意味性認知症 – 脳・神経疾患

意味性認知症(semantic dementia)は、脳の側頭葉前方部が進行性に萎縮する神経変性疾患です。

この疾患では、単語や概念の意味を理解し記憶する能力が徐々に低下していきます。

日常的に使用する物品の名称や用途の認識が難しくなったり、既知の人物の顔や名前を思い出すのが難しくなり、言語や記憶、認知機能全般に広範な影響を及ぼします。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

意味性認知症の主な症状

意味性認知症の症状は、言葉や事物の意味理解能力の低下、使用可能な語彙の減少、そして人物や物品の認識に関する困難さです。

言語機能の変容

意味性認知症患者の言語機能に顕著な変化が見られ、次第に単語の意味を把握することが難しくなり、特に名詞の理解と使用において問題が生じます。

日常の会話で「あれ」や「それ」などの指示代名詞を頻繁に使用したり、具体的な名称の代わりに一般的な表現を用いたりします。

例えば、「りんご」を単に「果物」と呼んだり、「犬」を「動物」と表現したりする症状です。

物の認識と使用における障害

物の認識と使用においても、障害が現れます。

日常生活で頻繁に使用する物品の名称を思い出せず、用途を理解できなくなります。

物の視覚的な認識能力は保持されていても、その意味や機能の理解が困難になることが原因です。

物品反応
「ドアを開けるための道具」と説明するが、名称を言語化できない
歯ブラシ使用方法を実演できるが、名称が想起できない
はさみ形状は認識できるが、用途の説明が困難

人物認識における問題

意味性認知症の患者さんは、人物の認識にも難しさを感じます。

顔や声などの視覚的・聴覚的情報は認識できても、人物の名前や自分との関係性を思い出せないことがあります。

この症状は、視覚的な認識能力は維持されているものの、人物に関する意味記憶が失われていることが原因です。

症状の進行過程

意味性認知症の症状は緩慢に進行し、初期段階では、特定の意味カテゴリー(例えば動物の名称)における語彙の喪失から始まり、徐々に他の分野にも症状が拡大していきます。

病気の進行に伴い見られる認知機能の低下

  • 文章の読解力の減退
  • 文字を書く能力の低下
  • 数的処理能力の衰え
  • 抽象的な思考過程の困難

行動と性格の変容

意味性認知症は、患者さんの行動パターンや性格特性にも影響を及ぼします。

変化の種類表れ方
固執性の増大特定の行動や考え方に強くこだわる
共感能力の低下他者の感情状態を理解することが困難になる
食習慣の変化特定の食べ物に強い嗜好を示す

意味性認知症の原因

意味性認知症の原因は、側頭葉前方部の進行性の萎縮と変性です。

側頭葉前方部の変性

側頭葉前方部は、言語や意味記憶に重要な役割のある脳の部位です。

側頭葉前方部が徐々に萎縮し、機能が低下することで、意味性認知症の症状が現れます。

変性の過程では、神経細胞の減少や、シナプス(神経細胞同士の接合部)の機能障害が起こり、情報の処理や記憶の保持が困難になります。

タウタンパク質の蓄積

意味性認知症の患者さんの脳内では、異常なタウタンパク質の蓄積が観察されます。

タウタンパク質の役割意味性認知症での変化
神経細胞の構造維持異常な凝集体を形成
細胞内輸送の補助神経細胞の機能障害

タウタンパク質の異常な蓄積は、神経細胞の機能を阻害し、最終的には細胞死を起こし、側頭葉前方部の萎縮につながるのです。

遺伝的要因の関与

特定の遺伝子変異が、意味性認知症のリスクを高めることが分かっています。

確認されているのは、GRN遺伝子(前駆顆粒球コロニー刺激因子遺伝子)やMAPT遺伝子(微小管関連タンパク質タウ遺伝子)の変異です。

これらの遺伝子は、タンパク質の代謝や神経細胞の機能維持に関わっており、 変異により機能が阻害されると、神経細胞の変性が促進されます。

神経炎症の関与

慢性的な神経炎症も、意味性認知症の進行に関与しています。

炎症反応は本来外敵から身体を守る防御機能ですが、長期化すると組織にダメージを与えます。

脳内で慢性的な炎症が続くと神経細胞の変性が加速され、これは、ミクログリア(脳内の免疫細胞)の異常活性化が原因です。

診察(検査)と診断

意味性認知症の診断は、問診、認知機能テスト、脳の画像撮影、そして場合によっては遺伝子の検査を組み合わせます。

初期評価と問診

意味性認知症の診断では、言葉の使い方や理解の変化、身の回りの物の認識が難しくなっていないか、知人の顔や名前を覚えているかなどの特徴的な症状について、聞き取りを行います。

また、症状がいつ頃から始まったのか、どのくらいの速さで進んでいるのか、生活にどのような影響が出ているのかについても確認します。

神経心理学的検査

問診の後、患者さんの認知機能を客観的に評価するために、さまざまな検査を行います。

検査項目

  • 言葉の機能を調べる検査(物の名前を言う課題、特定の条件で単語をたくさん言う課題)
  • 物事の意味を記憶する力を調べる検査(物の使い方を説明する、似たものをグループ分けする)
  • 全体的な認知機能を調べる検査(MMSE、MoCAといった総合的なテスト)
  • 目で見て認識する力を調べる検査(有名人の顔を見分ける課題など)
検査名評価内容
呼称課題物や絵を見て、その名前を答える力
語流暢性課題「動物」など特定の種類の言葉をたくさん言えるか
MMSE(ミニメンタルステート検査)記憶、注意力、言語能力など全般的な認知機能を評価
顔認識課題有名人の顔写真を見て、誰かを当てる力

画像診断

画像診断は、意味性認知症に特徴的な脳の萎縮パターンを確認するために欠かせません。

検査方法評価内容
MRI(磁気共鳴画像法)側頭葉の前の部分の萎縮を詳しく観察
SPECT(単一光子放射断層撮影)側頭葉の血流が低下していないかを調べる
FDG-PET(フルオロデオキシグルコースを用いたポジトロン断層撮影)側頭葉でのブドウ糖の利用が減っていないかを確認

遺伝子検査

意味性認知症の患者さんの中には、遺伝子の変異が関係している場合があります。

若いうちに発症したり家族の中に似たような症状の人がいる場合は、遺伝子検査を検討します。

主に調べる遺伝子は、GRN、MAPT、C9orf72などです。

鑑別診断

意味性認知症の診断では、似た症状を呈する他の疾患との鑑別診断が重要になります。

特に、アルツハイマー型認知症や前頭側頭型認知症との区別が必要です。

意味性認知症では物の名前や意味の理解が障害されるのに対し、アルツハイマー型認知症では記憶障害が前面に出るなど、症状の現れ方に違いがあります。

意味性認知症の治療法と処方薬、治療期間

意味性認知症の治療は、症状の進行を抑制を目的とした対症療法が中心で、薬物療法とリハビリテーションを組み合わせて実施します。

薬物療法

意味性認知症に対する薬物療法では、認知機能改善薬を中心に治療を進めていきます。

現在、日本で承認されている薬剤は、コリンエステラーゼ阻害薬(脳内の神経伝達物質アセチルコリンの分解を抑える薬)とNMDA受容体拮抗薬(神経細胞の過剰な興奮を抑える薬)です。

薬物療法は、脳内の神経伝達物質のバランスを調整することで、認知機能の低下を抑制する効果が期待できます。

薬剤名作用メカニズム
ドネペジルアセチルコリン分解酵素の働きを抑え、脳内のアセチルコリン濃度を高める
ガランタミンアセチルコリン分解酵素の阻害に加え、ニコチン受容体の機能も調節する

非薬物療法

意味性認知症は薬物療法と並行して、非薬物療法も大切です。

言語療法(言葉の理解や表現を改善するための訓練)や認知リハビリテーション(記憶力や注意力を維持・改善するための訓練)を行います。

非薬物療法は、患者さんの残されている機能を最大限に活用し、できる限り長く自立した生活を送れるようサポートすることが目標です。

意味性認知症の治療における副作用やリスク

意味性認知症の治療にはさまざまな副作用やリスクがあり、体の働きや認知機能に影響を与えることがあります。

薬物療法に関連する副作用

意味性認知症の治療に用いられる薬には、いくつかの副作用が報告されています。

薬剤の副作用

薬の種類副作用頻度
コリンエステラーゼ阻害薬(脳内の神経伝達物質を増やす薬)吐き気・嘔吐、下痢10-20人に1-2人
NMDA受容体拮抗薬(脳神経細胞を保護する薬)めまい、頭痛10-20人に1人程度
抗うつ薬口の渇き、便秘4-7人に1人程度

副作用はほとんどの場合一時的なもので、薬の量を調整することで軽くなります。

薬の相互作用によるリスク

意味性認知症の患者さんは、多くの場合複数の薬を飲んでいるため、薬と薬の間で起こる相互作用のリスクに注意が必要です。

主な相互作用

組み合わせる薬起こりうる問題
コリンエステラーゼ阻害薬 + 抗コリン薬(胃腸の動きを抑える薬など)認知機能がさらに低下する
NMDA受容体拮抗薬 + てんかんの薬めまいがひどくなる
抗うつ薬 + 解熱鎮痛薬胃や腸から出血する

相互作用を避けるため、薬を処方する際には飲んでいるすべての薬を確認することが大切です。

認知機能低下に伴うリスク

治療に伴う副作用やリスクに加えて、意味性認知症が進行すること自体が新たなリスクをもたらします。

認知機能が低下することで生じるリスク

  • 服薬管理の困難:薬を飲み忘れたり、多く飲みすぎたりする
  • 誤嚥性肺炎:食べ物や飲み物が気管に入りやすくなることで起こる肺炎
  • 転倒・骨折:バランスを取る感覚や判断力が低下することによる事故
  • 栄養不良:食事の準備や食べることが難しくなり、必要な栄養が取れなくなる

観察と対策

副作用やリスクを最小限に抑えるためには、定期的に状態を確認し対応することが大切です。

確認項目

  • 定期的な血液検査:肝臓や腎臓の働き、体内の電解質のバランスを確認
  • 認知機能検査:治療の効果と副作用を評価
  • 体の機能評価:歩く能力やバランスを取る能力を確認
  • 薬の飲み方の確認:きちんと薬を飲めているかを評価

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療にかかる費用

外来診療では、認知機能検査や画像診断が行われます。

検査項目概算費用自己負担(3割の場合)
MRI15,000円4,500円
SPECT30,000円9,000円

薬物療法の費用

認知症治療薬は、月額1万円から2万円程度で、患者さんの負担は3000円から6000円です。

リハビリテーション費用

言語療法や作業療法などのリハビリテーションも行われ、1回あたりの費用は約5000円で、患者さんの負担は1500円程度です。

  • 言語療法:週1回
  • 作業療法:週1回
  • 認知リハビリテーション:月2回

以上

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