食道腺癌(Barrett食道腺癌) – 消化器の疾患

食道腺癌(Barrett食道腺癌:Barrett adenocarcinoma)とは、食道下部に発生する悪性腫瘍の一種です。

健康な食道の内側は扁平上皮で構成されていますが、長期間にわたって胃酸が逆流すると、胃や腸の粘膜と類似した円柱上皮に置き換わります。

この状態をBarrett食道と呼び、稀にこの変化した粘膜から腺癌が生じます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の主な症状

Barrett食道腺癌は、初期段階では無症状であることが多いです。進行に伴い、胸焼けや嚥下困難などの症状が現れてきます。

初期症状の特徴

Barrett食道腺癌の初期には自覚症状がないため、早期発見が困難なケースが多くなります。

一部では、以下のような軽度の不快感や違和感症状が出る場合がありますが、他の良性の消化器疾患でも見られるような症状が多く、病気が見逃されがちです。

症状特徴
胸やけ胃酸の逆流による不快感
嚥下困難軽度の飲み込みにくさ
胸骨後部の痛み一過性の軽い痛み
特に夜間や食後に生じる乾いた咳

このような症状が持続する場合は、早めに医療機関を受診し、専門医による検査を受けることが大切です。

進行期の症状

Barrett食道腺癌が進行すると、腫瘍の成長に伴う食道の狭窄や周囲の組織への浸潤、さらには転移により、症状が顕著に現れます。

  • 嚥下困難の悪化(固形物だけでなく液体の飲み込みも困難になる)
  • 持続的な胸痛や背部痛(特に食事時や夜間に増強)
  • 嗄声(声がかすれる、声の質が変化する)
  • 体重減少(栄養摂取不足や代謝亢進による)
  • 食欲不振(食べることへの恐怖や痛みによる)

嚥下困難の進行と栄養状態への影響

初期では軽度であった嚥下困難は、徐々に悪化し、腫瘍の成長に伴い食道の内腔が狭くなるため、固形物だけでなく液体を飲み込むことも困難になっていきます。

嚥下困難の進行段階特徴
初期固形物の飲み込みにくさ
中期半固形物も飲み込みづらい
後期液体の飲み込みも困難

症状が進行すると栄養状態が悪化し、体重減少や免疫機能の低下につながっていきます。

当初は軽い胸やけのみだった患者さんが、たった半年後には水を飲むのも困難になるまで症状が進行したケースもあります。

全身症状と転移

Barrett食道腺癌がさらに進行すると、栄養不良や腫瘍からの出血、さらには転移に関連し、全身症状が現れてきます。

全身症状関連する要因
倦怠感栄養不良、貧血
発熱腫瘍からの感染
呼吸困難肺転移や胸水貯留
腹痛肝転移や腹膜播種

Barrett食道腺癌の症状は腫瘍の大きさ、位置、進行度によって、症状の現れ方や程度が変わってきますので、特に長期にわたる胃食道逆流症(GERD)の既往がある方、喫煙者、肥満の方は、必ず定期的な検査を受けるようにしてください。

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の原因

食道腺癌(Barrett食道腺癌)は、長期間にわたる胃酸の逆流が引き起こす食道粘膜の慢性的な損傷と、それに伴う変化が原因となります。

Barrett食道の形成過程

Barrett食道腺癌の発症には、まずBarrett食道という前駆状態の形成があります。

Barrett食道は、胃食道逆流症(GERD)の結果として生じる病態です。

GERDにより胃酸が繰り返し食道内に逆流すると、食道粘膜が持続的に刺激を受けることになります。

この刺激に対する生体の防御反応として、本来は扁平上皮で覆われているはずの食道下部の粘膜が、胃や腸の粘膜に類似した円柱上皮へと置き換わっていきます。

このように変化した粘膜の状態を、医学的にBarrett食道と呼びます。

Barrett食道から腺癌への進展

Barrett食道の粘膜は、正常な食道粘膜と比較して、癌化のリスクが高いことが分かっています。

長期間Barrett食道の状態が続くと、その一部の細胞が異常に増殖し始め、最終的に腺癌へと進展していく可能性があります。

進展段階病理学的特徴
Barrett食道円柱上皮化生(正常扁平上皮が円柱上皮に置換)
低異型度上皮内腫瘍軽度の細胞異型(核の腫大や配列の乱れが軽度)
高異型度上皮内腫瘍高度の細胞異型(核の著しい異常や細胞極性の喪失)
腺癌基底膜を超えた浸潤性増殖

発癌リスクを高める因子

以下のような因子がある場合、GERDの症状を増悪させ、Barrett食道の形成や癌化のリスクが上昇します。

  • 肥満(特に内臓脂肪型肥満)
  • 喫煙習慣
  • 過度のアルコール摂取
  • 不適切な食生活(高脂肪食、過度に辛い食事など)
  • 遺伝的背景(家族歴)

年齢と性別の影響

Barrett食道腺癌は、中高年層、特に男性において発生頻度が高くなります。

50歳を超える男性で、長年にわたってGERDの症状を有している方は、特にリスクが高いと言えるでしょう。

年齢層相対リスク
30-39歳1.0 (基準値)
40-49歳2.5
50-59歳4.8
60-69歳6.3
70歳以上7.5

酸逆流以外の要因

胆汁酸の逆流も食道粘膜に対して悪影響を与えるため、癌化のリスクを上昇させることが分かっています。

また、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃潰瘍や胃癌の原因となる細菌)の感染が、逆説的に食道腺癌のリスクを低下させるという報告もありますが、この点に関しては現在も議論が続いている状況です。

診察(検査)と診断

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の診断では、内視鏡検査を中心とした検査、病理組織学的評価を実施していきます。

診断ステップ主な目的具体的な内容
問診・身体診察リスク評価、全身状態確認症状の聴取、既往歴の確認、身体所見の観察
内視鏡検査病変の発見と性状評価白色光観察、特殊光観察、拡大観察
生検・病理診断確定診断と組織型の決定組織採取、顕微鏡的観察、免疫染色
画像診断進行度評価、転移検索CT、超音波内視鏡、PET-CT

内視鏡検査

内視鏡検査では、通常の白色光内視鏡に加え、NBI(Narrow Band Imaging:狭帯域光観察)やBLI(Blue Laser Imaging:青色レーザー光観察)などの特殊光観察も積極的に活用します。

粘膜模様の変化や血管構造の異常を調べ、早期段階での病変発見につなげていきます。

内視鏡検査法特徴主な用途
白色光観察通常の観察方法全体的な粘膜の状態確認
NBI粘膜表面の微細構造を強調表在性病変の発見
BLI表在血管の可視化に優れる血管異型の評価

生検・病理診断

内視鏡検査中に疑わしい部位から生検(組織の一部を採取すること)を行い、病理組織学的評価を行います。

生検の際は、複数箇所から組織を採取することで診断の精度が向上し、見逃しのリスクを最小限に抑えることができます。

病理診断では、腺癌の有無だけでなく、その分化度(がん細胞の成熟度)や浸潤度(がんの広がり具合)も調べることができます。

追加の画像診断

Barrett食道腺癌の進行度評価や転移の有無を確認するため、状況に応じて画像検査も実施します。

  • CT検査:遠隔転移や周囲臓器への浸潤の評価を行います。
  • 超音波内視鏡:食道壁の層構造を観察し、がんの深達度を評価します。
  • PET-CT:全身のがん細胞の活動性の評価、転移巣の検索のために行います。

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の治療法と処方薬、治療期間

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の治療では、内視鏡的切除、外科手術、化学療法、放射線療法を組み合わせて実施します。

治療期間は早期がんで数週間程度ですが、進行がんの場合は数か月から1年以上かかる場合もあります。

主な治療法

早期がんの場合、内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの内視鏡治療を第一選択として検討します。

内視鏡治療は、食道の機能を温存しながら、がん組織を確実に切除できることが利点です。

近年、早期の食道腺癌に対する内視鏡治療技術が著しく向上し、特に内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の登場により、これまで困難とされてきた大きな病変や粘膜下層にわずかに浸潤した病変でも、一括切除が可能になりました。

一方、進行がんの場合には、外科的手術療法が主な選択肢となります。

具体的には、食道切除術と周囲のリンパ節郭清(がん細胞が広がっている可能性のあるリンパ節を取り除く手術)を行い、胃や小腸を用いて食道を再建する手術を実施します。

手術後の回復には通常2〜4週間が必要となり、その後も定期的な経過観察が欠かせません。

化学療法・放射線療法

化学療法や放射線療法は、がん細胞を攻撃し、腫瘍の縮小や転移の予防に効果を発揮します。

治療法主な目的一般的な治療期間
術前化学療法がんの縮小と微小転移の制御2〜3か月
術後化学療法再発リスクの軽減3〜6か月
放射線療法がん細胞の破壊と増殖抑制5〜7週間

化学療法ではシスプラチンやフルオロウラシルなどの抗がん剤を使用し、放射線療法では、外部照射や内部照射を組み合わせて行うことが多いです。

個々の患者さんの状態や治療への反応性によって治療期間が異なりますが、通常は数か月から半年程度継続します。

免疫チェックポイント阻害剤について

免疫チェックポイント阻害剤は、患者さん自身の免疫システムを活性化させ、がん細胞を効果的に攻撃する効果があります。

薬剤名主な作用機序標準的な投与間隔
ニボルマブPD-1阻害作用2週間ごと
ペムブロリズマブPD-1阻害作用3週間ごと
アテゾリズマブPD-L1阻害作用2〜3週間ごと

さらに分子標的薬の開発も進んでおり、HER2陽性の食道腺癌に対しては、トラスツズマブなどの抗HER2薬が有効性を示しています。

このような新しい治療法を従来の治療法と組み合わせることで、さらなる治療効果の向上が期待されています。

治療後の経過観察

食道腺癌の治療後は、再発や転移を早期に発見するため、以下の検査を定期的に実施します。

  • 内視鏡検査
  • CT検査
  • 血液検査
  • PET-CT

治療後の経過観察期間は状況によって異なりますが、一般的には5年以上継続します。

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の治療における副作用やリスク

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の治療における手術、化学療法、放射線療法などには、それぞれに副作用やリスクがあります。

治療法ごとの副作用

  • 手術:術後の合併症や長期的な機能障害
  • 化学療法:骨髄抑制(血液を作る機能が低下すること)、消化器症状
  • 放射線療法:照射部位の皮膚炎、食道炎

急性期に現れる副作用

治療開始直後から数週間にわたり、急性の副作用が現れることがあります。

治療法主な短期的副作用
手術痛み、感染、麻酔の影響
化学療法悪心、嘔吐、脱毛、倦怠感
放射線療法疲労、食欲不振、皮膚の炎症

長期的に観察が必要なリスクと合併症

  • 手術後の嚥下障害(食べ物を飲み込む機能の低下)
  • 化学療法による二次発がん(治療の影響で新たにがんが発生すること)
  • 放射線療法後の組織の線維化(組織が硬くなり、機能が低下すること)

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

食道腺癌(Barrett食道腺癌)の治療費は保険適用となり、病期や治療方法によって費用が異なります。

治療法別の概算費用

治療法概算費用 (円)
内視鏡的粘膜切除術80万〜150万
外科的切除術250万〜350万
化学療法150万〜250万/月
放射線療法200万〜300万

治療費用は医療機関によって異なるため、詳細については担当医や医療機関へ直接ご確認ください。

特に進行期の場合、長期の入院や複数の治療法を組み合わせる必要があるため、治療費が高額になります。

以上

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