鉄欠乏性貧血(IDA) – 血液疾患

鉄欠乏性貧血(IDA)(iron deficiency anemia)とは、体内の鉄分が不足することによって起こる貧血です。

この状態では、赤血球の産生に不可欠な鉄が十分に供給されないため、健康的な赤血球が作られにくくなることで、各組織や臓器に十分な酸素が行き渡らなくなり、疲労感や息切れなどが現れます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

鉄欠乏性貧血(IDA)の主な症状

鉄欠乏性貧血(IDA)の症状は、体内の酸素を運ぶ能力が低下することで生じるさまざまな体の変化として現れます。

疲労感と息切れ

IDAの代表的な症状として、長く続く疲れやすさと息苦しさが挙げられます。

体内の酸素が足りないために、日常的な活動でもより多くのエネルギーを必要とすることが原因です。

普段何気なく行っている階段の上り下りや、軽い運動をしただけでも、通常以上に息切れを感じたり、疲れやすくなったりすることがあります。

症状は貧血が進むにつれて、徐々に悪化していくことが多いです。

皮膚の変化

IDAによる酸素不足は、皮膚の色や状態にも影響を与えます。

症状特徴
蒼白顔色が悪くなり、唇や爪の生え際が通常より薄い色になる
冷感手足が冷たくなりやすくなる
乾燥皮膚が乾燥しやすくなる

皮膚の症状は、血液中の赤血球の数が減ることで、体の末端まで十分な血液が行き渡らなくなることが原因です。

また、皮膚が乾燥しやすくなったり、傷つきやすくなったりもします。

その他の身体症状

IDAは体全体に影響を与えます。

  • 頭痛
  • めまい
  • 耳鳴り(耳の中で音が鳴る感覚)
  • 動悸(心臓がドキドキする感覚)
  • 食欲不振

気づきにくい症状

IDAの進行は比較的ゆっくりであることが多く、以下のような症状は気づかれにくいです。

症状詳細
爪の変形スプーンのような形に変形する(コイロニキアという状態)
舌の炎症舌が赤くなり、表面がなめらかになる
嚥下障害飲み込みづらさを感じる(プラマー・ヴィンソン症候群の一部)

小児における特有の症状

小児のIDAでは、成長や発達に関連した特有の症状が見られ、身長や体重の増加が遅れたり、学習能力が低下したり、感染症にかかりやすくなったりします。

鉄欠乏性貧血(IDA)の原因

鉄欠乏性貧血(IDA)の原因は、体内の鉄分が不足することです。

鉄分不足をもたらす要因

鉄分の不足は、鉄分の摂取不足、体内での吸収障害、または過剰な鉄分の喪失が原因です。

要因は単独で作用することもありますが、多くの場合、複数の要因が組み合わさって体内の鉄分バランスを崩します。

食事からの鉄分摂取不足

食事による鉄分摂取不足は、IDAの最も一般的な原因の一つです。

植物性食品のみを摂取するベジタリアンやビーガンの方は、鉄分が豊富に含まれる動物性食品を摂取しないため、鉄分不足に陥るリスクが高くなります。

また、偏食や食事量の減少も鉄分摂取不足の原因になります。

鉄分が豊富に含まれる食品

食品名鉄分含有量(100g当たり)
レバー6.5mg
ほうれん草2.0mg
牛肉2.9mg
大豆4.5mg

体内での鉄分の吸収障害

鉄分の吸収障害も、IDAの重要な要因の一つです。

セリアック病(小麦などのグルテンに対する自己免疫反応で小腸が障害される疾患)や炎症性腸疾患などの消化器系疾患は、小腸での鉄分吸収を妨ぎます。

また、胃酸の分泌が減少する状態(胃の一部を切除した後や、制酸剤を長期間使用している場合)でも、鉄分の吸収効率が低下します。

体内からの過剰な鉄分の喪失

体内からの過剰な鉄分の喪失も、IDAの原因です。

鉄分が過剰に失われる状況

  • 慢性的な出血(消化管出血、月経過多など)
  • 頻繁な献血や採血
  • 激しい運動による汗からの過剰な喪失
  • 寄生虫感染

特定の生理的状態による鉄需要の増加

特定の生理的状態において、鉄分の需要が著しく増加する時期があります。

このような時期には従来の鉄分摂取量では体内の需要を満たせず、鉄欠乏状態に陥りやすくなります。

生理的状態鉄分需要増加の理由
妊娠期胎児の成長と母体血液量の増加による需要
授乳期母乳を通じて赤ちゃんへ鉄分を供給するため
成長期(特に思春期)急速な身体の成長に伴う赤血球増加の必要性
激しい運動を日常的に行う場合赤血球生成の亢進(こうしん)による需要増加

遺伝的要因による鉄分代謝異常

鉄の吸収や体内での輸送に関与する遺伝子に変異が生じると、正常な鉄分の代謝が行われず、IDAを起こす可能性があります。

鉄芽球性貧血(てつがきゅうせいひんけつ)の一種であるDMT1欠損症は、十二指腸での鉄吸収に重要な役割を果たすDMT1遺伝子の変異によって引き起こされます。

遺伝的要因による鉄欠乏性貧血は、鉄剤投与だけでは改善が難しく、遺伝子検査を含む診断と、専門的な治療アプローチが必要です。

環境要因と生活習慣の影響

環境要因や日々の生活習慣も、IDAの発症に少なからず影響を与えることがあります。

例えば、大気汚染が深刻な地域では、鉛などの重金属が体内に蓄積し、鉄分の吸収を阻害する可能性があります。

また、過度の飲酒や喫煙といった習慣も、鉄分の吸収を妨げたり、胃や腸からの微量出血のリスクを高めたりすることで、長期的にはIDAのリスクを増大させる要因です。

環境・生活習慣要因IDAへの影響
大気汚染重金属による鉄吸収阻害
過度の飲酒胃腸粘膜損傷、鉄吸収低下
喫煙鉄吸収阻害、酸化ストレス増加

診察(検査)と診断

鉄欠乏性貧血(IDA)の診断は、患者さんの症状の聞き取りや身体検査、そして血液検査を組み合わせて行われます。

臨床診断

鉄欠乏性貧血の診断では、患者さんの訴えや症状を聞き取り、貧血を疑わせるサインがないかを確認していきます。

疲れやすさや息切れ、めまいなどの症状が報告されることが多く、これらの情報は診断の手がかりとして大切なものです。

身体検査のチェックポイント

身体検査では直接患者さんを視診と触診することで、貧血の徴候を確認していきます。

検査項目確認ポイント
皮膚の色顔色の悪さや青白さの程度
粘膜口の中や目の結膜の色
形の変化や色の異常

血液検査

鉄欠乏性貧血を確実に診断するためには、血液検査が欠かせません。

調べる項目

  • 赤血球の数
  • ヘモグロビン(赤血球中の酸素を運ぶタンパク質)の量
  • ヘマトクリット値(血液中の赤血球の割合)
  • 平均赤血球容積(MCV、赤血球の大きさ)
  • 平均赤血球ヘモグロビン量(MCH、赤血球1個あたりのヘモグロビン量)

鉄欠乏状態の確認

鉄欠乏性貧血と診断するためには、体内の鉄が不足している状態を確認する必要があります。

検査項目意味
血清フェリチン体内に貯蔵されている鉄の量を反映
血清鉄血液中の鉄の濃度
総鉄結合能(TIBC)体内で鉄を運ぶ能力

鉄欠乏性貧血(IDA)の治療法と処方薬、治療期間

鉄欠乏性貧血(IDA)の治療は経口鉄剤の投与を中心で、重症例では静脈内鉄剤投与や輸血を実施します。

経口鉄剤による治療

経口鉄剤の投与は、IDAに対する最も効果的な治療法です。

1日あたり100〜200mgの鉄分を2〜3回に分けて摂取することが推奨されています。

経口鉄剤の種類特徴
クエン酸第一鉄ナトリウム体内での吸収率が高く、胃腸障害の発生頻度が比較的低い
硫酸鉄価格が手頃で広く使用されるが、胃腸障害が起こりやすい傾向がある
フマル酸第一鉄副作用の発生率が低く、長期間の使用に適している

経口鉄剤の服用期間は3〜6ヶ月程度が目安です。

静脈内鉄剤投与

経口鉄剤による治療が思うような効果を示さない場合や、より迅速な貧血改善が求められる状況では、静脈内鉄剤投与が選択肢として検討されます。

消化管を介さずに直接血液中に鉄分を供給できるため、効果がより早く現れることが利点です。

静脈内投与に用いられる鉄剤

  • カルボキシマルトース第二鉄:大量投与が可能で、投与回数を減らせる
  • スクロース第二鉄:安定性が高く、アレルギー反応が比較的少ない
  • デキストラン第一鉄:効果の持続性が長いが、まれに重篤な副作用がある

静脈内投与の際は医療機関での管理下で行われ、1〜2回の投与で十分な効果が得られることが多いです。

重症例における輸血療法

極度の貧血や、生命を脅かすような危機的状況では、輸血療法が選択されることがあります。

輸血の適応目安となるヘモグロビン値
急性出血7-8 g/dL以下
慢性貧血6-7 g/dL以下

食事療法とサプリメント

鉄分の吸収を促進するための食事指導も、IDA治療の重要な一環です。

鉄分を豊富に含む食品の摂取を増やすとともに、鉄分の吸収を助けるビタミンCの摂取も推奨されます。

鉄分を多く含む食品ビタミンCを多く含む食品
レバー、赤身肉柑橘類(オレンジ、レモンなど)、キウイ
ほうれん草、小松菜ブロッコリー、パプリカ
貝類(牡蠣、あさりなど)いちご、グアバ

治療効果のモニタリング

治療開始後は定期的な血液検査を実施することで、貧血の改善状況を評価します。

2〜4週間ごとにヘモグロビン値や血清フェリチン値などの指標をチェックし、必要に応じて治療内容や投薬量の調整を行います。

治療効果の判定基準

  • ヘモグロビン値の上昇(2週間で1g/dL以上の増加が見られるかどうか)
  • 網状赤血球数の増加(骨髄での赤血球産生が活発化していることを示す)
  • 血清フェリチン値の正常化(体内の鉄貯蔵量が回復していることを示す)

これらの指標が改善傾向を示し、同時に患者さんの自覚症状(疲労感や息切れなど)も軽減されていれば、治療が順調に進んでいると判断できます。

鉄欠乏性貧血(IDA)の治療における副作用やリスク

鉄欠乏性貧血(IDA)の治療は、飲み薬や点滴による鉄分の補給によって行われますが、いくつかの副作用やリスクが伴う可能性があります。

飲み薬(経口鉄剤)による治療の副作用

経口鉄剤は一般的に安全性が高いですが、一部の患者さんで胃腸の不快な症状が現れます。

副作用症状
便秘便秘、お腹が張る感じがする
下痢水便、腹痛を伴う
吐き気・嘔吐気分が悪くなる、食べる気がしなくなる

点滴(静脈内鉄剤投与)のリスク

静脈内鉄剤投与は、飲み薬が効果を示さない場合や、貧血を早急に改善する必要がある時に選択され、以下のようなリスクがあります。

  • アナフィラキシー反応(重度のアレルギー反応で、呼吸困難や血圧低下などを引き起こす可能性がある)
  • 薬液が血管の外に漏れて皮膚が変色する
  • 一時的な頭痛や発熱が生じる
  • 静脈炎(点滴を行った血管が炎症を起こす)

鉄分過剰のリスク

鉄剤による治療を長期間続けると、体内に鉄分が必要以上に蓄積されるリスクがあります。

影響を受ける臓器起こりうる問題
肝臓肝臓の働きが悪くなる、肝硬変になる
心臓心臓の筋肉に障害が出る、不整脈が起こる
膵臓糖尿病になるリスクが高まる

鉄分の過剰な蓄積は深刻な健康問題につながる可能性があるため、定期的な検査によるチェックが大切です。

薬の飲み合わせによるリスク

鉄剤は他の薬剤と一緒に飲むと、互いの効果に影響を与えることがあります。

鉄剤はテトラサイクリン系やキノロン系と呼ばれる種類の抗生物質の吸収を妨げ、薬の効果を弱めてしいます。

また、胃酸を抑える薬や乳製品は鉄分の吸収を妨げることがあるため、飲み合わせに注意が必要です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療における治療費

IDAの治療は主に外来で行われ、診察料と薬剤費が主な費用です。

内科外来では1回あたり2,000円から5,000円程度で、薬剤費は1ヶ月分で3,000円から10,000円が目安になります。

検査費用

IDAの診断と経過観察には、血液検査が欠かせません。

血液検査の費用

検査項目概算費用
血算1,000円〜2,000円
血清鉄1,500円〜2,500円
フェリチン2,000円〜3,000円

静脈内鉄剤投与の費用

経口鉄剤で効果が不十分な場合、静脈内鉄剤投与が選択されることがあります。

  • 注射用鉄剤代金:1回あたり5,000円〜15,000円
  • 投与に伴う処置料:2,000円〜5,000円
  • 入院費用(日帰り入院の場合):10,000円〜20,000円

以上

References

Killip S, Bennett JM, Chambers MD. Iron deficiency anemia. American family physician. 2007 Mar 1;75(5):671-8.

Clark SF. Iron deficiency anemia. Nutrition in clinical practice. 2008 Apr;23(2):128-41.

Naigamwalla DZ, Webb JA, Giger U. Iron deficiency anemia. The Canadian Veterinary Journal. 2012 Mar;53(3):250.

Bainton DF, Finch CA. The diagnosis of iron deficiency anemia. The American journal of medicine. 1964 Jul 1;37(1):62-70.

Camaschella C. Iron-deficiency anemia. New England journal of medicine. 2015 May 7;372(19):1832-43.

Auerbach M, Adamson JW. How we diagnose and treat iron deficiency anemia. American journal of hematology. 2016 Jan;91(1):31-8.

Longo DL, Camaschella C. Iron-deficiency anemia. N Engl J Med. 2015 May 7;372(19):1832-43.

Camaschella C. New insights into iron deficiency and iron deficiency anemia. Blood reviews. 2017 Jul 1;31(4):225-33.

Jimenez K, Kulnigg-Dabsch S, Gasche C. Management of iron deficiency anemia. Gastroenterology & hepatology. 2015 Apr;11(4):241.

Short MW, Domagalski JE. Iron deficiency anemia: evaluation and management. American family physician. 2013 Jan 15;87(2):98-104.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。