神経線維腫症1型(NF1)(neurofibromatosis type 1)とは、特定の遺伝子の変異が原因となって発症する神経系の疾患です。
この病気は、皮膚や神経組織に特徴的な症状を起こし、皮膚のカフェオレ斑(薄茶色の斑点)や神経線維腫(神経組織に発生する良性の腫瘍)の形成が含まれ、体のさまざまな部位に現れます。
神経線維腫症1型(NF1)の主な症状
神経線維腫症1型(NF1)は、カフェオレ斑や神経線維腫などの特徴的な徴候を示します。
皮膚症状
神経線維腫症1型(NF1)の最もよく見られる症状は、皮膚に現れる特徴的な変化です。
カフェオレ斑と呼ばれる淡褐色の斑点が、生後数か月から数年のうちに現れ、斑点は直径5mm以上のものが6つ以上あれば診断の有力な手がかりとなります。
また、思春期以降には神経線維腫と呼ばれる良性の腫瘍が皮膚に発生し、腫瘍は通常痛みを伴わず、触診で柔らかく感じられるのが特徴です。
皮膚症状 | 特徴 | 発現時期 |
カフェオレ斑 | 淡褐色の斑点、直径5mm以上 | 生後数か月~数年 |
神経線維腫 | 皮膚の良性腫瘍、柔らかい触感 | 思春期以降 |
骨・筋肉の症状
NF1患者さんの中には、骨や筋肉に関連する症状を呈する方もおり、脊柱側弯症は骨格系の問題の一つです。
また、長管骨の異常も見られることがあり、脛骨(すねの骨)の湾曲や偽関節(骨折が正常に治癒せず、関節のような状態になること)が生じることがあります。
眼症状
NF1では、視覚系にも影響を及ぼすことがあり、様々な眼症状が現れます。
アイリスハマルトーマ(虹彩小結節)は、虹彩(目の虹彩部分)上に現れる小さな隆起で、リッシュ結節とも呼ばれ、NF1の診断において重要な所見です。
視神経膠腫(しんけいこうしゅ)も、NF1患者さんに見られることがある眼の症状で、腫瘍は視神経に発生し、視力低下や視野欠損を起こします。
眼症状 | 説明 | 潜在的影響 |
アイリスハマルトーマ | 虹彩上の小さな隆起 | 診断の重要な指標 |
視神経膠腫 | 視神経に発生する腫瘍 | 視力低下、視野欠損 |
神経系の症状
NF1は神経系全体に影響を及ぼす疾患であるため、様々な神経学的症状が現れます。
学習障害や注意欠陥多動性障害(ADHD)などの認知機能の問題が、高頻度に見られ、また、てんかんの発症リスクも高いため、注意が必要です。
さらに、頭蓋内や脊髄に腫瘍が発生し、神経学的問題を起こす可能性があります。
- 認知機能の問題(学習障害、ADHD等)
- てんかん
- 頭蓋内腫瘍
- 脊髄腫瘍
神経線維腫症1型(NF1)の原因
神経線維腫症1型(NF1)は、第17番染色体上のNF1遺伝子に変異が生じることが原因の、常染色体優性遺伝性疾患です。
NF1遺伝子の重要な機能
NF1遺伝子は、細胞の成長と分裂をコントロールするタンパク質であるニューロフィブロミンを産生する遺伝子です。
このタンパク質は、細胞増殖を抑える働きを持ち、腫瘍抑制因子としても知られており、体内の細胞バランスを保つ上で欠かせません。
NF1遺伝子に変異が生じると、ニューロフィブロミンの機能が低下し、細胞が必要以上に増殖しやすい状態になってしまいます。
遺伝性と突然変異のメカニズム
NF1の遺伝様式
遺伝様式 | 特徴 |
常染色体優性遺伝 | 親の一方からNF1遺伝子の変異を受け継ぐ |
新規突然変異 | 両親からの遺伝ではなく、受精時や胎児の初期発生時に変異が生じる |
NF1患者さんの約半数は、親から変異した遺伝子を受け継いでいることが分かっています。
遺伝子変異の多様なパターン
NF1遺伝子の変異にはさまざまなパターンがあり、それぞれが異なる影響を及ぼします。
- 点突然変異(遺伝子の一箇所で塩基が別の塩基に置き換わる)
- 欠失(遺伝子の一部が失われてしまう)
- 挿入(余分な遺伝情報が挿入される)
- 重複(遺伝子の一部が複数回繰り返される)
遺伝子変異の影響
NF1遺伝子の変異は、特に神経系と皮膚に顕著な症状が現れやすい傾向にあることが知られています。
NF1遺伝子変異が与える影響
影響を受ける組織 | 症状 |
神経組織 | 神経線維腫(神経の周りに良性の腫瘍が形成される)の発生 |
皮膚 | カフェオレ斑(特徴的な薄茶色の斑点)の出現 |
骨組織 | 骨の形成異常や脆弱化 |
眼 | 視神経膠腫(視神経に発生する腫瘍)の形成 |
診察(検査)と診断
神経線維腫症1型(NF1)の診断は、特徴的な臨床所見の確認と遺伝子検査を組み合わせて行われます。
臨床診断
NF1の診断では、患者さんの皮膚、骨格、神経系、および眼の状態を調べ、特徴的な症状の有無を確認します。
幼児期には主にカフェオレ斑(特徴的な色素斑)の有無が重視されますが、成人では神経線維腫(皮膚や神経に生じる良性腫瘍)の存在が診断の鍵です。
年齢層 | 臨床所見 | 特徴 |
幼児期 | カフェオレ斑 | 淡褐色の斑点 |
成人期 | 神経線維腫 | 皮膚や神経の良性腫瘍 |
診察の手順
NF1の診察はまず、問診を行い、家族歴や既往歴を確認し、NF1の症状が家族内で見られたかどうかや、過去に関連する症状が出現したことがあるかを聞き取ります。
次に、全身の視診と触診を実施し、カフェオレ斑や神経線維腫の有無を確認し、カフェオレ斑の大きさや数、神経線維腫の位置や大きさなどを調べます。
さらに、眼科的検査を行い、リッシュ結節(虹彩の小結節)や視神経膠腫(視神経に生じる腫瘍)の有無を確認。
眼科的所見は、NF1の診断において重要な指標です。
遺伝子検査
臨床所見だけでは診断が確定できない場合や、家族計画の際の遺伝カウンセリングのために、遺伝子検査が実施されます。
検査種類 | 目的 | 所要時間 | 特記事項 |
遺伝子検査 | NF1遺伝子変異の検出 | 数週間~数か月 | 遺伝カウンセリングを伴う |
臨床所見観察 | 特徴的症状の確認 | 即時~数日 | 定期的な経過観察が必要 |
診断基準
NF1の診断は、国際的に合意された診断基準に基づいて行われます。
この基準では、以下の7つの特徴的所見のうち2つ以上が認められれば、NF1という診断です。
- 6つ以上のカフェオレ斑(直径5mm以上)
- 2つ以上の神経線維腫または1つの叢状神経線維腫(複数の神経線維腫が集まった大きな腫瘍)
- 腋窩(わきの下)または鼠径部(足の付け根)の雀卵斑(小さな斑点)
- 視神経膠腫
- 2つ以上のリッシュ結節(虹彩の小結節)
- 特徴的な骨病変(蝶形骨形成不全や長管骨皮質の菲薄化)
- 第一度近親者(親、兄弟姉妹、子供)にNF1
神経線維腫症1型(NF1)の治療法と処方薬、治療期間
神経線維腫症1型(NF1)の治療は、対症療法を基本とし、外科的治療や薬物療法を組み合わせて行われます。
外科的治療
外科的治療は、神経線維腫の切除や、骨や関節の変形を矯正する手術に用いられます。
外科的治療と対象となる症状
治療法 | 対象となる症状 |
腫瘍切除術 | 痛みや体の機能に支障をきたす神経線維腫 |
整形外科手術 | 脊柱側弯症(背骨が横に曲がる変形)や手足の変形 |
眼科手術 | 視神経膠腫(視神経に発生する腫瘍)による視力の低下 |
薬物療法
薬物療法は、患者さんの症状を和らげたり、腫瘍の成長を抑えたりすることが目的です。
NF1の治療に用いられる薬剤
- メチルフェニデート(注意欠陥多動性障害の症状を改善する薬)
- セリベラマート(プレクストラフォーとも呼ばれ、神経線維腫の成長を抑える薬)
- ビスホスホネート(骨の異常を治療する薬)
- 鎮痛剤(神経の痛みを和らげる薬)
薬剤名 | 効果 | 使用上の注意 |
メチルフェニデート | 注意力の向上、多動性の抑制 | 心臓への負担に注意 |
セリベラマート | 神経線維腫の成長抑制 | 定期的な効果の確認が必要 |
ビスホスホネート | 骨密度の改善、骨折リスクの低減 | 長期使用による副作用に注意 |
放射線療法
放射線療法は、手術が難しい場所にある腫瘍に対して用いられる治療法です。
放射線療法の適応となる状況
適応 | 特徴 |
手術が困難な場所にある腫瘍 | 体を切らずに治療できる非侵襲的な方法 |
視神経膠腫(視神経の腫瘍) | 腫瘍の成長を抑え、視力低下を防ぐ |
悪性化した腫瘍 | がん細胞を攻撃し、進行を遅らせる |
放射線療法は、腫瘍を小さくしたり、成長を抑えたりするのに効果があります。
治療期間
NF1の治療期間は一生涯にわたり、定期的な検査と経過観察を行いながら、症状の変化に合わせて治療内容を調整していく必要があります。
年齢に応じた検査と治療
- 幼児期:発達の評価、視力の検査
- 学童期:学習障害の有無を調べる検査、骨や関節の状態の評価
- 思春期以降:腫瘍の状態の評価、心臓や血管系の検査
神経線維腫症1型(NF1)の治療における副作用やリスク
神経線維腫症1型(NF1)の治療においては、副作用やリスクが伴う可能性があります。
薬物療法に伴うリスク
神経線維腫症1型(NF1)の治療では、症状のコントロールや合併症の予防を目的として薬剤が使用されますが、治療効果を発揮する一方で、副作用のリスもあります。
腫瘍の増大を抑制するために用いられるmTOR阻害剤(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質阻害剤)は、免疫機能の低下をもたらし、口内炎や肺炎を起こします。
また、疼痛管理に使用される鎮痛剤は、長期投与により胃腸障害や肝機能障害に注意が必要です。
使用薬剤 | 副作用 |
mTOR阻害剤 | 免疫機能低下、口内炎、肺炎 |
鎮痛剤 | 胃腸障害、肝機能障害 |
外科的介入に伴うリスク
神経線維腫症1型(NF1)の患者さんには、腫瘍の摘出や整形外科的処置などの外科的介入が必要となるケースがあり、一定の危険性が伴います。
神経線維腫の切除手術では、周囲の健常組織を損傷するリスクや、神経機能の低下、出血、感染症などの合併症が生じる可能性を否定できません。
また、脊柱側弯症の矯正手術では、神経損傷や硬膜損傷、術後感染症などのリスクがあります。
神経線維腫切除手術に伴うリスク
- 周囲組織の損傷
- 神経機能の低下
- 術中術後の出血
- 創部感染
放射線療法のリスク
神経線維腫症1型(NF1)の治療では、特定の腫瘍に対して放射線療法が選択されることがあり、放射線療法にも副作用やリスクが伴います。
短期的な副作用は、放射線照射部位の皮膚炎や全身倦怠感、悪心・嘔吐などです。
長期的なリスクとしては、二次がん(放射線誘発がん)の発生リスクの上昇や、照射部位周辺の組織損傷、小児患者さんにおける成長障害などが知られています。
放射線療法に伴うリスク | 短期的影響 | 長期的影響 |
皮膚関連 | 急性放射線皮膚炎 | 慢性放射線皮膚障害 |
全身症状 | 倦怠感、悪心・嘔吐 | 成長発達への影響 |
がんリスク | – | 二次がん発生リスクの増加 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診療の費用
外来診療では、MRIやCTなどの画像検査が定期的に必要で、検査費用は、保険適用後で約5,000円から15,000円です。
薬物療法の費用
神経線維腫の成長を抑制するセベリメルは、1ヶ月の薬剤費は保険適用後で20,000円から30,000円程度です。
手術療法の費用
手術費用
手術の種類 | 保険適用後の自己負担額(概算) |
神経線維腫切除術 | 50,000円〜150,000円 |
脊柱側弯症矯正術 | 200,000円〜500,000円 |
リハビリテーションの費用
リハビリテーションが必要な場合、1回あたりの費用は保険適用後で約1,000円から3,000円です。
以上
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