溶血性貧血 – 血液疾患

溶血性貧血(hemolytic anemia)とは、が通常よりも早く破壊されることで起こる貧血の一種です。

健康な人の体内では、赤血球は約120日間循環していますが、溶血性貧血に罹患すると、寿命が著しく短縮されます。

この状態が長期化すると、体内で十分な赤血球を産生することが困難となり、結体全体への酸素供給能力が低下してしまいます。

症状は持続的な疲労感、息切れ、めまいなどです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

溶血性貧血の種類(病型)

溶血性貧血は、先天性と後天性の2つの大きな病型に分類されます。

先天性溶血性貧血

先天性溶血性貧血は、遺伝子の異常によって起こる疾患群です。

この病型には、赤血球膜異常症や赤血球酵素異常症、ヘモグロビン異常症などが含まれ、赤血球の構造や機能に影響を与え、寿命を短縮させることで溶血(赤血球の破壊)が生じます。

先天性溶血性貧血の分類代表的な疾患
赤血球膜異常症遺伝性球状赤血球症
赤血球酵素異常症G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症
ヘモグロビン異常症鎌状赤血球症

後天性溶血性貧血

後天性溶血性貧血は、生後の要因によって起こる疾患群です。

この病型は、免疫学的機序によるものと非免疫学的機序によるものに大別されます。

免疫学的機序による溶血性貧血には、自己免疫性溶血性貧血や同種免疫性溶血性貧血などが含まれ、非免疫学的機序による溶血性貧血には、微小血管障害性溶血性貧血や感染症に伴う溶血性貧血などが含まれます。

後天性溶血性貧血の分類代表的な疾患や原因
免疫学的機序自己免疫性溶血性貧血
非免疫学的機序微小血管障害性溶血性貧血

溶血性貧血の主な症状

溶血性貧血の症状は、貧血に伴う全身倦怠感や呼吸困難、黄疸、暗色尿などです。

貧血に関連する症状

溶血性貧血では赤血球の破壊が進むため、貧血症状が現れます。

患者さんは全身倦怠感や疲れやすさを訴えることが多です。また、呼吸困難や動悸、めまいも頻繁に認められます。

重度の貧血では、労作時の胸痛や失神を起こすことも。

貧血症状出現頻度患者さんの訴え
全身倦怠感高頻度「体が重く感じる」「疲労感が強い」
呼吸困難中等度「階段昇降時に息切れがする」
めまい中等度「起立時にふらつく」
胸痛低頻度「運動時に胸部圧迫感がある」

溶血に特徴的な症状

溶血性貧血に特徴的な症状は、黄疸と暗色尿です。

黄疸は、破壊された赤血球から放出されるビリルビンが蓄積することで生じ、皮膚や眼球が黄色くなります。

暗色尿は、遊離ヘモグロビンが尿中に排泄されることで生じ、コーラ様の色調を呈します。

臓器腫大に関連する症状

溶血性貧血では、脾腫や肝腫大が認められます。

脾腫が起こると左上腹部の不快感や圧迫感が出て、肝腫大は右上腹部の違和感として自覚されます。

臓器腫大の原因患者さんの症状
脾臓赤血球処理の亢進左上腹部の不快感
肝臓ビリルビン代謝の増加右上腹部の違和感

症状の変動と急性増悪

溶血性貧血の症状は変動し急に悪化することがあり、感染症や薬剤暴露が誘因です。

急性に見られる症状

  • 発熱
  • 腹痛
  • 背部痛
  • 意識障害

慢性的な症状と合併症

長期にわたる溶血性貧血では、慢性的な症状や合併症が現れます。

持続する溶血により胆石症や鉄過剰症などの合併症のリスクが高まり、また、慢性的な貧血状態は心血管系への負担を増大させ、心不全などの合併症を起こすので注意が必要です。

長期的な影響考えられる合併症予防や早期発見の重要性
胆石形成腹痛、黄疸の増悪定期的な腹部超音波検査
鉄過剰症肝機能障害、心機能障害血清フェリチン値のモニタリング
心血管系への負担心不全、不整脈定期的な心機能評価

溶血性貧血の原因

溶血性貧血の原因は、遺伝子の異常、感染症、薬剤などがあります。

遺伝子の異常

遺伝的要因による溶血性貧血は、赤血球の構造や機能に関わる遺伝子の異常によって起きます。

遺伝子異常は、赤血球膜タンパク質、赤血球内酵素、ヘモグロビンに影響を与え、赤血球の寿命を通常よりも大幅に短縮させるのです。

  • 遺伝性球状赤血球症 赤血球膜タンパク質の異常により赤血球が球状に変形し、脾臓で破壊されやすくなる。
  • G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症 赤血球内の特定の酵素が欠損しているため、酸化ストレスに対する抵抗力が低下し溶血が生じやすくなりる。
遺伝性溶血性貧血の種類原因代表的な疾患
赤血球膜異常症膜タンパク質の異常遺伝性球状赤血球症
赤血球酵素異常症解糖系酵素の欠損G6PD欠損症
ヘモグロビン異常症グロビン鎖の異常鎌状赤血球症

遺伝性疾患は、両親から受け継いだ遺伝子の組み合わせによって発症します。

後天的要因

後天的要因による溶血性貧血は、免疫学的機序によるものと非免疫学的機序によるものに分類されます。

免疫学的機序による溶血性貧血は、自己抗体や薬剤誘発性抗体が赤血球を攻撃することで発症します。

自己免疫性溶血性貧血は、体の免疫系が誤って自身の赤血球を異物と認識し、攻撃することで起こる例です。

非免疫学的機序による溶血性貧血には、機械的損傷、化学的損傷、感染症などの原因があります。

後天性溶血性貧血の分類代表的な原因具体例
免疫学的機序自己抗体、薬剤誘発性抗体自己免疫性溶血性貧血、薬剤性溶血性貧血
非免疫学的機序機械的損傷、化学的損傷、感染症人工心臓弁による溶血、重症マラリア感染

環境因子

特定の化学物質への暴露、極端な温度変化、高地での生活など、さまざな環境要因が赤血球の破壊を促進する可能性があります。

例えば、鉛中毒は赤血球膜の脆弱性を増大させ溶血を起こし、また、マラリア感染症は赤血球内で増殖する寄生虫によって溶血を起こす代表的な例です。

環境因子による溶血性貧血の原因

  • 化学物質暴露(鉛、ベンゼンなど工業用化学物質)
  • 極端な温度変化(寒冷凝集素症など)
  • 高地での生活(低酸素環境による赤血球への負荷)
  • 感染症(マラリア、バベシア症などの寄生虫感染)
  • 機械的ストレス(人工心臓弁、長距離走などによる物理的な赤血球破壊)
環境因子溶血のメカニズム関連する職業や活動
化学物質暴露赤血球膜の直接的損傷工場労働者、塗装業
極端な温度変化寒冷凝集素による溶血冷凍庫作業員、冬季スポーツ選手
高地での生活低酸素ストレスによる赤血球寿命短縮高山ガイド、高地トレーニング中のアスリート

診察(検査)と診断

溶血性貧血の診断は問診と身体診察から始まり、一連の血液検査と特殊検査を経て確定診断に至ります。

初期評価

溶血性貧血の診断では、患者さんの症状の経過、家族歴、薬剤使用歴、職業歴を聴取します。

身体診察では、貧血の一般的な徴候に加え、溶血に特徴的な所見を注意深く観察します。

黄疸、脾腫、胆石などの所見は、溶血性貧血を示唆する重要な手がかりです。

スクリーニング検査

溶血性貧血の臨床診断において、溶血の存在を証明するスクリーニング検査が欠かせません。

検査は、完全血球計算(CBC、血液中の各種血球数や特性を測定する検査)、網状赤血球数(新しく作られた赤血球の割合)、血清ビリルビン(赤血球の破壊産物)、血清ハプトグロビン(遊離ヘモグロビンと結合するタンパク質)、血清LDH(組織障害の指標となる酵素)、尿中ヘモグロビンです。

検査項目溶血性貧血での典型的な所見所見の意味
ヘモグロビン低下赤血球の減少を示す
網状赤血球数上昇骨髄での赤血球産生亢進を示す
血清ビリルビン上昇(間接優位)赤血球破壊の増加を示す
血清ハプトグロビン低下または消失遊離ヘモグロビンの増加を示す

鑑別検査

溶血性貧血の原因を特定するためには、さらなる専門的な検査が必要です。

溶血性貧血の鑑別診断に用いられる検査

  • 直接クームス試験(免疫性溶血性貧血の診断:赤血球表面に付着した抗体を検出)
  • 赤血球酵素活性測定(酵素異常症の診断:赤血球内の特定酵素の活性を測定)
  • ヘモグロビン電気泳動(ヘモグロビン異常症の診断:異常ヘモグロビンを検出)
  • フローサイトメトリー(発作性夜間ヘモグロビン尿症の診断:赤血球膜タンパクの欠損を検出)
  • 赤血球膜タンパク質解析(膜異常症の診断:赤血球膜の構造異常を分析)
検査名対象となる疾患検査の特徴
直接クームス試験自己免疫性溶血性貧血赤血球表面の抗体を検出
ヘモグロビン電気泳動サラセミア、鎌状赤血球症異常ヘモグロビンの分離・同定
フローサイトメトリー発作性夜間ヘモグロビン尿症赤血球膜タンパクの欠損を定量的に評価

遺伝子検査

遺伝子検査は、臨床所見や一般的な検査結果が非典型的な場合に、診断の決め手となります。また、家族性の疾患が疑われる場合にも有用です。

疾患名関連遺伝子遺伝子の機能
遺伝性球状赤血球症SPTA1, SPTB, ANK1, SLC4A1赤血球膜骨格タンパクをコード
G6PD欠損症G6PD赤血球内の酵素をコード
ピルビン酸キナーゼ欠損症PKLR解糖系酵素をコード

溶血性貧血の治療法と処方薬、治療期間

溶血性貧血の治療は、原因の特定と除去、赤血球の過剰な破壊を抑制し、新しい赤血球の生成を促進することが目標です。

原因の除去と対処療法

溶血性貧血の治療において最初に行うべきステップは、原因を取り除くことです。

溶血性貧血の原因医療機関での対応
薬剤が原因問題となっている薬剤の使用を中止
感染症が原因適切な抗生物質を用いた治療
自己免疫疾患が原因免疫系の過剰な反応を抑える療法

薬を用いた治療法

溶血性貧血の治療で使用される薬剤には、ステロイド剤、免疫抑制剤、葉酸(赤血球の生成に必要なビタミン)などがあります。

  • ステロイド剤 体内の免疫反応を抑制し、赤血球が過剰に破壊されるのを防ぐ。
  • 免疫抑制剤 異常な免疫反応を抑え込む。
  • 葉酸 体内で新しい赤血球を効率よく生成するために必要な栄養素で、不足している場合に補充。

輸血による治療

重度の貧血症状や、急激に赤血球が破壊されている状況では、輸血による治療が必要となることがあります。

輸血は一時的に症状を改善する対処療法で、長期的な治療効果は期待できませんが、急性期の症状を速やかにやわらげるには非常に効果的な方法です。

輸血の種類適応となる状況
赤血球輸血重度の貧血状態にある場合
血漿交換体内の自己抗体(自分の細胞を攻撃する抗体)を除去する必要がある場合

脾臓の摘出手術

一部の溶血性貧血では、脾臓を摘出する手術が効果的な治療法です。

脾臓は異常な形や機能を持つ赤血球を破壊する主要な場所であるため、摘出することで赤血球の寿命を延ばし、貧血の症状を改善できます。

特に、遺伝性球状赤血球症(赤血球の形が球状になる遺伝性疾患)では、脾臓摘出後に症状が大幅に改善します。

治療にかかる期間

急性の場合、数週間から数ヶ月の治療で症状が改善することもありますが、慢性では、何年もの長期にわたる治療が必要です。

急性溶血性貧血の治療期間の目安

  • 軽い症状の場合数週間程度
  • 中程度の症状の場合1〜3ヶ月程度
  • 重い症状の場合3〜6ヶ月程度

溶血性貧血の治療における副作用やリスク

溶血性貧血の治療に用いられる方法は、異なる副作用やリスクがあります。

ステロイド療法に伴う副作用

ステロイド療法は溶血性貧血の治療で広く用いられる方法ですが、長期間にわたって使用する場合には注意が必要です。

副作用として、体重が増加しやすくなること、血糖値が上昇して糖尿病を発症する可能性、骨がもろくなる骨粗鬆症、さらには体の抵抗力が下がることで感染症にかかりやすくなるなどが挙げられます。

また、ステロイドの使用を急に中止すると、副腎の機能不全を引き起こす可能性があります。

副作用医療機関で行われる対策
体重増加栄養指導や運動療法の提案
糖尿病定期的な血糖値の検査とモニタリング
骨粗鬆症カルシウムやビタミンDのサプリメント処方

免疫抑制剤使用に伴うリスク

免疫抑制剤は自己免疫性溶血性貧血の治療に使用され、体の免疫機能を抑えることに伴うリスクがあります。

感染症に対する体の抵抗力が低下するため、普段なら問題にならない弱い病原体による日和見感染のリスクには注意が必要です。

また、長期間にわたって使用すると、悪性腫瘍(がん)が発生するリスクが若干上昇します。

輸血療法に伴う合併症

輸血療法は急性期の貧血症状を素早く改善するのに効果的ですが、いくつかの合併症が起こるリスクがあります。

特に注意が必要なのは、輸血関連急性肺障害(TRALI)と呼ばれる重篤な肺の合併症や、頻繁に輸血を受けることで体内の鉄分が過剰に蓄積される輸血後鉄過剰症です。

さらに、輸血を繰り返し受けることで、体内に輸血された血液に対する抗体(同種抗体)が作られ、輸血の効果が低下する可能性があります。

合併症患者さんに現れる症状
TRALI (輸血関連急性肺障害)急な息苦しさ、酸素が体内に十分取り込めない状態
鉄過剰症肝臓などの臓器機能障害、皮膚の色が濃くなる

脾臓摘出手術に伴うリスク

脾臓の摘出手術は、莢膜細菌(きょうまくさいきん:細胞の外側に保護膜を持つ細菌)による重症感染症のリスクが高まるため、ワクチン接種と、場合によっては予防的に抗生物質を服用することが大事です。

また、血液が固まりやすくなり、血栓症のリスクも上昇するため、手術後に抗凝固薬を使用することがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療にかかる費用

外来診療では、定期的な血液検査や薬物療法が中心となります。

血液検査の費用は1回あたり5,000円から15,000円で、月に1〜2回実施されることが多いです。

薬物療法の費用はステロイド薬では月額1万円から3万円、免疫抑制剤では月額3万円から10万円程度かかります。

項目費用(概算)
血液検査5,000円〜15,000円/回
ステロイド薬1万円〜3万円/月
免疫抑制剤3万円〜10万円/月

入院治療にかかる費用

重症例や急性増悪時には入院治療が必要です。

輸血療法では1回あたり2万円から5万円、血漿交換療法では1回あたり20万円から30万円かかります。

特殊治療にかかる費用

一部の溶血性貧血では、特殊な治療法が用いられます。

治療法費用(概算)
輸血療法2万円〜5万円/回
血漿交換療法20万円〜30万円/回
エクリズマブ治療2,000万円以上/年

以上

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