脳膿瘍(のうしゅ)(brain abscess)とは、細菌や真菌などの病原体が脳の組織内に侵入し、膿が蓄積する状態です。
脳膿瘍は多くの場合、身体部位で起きた感染が血流に乗って脳まで到達することで生じます。
症状は膿瘍の位置や大きさにより、頭痛や発熱、意識の変化などです。
脳膿瘍の主な症状
脳膿瘍(のうしゅ)の症状は、激しい頭痛や発熱、神経学的異常などです。
持続的な頭痛と発熱
脳膿瘍患者で最もよく見られる症状は、激しい頭痛と発熱です。
頭痛は一般的な痛み止めではほとんど効果がなく、発熱は体内で炎症が進行している重要なシグナルとなります。
主要症状 | 臨床的特徴 |
頭痛 | 持続性、高強度 |
発熱 | 体内炎症の進行を示唆 |
神経学的症状
脳膿瘍の進行に伴い、脳内における膿瘍の位置や大きさによって神経学的症状が現れます。
神経学的症状
- 意識レベルの低下(意識がぼんやりする、反応が鈍くなる)
- 運動機能の障害(手足の麻痺や体の動きがぎこちなくなる)
- 感覚異常(体の一部にしびれや痛みを感じる)
- 言語障害(言葉が出にくい、他人の言葉が理解しづらい)
- 視力障害(物がぼやけて見える、視野が狭くなる)
症状は、脳の特定の部位が膿瘍によって圧迫されることで生じます。
髄膜への影響
脳膿瘍が脳を覆う膜である髄膜に近い位置にあると、髄膜刺激症状と呼ばれる特徴的な症状が現れます。
代表的な症状は、項部硬直(首の筋肉が硬くなり、首を動かしにくくなる)や光に対する過敏反応です。
髄膜刺激症状 | 症状の説明 |
項部硬直 | 首の筋肉が硬直し、動きが制限される |
光過敏 | 通常より光を強く感じ、不快感を覚える |
全身への影響
脳膿瘍は脳での局所的な部位の感染ですが、影響は全身に及ぶことがあります。
全身症状は、倦怠感や食欲が落ちる、吐き気や嘔吐を感じるなどです。
症状は、炎症反応や脳内圧の上昇が原因で起き、患者さんによっては、めまいや体のバランスを取ることが難しい症状を訴えることもあります。
脳膿瘍の原因
脳膿瘍は、細菌や真菌などの病原体が脳組織内に侵入し、炎症反応を起こすことで発生する感染症です。
感染経路
脳膿瘍を起こす感染経路にはいくつかの種類があり、それぞれが異なるリスク要因を持っています。
主な感染経路は、隣接する組織からの直接的な感染、血液を介した感染(血行性感染)、外傷による感染です。
感染経路を通じて病原体が脳に到達すると、防御システムである免疫系が反応し、膿瘍が形成されていきます。
隣接組織からの直接感染
脳の近くにある耳や副鼻腔に感染が起こると、脳にまで広がり脳膿瘍を起こす危険性が高まります。
感染源 | 関連する病気 |
耳 | 中耳炎、乳様突起炎 |
副鼻腔 | 副鼻腔炎 |
歯 | 重度の歯周病 |
長期間続く慢性的な感染症は、脳への感染リスクを徐々に増大させていくため、十分な注意が必要です。
血行性感染
体の他の部分で発生した感染症が血液の流れに乗って脳に達することで、脳膿瘍が形成され、感染経路は血行性感染と呼ばれ、以下のような疾患が原因です。
- 肺膿瘍(肺の中に膿がたまる病気)
- 心内膜炎(心臓の内側の膜に炎症が起こる病気)
- 骨髄炎(骨の中心部分である骨髄に炎症が起こる病気)
- 腹腔内感染症(おなかの中の臓器に感染が起こる病気)
血行性感染が起こると血液中に病原体が放出され、脳の血管を通って脳組織にまで到達します。
免疫機能が低下している患者さんでは、通常なら問題にならないような軽度の菌血症(血液中に細菌が存在する状態)でも、脳膿瘍起こす要因になります。
外傷性感染
頭に大きなけがをしたり脳の手術を受けた後に、外部から病原体が直接脳の中に入り込むことも脳膿瘍を発症させる原因です。
原因 | 危険性を高める要因 |
頭部外傷 | 骨が折れて皮膚が破れる開放性骨折、傷口に異物が残ること |
脳神経外科手術 | 手術後の感染、免疫力が抑えられた状態 |
頭のけがや手術による組織の損傷は、病原体の感染経路となるだけでなく、損傷部分の免疫機能を一時的に弱めます。
免疫機能低下の影響
HIV感染症、臓器移植後に免疫機能を抑える薬を使用していたり、長期間にわたってステロイド薬を使用している場合など、体全体の免疫機能が低下した状態では、軽い感染でも脳膿瘍につながるリスクが高いです。
免疫低下の原因 | 脳膿瘍発症リスクへの影響 |
HIV感染症 | 日和見感染のリスク増大 |
臓器移植後の免疫抑制療法 | 感染への抵抗力低下 |
長期ステロイド使用 | 炎症抑制による感染防御機能の低下 |
診察(検査)と診断
脳膿瘍の診断は問診と神経学的検査から始まり、画像検査や微生物学的検査を行い確定診断に至ります。
初期評価と臨床診断
脳膿瘍の診断過程では、症状が最初に現れた時期、どのような速さで進行してきたか、他にどのような症状を伴っているかを聞き取ります。
次に、神経学的検査を実施し、患者さんの意識がどの程度はっきりしているか、手足の動きや感覚に異常はないか、反射はどうかなどの神経系の機能を評価します。
評価項目 | 内容 |
病歴聴取 | 症状の発現時期、進行の速度、随伴症状の有無 |
神経学的検査 | 意識レベル、運動機能、感覚機能、反射の評価 |
画像検査
臨床診断で重要なのは、画像検査です。
CTスキャンは、脳膿瘍の初期診断に有効で、病変の位置や大きさを評価できます。
MRI磁気共鳴画像法は、CTよりもさらに詳細な情報を提供し、周囲の脳組織の浮腫の範囲まで観察することが可能です。
特に、造影剤を用いたMRI検査では、膿瘍の壁が特徴的なリング状に光って見えることから、他の脳の病気との鑑別に役立ちます。
微生物学的検査
脳膿瘍の確定診断と細菌の特定には、微生物学的検査が必要です。
微生物学的検査
- 血液培養:体全体に細菌が広がっていないかを確認
- 髄液検査:腰の部分から細い針を刺して脳脊髄液を採取し、髄膜炎を合併していないかを調べる
- 膿瘍内容物の直接採取:頭蓋骨に小さな穴を開けて正確に膿瘍の場所を特定し、直接サンプルを採取する定位的脳生検や、場合によっては開頭手術を行って採取
検査方法 | 目的 |
血液培養 | 血液中に細菌が存在するか(菌血症)の確認 |
髄液検査 | 脳や脊髄を覆う膜の炎症(髄膜炎)の合併評価 |
膿瘍内容物検査 | 膿瘍を引き起こしている細菌の直接的な同定 |
類似疾患との鑑別
脳膿瘍の診断を確実なものにするためには、似たような症状や画像所見を示す他の脳の疾患との鑑別が大切です。
脳膿瘍と間違えやすい疾患には、脳腫瘍(特に悪性神経膠腫)、脳梗塞、脳出血などがあります。
脳膿瘍の治療法と処方薬、治療期間
脳膿瘍の治療は、抗生物質を使った薬物療法と外科的な膿の排出(ドレナージ)を組み合わせて行います。
薬物療法
脳膿瘍治療の初めの段階では、幅広い種類の細菌に効果がある広域スペクトルと呼ばれる抗生物質を、多めの量で投与します。
抗生物質の名前 | 特徴 |
セフトリアキソン | 第三世代セファロスポリン系で、多くの細菌に効果がある |
メトロニダゾール | 酸素を嫌う細菌(嫌気性菌)に特に効果的 |
使用される抗生物質は、脳と血液の間にある関門(血液脳関門)を通過して、脳の中の感染している部分にまで届く能力が高いため、脳膿瘍の治療の第一選択薬です。
外科的治療
薬だけでは十分な効果が得られなかったり、膿瘍が大きくなってしまった場合には、外科的な方法で膿を排出(ドレナージ)する必要があります。
外科的治療
- 定位的穿刺吸引(頭の特定の場所に細い針を刺して膿を吸い出す方法)
- 開頭ドレナージ(頭蓋骨を一部開いて膿を排出する方法)
- 膿瘍被膜の全摘出(膿瘍を包む膜ごと取り除く方法)
定位的穿刺吸引はCTスキャンを見ながら行う、体への負担が比較的少ない方法です。
開頭ドレナージは膿瘍が大きかったり、複数の場所にある場合に選ばれます。
治療期間と経過観察
脳膿瘍の治療は、約6〜8週間です。
治療の段階 | 期間 |
最初の入院治療 | 2〜3週間 |
その後の抗生物質投与 | 4〜6週間 |
最初の2〜3週間は入院して集中的な治療を受け、その後は外来で抗生物質の投与を続けます。
脳膿瘍の治療における副作用やリスク
脳膿瘍の治療で行われる抗生物質療法や外科的介入には、固有の副作用やリスクがあります。
抗生物質療法に伴う副作用
脳膿瘍の治療では、長期間にわたる高用量の抗生物質投与が必要ですが、身体に様々な影響を及ぼします。
抗生物質療法に伴う副作用
- 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)
- 肝機能障害
- 腎機能障害
- 薬剤性アレルギー反応
- 耐性菌の出現
注意を要するのは長期の抗生物質使用による腸内細菌叢の乱れで、二次感染のリスクが上昇することがあります。
副作用 | 発生頻度 |
消化器症状 | 高頻度 |
肝腎機能障害 | 中頻度 |
アレルギー反応 | 低頻度 |
ステロイド療法のリスク
脳浮腫の軽減のためにステロイド薬を使用し、いくつかのリスクが伴います。
- 免疫機能の抑制
- 消化性潰瘍
- 骨粗鬆症
- 高血糖
ステロイドは感染のコントロールを困難にするため、投与量の調整が必要です。
外科的介入に伴うリスク
脳膿瘍の外科的処置には、穿刺排膿術や開頭術があります。
手術のリスク
- 頭蓋内出血
- 手術部位感染
- 脳実質損傷
- 痙攣発作
- 麻酔関連合併症
外科的リスク | 重症度 |
頭蓋内出血 | 高 |
脳実質損傷 | 高 |
手術部位感染 | 中 |
頭蓋内圧亢進のリスク
脳膿瘍の治療中は頭蓋内圧亢進のリスクがあり、重篤な合併症をもたらすことがあります。
- 意識レベルの低下
- 脳ヘルニア
- 視神経障害
頭蓋内圧亢進の管理は、治療全体を通じて重要な課題です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院費用の内訳
脳膿瘍治療の主な費用は入院費です。
項目 | 概算費用(円) |
病室代 | 10,000-30,000/日 |
通常6〜8週間の入院が必要で、入院費用は60万円から170万円です。
検査・診断費用
脳膿瘍の診断と経過観察には、複数回の画像検査を行います。
- CT検査 約20,000円/回
- MRI検査 約40,000円/回
- 血液検査 約5,000円/回
治療費用
薬物療法と外科的処置費用
治療法 | 概算費用(円) |
抗生物質治療 | 5,000-10,000/日 |
外科的ドレナージ | 300,000-500,000 |
以上
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