高血圧緊急症(Hypertensive emergency)とは、収縮期血圧が180mmHg以上、拡張期血圧が120mmHg以上の著しい高血圧が急激に発症し、脳、心臓、腎臓などの重要臓器に障害を及ぼす危険性が高い状態を指します。
放置すると生命に関わる恐れがあるため、迅速な対応が求められます。
高血圧緊急症の種類(病型)
高血圧緊急症は、加速型-悪性高血圧、高血圧脳症など、いくつかの病型に分類されます。
いずれの病型も重篤な臓器障害を引き起こす可能性があるため、迅速な診断と治療介入が必要です。
加速型-悪性高血圧
加速型-悪性高血圧は、急激な血圧上昇と進行性の臓器障害が特徴です。
放置すると、腎不全や心不全、脳卒中などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあります。
高血圧性脳症
高血圧性脳症は高血圧により脳に障害が生じる病型で、主な症状は頭痛、意識障害、けいれん発作などです。
重症化すると、脳浮腫や脳出血を引き起こし、生命を脅かす場合があります。
急性大動脈解離に合併した高血圧
急性大動脈解離に合併した高血圧は、大動脈の内膜が裂けて血流が中膜層に流入することで発症します。
激しい胸背部痛を伴い、血圧が著しく上昇するのが特徴です。
その他の病型
高血圧緊急症の主な症状
高血圧緊急症の主な症状は、激しい頭痛、視覚障害、胸の痛み、嘔吐、意識障害などが挙げられます。
これらの症状は高血圧緊急症による臓器障害を示唆しており、早急な治療が必要です。
激しい頭痛
高血圧緊急症の特徴的な症状の一つに、激しい頭痛があります。この頭痛は、急激な血圧上昇によって脳血管が圧迫されることで発生します。
多くの場合で後頭部や側頭部に強く感じられ、安静にしていても改善しない点が特徴です。
視覚障害
高血圧緊急症では、視覚障害も起こる可能性があります。
これは、高血圧による網膜血管の障害や、脳血管障害による視覚中枢の損傷が原因だと考えられています。
具体的な症状としては、以下のようなものがあります。
- 視野の欠損
- 視力低下
- 複視(物が二重に見える)
- 光のちらつき
胸痛
胸痛は、大動脈解離や心筋梗塞などの心血管系の合併症を示唆している可能性があります。
圧迫感や締め付け感を伴い、背中や左腕に放散するケースもあります。
嘔吐と意識障害
高血圧緊急症では、嘔吐や意識障害もみられます。
嘔吐は急激な血圧上昇による脳圧亢進が原因で、意識障害は脳血管障害や脳浮腫などによって引き起こされます。
意識レベルの低下や、呼びかけに対する反応の鈍化などが見られる際には、緊急の対応が必要です。
高血圧緊急症の原因
高血圧緊急症の主な原因は、血圧の急激な上昇です。
血圧が急激に上昇する理由には、生活習慣や基礎疾患の存在、薬剤の影響、二次性高血圧などがあり、複数の要因が絡み合って発症すると考えられています。
生活習慣
不適切な食生活や運動不足、過度のストレスといった生活習慣は、高血圧の発症や悪化に影響を与えます。
生活習慣 | 高血圧への影響 |
高塩分食 | 血圧上昇 |
運動不足 | 血管の硬化 |
過度のストレス | 交感神経の興奮 |
基礎疾患の存在
高血圧緊急症の患者さんの中には、以下のような基礎疾患を抱えている方が多いことが分かっています。
- 慢性腎臓病
- 糖尿病
- 脂質異常症
- 肥満
こうした疾患は血管の損傷や動脈硬化を進行させ、高血圧のリスクを高めます。
薬剤の影響
一部の薬剤には、血圧を上昇させてしまう作用があります。
薬剤 | 血圧への影響 |
ステロイド | ナトリウム貯留 |
NSAIDs | 腎血流量の低下 |
交感神経刺激薬 | 血管収縮 |
二次性高血圧
二次性高血圧とは、他の疾患が原因となって生じる高血圧を指します。
代表的な二次性高血圧には、以下のようなものがあります。
- 腎実質性高血圧
- 腎血管性高血圧
- 原発性アルドステロン症
- クッシング症候群
二次性高血圧が高血圧緊急症の原因となっているケースでは、根本的な疾患の治療が欠かせません。
診察(検査)と診断
高血圧緊急症は命に関わる危険な疾患であり、迅速な治療と血圧コントロールが重要です。
高血圧緊急症の臨床診断
評価項目 | 内容 |
血圧 | 収縮期血圧が180mmHg以上または拡張期血圧が120mmHg以上 |
症状 | 頭痛、視覚異常、胸痛、呼吸困難など |
標的臓器障害の有無を確認するため、次のような検査が実施されます。
- 眼底検査:高血圧性網膜症の有無を評価
- 心電図:左室肥大や虚血性変化の有無を評価
- 血液検査:腎機能や電解質異常の有無を評価
高血圧緊急症の確定診断
検査 | 目的 |
頭部CT・MRI | 脳内出血や脳浮腫の有無を評価 |
心エコー図 | 左室肥大や心機能低下の有無を評価 |
腎臓超音波検査 | 腎臓の形態異常や血流障害の有無を評価 |
これらの検査結果を総合的に判断して、高血圧緊急症の確定診断を行います。
高血圧緊急症の治療法と処方薬
高血圧緊急症の治療目標は、速やかに血圧を下げ、重要臓器への更なる損傷を防ぐことにあります。
通常、収縮期血圧を1時間以内に25%減少させ、その後数時間かけて160/100mmHg以下まで慎重に下げていきます。
急激に血圧を下げすぎると、脳血流が低下し、脳梗塞などの合併症を引き起こす危険性があるため注意が必要です。
高血圧緊急症の主な治療薬
薬剤名 | 作用機序 |
ニカルジピン | カルシウム拮抗薬 |
ニトロプルシド | 血管拡張薬 |
ラベタロール | α・β遮断薬 |
ヒドララジン | 血管拡張薬 |
高血圧緊急症の治療には、主に血管拡張作用を持つ薬剤が用いられます。
これらの薬剤は、血管の拡張により末梢血管抵抗を減少させ、血圧を下げる効果があります。
静脈内に投与し速やかに作用を発揮するため、緊急時の血圧コントロールに適しています。
長期的な血圧管理
高血圧緊急症の治療後は、再発防止のために長期的な血圧管理が重要です。
退院後も定期的な血圧測定と服薬管理が必要であり、生活習慣の改善も欠かせません。
長期管理の要点 | 内容 |
服薬管理 | 処方された降圧薬を指示通りに服用する |
生活習慣の改善 | 減塩、運動習慣の獲得、禁煙など |
定期的な血圧測定 | 家庭血圧測定や医療機関での測定 |
治療に必要な期間と予後について
高血圧緊急症では、いかに素早く適切な治療が実施されるかによって予後が変わります。
すぐに治療が行われた場合、長期的な予後も良好となります。
しかし、治療が遅れたり不十分だったりすると、深刻な合併症を引き起こし、生命に関わる危険性が高まります。
治療期間について
高血圧緊急症の治療期間は、患者の状態や原因疾患によって異なります。
一般的には、集中治療室での管理が必要な期間は数日から1週間程度です。
状態 | 集中治療室での管理期間 |
軽症 | 2〜3日 |
中等症 | 4〜5日 |
重症 | 7日以上 |
その後、血圧のコントロールが安定すれば、一般病棟での管理に移行します。
入院期間は通常2〜3週間程度ですが、合併症の有無や重症度によって異なります。
合併症 | 入院期間 |
なし | 2週間程度 |
軽度 | 3週間程度 |
重度 | 4週間以上 |
予後不良のリスク因子
以下のような因子がある場合、予後不良のリスクが高くなります。
- 高齢
- 心血管疾患の既往
- 腎機能障害
- 治療の遅れや中断
高血圧緊急症の治療における副作用やリスク
高血圧緊急症の治療では降圧薬の使用が欠かせませんが、リスクや副作用も伴います。
降圧薬の副作用
高血圧緊急症の治療で使用される降圧薬には、以下のような副作用が生じる可能性があります。
薬剤名 | 主な副作用 |
ニトロプルシド | チアノーゼ、メトヘモグロビン血症 |
ニカルジピン | 頭痛、顔面紅潮、末梢性浮腫 |
これらの副作用は状態によっては深刻化する恐れがあるため、慎重な経過観察が求められます。
腎機能悪化のリスク
高血圧緊急症の患者さんは元々腎機能が低下しているケースが多く、降圧薬の使用によってさらに腎機能が悪化するリスクがあります。
特に、利尿薬の使用は腎血流量を低下させ、急性腎障害を引き起こす可能性があるため注意が必要です。
薬剤名 | 腎機能への影響 |
フロセミド | 腎血流量低下、電解質異常 |
ブメタニド | 腎血流量低下、電解質異常 |
腎機能のモニタリングを定期的に行い、異常が見られた場合は速やかに薬剤の調整や中止を検討しなければなりません。
過度の血圧低下のリスク
高血圧緊急症の治療による過度の血圧低下は、以下のような重大な合併症を引き起こす危険性があります。
- 脳血流量の低下による脳卒中
- 冠血流量の低下による心筋梗塞
- 腎血流量の低下による急性腎障害
目標とする血圧値を設定し、ゆっくりと着実に降圧を図ることが求められます。
投与経路に関連するリスク
高血圧緊急症の治療では静脈内投与による降圧薬の使用が一般的ですが、これには以下のようなリスクが伴います。
- 血管外漏出による組織障害
- 感染症
- 血栓形成
予防方法
高血圧緊急症は、生活習慣の改善と適切な血圧管理により予防できます。
生活習慣の改善
生活習慣 | 改善方法 |
食事 | 減塩、野菜や果物の積極的な摂取 |
運動 | 適度な有酸素運動の習慣化 |
塩分の取りすぎは高血圧の主な原因の一つで、減塩は高血圧予防に欠かせません。
日本高血圧学会のガイドラインでは、1日あたりの食塩摂取量を6g未満に抑えるよう推奨しています。
また、定期的に運動をすると血圧の上昇を抑えられます。
理想としては、週に3回以上、1回につき30分以上の有酸素運動を行うとよいでしょう。
ストレス管理
慢性的なストレスは血圧を上昇させます。
ストレスへの対処法を身につけ、十分な睡眠をとり、リラックスできる時間を作ることが大切です。
定期的な血圧測定
高血圧は自覚症状が少ないため、定期的に血圧を測ると早期発見と予防につながります。
自宅で血圧を測定する習慣をつけ、異常値が続くときは医療機関を受診するようにしましょう。
血圧区分 | 収縮期血圧 | 拡張期血圧 |
正常血圧 | 120未満 | 80未満 |
高値血圧 | 120-129 | 80未満 |
服薬の継続
高血圧と診断され降圧薬を処方されている場合は、医師の指示通りに薬を飲み続けることが重要です。
自己判断で服薬をやめた場合は血圧コントロールが悪化し、高血圧緊急症のリスクが高まります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
高血圧緊急症の治療費は、基本的に公的医療保険の適用対象となります。
治療費には、主に入院費、検査費、投薬費、手術費などがあります。
入院費の目安
入院期間 | 費用 |
1週間 | 30万円〜50万円 |
2週間 | 60万円〜100万円 |
検査費の目安
検査項目 | 費用 |
血液検査 | 1万円〜2万円 |
画像検査(CT、MRIなど) | 5万円〜10万円 |
高額療養費制度
高額療養費制度の活用により、月々の自己負担額を一定の上限額に抑えられます。
制度の適用条件や手続き方法については、医療機関や市区町村の窓口でご確認ください。
以上
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