食道憩室 – 消化器の疾患

食道憩室(Esophageal diverticulum)とは、食道壁の一部が外側に膨らみ、袋状の突出部を形成する病気です。

多くの場合は無症状ですが、食事中や食後に胸部の不快感や嚥下困難(飲み込みづらさ)を感じる場合もあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

食道憩室の種類(病型)

食道憩室は、発生部位や形成過程によって分類されます。主に発生部位別の分類が広く用いられており、咽頭食道憩室(Zenker憩室)、中部食道憩室(Rokitansky憩室)、横隔膜上憩室の3つに大別します。

咽頭食道憩室(Zenker憩室)

咽頭食道憩室は、食道入口部付近に発生する憩室です。

嚥下時の内圧上昇により、筋層間隙から圧出性に形成される仮性憩室(食道壁の一部の層のみが膨出したもの)となります。

高齢の男性に多く見られ、主に左側に発生します。発生頻度は約10%とされており、比較的一般的な食道憩室の一つです。

特徴詳細
発生部位食道入口部付近
好発年齢・性別高齢男性
形状囊状(入口部が細い)
発生頻度約10%

中部食道憩室(Rokitansky憩室)

中部食道憩室は、食道の中央部に生じる憩室を指し、気管分岐部付近に多く見られます。

大きさや形状が多様であり、小型のものから大型のものまで幅広く存在します。

特徴詳細
発生部位食道中部(気管分岐部付近)
好発年齢中高年
形状様々(小型~大型)
特記事項解剖学的位置により特有の症状や合併症を引き起こすことがある

横隔膜上憩室

横隔膜上憩室は、食道の下部、横隔膜のすぐ上に形成される憩室です。

食道裂孔ヘルニアとの関連が指摘されており、胃食道逆流症状を引き起こすことがありますが、無症状のまま経過する例も少なくありません。

特徴詳細
発生部位食道下部(横隔膜直上)
関連疾患食道裂孔ヘルニア
症状多様(無症状~逆流症状)
特記事項胃食道逆流症状を引き起こすことがある

組織学的分類

組織学的な分類では、真性憩室と仮性憩室に大別します。

  • 真性憩室:食道壁の全層(粘膜層、粘膜下層、筋層、外膜)が膨出したもの
  • 仮性憩室:粘膜層のみが筋層の間隙から膨出したもの

真性憩室と仮性憩室では形成過程や構造が異なるため、合併症のリスクや治療方法が異なります。

発生原因別分類

発生原因に基づく分類では、圧出性憩室と牽引性憩室に分けられます。

分類特徴形成メカニズム
圧出性憩室内圧上昇により形成食道内腔の圧力が上昇し、壁の弱い部分が膨出する
牽引性憩室周囲組織の癒着により形成周囲の炎症や瘢痕組織が食道壁を引っ張り、憩室が形成される

食道憩室の主な症状

食道憩室の主な症状には、嚥下困難(飲み込みにくさ)や胸やけ、食べ物が喉に詰まった感覚などがあります。

嚥下困難・胸やけ

食道憩室を抱える患者さんでよく見られる症状が、嚥下困難です。

食べ物や飲み物を飲み込む際に違和感や痛みを感じ、食事に影響が出るため、十分な栄養摂取が困難となる可能性があります。

また、胸やけも代表的な症状のひとつです。

食道憩室に溜まった食物残渣や胃酸が逆流することで起こり、特に就寝時や食後に症状が悪化します。

症状特徴
嚥下困難食べ物や飲み物を飲み込む際の違和感や痛み、食事時間の延長
胸やけ食道や胸の灼熱感、就寝時や食後の症状悪化、睡眠への影響

食道憩室に特有の不快な症状

食道憩室のある方は、食べ物が喉に詰まったような感覚が出る場合があります。

実際に食物が詰まっているわけではありませんが、患者さんにとっては非常に不快な症状となります。

食道憩室に伴う呼吸器系の症状

食道憩室では、咳や喘鳴、息切れなどの症状が現れることがあり、誤嚥性肺炎のリスクが上昇します。

特に夜間や横になった際に咳が悪化することがありますが、これは憩室内に溜まった内容物が気管に流れ込むことが主な原因です。

呼吸器系の症状発生のメカニズム潜在的なリスク
憩室内容物の気管への流入睡眠障害、慢性的な気道刺激
喘鳴気道の部分的閉塞呼吸困難、不安感の増大
息切れ呼吸機能の低下日常活動の制限、生活の質の低下

食道憩室の原因

食道憩室は、食道壁の脆弱化や食道内圧の上昇、嚥下機能の障害などが原因となります。

食道壁の脆弱化

加齢や遺伝的要因により、食道壁を構成する筋層や結合組織が徐々に弱くなることがあります。

この脆弱化した部分が、食道内の圧力に耐えきれずに外側に膨らみ、憩室を形成します。

食道内圧の上昇

食道内の圧力が異常に高まることも、憩室形成の要因となります。

圧力上昇の原因はさまざまですが、持続的に食道壁に負荷をかけることで、弱い部分が徐々に膨らんでいきます。

原因説明
慢性的な咳胸腔内圧を上昇させる
便秘腹圧を増加させる
食道アカラシア(食道の運動機能障害)下部食道括約筋の弛緩障害を引き起こす
重度の肥満腹圧の慢性的な上昇をもたらす

このような状態が長期間続くと食道壁に過度の負荷がかかり、脆弱な部分が徐々に外側に押し出され、憩室形成につながっていきます。

嚥下機能の障害

嚥下障害があると、食道内の食物停滞時間が延長し、局所的な圧力上昇を引き起こすため、憩室形成のリスクが上昇します。

嚥下機能障害の主な原因

  • 神経筋疾患(パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など)
  • 脳血管障害の後遺症(脳梗塞や脳出血後の嚥下障害)
  • 頭頸部の手術や放射線治療の影響(口腔がんや咽頭がんの治療後など)
  • 加齢による嚥下反射の低下(老化に伴う生理的変化)
  • 認知症に伴う嚥下機能の低下

解剖学的要因

食道と周囲の組織との接合部や、筋層の薄い部分は憩室が発生しやすい箇所です。

好発部位特徴関連する憩室のタイプ
咽頭食道接合部輪状咽頭筋と食道縦走筋の間の脆弱部Zenker憩室(ツェンカー憩室)
気管分岐部付近食道壁の筋層が薄い領域中部食道憩室
横隔膜裂孔付近食道と胃の移行部下部食道憩室(エピフレニック憩室)
食道全長血管や神経の貫通部位牽引性憩室

炎症・瘢痕化

長期にわたる逆流性食道炎や、食道周囲の感染症などが原因となる場合もあります。

炎症や瘢痕化により食道壁の柔軟性が失われ、局所的な弱点が生じることで、憩室形成のきっかけとなるのです。

炎症性要因影響関連する合併症
逆流性食道炎粘膜障害と線維化バレット食道
好酸球性食道炎食道壁の硬化と狭窄食道運動障害
縦隔炎食道周囲組織の癒着食道瘻形成
放射線性食道炎粘膜の萎縮と線維化食道狭窄

診察(検査)と診断

食道憩室の診断は、内視鏡検査を中心とし、画像診断や機能検査を実施していきます

診断方法主な目的
問診・身体診察初期評価と鑑別診断
内視鏡検査直接観察による確定診断
造影検査形態評価と機能異常の検出
CT・MRI周囲組織との関係評価

問診・身体診察

問診では、症状や病歴、嚥下困難(食べ物を飲み込みにくい状態)、胸やけ、食後の不快感などがないか確認します。

身体診察では、頸部の触診や聴診を行い、異常音や腫瘤の有無を診ていきます。

内視鏡検査

内視鏡検査では、上部消化管内視鏡を使用し、憩室の位置、大きさ、形状、粘膜の状態を調べます。

内視鏡所見臨床的意義
憩室の位置原因推定に役立つ
憩室の大きさ症状の重症度と関連
粘膜の状態合併症の有無を示唆
食物残渣の有無憩室機能の評価

造影検査

バリウム造影検査は、食道の形態異常を評価するために行います。

患者さんにバリウムを飲んでいただき、X線透視下で食道の動きと形状を診ていきます。

この検査により、憩室の存在や大きさ、周囲組織との関係を把握することができます。

CT・MRI検査

CTやMRIは、憩室周囲の組織や、他の臓器との関係を評価するために行う検査です。

特に、縦隔内の構造物との位置関係を把握するために有用となります。

検査方法主な評価項目
CT検査憩室の位置、大きさ、周囲組織との関係
MRI検査軟部組織の詳細な評価、血流状態

食道機能検査

診断の補助として、食道内圧測定や24時間pHモニタリングなどの機能検査を実施する場合もあります。

  • 食道内圧測定:食道の蠕動運動や括約筋機能を評価
  • 24時間pHモニタリング:胃酸の逆流の程度を測定
  • インピーダンス検査:非酸性逆流も含めた逆流の評価

確定診断

確定診断では、特に内視鏡検査と造影検査の所見を慎重に検討します。

鑑別診断としては、食道アカラシア(食道の運動機能障害)や食道癌なども考慮に入れ、判断をしていきます。

食道憩室の治療法と処方薬、治療期間

食道憩室の中でも、特にZenker憩室(食道入口部の後壁に生じる憩室)は症状を起こしやすく、治療が必要となることがあります。

一方、他の部位の食道憩室は多くの場合無症状で、経過観察のみで十分な場合が多いです。

食道憩室の種類ごとの治療の必要性

憩室の種類発生部位症状の有無治療の必要性
Zenker憩室食道入口部後壁症状あり治療が必要なことが多い
中部食道憩室食道中部多くは無症状通常は経過観察
下部食道憩室食道下部多くは無症状通常は経過観察

Zenker憩室以外の食道憩室では、多くの場合無症状で経過し、偶然の画像検査で発見される場合が多いです。

このような憩室では特別な治療を行わず、定期的な経過観察を行うことが一般的です。

Zenker憩室の治療方針

Zenker憩室は、嚥下困難や食べ物の逆流、むせ、咳などの症状を引き起こすことがあり、症状が生活の質に影響を与えている場合は治療を検討します。

治療方針

  • 軽度の症状:食事指導や生活習慣の改善
  • 中等度の症状:内視鏡的治療
  • 重度の症状や大きな憩室:外科的治療

Zenker憩室に対する保存的治療

軽度のZenker憩室である場合には、まず保存的な方法を試みます。

  • 食事を小分けにし、ゆっくり食べる
  • 食べ物をよく噛んで飲み込む
  • 液体と固形物を別々に摂取する
  • 就寝時は頭部を少し高くする

このような方法で食物の憩室への貯留を減らし、症状を軽減できることがあります。

Zenker憩室に対する内視鏡的治療・外科的治療

保存的アプローチで十分な効果が得られない場合、内視鏡的治療や外科的治療を検討します。

治療法特徴適応
内視鏡的憩室筋切開術低侵襲で回復が早い中等度の症状、高齢者
開放的憩室切除術憩室を完全に除去大きな憩室、若年者

内視鏡的治療は、近年急速に発展しており、高齢者や手術リスクの高い患者さんにも適用できることが多いです。

食道憩室の治療における副作用やリスク

食道憩室の治療には、穿孔や感染症などの合併症のリスクが伴います。

治療に伴う主な副作用

内視鏡的処置や外科的手術では、以下のような副作用が起こる可能性があります。

また、治療後に一時的な不快感や痛みを感じることがありますが、通常は数日から数週間程度で徐々に改善していきます。

副作用発生頻度
出血5-10%
炎症10-15%
嚥下困難20-30%

合併症のリスク

稀ではありますが、より深刻な合併症のリスクもあります。

食道穿孔は最も警戒すべき合併症の一つであり、この合併症が発生すると緊急手術が必要となる場合もあります。

また、感染症のリスクにも注意が必要です(特に、手術部位の感染)。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

軽度の食道憩室の場合は保存的治療で対応できるため負担は少くなりますが、手術が必要な場合は治療費が高額になります。

保存的治療の費用

治療内容概算費用
食事指導5,000円〜10,000円
薬物療法月額3,000円〜15,000円

内視鏡治療の費用

治療内容概算費用
内視鏡的憩室切開術150,000円〜300,000円
内視鏡的憩室縫縮術200,000円〜400,000円

外科手術の費用

手術方法には開胸手術と胸腔鏡下手術があり、費用は手術の複雑さや入院期間によって異なります。

  • 手術料(300,000円〜800,000円)
  • 麻酔料(100,000円〜200,000円)
  • 入院費(1日あたり10,000円〜30,000円)
  • 術後の経過観察にかかる費用(月額5,000円〜15,000円)

以上

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