小児欠神(けっしん)てんかん(childhood absence epilepsy)とは、小学生の年齢層に見られる特殊なタイプのてんかんです。
この疾患の最大の特徴は、ごく短時間ですが頻繁に起こる意識消失発作です。
発作が起きると患者さんは突然その場で動きを止め、目つきが虚ろになり、周囲からの呼びかけにも反応しなくなります。
数秒から30秒程度で意識は自然と戻り、発作前に行っていた活動をそのまま続けられます。
発作を経験した本人がその出来事を認識していないことが多く、周囲にいる人が様子の変化に気づくケースがほとんどです。
小児欠神てんかんの主な症状
小児欠神てんかんの症状は、数秒から数十秒間の意識消失発作と眼球の上転や瞬きなどの動きです。
意識消失発作
小児欠神てんかんで最も頻繁に見られる症状は、突然の短時間の意識消失発作です。
発作は数秒から30秒程度続き、その間患者さんは周囲の状況に全く反応せず、会話や行動が突然中断されます。
意識消失は、1日に数回から100回以上も繰り返し起こることがあります。
発作の特徴 | 詳細 |
持続時間 | 数秒~30秒 |
頻度 | 1日に数回~100回以上 |
意識状態 | 完全な意識消失 |
発作後 | 即座に通常の活動再開 |
発作時の身体症状
意識消失に加え発作中には特徴的な身体症状が現れ、よく観察されるのは、眼球の上転という現象です。
患者さんの目が上方に動き、瞼が軽く開いたままになることがあり、この状態は周囲の人々にとって発作を認識する重要なサインとなります。
また、瞬きが頻繁に起こることも珍しくなく、発作の特徴的な症状です。
さらに、注意深く観察すると、口元や手の微細な動きも見られます。
年齢による症状の変化
小児欠神てんかんの症状は、患者さんの年齢によって変化します。
発症は4歳から10歳の間で見られ、6歳から7歳頃にピークを迎えることが多いです。
幼少期には短い意識消失が主な症状ですが、思春期に近づくと発作の頻度が減少したり、症状が軽減することも。
一方で、一部の患者さんでは、全般性強直間代発作(大発作)が現れることもあります。
年齢 | 症状の特徴 |
4-10歳 | 短い意識消失発作が主体 |
思春期 | 発作頻度の減少や症状軽減 |
一部の症例 | 全般性強直間代発作の出現 |
小児欠神てんかんの原因
小児欠神てんかんの原因は、遺伝子の働きと環境要因が絡み合って発症する多因子疾患です。
遺伝的要因
小児欠神てんかんは、家族の中で同じ症状を持つ人が多く見られることや、遺伝情報が全く同じ一卵性双生児で両方が発症する確率が高いことから、遺伝的な背景が発症に関係していると考えられます。
特定の遺伝子に変化が起きると、小児欠神てんかんにかかりやすくなることが明らかになってきました。
遺伝子 | 関連する機能 |
GABRG2 | 脳の興奮を抑える物質(GABA)の受け取り口 |
CACNA1H | 神経細胞の電気信号を調整するカルシウムの通り道 |
SLC2A1 | 脳のエネルギー源となるブドウ糖の運び屋 |
環境要因
生まれ持った遺伝情報だけでなく、環境も小児欠神てんかんの発症に関係している可能性があります。
関与している可能性のある環境要因
- 胎児期や新生児期の脳の成長への影響
- 日々の食事や栄養の取り方
- 心理的なストレスや睡眠パターンの乱れなどの生活習慣
- 感染症などの病気
環境要因が、もともと遺伝的に発症しやすい素質を持っている人の発症の引き金になるのです。
脳の発達と神経回路の形成
小児欠神てんかんは脳が成長していく過程で、神経細胞同士のつながり(神経回路)がうまく作られないことが関係しています。
発達段階 | 神経回路の特徴 |
胎児期 | 神経細胞が増えて、決められた場所に移動 |
乳幼児期 | 神経細胞同士のつながりができたり、不要なつながりが減る |
学童期 | 神経回路が安定して、しっかりと働くようになる |
発達段階において、生まれ持った遺伝情報や周りの環境からの影響を受けて、神経回路がうまく作られない可能性があります。
神経伝達物質のバランス異常
小児欠神てんかんが起こる仕組みには、脳の中で情報を伝える物質(神経伝達物質)のバランスが崩れることが関係しています。
関与しているのは、脳を興奮させる働きを持つグルタミン酸と、脳を落ち着かせる働きを持つGABA(ガンマアミノ酪酸)のバランスが崩れることです。
脳波異常と視床皮質回路
小児欠神てんかんに特徴的な脳波異常は、視床(脳の中心部にある情報の中継所)と大脳皮質(脳の表面にあり、高度な思考を行う場所)の間で起こる異常な神経活動によって起こります。
脳部位 | 役割 |
視床 | 体の感覚や外からの情報を整理して、脳の他の部分に伝える |
大脳皮質 | 思考や記憶、運動の計画など、高度な脳の働きを担当する |
診察(検査)と診断
小児欠神てんかんの診断は、病歴聴取、神経学的診察、脳波検査、および必要に応じて画像診断を組み合わせて行われます。
病歴聴取と神経学的診察
小児欠神てんかんの問診では、患者さんやご家族から発作の様子、頻度、持続時間などについて聞き取りを行い、短時間の意識消失や動作の停止、瞬きなどの特徴的な症状に注目しながら情報を集めます。
加えて、発作を引き起こす可能性のある要因や、ご家族の中で同様の症状がある方がいないかなどについても尋ねます。
神経学的診察では、意識レベル、認知機能、運動機能、感覚機能を総合的に評価し、患者さんの神経系全体の状態を把握。
診察項目 | 評価内容 |
病歴聴取 | 発作の特徴、頻度、持続時間 |
神経学的診察 | 意識レベル、認知機能、運動感覚機能 |
脳波検査
小児欠神てんかんの診断において、脳波検査は重要な検査です。
特徴的な脳波所見として、3Hz棘徐波複合(とげじょはふくごう:特殊な波形が1秒間に3回の頻度で繰り返し出現する脳波パターン)が全般性に現れます。
脳波検査に加え、長時間ビデオ脳波モニタリング(脳波を記録しながら患者さんの様子をビデオで撮影する検査)を行うと、発作時の脳波変化と実際の症状の関連を観察することが可能です。
また、過呼吸負荷や光刺激による誘発試験も実施され、これらの刺激によって特徴的な脳波変化が起きると、診断の確率が高まります。
画像診断
小児欠神てんかんでは構造的な脳の異常は認められませんが、他の疾患の可能性を除外するために、画像検査が行われることがあります。
画像検査の目的は、脳腫瘍や血管の異常、脳の発達過程での形成異常などの器質的病変(脳の構造に明らかな異常がある状態)を除外することです。
画像検査 | 目的 |
MRI | 脳の構造異常の確認 |
CT | 急性期の異常や石灰化の検出 |
鑑別診断
小児欠神てんかんの診断には、似た症状を呈する他の疾患との鑑別が大切です。
鑑別を要する疾患
- 複雑部分発作(てんかんの一種で、意識が部分的に失われる発作)
- 若年ミオクロニーてんかん(思春期に始まることが多い、別のタイプのてんかん)
- 失神発作(一時的に意識を失う状態)
- 注意欠陥多動性障害(ADHD:集中力や行動のコントロールに困難を伴う発達障害)
小児欠神てんかんの治療法と処方薬、治療期間
小児欠神てんかんの治療は抗てんかん薬による薬物療法が中心で、エトスクシミドやバルプロ酸などの薬剤が第一選択薬として用いられます。
第一選択薬
小児欠神てんかんの第一選択薬
- エトスクシミド
- バルプロ酸
エトスクシミドは、小児欠神てんかんに有効性が高く、欠神発作を抑える効果が顕著です。
バルプロ酸は欠神発作以外の全般発作にも効果があるため、複数の発作型が見られる場合や、他の発作型が現れる可能性がある場合に選択されます。
薬剤名 | 特徴 |
エトスクシミド | 欠神発作に特異的に有効 |
バルプロ酸 | 複数の発作型に効果あり |
その他の抗てんかん薬
第一選択薬で十分な効果が得られないときは、次のような薬剤の使用を検討します。
- ラモトリギン(てんかんの他、双極性障害にも使用される薬剤)
- レベチラセタム(比較的新しいタイプの抗てんかん薬)
- クロバザム(ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬)
薬剤は単独で使用されることもありますが、より効果的な発作のコントロールを目指して第一選択薬との併用療法として用いられることが多いです。
治療期間
小児欠神てんかんの治療期間は、2〜5年です。
多くの場合、思春期までに発作が自然に消失しますが、一部の患者さんでは成人期まで治療が必要となることもあります。
治療終了後も一定期間の経過観察が行われ、必要に応じて治療が再開されることもあるため、医療機関での定期な受診が大切です。
治療効果のモニタリング
治療効果の評価は、以下の点に注目して行われます。
- 発作の頻度と持続時間の変化
- 脳波所見の改善
- 日常生活や学業への影響
- 薬剤の副作用の有無
定期的な診察と脳波検査に加え、ご家族や学校からの情報も治療方針を決める上で重要です。
モニタリング項目 | 評価方法 |
発作頻度 | 患者・家族の記録 |
脳波所見 | 定期的な脳波検査 |
副作用 | 診察時の問診、血液検査 |
小児欠神てんかんの治療における副作用やリスク
小児欠神てんかんの治療には、抗てんかん薬による副作用や長期使用に伴うリスクがあります。
抗てんかん薬の一般的な副作用
小児欠神てんかんの治療に使われる抗てんかん薬には、さまざまな副作用が報告されています。
- 眠気や体のだるさ
- めまいやふらつき
- 胃腸の不快感(吐き気、嘔吐、食欲不振)
- 皮膚の発疹やかゆみ
- 考えることや覚えることへの影響(集中力低下、記憶力低下)
副作用の多くは、薬の調整や症状に合わせた対処によって管理できることが多いです。
特定の抗てんかん薬に関連する副作用
代表的な抗てんかん薬の副作用
薬の名前 | 副作用 |
バルプロ酸 | 肝臓の働きの異常、膵臓の炎症、血小板(血液を固める成分)の減少 |
エトスクシミド | 胃腸の不快感、血液を作る働きの低下 |
ラモトリギン | 皮膚の発疹、重い皮膚の症状(スティーブンス・ジョンソン症候群) |
このような副作用はあまり多くはありませんが、起こった場合に重症化する可能性があるため、定期的な血液検査や症状の観察が欠かせません。
長期使用に伴うリスク
抗てんかん薬を長期間使用することに関しては、いくつかの潜在的なリスクが指摘されています。
リスク | 影響 |
骨の密度が低下する | 骨折しやすくなる可能性が増える |
内分泌(ホルモンの分泌)の働きへの影響 | 性に関するホルモンの働きの低下、甲状腺の働きの異常 |
体の中の物質のバランスの乱れ | 肥満になりやすい、血液中の脂質が高くなる |
薬の相互作用のリスク
小児欠神てんかんの患者さんが他の病気で薬を使う場合、抗てんかん薬と他の薬との間で相互作用が起こることがあるので注意が必要です。
代表的な相互作用
- 抗生物質を一緒に使うと、抗てんかん薬の血液中の濃度が下がる
- 熱さましや痛み止めと一緒に使うと、副作用が強くなる
相互作用を避けるためには、他の診療科を受診したり市販薬を使う時に、必ず抗てんかん薬を使っていることを伝えることが大切です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診察料
外来診察の際の費用は、保険適用後で1回あたり1,000円から2,000円です。
定期的な診察が必要となるため、月に1〜2回の受診すると、月額2,000円から4,000円になります。
脳波検査費用
脳波検査は診断や経過観察に不可欠です。
保険適用後の患者負担額は、1回あたり約2,000円から3,000円で、3〜6ヶ月に1回の頻度で実施されます。
検査項目 | 負担額 |
通常脳波 | 2,000円 |
長時間脳波 | 3,000円 |
薬剤費
抗てんかん薬の費用は、使用する薬剤の種類や量によります。
よく使用されるエトスクシミドやバルプロ酸の場合、月額3,000円から8,000円程度です。
その他の関連費用
小児欠神てんかんの治療に関連して、以下のような費用が発生することがあります。
- 血液検査(薬剤の副作用モニタリング)
- 画像検査(MRIなど)
関連検査 | 概算費用 |
血液検査 | 1,000円 |
MRI検査 | 5,000円 |
以上
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