機能性ディスペプシア(Functional dyspepsia:FD)とは、胃や十二指腸に明らかな器質的異常(内視鏡検査などで確認できる異常)が見つからないにもかかわらず、上腹部に持続的または反復的な不快感や痛みを感じる症状のことです。
発症には、胃の運動機能の低下や胃壁の感覚過敏などが関与していると考えられていますが、現時点で明確な原因は特定されていません。
典型的な症状としては、食事をした後の胃もたれ感、少量の食事でもすぐにお腹がいっぱいになる早期満腹感、上腹部の鈍痛や灼熱感などが挙げられます。
機能性ディスペプシア(FD)の種類(病型)と主な症状
機能性ディスペプシア(FD)は、症状の特徴によって心窩部痛症候群(EPS)と食後愁訴症候群(PDS)の2つに分類されます。
病型 | 主な症状 |
EPS | 心窩部痛、心窩部灼熱感 |
PDS | 食後の胃もたれ、早期飽満感 |
※EPSとPDSの症状は、同時に存在する場合もあります。
心窩部痛症候群(EPS)の特徴
心窩部痛症候群(EPS)は、上腹部中央(みぞおち付近)に痛みや灼熱感を感じるタイプを指します。
症状と食事との関連が明確でない場合が多いのが特徴となります。
EPSの場合、痛みによって仕事や学業に集中できず、生活の質が著しく低下してしまう方もみられます。
食後愁訴症候群(PDS)の特徴
食後愁訴症候群(PDS)は、食事後に不快な症状が現れる病型です。
主な症状には、食後の胃もたれ感、早期飽満感(少量の食事でお腹がいっぱいになる感覚)、上腹部の膨満感、むかつき(吐き気)などがあります。
症状 | 特徴 |
胃もたれ感 | 食後に胃が重く感じる |
早期飽満感 | 少量の食事で満腹になる |
膨満感 | 上腹部が膨らんだ感覚 |
むかつき | 吐き気を伴うことがある |
症状の頻度・持続期間
FDの診断基準では、症状が3か月以上続き、かつ症状の発現から6か月以上経過していることが必要とされています。
症状の頻度は週に2〜3回以上見られることが一般的です。
症状の特徴 | 詳細 |
頻度 | 週に2〜3回以上 |
持続期間 | 3か月以上 |
発症からの期間 | 6か月以上 |
また、ストレスが高まると症状が悪化したり、特定の食べ物を摂取した後に不快感が強くなったりすることがあります。
FDと類似疾患の鑑別
FDと類似した症状を示す疾患には、胃食道逆流症(GERD)、消化性潰瘍、胃がん、過敏性腸症候群(IBS)などがあります。
類似疾患 | FDとの主な違い |
胃食道逆流症(GERD) | 胸やけや酸逆流が主症状 |
消化性潰瘍 | 内視鏡で潰瘍が確認できる |
胃がん | 内視鏡で腫瘍が確認できる |
過敏性腸症候群(IBS) | 排便異常を伴うことが多い |
機能性ディスペプシア(FD)の原因
機能性ディスペプシア(FD)の原因は、胃腸の運動機能障害や感覚過敏、心理的要因など、いくつかの原因が関連し合って起こると考えられています。
胃腸の運動機能障害
胃腸の運動機能障害により胃の動きが通常よりも遅くなると、食物の消化や排出に時間がかかるようになり、不快感や膨満感を感じやすくなります。
また、胃腸の感覚過敏も原因の一つです。通常であれば気にならない程度の刺激でも、FDの患者さんは不快に感じてしまうことが多くあります。
※例えば、少量の食事でも強い満腹感や痛みを感じるなど。
主要な原因 | 具体的な症状 |
運動機能障害 | 消化遅延、持続的な膨満感 |
感覚過敏 | 過剰な満腹感、軽度な刺激での痛み |
心理的要因
ストレスや不安、抑うつなどの心理的要因も、FDの発症や症状の悪化に関係しています。
心理的ストレスは胃腸の運動や消化液の分泌に直接的な影響を与え、様々な消化器症状を引き起こします。
感染や炎症による長期的影響
過去の胃腸感染や慢性的な軽度の炎症が胃腸の粘膜を傷つけてしまい、長期的に機能障害を引き起こすことがあります。
このような影響は感染や炎症が治まった後も持続する可能性があり、FDの症状として現れることがあります。
特に、ヘリコバクター・ピロリ菌(胃に生息する細菌)の感染と、それに伴う慢性胃炎がFDのリスクを高めるという研究報告があります。
FD発症につながる生活習慣
- 不規則な食事時間
- 食事の早食いや丸呑み
- 一度に大量の食事を摂取する習慣がある
- 日常的な喫煙
- 頻繁な多量飲酒
- 慢性的な運動不足
診察(検査)と診断
機能性ディスペプシア(FD)診断では、問診をはじめ、身体診察や状況に応じて血液検査や内視鏡検査を行っていきます。
問診のポイント
主な問診項目 | 具体的な確認ポイント |
症状の種類 | 胃もたれ感、満腹感、痛み、胸やけ |
症状の頻度 | 毎日、週に数回、月に数回程度 |
症状の持続時間 | 数分間、数時間、一日中 |
症状の程度 | 軽度、中等度、重度、日常生活への影響 |
身体診察
上腹部の触診では、腹痛の有無や圧痛点の特定を確認します。同時に、腹部の膨満感や腹壁の緊張度なども診ていきます。
FD以外の疾患の可能性も考慮しながら、全身状態を多角的に評価することが重要となります。
FDの診断に用いる各種検査法
FDの診断では、他の消化器疾患との除外が必要です。そのため、以下のような検査を状態に応じて実施します。
- 血液検査(貧血の有無、炎症マーカー、肝機能、腎機能など)
- 上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
- 腹部超音波検査(エコー検査)
- ヘリコバクター・ピロリ菌検査(胃炎の原因菌)
検査名 | 具体的な検査目的 |
血液検査 | 全身状態の評価、炎症の有無、栄養状態の確認 |
上部消化管内視鏡 | 胃・十二指腸の潰瘍や腫瘍などの器質的疾患の除外 |
腹部超音波 | 肝臓、胆嚢、膵臓などの疾患の除外 |
H.ピロリ菌検査 | 慢性胃炎の原因となる細菌感染の評価 |
FDの臨床診断と確定診断
FDの臨床診断は、国際的に認められているローマⅣ基準に基づいて行います。
以下の症状のうち少なくとも1つ以上が過去3か月間に存在し、かつ症状の発症が6か月以上前であることが診断の条件となります。
- 食後の胃もたれ感(食後愁訴症候群)
- 早期満腹感(食事を途中で中断せざるを得ないほどの満腹感)
- 心窩部痛(みぞおちの痛み)
- 心窩部焼灼感(みぞおちの灼熱感)
以上のような特徴的な症状に加えて、各種検査により器質的疾患が適切に除外されれば、FDと確定診断します。
機能性ディスペプシア(FD)の治療法と処方薬、治療期間
機能性ディスペプシア(FD)の治療は、症状緩和と生活の質向上を目標に、薬物療法と生活習慣改善を組み合わせて進めます。
治療期間は患者さん個々の症状や経過によって異なりますが、通常3〜6ヶ月程度かかります。
薬物療法
FDの薬物療法では、主に以下の種類の薬剤を使用します。
薬剤の種類 | 主な作用 |
制酸薬 | 胃酸の中和 |
プロトンポンプ阻害薬 | 胃酸分泌の抑制 |
消化管運動改善薬 | 胃腸の動きの促進 |
漢方薬 | 全身的な調子の改善 |
胸やけや上腹部の痛みが主な症状の場合は制酸薬やプロトンポンプ阻害薬を、もたれ感や吐き気が強い場合は消化管運動改善薬を選ぶことが多いです。
日常生活の見直し
薬物療法と並行して、日常生活の見直しも大切です。
- 規則正しい食事時間の確保
- ゆっくりよく噛んで適量を食べること
- ストレスへの対処法の習得
- 体調に合わせた適度な運動
- 質の良い睡眠の確保
治療の経過・期間
治療期間 | 目標 |
初期(1〜2ヶ月) | 症状の軽減と改善 |
中期(3〜4ヶ月) | 症状の安定化と生活習慣の改善 |
後期(5〜6ヶ月) | 維持療法と再発防止策の確立 |
初期治療では、症状の早期改善を目指し、薬物療法を中心に行います。
中期では症状の安定化を図りつつ、生活習慣の改善にも力を入れ、後期では症状が落ち着いた後の維持療法や再発を防ぐための対策に重点を置きます。
治療効果の評価・継続的な観察
治療開始後は、定期的に症状の変化や薬の効果を評価します。
評価項目 | 頻度 |
症状の程度と変化 | 2〜4週間ごと |
薬の副作用と忍容性 | 毎回の診察時 |
生活習慣の改善状況と継続性 | 1〜2ヶ月ごと |
症状が思うように改善しない場合や副作用が現れた場合は、薬剤の変更や追加を検討します。
生活習慣の改善状況も確認し、必要に応じて具体的なアドバイスを行います。
治療期間には個人差がありますが、多くの場合3〜6ヶ月程度で症状の改善が見られます。
機能性ディスペプシア(FD)の治療における副作用やリスク
機能性ディスペプシア(FD)の治療薬には、吐き気、下痢、便秘、眠気、口渇などの副作用が報告されています。
また、長期的な使用による影響や、他の薬との相互作用についても注意が必要です。
薬物治療に伴う副作用
FD(機能性ディスペプシア)の治療に用いられる薬剤は症状緩和に効果的ですが、長期的な使用による影響に注意が必要です。
酸分泌抑制薬として広く使用されるプロトンポンプ阻害薬(PPI)(胃酸の分泌を抑える薬)は、長期使用によって骨折リスクの上昇や、ビタミンB12吸収阻害などの栄養学的問題を引き起こすことがあります。
薬剤 | 主な副作用 |
プロトンポンプ阻害薬 | 骨折リスク上昇、ビタミンB12吸収阻害 |
消化管運動改善薬 | 不整脈、錐体外路症状(手足のふるえや筋肉のこわばりなど) |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
機能性ディスペプシア(FD)では、一般的に薬物療法が主な治療法となるため、医療費の大部分は薬剤費となります。
外来診療にかかる費用
FDの治療は主に外来で行います。診察時には問診や身体診察、必要に応じて内視鏡検査などを実施します。
検査費用は保険適用となるため、患者さんの自己負担は3割程度です。
項目 | 概算費用(3割負担) |
血液検査 | 1,500円〜3,000円 |
内視鏡検査 | 3,000円〜6,000円 |
腹部超音波検査 | 2,000円〜4,000円 |
薬物療法の費用
自己負担は処方される薬の種類や量によって異なりますが、概ね月額1,500円から6,000円程度が目安です(保険適用となります)。
以上
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