤 | 作用機序 |
アザチオプリン | DNA・RNA合成阻害 |
シクロスポリン | T細胞活性化抑制 |
ミコフェノール酸モフェチル | リンパ球増殖抑制 |
リツキシマブ
Evans症候群の治療に、抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブが使用されることも多くなってきました。
リツキシマブB細胞を特異的に除去することで自己抗体の産生を抑制し、従来の治療に抵抗性を示したり再発を繰り返す症例において有効性が報告されています。
リツキシマブは、375 mg/m²を週1回、4週間連続で投与します。
脾臓摘出術
薬物療法に抵抗性を示す症例では、脾臓摘出術が検討されます。
脾臓は自己抗体産生の主要な場所の一つで、また血小板や赤血球の破壊が行われる臓器でもあります。
脾臓摘出により自己抗体産生の抑制と血球破壊の軽減が期待できますが、手術に伴うリスクや術後の感染症リスク上昇などのデメリットもあるので注意が必要です。
補助療法
重度の貧血や血小板減少を伴う場合には、赤血球輸血や血小板輸血が行われ、静注用免疫グロブリン(IVIG)も有効な補助療法の一つです。
- 赤血球輸血:重度の貧血(Hb < 7 g/dL)時に考慮
- 血小板輸血:重度の血小板減少(< 10,000/μL)や出血傾向がある場合に実施
- IVIG:急性期や他の治療に反応が乏しい場合に使用
補助療法 | 適応 |
赤血球輸血 | 重度の貧血 |
血小板輸血 | 重度の血小板減少 |
IVIG | 急性期、難治例 |
Evans症候群の治療は、初期治療から寛解導入までに数週間から数ヶ月を要し、その後の維持療法は数ヶ月から数年にわたって継続されます。
Evans症候群の治療における副作用やリスク
Evans症候群の治療では主に免疫系を抑える薬を使用するため、体の抵抗力が低下して感染症にかかりやすくなったり、骨がもろくなる骨粗鬆症、血糖値が高くなる糖尿病、血圧が上がる高血圧などの副作用があります。
ステロイド治療の副作用
Evans症候群の初期治療で用いられるステロイド薬は体の免疫反応を強力に抑える作用がありますが、同時にいろいろな副作用をもたらします。
短期間の使用でも、胃や腸の不快感、眠れない、気分が変動しやすいといった副作用が現れることがあります。
長期間使用すると、骨がもろくなる骨粗鬆症、血糖値が高くなる糖尿病、血圧が上がる高血圧、目のレンズが濁る白内障などの危険性が高いです。
また、ステロイドを急に中止すると、体内でホルモンのバランスが崩れて副腎不全という重大な状態を起こすことがあるため、慎重に量を減らしていく必要があります。
副作用 | 発現時期 | 注意点 |
胃腸障害 | 短期 | 食事の工夫が必要 |
骨粗鬆症 | 長期 | 定期的な骨密度検査が大切 |
糖尿病 | 長期 | 血糖値のモニタリングが重要 |
高血圧 | 長期 | 血圧の定期的なチェックが必要 |
免疫抑制剤の副作用
ステロイド治療だけでは効果が十分でなかったり、ステロイドの量を減らすのが難しい場合、他の免疫抑制剤を使用することがあります。
免疫抑制剤の副作用
- アザチオプリン 肝臓の機能が低下したり、血液を作る骨髄の働きが抑えられる。
- シクロスポリン 腎臓の機能が低下したり、血圧が上がったりする可能性があるため、注意深く観察。
- リツキシマブなどの生物学的製剤 薬を点滴で投与する際に体に異常な反応が起きたり、感染症にかかりやすくなったりする危険性。
感染症リスク
免疫を抑える治療に伴う最も重要な副作用の一つが、感染症にかかりやすくなることです。
従来の免疫系の働きが抑えられるため、細菌、ウイルス、カビなどによる感染症に罹りやすくなります。
特に注意が必要なのは、日和見感染症と呼ばれるものです。
健康な人では問題にならない病原体による感染症ですが、免疫力が低下した状態では重症化することがあります。
代表的な日和見感染症
- ニューモシスチス肺炎(特殊な種類の肺炎)
- サイトメガロウイルス感染症(ヘルペスウイルスの一種による感染症)
- 帯状疱疹(水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化による皮膚の病気)
- カンジダ症(カビの一種による感染症)
血液学的副作用
Evans症候群の治療に使用される薬の中には、血液細胞を作る働きに直接影響を与えるものもあります。
アザチオプリンやミコフェノール酸モフェチルなどの免疫抑制剤は、骨髄の働きを抑制し、貧血、出血傾向、また感染症にかかりやすくなります。
薬剤 | 血液学的副作用 | 注意すべき症状 |
アザチオプリン | 骨髄抑制 | 疲れやすさ、発熱、出血しやすさ |
ミコフェノール酸モフェチル | 白血球減少 | 発熱、のどの痛み |
シクロホスファミド | 貧血、血小板減少 | めまい、あざができやすい |
長期的なリスク
Evans症候群の治療は長期間にわたることが多く、長い期間使用することで生じる副作用やリスクもあります。
免疫を抑える治療を長期間続けると、皮膚がんやリンパ腫(リンパ球ががん化する病気)のリスクが高くなり、また、骨粗鬆症により骨折しやすくなるリスクが増加することも問題です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬剤費の内訳
Evans症候群の治療で用いられる薬剤費
薬剤名 | 概算月額費用 |
プレドニゾロン | 2,000-5,000円 |
シクロスポリン | 15,000-30,000円 |
リツキシマブ | 300,000-600,000円 |
入院費用
症状が重度の場合や治療の開始時には、入院が必要となることがあります。
- 大学病院での7日間の入院 約35万円
- 総合病院での14日間の入院 約50万円
- 専門病院での21日間の入院 約70万円
検査費用
Evans症候群の診断や経過観察には、定期的な血液検査が欠かせません。また、骨髄検査や画像診断も行われることがあります。
検査項目 | 概算費用 |
血液一般検査 | 1,500-3,000円 |
骨髄検査 | 20,000-40,000円 |
CT検査 | 15,000-30,000円 |
以上
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