汎血球減少(pancytopenia)とは、血液中の主要な細胞成分である赤血球、白血球、血小板の3種類全てが同時に減少する血液疾患のことです。
この状態は、骨髄の機能低下やさまざまな疾患によって起きます。
症状は、貧血による疲労感や息切れ、感染症に対する抵抗力の低下、出血しやすくなるなどです。
汎血球減少の主な症状
汎血球減少は、血液中の主要な細胞成分である赤血球、白血球、血小板のすべてが減少する深刻な血液疾患で、多様な身体症状を起こします。
赤血球減少に伴う症状
赤血球の減少は貧血を起こし、体内の酸素運搬能力の低下につながります。
症状として、疲労感や倦怠感、息切れや動悸、めまいや立ちくらみ、皮膚の蒼白化などが現れます。
症状は、体内の組織に十分な酸素が供給されないことが原因です。
白血球減少に伴う症状
白血球、特に好中球(細菌感染と戦う免疫細胞)の減少は、免疫系の機能低下を招き、感染症に対する抵抗力が下がり、普段なら軽微で済むはずの感染が重症化しやすい状態になります。
症状 | 特徴 |
発熱 | 持続的または断続的に体温が上昇 |
悪寒 | 体温調節の乱れによる寒気や震え |
咽頭痛 | 喉の局所的な炎症による痛み |
口内炎 | 口腔内粘膜の防御機能低下による炎症 |
血小板減少に伴う症状
血小板の減少は出血傾向の増加をもたらし、軽微な外傷でも、止血が困難になることがあります。
代表的な症状
症状 | 詳細 |
紫斑 | 皮膚や粘膜に現れる出血斑 |
点状出血 | 針先大の小さな皮下出血 |
鼻出血 | 自然発生的に起こる鼻からの出血 |
歯肉出血 | 歯磨き時などに生じる歯ぐきからの出血 |
全身症状
汎血球減少では、体重減少、食欲不振、発汗の増加、易感染性(感染しやすい状態)などの症状が観察されることがあります。
これらの症状は、体内の血球バランスが崩れることによる全身への影響を反映しており、患者さんの生活の質を大きく低下させる可能性があります。
症状カテゴリー | 主な症状 |
赤血球関連 | 疲労感、息切れ、めまい |
白血球関連 | 発熱、感染症の増加、咽頭痛 |
血小板関連 | 紫斑、点状出血、出血傾向 |
全身症状 | 体重減少、食欲不振、易感染性 |
汎血球減少の原因
汎血球減少は、骨髄機能の低下、薬剤の副作用、自己免疫疾患、感染症が原因です。
骨髄機能の低下
骨髄機能の低下は、汎血球減少の主要な原因です。
骨髄は、私たちの体内で血液細胞を生成する重要な組織であり、機能が低下すると、全ての血球の産生が減少してしまいます。
機能低下は、加齢や栄養不良、がん治療で用いられる化学療法や放射線療法の影響によって起こります。
薬剤の副作用
一部の薬剤は血球産生を抑制する副作用を持つことがあり、長期間服用すると、汎血球減少のリスクが高まります。
薬剤の種類 | 影響 | 具体例 |
抗生物質 | 骨髄抑制 | クロラムフェニコール |
抗てんかん薬 | 血球減少 | カルバマゼピン |
抗甲状腺薬 | 白血球減少 | プロピルチオウラシル |
自己免疫疾患
自己免疫疾患は体の免疫系が正常な細胞を誤って攻撃してしまう病態で、汎血球減少の原因です。
このメカニズムは、体の防御システムが自身の細胞を「敵」と認識してしまうことで起こります。
代表的な疾患
- 全身性エリテマトーデス(SLE):多臓器に影響を及ぼす自己免疫疾患
- 関節リウマチ:主に関節を攻撃する自己免疫疾患
- 重症筋無力症:神経筋接合部を攻撃する自己免疫疾患
感染症
特定の感染症が直接的または間接的に血球産生に影響を与え、汎血球減少の原因になることもあります。
感染症 | メカニズム | 特徴 |
HIV | 骨髄機能低下 | T細胞の減少が顕著 |
B型肝炎 | 免疫反応による血球破壊 | 肝機能障害も伴う |
マラリア | 赤血球破壊と骨髄抑制 | 周期的な発熱が特徴 |
HIVは免疫系の中心的な役割を果たすT細胞を攻撃し、全体の血球産生に影響を与えます。
その他の要因
栄養不足、特にビタミンB12や葉酸の欠乏は、血球産生に大きな影響を与えることが知られています。
これらの栄養素はDNA合成や細胞分裂に不可欠であるため、不足すると血球産生の低下につながるのです。
また、長期的な大量飲酒は骨髄細胞にダメージを与え、さらに栄養吸収を妨げることで、血球産生に悪影響を及ぼします。
さらに、遺伝子異常や先天性疾患も、まれではありますが汎血球減少の原因です。
診察(検査)と診断
汎血球減少の診断では、病歴聴取、身体診察、血液検査、骨髄検査などを行います。
初期評価
汎血球減少が疑われる患者さんへの問診では、患者さんの症状、既往歴、家族歴、薬剤使用歴、職業歴などを聞き取ります。
身体診察
病歴聴取に続いて、全身の身体診察を行います。
特に注目するのが、貧血のサイン(皮膚や粘膜の蒼白)、出血傾向(点状出血、紫斑)、感染症の徴候(発熱、リンパ節腫脹)です。
また、肝臓や脾臓の腫大の有無も調べます。
診察項目 | 確認事項 | 意義 |
皮膚・粘膜 | 蒼白、出血斑 | 貧血や血小板減少の兆候 |
リンパ節 | 腫脹、圧痛 | 感染症や血液腫瘍の可能性 |
腹部 | 肝脾腫大 | 血液疾患や全身疾患の兆候 |
血液検査
汎血球減少の診断において、血液検査は最も基本的な検査です。
完全血球計算(CBC)を実施し、赤血球、白血球、血小板の数を正確に測定し、各血球成分の減少の程度を把握します。
また、末梢血塗抹標本(血液を薄くスライドガラスに引き延ばしたもの)の顕微鏡検査も行い、血球の形態異常や未熟細胞の有無を確認し、単に血球の数を数えるだけでなく、質や異常の有無を見極めるうえで大切です。
検査項目 | 確認事項 | 正常値(参考) |
赤血球数 | 貧血の程度 | 男性:450-550万/μL、女性:380-480万/μL |
白血球数 | 減少の程度、分画 | 4,000-9,000/μL |
血小板数 | 減少の程度 | 15-35万/μL |
末梢血塗抹 | 形態異常、芽球(未熟な血球) | – |
骨髄検査
血液検査で汎血球減少が確認された場合、次のステップとして骨髄検査を行うことが多いです。
骨髄穿刺(骨髄液を吸引する検査)や骨髄生検(骨髄の一部を採取する検査)を通じて骨髄の細胞を直接採取し、顕微鏡で観察します。
得られる情報
- 骨髄中の造血細胞(血液を作る細胞)の量と質
- 異常細胞(腫瘍細胞など)の有無
- 造血を妨げる要因(線維化など)の存在
骨髄検査は、汎血球減少の根本的な原因を特定するうえで、不可欠な検査です。
追加検査
診断の精度を高めるため、必要に応じて追加の検査を行います。
行われる検査は、ビタミンB12や葉酸の血中濃度測定、自己抗体検査、ウイルス検査です。
また、画像検査(CT、MRI)を行い、リンパ節腫大や他の臓器異常の有無を確認することもあります。
画像検査は、汎血球減少の原因になる可能性のある全身疾患や腫瘍性疾患を見つけるのに必要です。
汎血球減少の治療法と処方薬、治療期間
汎血球減少症の治療は、原因疾患の特定と薬物療法の組み合わせにより、3ヶ月から1年程度の期間で症状の改善を目指します。
薬物療法の選択
原因疾患が特定されたら、薬物療法が開始されます。
代表的な薬物療法
原因疾患 | 処方薬 |
再生不良性貧血(骨髄の造血機能が低下する病気) | 免疫抑制剤、造血促進剤 |
白血病(血液細胞のがん) | 抗がん剤、分子標的薬 |
骨髄異形成症候群(血液細胞の成熟障害を伴う病気) | 脱メチル化剤、造血促進剤 |
支持療法の役割
薬物療法と並行して、患者さんの全身状態を維持するための支持療法も欠かせません。
支持療法の内容
- 輸血療法(赤血球輸血、血小板輸血)
- 感染症予防(抗生物質の予防投与)
- 栄養サポート
- 出血リスク管理
支持療法は単に症状をやわらげるだけでなく、治療の効果を最大限に引き出す役割も担っています。
治療期間と経過観察
汎血球減少症の治療期間は、原因疾患や治療への反応性によって異なります。
治療段階 | 期間 | 内容 |
急性期 | 1〜3ヶ月 | 原因特定、初期治療 |
維持期 | 3ヶ月〜1年 | 薬物療法の継続、経過観察 |
長期フォローアップ | 1年以上 | 定期検査、再発予防 |
治療を継続することで、多くの患者さんが3〜6ヶ月程度で血球数の回復傾向を示し始めますが、完全な回復には時間がかかることも多いです。
汎血球減少の治療における副作用やリスク
汎血球減少症の治療は、原因疾患や重症度に応じて選択されますが、それぞれの治療法には特有の副作用やリスクがあります。
薬物療法に伴う副作用
汎血球減少症の治療で用いられる薬物療法治療法は、血球数を回復させるために効果的ですが、同時に副作用をもたらします。
免疫抑制剤や造血促進剤(血球の生成を促す薬)などの薬剤は、血球数の回復に効果を示す一方で、患者さんの体に負担をかけます。
免疫抑制剤の使用は感染症にかかるリスクを高める傾向がありますが、これは、免疫系を抑制することで、体の防御機能が低下するためです。
薬剤 | 副作用 | 対策例 |
免疫抑制剤 | 感染症、消化器症状 | 予防的抗生物質の使用、消化器症状への対症療法 |
造血促進剤 | 血栓症、高血圧 | 定期的な血圧測定、抗凝固療法の検討 |
また、ステロイド剤の長期使用は、や糖尿病などの合併症リスクを増加させます。
輸血療法のリスク
重度の貧血や血小板減少に対しては輸血療法が必要となる場合があり、いくつかのリスクを伴います。
主なリスク
- 輸血関連急性肺障害(TRALI):輸血後に急性の呼吸困難を引き起こす重篤な合併症
- 輸血後鉄過剰症:頻回の輸血により体内に鉄分が蓄積される状態
- アレルギー反応:軽度のものから重度のアナフィラキシーショックまで様々
- 感染症伝播:非常にまれですが、HIV、B型肝炎、C型肝炎などのウイルス感染のリスク
頻回の輸血を要する患者さんでは、鉄過剰症に注意が必要です。
造血幹細胞移植に関連するリスク
重症例や特定の原因疾患では造血幹細胞移植が選択されることがあり、治療法は根治的な効果が期待できる一方で、重篤な合併症のリスクも高い治療法です。
時期 | リスク | リスクの内容 |
移植直後 | 生着不全、感染症 | 移植した細胞が機能しない、免疫力低下による感染 |
中長期 | GVHD、二次性悪性腫瘍 | ドナーの細胞が患者の体を攻撃、新たながんの発生 |
特に、移植片対宿主病(GVHD:移植したドナーの細胞が患者さんの体を異物とみなして攻撃する病態)は、患者さんの体に大きな負担をかける合併症です。
感染症のリスク
好中球の数が著しく低下している場合、重症感染症を引き起こす危険性が高まり、治療中は感染予防策が欠かせません。
出血リスク
血小板減少に伴う出血リスクは治療中も継続的な注意が必要です。
侵襲的な処置(体に針を刺したり、切開したりする医療行為)や手術を行う際には、血小板輸血などの対策を行います。
二次性悪性腫瘍のリスク
長期的な観点では、特定の治療法により二次性悪性腫瘍(治療後に新たに発生するがん)のリスクが上昇する可能性があります。
これは、治療によって遺伝子に変異が起こることが原因です。
例えば、アルキル化剤(がん治療に使用される薬の一種)や放射線療法の使用歴がある患者さんでは、骨髄異形成症候群(血液細胞の発育・成熟が障害される病気)や急性骨髄性白血病の発症リスクが高まるとされています。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
診断時の検査費用
汎血球減少症の診断には、血液検査や骨髄検査などの基本的な検査から、より詳細な遺伝子検査まで、幅広い検査が行われます。
検査項目 | 概算費用 |
血液一般検査 | 1,000円〜3,000円 |
骨髄穿刺・生検 | 20,000円〜50,000円 |
遺伝子検査 | 50,000円〜200,000円 |
入院費用
汎血球減少症の治療では、状態に応じて入院が必要となるケースがあります。
- 一般病棟(1日あたり) 15,000円〜30,000円
- 特定機能病院(1日あたり) 20,000円〜40,000円
- ICU(1日あたり 50,000円〜100,000円
薬物療法の費用
代表的な薬物療法の費用
治療法 | 月額概算費用 |
免疫抑制剤 | 30,000円〜100,000円 |
造血促進剤 | 50,000円〜200,000円 |
抗がん剤 | 100,000円〜500,000円 |
支持療法の費用
輸血の場合、1回あたり20,000円〜50,000円程度の費用がかかり、感染症対策の抗生物質は、月額で10,000円〜50,000円です。
以上
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