抗NMDA受容体抗体脳炎 – 脳・神経疾患

抗NMDA受容体抗体脳炎(anti-NMDA receptor encephalitis)とは、脳の神経細胞にあるNMDA受容体(神経伝達物質を受け取る部位)に対する自己抗体が体内で作られることで起こる自己免疫性の脳炎です。

若い女性に多く見られ、初期段階では、発熱や頭痛、体のだるさなど、インフルエンザに似た症状が現れます。

病状が進むにつれて、幻覚や妄想などの精神症状、体が勝手に動いてしまう不随意運動、けいれん発作といった神経系の症状が徐々に顕著になっていきます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

抗NMDA受容体抗体脳炎の主な症状

抗NMDA受容体抗体脳炎の症状は、精神症状、不随意運動、自律神経障害、記憶障害などです。

初期段階で現れる症状

抗NMDA受容体抗体脳炎の初期段階では主に精神症状が出現し、急激な行動の変化や感情の起伏が現れます。

不安感や落ち着きのなさが生じ、幻覚や妄想といった症状が見られることもあります。

この時期の症状は、統合失調症やうつ病などの精神疾患と混同されやすいため、慎重な観察が重要です。

進行に伴う神経学的症状

精神症状の後、多様な神経学的症状が現れます。

症状現れ方
不随意運動四肢の振戦や顔面の痙攣
言語機能の低下発語困難や失声
意識レベルの変容混乱状態や昏睡

自律神経系に関連する症状

抗NMDA受容体抗体脳炎では、自律神経系の機能不全も見られます。

  • 体温調節機能の乱れ(高熱や低体温)
  • 血圧の不安定な変動
  • 心拍数の増加や不整脈
  • 多量の発汗や唾液分泌

記憶力と認知機能の低下

抗NMDA受容体抗体脳炎は、記憶力や認知機能にも影響を及ぼします。

機能障害の種類患者さんに現れる症状
短期記憶の問題新たな情報の記銘困難
長期記憶の障害過去の記憶の想起障害
注意力の減退持続的な集中の困難さ
実行機能の低下計画立案や問題解決能力の減退

抗NMDA受容体抗体脳炎の原因

抗NMDA受容体抗体脳炎の原因は、体内で作られる自己抗体が脳内のNMDA受容体を誤って攻撃することです。

NMDA受容体の重要性

NMDA受容体は脳内の神経細胞にあり、脳機能に欠かせない重要なタンパク質です。

NMDA受容体は、神経細胞同士が情報をやりとりする際に中心的な役割を果たすだけでなく、記憶の形成や学習能力の維持にも関わっています。

自己抗体が形成されるメカニズム

抗NMDA受容体抗体脳炎では、何らかのきっかけで体の免疫システムが誤ってNMDA受容体を異物だと勘違いし、抗体を作り出します。

この過程は自己免疫反応と呼ばれ、本来なら体を守るはずの免疫システムが、自分自身の組織を攻撃してしまう現象です。

自己抗体形成の要因説明
遺伝的な素因特定の遺伝子が関与している可能性があり、家族歴が発症リスクに影響する場合がある
環境要因ウイルス感染や環境中の有害物質への曝露が引き金となり、免疫系の異常を引き起こす可能性がある

抗体が神経細胞に及ぼす影響

体内で作られた自己抗体は、脳を守る役割を果たす血液脳関門(脳と血液の間にある物質の通過を制御する仕組み)を突破して脳内に侵入します。

脳内に入り込んだ抗体はNMDA受容体に結合し正常な働きを妨げ、神経細胞同士の情報伝達がスムーズに行われなくなり様々な神経症状が起きるのです。

腫瘍との関係

抗NMDA受容体抗体脳炎の一部の症例では腫瘍が確認され、若い女性の患者さんでは、卵巣奇形腫(卵巣にできる良性の腫瘍)との関連性が指摘されています。

  • 腫瘍細胞の表面にNMDA受容体が異常に多く現れる
  • これにより免疫系が過剰に活性化され、抗体の大量生産が始まる
  • 作られた抗体が脳内のNMDA受容体まで攻撃

このような過程を経て、一見関係なさそうな腫瘍が間接的に脳炎を起こす可能性があります。

患者の年齢層関連が疑われる腫瘍のタイプ
若年女性卵巣奇形腫(良性腫瘍の一種)
高齢者肺小細胞がんなど(悪性腫瘍)

環境因子

環境因子も、抗NMDA受容体抗体脳炎の発症の一因です。

特定のウイルスに感染することで免疫系が必要以上に活性化され、自己抗体の産生につながるケースがあります。

診察(検査)と診断

抗NMDA受容体抗体脳炎の診断は、問診、神経学的検査、画像診断、脳脊髄液分析、抗体検査を用いて行います。

初期評価と問診

抗NMDA受容体抗体脳炎の問診では、症状が現れ始めた時期や進行の仕方、過去の病気の経験、ご家族の病歴などについて、質問します。

この段階で、精神面での変化や神経系の異常がないかを確認し、他の病気の可能性についても考慮に入れます。

神経系の機能を評価する検査

神経学的検査は、脳や脊髄などの中枢神経系がどの程度影響を受けているかを調べるために、抗NMDA受容体抗体脳炎を診断する上で欠かせない検査です。

検査項目評価内容
意識状態周囲への反応や覚醒の度合い
運動機能筋肉の力や動作の滑らかさ
感覚機能触れた感覚や痛み、温度の感じ方
反射機能膝蓋腱反射などの深部反射や病的反射

画像検査

画像診断は、脳の構造や炎症の有無を確認するために実施します。

  • MRI(磁気共鳴画像法):強力な磁場を使って脳の詳細な断層画像を撮影
  • CT(コンピュータ断層撮影):X線を使って脳の断層画像を撮影
  • SPECT(単一光子放射断層撮影):放射性物質を用いて脳血流を評価
  • PET(陽電子放射断層撮影):特殊な放射性物質を使って脳の代謝活動を観察

画像検査を通じて脳の特定の部位に異常がないか、機能が低下していないかを視覚的に捉えることが可能です。

画像から得られる情報は、抗NMDA受容体抗体脳炎と似た症状を示す他の自己免疫性脳炎や感染症との鑑別にも役立ちます。

脳脊髄液

脳脊髄液(脳と脊髄を取り囲む液体)の分析は、中枢神経系の炎症状態を直接評価するための検査です。

検査項目抗NMDA受容体抗体脳炎で見られる特徴
細胞数リンパ球(白血球の一種)が増加
タンパク質量わずかに増加
糖濃度通常は正常範囲内
オリゴクローナルバンド陽性となる確率が高い

特異的な抗体の検出

抗NMDA受容体抗体の検出は確定診断のために最も決定的な検査で、血液と脳脊髄液の両方で抗体を測定することで、診断の正確性が大幅に向上します。

抗体の検出に用いるのは、免疫組織化学法や細胞ベースアッセイです。

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療法と処方薬、治療期間

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療は、免疫療法と腫瘍摘出を中心に進め、ステロイド剤や免疫抑制剤などの薬物療法を組み合わせて行います。

第一選択の治療法

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療での第一選択肢は、免疫療法です。

免疫療法は、体内で過剰に作られている自己抗体を取り除き、暴走している免疫系を抑えることを目的としています。

血漿交換療法や免疫グロブリン大量静注療法(健康な人から集めた抗体を点滴で投与する方法)を行います。

併用する薬物療法

免疫療法と並行して薬物治療も重要で、免疫系の過剰な反応を抑え脳内の炎症を軽減する効果があるステロイド剤や免疫抑制剤を使用します。

薬の名前働き
メチルプレドニゾロン炎症を抑え、免疫反応を和らげる
リツキシマブB細胞(抗体を作る細胞)を減らし、抗体の産生を抑える

腫瘍があるときの治療

患者さんによっては、抗NMDA受容体抗体脳炎の原因として腫瘍が見つかることがあり、腫瘍を取り除く手術も治療の一環です。

  • 卵巣奇形腫(卵巣にできる特殊な腫瘍)の摘出
  • 肺小細胞がん(肺にできる悪性腫瘍の一種)の治療
  • その他の腫瘍の除去

腫瘍を取り除くことで体内での自己抗体の産生を減らし、症状の改善につながります。

第一選択の治療で効果が不十分な場合

最初の治療法で十分な効果が得られない場合、より強い効果を持つ免疫抑制剤やシクロホスファミドなどの薬を使用します。

治療法使用する状況
シクロホスファミド治療に抵抗性の症例
ミコフェノール酸モフェチル長期的な免疫抑制が必要な場合

治療期間と経過観察

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療は、6ヶ月から2年です。

治療中は定期的に検査や診察を行い症状が良くなっているか、また再発の兆候がないかを確認します。

治療終了後も一定期間は、定期的な通院が必要です。

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療における副作用やリスク

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療には、免疫抑制療法や血漿交換療法が用いられ、治療法には感染リスクの上昇や様々な臓器機能への影響など、患者さんの体に負担をかける副作用やリスクが伴います。

免疫抑制療法の副作用

免疫抑制療法は抗NMDA受容体抗体脳炎の主要な治療法として用いられていますが、免疫機能を意図的に弱めるため、様々な副作用があります。

ステロイド薬や免疫抑制剤を使用することで、体が本来持っている感染症に対する防御力が低下し、普段なら問題にならないような細菌やウイルスによる感染症にかかりやすくなります。

日和見感染症と呼ばれる健康な人では発症しないような微生物による感染症には、注意が必要です。

副作用の種類症状や疾患
感染症肺炎、尿路感染症、帯状疱疹
代謝異常糖尿病、骨粗鬆症、高血圧
消化器症状胃潰瘍、膵炎、消化不良

長期間にわたってステロイドを使用すると、骨の密度が低下したり、筋肉の力が弱くなるため、定期的な骨密度検査や筋力評価が重要です。

また、免疫抑制剤の中には肝臓や腎臓の働きに影響を与えるものもあるため、定期的な臓器の機能検査が欠かせません。

血漿交換療法に伴うリスク

血漿交換療法は、血液中の異常な抗体を物理的に除去する効果的な治療法ですが、体に大きな負担をかける治療で、いくつかのリスクを伴います。

  • アレルギー反応:体質によっては重篤な症状を引き起こす可能性
  • 血圧低下:急激な血圧低下により、めまいや失神を起こすことがある
  • 電解質異常:体内のミネラルバランスが崩れ、不整脈などの原因となる可能性
  • 凝固異常:血液の固まりやすさが変化し、出血や血栓のリスクが高まることがある

特に注意が必要なのは、置換液として使用するアルブミンや新鮮凍結血漿に対するアレルギー反応です。

免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)による副作用

IVIGは比較的安全性の高い治療法であるものの、患者さんの体質や状態によっては、いくつかの副作用があります。

副作用の種類発生する頻度症状
頭痛高頻度軽度から中等度の頭痛が続く
発熱中等度一時的な体温上昇が見られる
血栓症低頻度血液が固まりやすくなり、血管が詰まるリスクが高まる
腎機能障害腎臓の働きが一時的に低下する

脱水状態やもともと腎臓の機能が低下している患者さんでは、腎機能障害のリスクが高くなります。

また、IVIGを高用量で投与したり急速に点滴すると、血液が固まりやすくなり、血栓症のリスクが上昇することがあるため、投与方法には注意が必要です。

長期的な免疫抑制状態がもたらすリスク

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療では症状の再発を防ぐために、長期間にわたって免疫機能を抑えます。

長期的な免疫抑制状態は、体の防御機能を弱めることで様々な合併症のリスクを高めます。

特に懸念されるのは、悪性腫瘍が発生するリスクが上昇することです。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院費用

抗NMDA受容体抗体脳炎の治療では、長期入院が必要になることがあります。

入院期間概算費用
2ヶ月180万円〜300万円
6ヶ月540万円〜900万円

薬物療法の費用

免疫療法や免疫抑制剤の治療費

  • 免疫グロブリン大量静注療法(IVIG) 1クール約50万円
  • ステロイドパルス療法 1クール約10万円
  • リツキシマブ 1回投与約30万円

検査費用

抗NMDA受容体抗体の検査や、MRIなどの画像診断も必要です。

検査項目概算費用
抗NMDA受容体抗体検査2万円〜3万円
MRI検査3万円〜5万円

以上

References

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