NSAIDs潰瘍(エヌセイズかいよう) – 消化器の疾患

NSAIDs潰瘍(NSAIDs ulcer)とは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用が原因で発生する胃や十二指腸の粘膜損傷を指します。

NSAIDsは痛みや炎症の軽減に効果的な薬剤として広く使用されていますが、同時に胃粘膜を守るプロスタグランジンの生成も抑制してしまう副作用があります。

その結果、胃酸や消化酵素から粘膜を保護する機能が低下し、潰瘍(かいよう)が形成されやすい状態になります。

NSAIDsを長期間服用している方や高齢者に多く見られ、上腹部痛や胸やけなどが起こりますが、重症化すると出血や穿孔(せんこう:臓器に穴が開くこと)などの合併症が起こることもあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

NSAIDs潰瘍の主な症状

NSAIDs潰瘍の症状は上腹部痛や消化不良感が代表的ですが、重篤な場合では吐血や下血などが起こることもあります。

NSAIDs潰瘍の一般的な症状

  • 上腹部の不快感や痛み
  • 胸やけ
  • 吐き気
  • 食欲不振など

食事の前後や空腹時に症状が悪化することが多く、症状の程度や持続時間はNSAIDsの使用量や期間などによって異なります。

軽度の場合は一時的な不快感にとどまりますが、重度の場合は持続的な痛みや出血などの深刻な症状に発展する可能性もあります。

注意が必要な重篤な症状

症状特徴
吐血鮮血や暗赤色のコーヒー残渣様の嘔吐物
下血黒色タール様または鮮血の便
貧血めまい、倦怠感、息切れ
腹痛激しい持続的な痛み

このような症状が現れた場合、潰瘍が深部まで達し、血管を損傷している可能性があります。

程度によっては生命にかかわることもあるため、速やかに医療機関を受診することが大切です。

NSAIDs潰瘍の見逃しやすい症状

NSAIDs潰瘍の中には、明確な症状を示さないケースもあります。

このような「無症候性潰瘍」は、特に高齢者や長期間NSAIDsを使用している患者さんに多く見られます。

見逃しやすい症状・兆候
  • 微熱
  • 原因不明の倦怠感
  • 軽度の食欲低下
  • 体重減少
  • 便の色の変化(暗めになる)

年齢による症状の違い

NSAIDs潰瘍の症状は年齢によって異なる傾向があり、若年層では典型的な症状が現れやすいのに対し、高齢者では非典型的な症状や無症状のケースが多いです。

年齢層特徴的な症状
若年層明確な上腹部痛、胸やけ
中年層消化不良、食欲不振
高齢層無症状または非特異的症状

高齢者の場合は症状が軽微であっても重篤な潰瘍が進行している可能性があるため、注意が必要です。

NSAIDs潰瘍の原因

NSAIDs潰瘍の主な原因は、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の長期使用や、過剰摂取による胃粘膜の防御機能低下と胃酸分泌の増加です。

NSAIDs潰瘍が起こるしくみ

NSAIDsは、炎症を抑制し痛みを和らげる効果がありますが、同時に胃粘膜を保護するプロスタグランジンの産生を阻害します。

プロスタグランジンとは、胃粘膜の血流を維持し、粘液分泌を促進する物質です。

NSAIDsの使用によってプロスタグランジンの産生が抑制されると、胃粘膜の防御機能が低下し、胃酸や消化酵素による粘膜損傷が起こりやすくなります。

また、NSAIDsには胃酸分泌を促進する作用もあり、このような要因が複合的に作用し潰瘍形成につながっていきます。

NSAIDs潰瘍のリスクを高める主な因子

リスク因子影響
高齢胃粘膜の再生能力低下
喫煙胃粘膜血流の低下
アルコール摂取胃粘膜障害の促進
H. pylori感染胃粘膜の脆弱化

上記のような因子を複数持つ場合には、NSAIDs使用時により注意が必要です。

NSAIDsの種類と潰瘍リスク

すべてのNSAIDsが同じ程度の潰瘍リスクを持つわけではなく、薬剤の種類によってリスクの程度が異なります。

  • アスピリン:低用量でも潰瘍リスクあり
  • イブプロフェン:比較的リスクが低い
  • ジクロフェナク:中程度のリスク
  • インドメタシン:高リスク

NSAIDsを使用するときの注意点

NSAIDs潰瘍のリスクを最小限に抑えるためには、以下の点に注意することが大切です。

  • 必要最小限の用量と期間で使用する
  • 食後に服用し、空腹時の服用を避ける
  • アルコールや刺激物の摂取を控える
  • 定期的な胃の検査を受ける
  • 胃粘膜保護薬の併用を検討する

診察(検査)と診断

NSAIDs潰瘍の診断では、内視鏡検査や生検などの精密検査を行っていきます。

NSAIDs潰瘍の診断に用いられる検査法

検査法特徴
上部消化管内視鏡検査潰瘍の直接観察が可能、生検も実施可能
血液検査貧血の有無や炎症マーカーの確認
尿素呼気試験ヘリコバクター・ピロリ菌感染の確認
X線検査潰瘍による胃や十二指腸の変形を確認

特に上部消化管内視鏡検査は潰瘍の直接観察が可能であり、診断において中心的な検査となっています。

鑑別診断

NSAIDs潰瘍の診断では、類似した症状を呈する他の消化器疾患との鑑別が必要です。

NSAIDs潰瘍と鑑別すべき主な疾患

  • 胃癌
  • 十二指腸潰瘍
  • 機能性ディスペプシア
  • 急性胃炎

NSAIDs潰瘍の診断基準

診断基準項目内容
NSAIDs使用歴過去または現在のNSAIDs使用が確認される
内視鏡所見胃または十二指腸に潰瘍性病変が認められる
他の原因の除外ヘリコバクター・ピロリ菌感染や悪性腫瘍などが否定されること
症状の改善NSAIDs中止後に症状が改善する

上記の基準を満たす場合にNSAIDs潰瘍と確定診断されます。ただし、中にはヘリコバクター・ピロリ菌感染を合併しているような場合もあります。

NSAIDs潰瘍の治療法と処方薬、治療期間

NSAIDs潰瘍の治療は、原因薬剤の中止、酸分泌抑制薬の投与、粘膜保護薬の使用を基本とします。

通常4〜8週間の治療期間が目安となりますが、個々の状態によって異なります。

NSAIDs潰瘍治療の基本方針

NSAIDs潰瘍の治療では、原因となっているNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の使用を中止することが第一です。

しかし、患者さんの状態によっては、NSAIDsの完全な中止が難しい場合もあります。

その場合は、医師の判断によりNSAIDsの量を減らしたり、胃腸への影響が比較的少ない別の薬剤に変更することを検討します。

酸分泌抑制薬による治療

酸分泌抑制薬は胃酸の分泌を抑え、潰瘍の治癒を促進する効果があります。

主に使用される酸分泌抑制薬は以下の2種類です。

薬剤の種類代表的な薬剤名
プロトンポンプ阻害薬(PPI)オメプラゾール、ランソプラゾール
H2受容体拮抗薬ファモチジン、ラニチジン

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は強力な酸分泌抑制作用を持ち、NSAIDs潰瘍の治療に特に効果的とされている薬剤です。

H2受容体拮抗薬も酸分泌を抑制しますが、PPIと比べるとその効果はやや弱いとされています。

しかし、患者さんの体質や副作用の観点から、H2受容体拮抗薬を選択することもあります。

粘膜保護薬の併用

粘膜保護薬は、胃や十二指腸の粘膜を守り潰瘍の治癒を促進する働きがあるため、NSAIDs潰瘍の治療に欠かせない薬剤の一つです。

代表的な粘膜保護薬には、スクラルファート、レバミピド、テプレノンなどがあります。

粘膜保護薬の種類主な作用
スクラルファート潰瘍面を被覆し、胃酸から保護
レバミピド粘液分泌促進、血流改善
テプレノン粘膜細胞の再生促進

治療期間

NSAIDs潰瘍の治療期間は4〜8週間程度が目安となりますが、潰瘍の大きさや深さ、患者さんの全身状態によってもう少しかかる場合もあります。

通常は治療開始後2〜4週間で内視鏡検査(胃カメラ)を行い、潰瘍の治癒状況を確認します。

この時点で潰瘍が治癒していない場合は、治療を継続します。

また、潰瘍が治癒した後も再発を防ぐため、数週間から数か月間、維持療法を行う場合もあります。

再発防止のための注意点
  • NSAIDsの使用をできるだけ控える
  • 胃粘膜保護薬の併用を検討する
  • 規則正しい食生活を心がける
  • ストレスをうまく管理する
  • 定期的に医療機関の受診と検査を継続する

特殊な状況での対応

NSAIDs潰瘍の治療において、特別な配慮が必要な状況がいくつかあります。

例えば出血を伴う重症のNSAIDs潰瘍では、内視鏡的止血術(胃カメラを使って出血を止める処置)や輸血などの処置が必要です。

また、高齢者や腎臓の機能に問題がある患者さんの場合、薬の量を調整したり、より慎重に経過を観察しなければなりません。

NSAIDsの継続が避けられない場合には、胃粘膜を保護する薬を併用するなど、個別の対応を行っていきます。

NSAIDs潰瘍の治療における副作用やリスク

NSAIDs潰瘍の治療では、胃酸分泌抑制薬の使用による副作用があります。また、原因薬剤の中止によって原疾患の症状が悪化するリスクがあります。

胃酸分泌抑制薬の副作用

プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬などの胃酸分泌抑制薬は、長期使用による副作用がそれぞれ報告されています。

胃酸分泌抑制薬主な副作用
PPI骨折リスク上昇、ビタミンB12吸収障害
H2受容体拮抗薬高齢者の認知機能低下

原因薬剤中止に伴うリスク

NSAIDs潰瘍の治療では原因となっているNSAIDsの中止や変更が必要となりますが、NSAIDsを使用していた原疾患の症状悪化や、代替薬による新たな副作用の出現などのリスクがあります。

特に、関節リウマチや変形性関節症などの慢性疾患で長期間NSAIDsを使用していた場合には、急な中止により痛みのコントロールが困難になることがあります。

感染症リスクの増加

NSAIDs潰瘍の治療中は、胃酸分泌の抑制により、通常は胃酸によって殺菌されていた細菌が生存しやすくなります。

特に注意が必要なのは、クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)(抗菌薬関連下痢症の一種)です。

CDIは、抗菌薬使用後や胃酸分泌抑制薬の長期使用により発症リスクが上昇することが分かっています。

また、胃酸分泌抑制により食中毒の原因となる細菌の増殖も促進されるため、治療中は食事や衛生管理への十分な注意が必要です。

感染症リスク因子
CDI抗菌薬使用、胃酸分泌抑制薬の長期使用
食中毒胃酸分泌抑制による細菌増殖

治療中断のリスク

NSAIDs潰瘍の治療は、症状が改善しても一定期間継続することが大切です。

中には症状の改善を感じると自己判断で治療を中断してしまう方がいますが、治療の中断は潰瘍の再発や悪化につながります。

特に高齢者や複数の基礎疾患を持つ方の場合は再発時の合併症リスクが高くなるため、勝手に服用を止めることのないようにしてください。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

NSAIDs潰瘍の治療費は、内服薬の種類、検査の種類、入院の有無などによって異なります。

外来での薬物療療法の費用

項目概算費用(円)
薬剤費8,000~20,000
検査費5,000~15,000

保険適用となるため、自己負担は通常3割程度となります。

内視鏡検査の費用

検査項目費用(円)
上部消化管内視鏡15,000~25,000
生検(必要時)7,000~12,000

入院治療が必要な場合の費用

重症例や合併症がある場合は入院治療が必要です。入院費用は滞在日数や治療内容によって大きく変わりますが、一般的な目安は以下の通りです。

  • 1日あたりの入院費40,000~60,000円
  • 手術費(穿孔などの合併症時)300,000~600,000円
  • 輸血費用(出血時)1単位あたり約10,000~12,000円

以上

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