てんかん重積(status epilepticus)とは、てんかん発作が長時間持続したり、短い間隔で繰り返し発生する状態です。
一般的なてんかん発作は数分で自然に収束しますが、てんかん重積の場合、発作が30分以上継続するか、意識が完全に回復する前に次の発作が始まります。
てんかん重積の原因は多岐にわたり、脳内の持続的な異常な電気活動によって起こります。
てんかん重積の主な症状
てんかん重積状態は通常のてんかん発作とは異なり、発作が5分以上持続するか、発作と発作の間に意識が回復しない状態が続く、神経学的な疾患です。
持続的な発作活動
てんかん重積状態の最も顕著な特徴は、長時間続く発作で、従来はてんかん発作が数分で収まるのに対し、重積状態では発作が5分以上、時には数時間にわたって持続します。
持続的な発作活動は、脳への酸素供給不足や代謝異常を起こし、深刻な脳損傷のリスクを高めるので、注意が必要です。
発作の種類 | 症状 |
全般性強直間代発作 | 全身の筋肉の硬直と痙攣 |
欠神発作 | 意識の喪失と凝視 |
意識レベルの変化
てんかん重積状態では意識レベルが著低下し、軽度の混乱から深い昏睡まで、様々な程度の意識障害が観察されます。
長時間にわたる意識障害は脳機能の重大な障害を示唆するため、緊急な対応が必須です。
自律神経症状
てんかん重積状態では、自律神経系の機能にも影響が及びます。
観察される症状
- 発汗の増加:体が急激に汗をかく
- 体温上昇:通常よりも体温が高い
- 血圧の変動:血圧が急激に上下
- 心拍数の増加:脈が通常よりも速い
- 唾液分泌の亢進:口の中に唾液が多く溜まる
このような症状は、持続的な発作活動による身体への過度のストレスを反映しており、患者さんの全身状態を観察することが重要です。
運動症状
てんかん重積状態における運動症状は、発作の種類によります。
症状 | 特徴 |
強直 | 筋肉の持続的な緊張 |
間代 | 四肢の律動的な痙攣 |
自動症 | 無意識的な反復運動 |
運動症状は、単独で現れることもあれば、組み合わさって現れることもあります。
神経学的後遺症
てんかん重積状態が長時間継続すると、神経学的後遺症を残す可能性があり、認知機能の低下、記憶障害、運動機能の障害が含まれます。
後遺症の程度は、重積状態の持続時間と重症度に大きく依存するため、できるだけ早期に治療を開始し、重積状態の持続時間を最小限に抑えることが大切です。
てんかん重積の原因
てんかん重積の原因は、脳の異常な電気活動が持続的に発生することです。
てんかん重積の主な原因
既存のてんかん患者さんでは、抗てんかん薬の急な中断や減量が引き金となります。
また、脳卒中や頭部外傷などの急性脳障害も原因の一つです。
このような要因により、脳内の神経細胞の興奮と抑制のバランスが崩れ、発作が持続的に起こります。
代謝異常とてんかん重積
代謝異常もてんかん重積を起こす要因です。
血糖値の急激な変動や電解質のアンバランスは、脳の正常な機能を乱し、発作を誘発します。
特に、低ナトリウム血症や低カルシウム血症は注意が必要です。
代謝異常の状態は神経細胞の興奮性を高め、発作を誘発します。
代謝異常 | てんかん重積との関連 |
低血糖 | 脳のエネルギー不足 |
高血糖 | 神経細胞の機能障害 |
感染症とてんかん重積
中枢神経系の感染は、てんかん重積の要因になることがあります。
脳炎や髄膜炎などの脳の感染症は、神経細胞の機能に影響を与え、異常な電気活動を起こす恐れがあるのです。
さらに、全身性の重症感染症による高熱や代謝異常も、間接的にてんかん重積を誘発し、感染症による炎症反応が脳内の神経伝達物質のバランスを崩し、発作閾値(けいれんが起こる境界線)を低下させます。
薬物とてんかん重積
一部の薬物も、てんかん重積の原因です。
抗うつ薬や抗精神病薬の一部は、てんかん発作のリスクを上げる可能性があります。
また、アルコールや違法薬物の乱用も、脳の電気活動を乱し、てんかん重積を起こすことがあります。
薬物カテゴリー | てんかん重積リスク |
抗うつ薬 | 中程度 |
抗精神病薬 | 高い |
睡眠薬 | 低い |
遺伝的要因
遺伝的要因もてんかん重積の要因の一つです。
特定の遺伝子変異が、てんかん発作の閾値を下げたり、発作の持続時間を延長させることが分かってきました。
原因カテゴリー | 具体例 | リスク度 |
脳の構造異常 | 脳腫瘍、脳血管奇形 | 高 |
代謝性疾患 | 肝性脳症、尿毒症性脳症 | 中 |
自己免疫疾患 | 抗NMDA受容体脳炎、ループス | 中〜高 |
診察(検査)と診断
てんかん重積状態の診断は臨床症状の評価、神経学的検査、脳波検査、および画像診断を組み合わせて行われます。
初期評価と臨床診断
てんかん重積状態の問診では、発作の持続時間、発作の種類、意識レベルの変化を観察し、この初期評価によって、てんかん重積状態の疑いを立てます。
評価項目 | 観察ポイント |
発作持続時間 | 5分以上継続 |
意識状態 | 発作間の回復有無 |
神経学的検査
神経学的検査は、てんかん重積状態の診断において欠かせません。
神経学的検査の項目
- 瞳孔反射の評価:光に対する瞳孔の反応を確認
- 運動機能の評価:四肢の動きや筋力を確認
- 感覚機能の評価:触覚や痛覚の反応を確認
- 反射機能の評価:深部腱反射などを確認
脳波検査(EEG)
持続的な発作活動は特徴的な脳波パターンとして現れるため、脳波検査が必要です。
脳波パターン | 意味 |
棘波の連続 | 発作活動の持続 |
平坦化 | 重度の脳機能障害 |
画像診断
画像診断はてんかん重積状態の原因を特定し、合併症を評価するために実施されます。
- CT(コンピュータ断層撮影)スキャン:脳内の出血や腫瘍の検出に有効で、緊急時に迅速に実施できる。
- MRI(磁気共鳴画像):より詳細な脳の構造異常の評価に使用され、CTでは見えにくい微細な病変も検出できる。
血液検査と髄液検査
血液検査と髄液検査は、てんかん重積状態の原因となる代謝異常や感染症の評価に役立ち、電解質異常、低血糖、髄膜炎などの状態を確認できます。
検査項目 | 確認内容 |
血液検査 | 電解質、血糖値、感染マーカー |
髄液検査 | 髄膜炎、脳炎の有無 |
てんかん重積の治療法と処方薬、治療期間
てんかん重積の治療は、ベンゾジアゼピン系薬剤による初期治療から始まり、状況に応じて抗てんかん薬の静脈内投与や全身麻酔へと段階的に移行します。
初期治療
てんかん重積の治療で最初に行われるのは、ベンゾジアゼピン系薬剤の投与です。
ベンゾジアゼピン系薬剤は、脳内のGABA受容体(神経細胞の活動を抑制する働きを持つ受容体)に作用し、神経細胞の過剰な興奮を鎮める効果があります。
代表的な薬剤としては、ミダゾラムやジアゼパムが挙げられ、これらは即効性があるため初期治療に適しています。
薬剤名 | 投与経路 |
ミダゾラム | 静脈内、筋肉内、経鼻 |
ジアゼパム | 静脈内、直腸内 |
第二段階
初期治療で発作が抑制できないときは、抗てんかん薬の静脈内投与が行われます。
この段階で選択されるのは、フェニトインやホスフェニトイン、バルプロ酸ナトリウムです。
静脈内投与される抗てんかん薬は、脳内の異常な電気活動を抑える作用があり、てんかん発作の再発を防ぎます。
難治性てんかん重積に対する治療
初期治療と第二段階の治療にも反応しない難治性のてんかん重積に対しては、より強力な治療が必要で、プロポフォールやミダゾラムの持続静注による全身麻酔が選択されます。
全身麻酔下で脳波モニタリングを行いながら、発作活動の完全な抑制を目指します。
治療期間と経過観察
てんかん重積の治療は、数日から数週間の入院加療が必要です。
急性期を脱した後も、再発予防のための抗てんかん薬の調整や、てんかん重積の原因となった疾患の治療が継続されます。
退院後も定期的な外来受診による経過観察が重要で、薬剤の効果や副作用の有無、全身状態の変化などを継続的に評価します。
治療段階 | 内容 | 期間の目安 |
急性期治療 | 発作の抑制、全身管理 | 数日~1週間 |
回復期治療 | 薬剤調整、リハビリテーション | 1~2週間 |
維持期治療 | 外来での経過観察、薬剤調整 | 数ヶ月~数年 |
てんかん重積の治療における副作用やリスク
てんかん重積状態の治療は、急性期の発作抑制と長期的な脳機能保護を目的としていますが、使用される薬剤や処置には様々な副作用やリスクがあります。
抗てんかん薬の副作用
抗てんかん薬は治療の中心的役割を果たしますが副作用のリスクがあり、発作を抑制する一方で、患者さんの身体機能に影響を与えます。
薬剤 | 副作用 |
フェニトイン | 眠気、めまい、運動失調(体のバランスを取ることが難しくなる状態) |
バルプロ酸 | 肝機能障害、血小板減少(出血しやすくなる状態) |
長期使用による副作用も考慮し、定期的な血液検査や肝機能検査が大切です。
鎮静薬のリスク
重症例では鎮静薬が使用されますが、呼吸抑制や低血圧などのリスクがあり、次のような副作用に注意します。
- 呼吸機能の低下:呼吸が浅くなったり、回数が減ったりする
- 循環動態の不安定化:血圧が大きく変動する
- 意識レベルの変動:意識が通常よりも低下する
- 薬物依存の形成:長期使用により薬物への依存が生じる
人工呼吸器関連合併症
重度のてんかん重積状態では人工呼吸器管理が必要になり、人工呼吸器使用に伴うリスクがあります。
合併症 | 内容 |
人工呼吸器関連肺炎 | 細菌感染による肺炎(人工呼吸器の使用により、通常の防御機能が低下して起こりやすくなる) |
気道損傷 | 挿管による気道粘膜の損傷(喉や気管の内側が傷つく) |
薬剤耐性の発現
長期的な抗てんかん薬の使用は、薬剤耐性を起こし、耐性の発現は治療の効果を減弱させ、発作のコントロールを困難にします。
薬剤の定期的な見直しと投与量の調整が求められ、患者さんの状態を観察し、薬剤の効果が低下していないかを常にチェックすることが重要です。
脳浮腫と頭蓋内圧亢進
てんかん重積状態の持続は脳浮腫(脳の組織に水分がたまる状態)を起こし、頭蓋内圧の上昇につながることがあり、二次的な脳損傷のリスクを高めます。
状態 | リスク |
脳浮腫 | 脳組織の圧迫、血流低下 |
頭蓋内圧亢進 | 脳ヘルニア、意識障害 |
浸透圧利尿薬の使用など、頭蓋内圧管理が大切ですが、これらの薬剤にも副作用があり、電解質バランスの乱れや脱水などに注意が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用の内訳
てんかん重積の治療には、集中治療室での管理が必要となるケースが多いです。
集中治療室の1日あたりの費用は、約5万円から10万円で、一般病棟に移った後も、継続的な観察と投薬が必要となります。
検査費用
脳波検査や画像診断は、てんかん重積の診断と経過観察に不可欠です。
検査費用は、1回あたり1万円から3万円程度になります。
検査項目 | 費用の目安 |
脳波検査 | 1-2万円 |
MRI検査 | 2-3万円 |
薬剤費
保険適用後の薬剤費は、一般的な抗てんかん薬で1日あたり約100円から500円です。
難治性のてんかん重積で使用される新世代の抗てんかん薬は、1日あたり1,000円から3,000円程度になります。
その他の医療費
人工呼吸器の使用や持続的脳波モニタリングなどの医療行為も、追加の費用が発生、1日あたり数万円から10万円かかります。
治療内容 | 費用の目安 |
3日間の入院 | 30-50万円 |
1週間の入院 | 70-100万円 |
以上
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