重症筋無力症 – 脳・神経疾患

重症筋無力症(myasthenia gravis)とは、神経と筋肉の接合部(信号を伝える場所)に問題が起こる自己免疫疾患です。

この疾患では体が自分の組織を誤って攻撃し、筋肉を動かすのに欠かせない物質の受け取りを邪魔し、筋力が弱くなったり、すぐに疲れたりする症状が現れます。

目の周りの筋肉から始まり、徐々に体全体に広がることが多いです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

重症筋無力症の種類(病型)

重症筋無力症は、眼筋型と全身型の主要な病型に分類できます。

眼筋型重症筋無力症

眼筋型重症筋無力症は、全体の約15%を占めます。

眼筋型の患者さんの多くは症状が眼の周囲に限局し、全身に広がりませんが、一部の患者さんでは、発症から2年以内に全身型に移行することがあります。

特徴詳細
影響を受ける筋肉眼輪筋(まぶたの周りの筋肉)、外眼筋(眼球を動かす筋肉)
全身型への移行率約15-20%

全身型重症筋無力症

全身型重症筋無力症はより広範囲の筋肉に影響が及び、重症筋無力症患者さんの約85%です。

眼症状は、見られない場合もあります。

重症筋無力症の主な症状

重症筋無力症の症状は、筋力低下と疲れやすさで、一日の中で変化したり、同じ動作を繰り返すことで悪化したりします。

眼筋型の症状

眼筋型重症筋無力症では、目の周りの筋肉に影響が出ます。

眼筋の症状

  • 眼瞼下垂(まぶたが下がる)
  • 複視(物が二重に見える)
  • 眼球運動障害(目を動かしにくくなる)

症状は、片方または両方の目に現れます。

症状特徴
眼瞼下垂片方または両方のまぶたが下がる
複視物が二つや三つに見える
眼球運動障害目を思い通りに動かせない

全身型の症状

全身型重症筋無力症では、目の症状に加えて、体全体の筋肉に症状が現れます。

全身型の症状

  • 手足の筋力低下(特に腕)
  • 嚥下障害(飲み込みにくくなる)
  • 構音障害(話しにくくなる)
  • 呼吸筋の筋力低下

症状は、同じ動作を繰り返すと悪化するのが特徴です。

部位症状
手足腕や足に力が入りにくい
首の筋肉が弱くなり、頭を支えるのが難しくなる
口や喉食べ物を飲み込みにくくなる、声が出しづらくなる

症状の変動性

重症筋無力症の症状は一日の中でも変化し、多くの患者さんは、朝は症状が軽く、夕方から夜にかけて症状が強くなります。

また、同じ動作を繰り返すことで症状が悪化し、長時間本を読んだり、階段を何度も上り下りしたりすると、筋肉の弱さがより顕著です。

クリーゼ

重症筋無力症の危険な合併症としてミアステニー性クリーゼがあり、これは、呼吸に関わる筋肉が極端に弱くなり、急に呼吸が困難になる状態です。

クリーゼの症状

  • 呼吸が急に苦しくなる
  • 話すことや飲み込むことが著しく難しくなる
  • 意識がはっきりしなくなる

クリーゼは命に関わる可能性があるため、早く気づいて素早く対応することが大切です。

クリーゼの前兆対応
呼吸が浅くなるすぐに医療機関に相談する
会話が難しくなる必要に応じて救急車を呼ぶ
食べ物や唾液が飲み込みにくくなる速やかに医療機関を受診する

重症筋無力症の原因

重症筋無力症は、神経筋接合部(神経と筋肉がつながる部分)のアセチルコリン受容体に対する自己抗体が産生されることで起こります。

自己免疫反応のメカニズム

重症筋無力症の根本的な原因は、免疫系の異常です。

従来免疫系は外部からの侵入を識別し攻撃しますが、重症筋無力症では、免疫系が誤って自身の体の一部である神経筋接合部を攻撃対象として認識してしまいます。

このプロセスを自己免疫反応と呼び、自己免疫反応の結果、神経から筋肉へのシグナル伝達を阻害する現象が生じます。

  • アセチルコリン受容体に対する自己抗体の産生
  • 補体系(免疫系の一部)の活性化
  • 神経筋接合部の破壊

アセチルコリン受容体と自己抗体の関係

アセチルコリン受容体は、神経細胞から放出されるアセチルコリン(神経伝達物質の一種)と結合し、筋肉の収縮を起こします。

重症筋無力症では、免疫系がアセチルコリン受容体を異物として認識し、自己抗体を産生します。

自己抗体の作用結果
受容体のブロックシグナル伝達の阻害
受容体の分解促進受容体数の減少
補体系の活性化神経筋接合部の損傷

このような作用により神経筋接合部の機能が低下し、筋力の低下や疲労感が生じるのです。

胸腺と重症筋無力症

胸腺は免疫系の発達と調節に役割を果たす器官ですが、重症筋無力症患者の多くで、胸腺の異常が観察されます。

胸腺の異常

  • 胸腺過形成(胸腺の肥大)
  • 胸腺腫(胸腺の良性腫瘍)

異常は、自己反応性T細胞(自己の組織を攻撃する免疫細胞)の産生や、アセチルコリン受容体に似た抗原の発現につながります。

胸腺の状態重症筋無力症との関連
正常約10-15%
胸腺過形成約65-75%
胸腺腫約10-15%

胸腺の異常が重症筋無力症の直接的な原因とは限りませんが、両者の関連性は明らかです。

遺伝的要因と環境因子

重症筋無力症の発症には、遺伝的要因と環境因子の両方が関与します。

遺伝的要因には、特定の遺伝子多型(遺伝子の個人差)や HLA(ヒト白血球抗原)タイプが含まれまれ、免疫系の反応性に影響を与えます。

環境因子

  • ウイルス感染
  • ホルモンバランスの変化
  • ストレス
  • 薬物曝露
要因
遺伝的要因HLA-B8, DR3, DQ2
環境因子エストロゲンレベルの変動

診察(検査)と診断

重症筋無力症の診断は症状の聞き取りと神経の診察から始まり、いくつかの検査を行い最終的な診断に至ります。

臨床診断

重症筋無力症の臨床診断で行うのは、特徴的な症状や体の変化を見つけることです。

症状の経過を聞き、筋肉の弱さのパターンや一日の中での変化があるかを確認し、神経の診察では、目の周りの筋肉や手足の力、同じ動作を繰り返したときの疲れやすさなどを調べます。

注目する点

  • まぶたが下がっているか、どの程度下がっているか
  • 物が二重に見えるか、目の動きが制限されているか
  • 手足の筋肉が弱くなっているか、すぐに疲れるか
  • 飲み込みにくさや話しにくさがあるか

診察で見つかった特徴は、重症筋無力症を疑う重要な手がかりです。

特殊検査による診断確定

臨床診断の後、重症筋無力症を確実に診断するために特別な検査を行います。

主な検査

検査名目的
テンシロンテスト薬を使って短時間で症状が良くなるかを確認
抗AChR抗体検査血液中に特殊な抗体(体を攻撃する物質)があるかを調べる
反復刺激試験神経と筋肉のつなぎ目がうまく働いているかを電気で調べる

テンシロンテストは、短い時間だけ効く薬を注射して、症状の改善を見る検査です。

抗AChR抗体検査は、血液の中に重症筋無力症に特徴的な抗体があるかを調べる検査で、全身に症状が出ている人の80〜90%、目の周りだけに症状がある人の50〜60%で見つかります。

反復刺激試験は、神経と筋肉のつなぎ目の働きを電気を使って調べる検査です。

画像診断

重症筋無力症の診断では、胸のCT検査も大切です。

CT検査の目的

  • 胸腺腫(胸腺にできる腫瘍)があるかどうかを確認
  • 胸腺が大きくなっていないかを調べる
  • 胸の中に他の病気がないかを確認

胸腺腫は重症筋無力症の患者さんの10〜15%に見つかります。

鑑別診断

重症筋無力症の診断では、似たような症状が出る他の神経や筋肉の疾患と鑑別することが大切です。

鑑別疾患が必要な疾患

  • ランバート・イートン筋無力症候群(神経と筋肉のつなぎ目に問題が起こる別の病気)
  • 筋炎(筋肉に炎症が起こる病気)
  • 甲状腺の働きの異常
  • 脳の一部(脳幹)にできた腫瘍
区別すべき病気特徴的な症状や検査結果
ランバート・イートン症候群体の中心に近い筋肉が特に弱くなる、自律神経の症状がある
多発性筋炎筋力低下が続く、筋肉の酵素が血液検査で高くなる

重症筋無力症の治療法と処方薬、治療期間

重症筋無力症の治療は、症状の軽減と長期的な管理を目的とし、薬物療法、胸腺摘除術、免疫療法を組み合わせて行います。

薬物療法

薬物療法は、重症筋無力症治療の基本です。

使用される薬剤

  • コリンエステラーゼ阻害薬(神経伝達物質の分解を抑える薬)
  • 免疫抑制剤(免疫系の働きを抑える薬)
  • ステロイド薬(強力な抗炎症作用を持つ薬)
薬剤名作用
ピリドスチグミンアセチルコリン(神経伝達物質)の分解を阻害
プレドニゾロン免疫反応を抑制

コリンエステラーゼ阻害薬は、神経筋接合部でのアセチルコリンの作用を延長させ、筋力低下を改善します。

免疫抑制剤とステロイド薬は、自己免疫反応を抑制し、長期的な症状コントロールが目標です。

胸腺摘除術

胸腺摘除術は、重症筋無力症の根本的な治療法の一つです。

胸腺腫を伴う患者さんや、全身型の若年発症患者さんに対して効果が期待できます。

手術の目的

  • 自己抗体産生の抑制
  • 免疫系の異常な活性化の軽減
  • 胸腺腫の除去(胸腺腫を伴う場合)
手術適応期待される効果
胸腺腫合併例腫瘍除去と症状改善
全身型若年発症例長期的な寛解(症状が落ち着いた状態)

胸腺摘除術後も薬物療法を併用しながら2〜3年程度経過を観察し、症状の改善は徐々に現れます。

免疫療法

免疫療法は症状が急激に悪化した際や、通常の治療に反応が乏しい場合に検討します。

免疫療法

  • 血漿交換療法(血液中の異常な抗体を取り除く治療)
  • 免疫グロブリン大量静注療法(健康な人の抗体を大量に点滴する治療)

血漿交換療法は、血液中の自己抗体を物理的に除去する方法です。

免疫グロブリン大量静注療法は、大量の免疫グロブリン(抗体)を投与することで、自己抗体の作用を抑制します。

治療法効果発現時期
血漿交換療法数日〜1週間
免疫グロブリン大量静注療法1〜2週間

治療は入院して行い、効果の持続期間は数週間から数か月です。

治療期間と経過観察

重症筋無力症の治療は、長期的な管理が欠かせません。

治療経過の評価に用いる指標

  • 筋力テスト
  • 日常生活動作の評価
  • 血中抗体価(血液中の異常な抗体の量)の測定
治療目標評価期間
症状の安定化数か月〜1年
完全寛解数年〜生涯

完全寛解(症状が完全に消失し、薬物療法が不要になる状態)を達成できる患者さんもいますが、多くの場合は長期的な薬物療法が必要です。

重症筋無力症の治療における副作用やリスク

重症筋無力症の治療には、免疫抑制療法や胸腺を取り除く手術など、いくつかの方法がありますが、それぞれの治療法には特有の副作用やリスクがあります。

コリンエステラーゼ阻害薬の副作用

コリンエステラーゼ阻害薬は、重症筋無力症の症状を改善するために使われる薬ですが、副作用があります。

主な副作用

  • 消化器症状(腹痛、下痢、吐き気)
  • 筋肉のけいれんやピクピクする感じ
  • 唾液や気管支の分泌物の増加
  • 徐脈(心拍数の低下)

副作用は、薬の量を調整することで軽くなることが多いです。

ステロイド薬の副作用

ステロイド薬は免疫の働きを強く抑える作用があり、重症筋無力症の治療によく使われ、長期使用すると起こる副作用があります。

副作用
体の仕組みの乱れ糖尿病、高血圧
骨がもろくなる病気骨が折れやすくなる
感染症にかかりやすくなる日和見感染のリスク

その他の免疫抑制薬のリスク

ステロイド以外にも免疫の働きを抑える薬を重症筋無力症の治療に使い、それぞれ特有のリスクがあります。

  • アザチオプリン 肝臓の働きが悪くなる、血液を作る力が弱くなる
  • シクロスポリン 腎臓の働きが悪くなる、血圧が高くなる
  • ミコフェノール酸モフェチル 消化器症状が出る、感染症リスク

長い間免疫の働きを抑えていると、感染症や悪性腫瘍のリスクが高まります。

胸腺摘除術のリスク

胸腺摘除術は、特定の患者さんに勧められる手術による治療法です。

手術に伴うリスク

リスク説明
出血手術中や手術後に出血する
感染傷口が化膿したり、肺炎になったりする
神経の損傷呼吸に関わる神経などを傷つける

血漿交換療法と免疫グロブリン大量療法のリスク

症状が急に悪化したときに行う血漿交換療法と免疫グロブリン大量療法にも、特有のリスクがあります。

血漿交換療法のリスク

  • 血管に管を入れる際に起こる問題
  • 血圧が下がる
  • 感染症にかかる

免疫グロブリン大量療法のリスク

  • 重いアレルギー反応
  • 血液の塊ができて血管が詰まる
  • 腎臓の働きが悪くなる

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療にかかる費用

外来診療で行うのは、薬物療法です。

薬剤名月額自己負担(概算)
ピリドスチグミン2,000円〜5,000円
プレドニゾロン1,000円〜3,000円

薬剤に加え、定期的な血液検査や画像検査の費用も発生します。

入院治療にかかる費用

症状の急に悪化あしたり手術が必要な場合は、入院治療を行います。

  • 胸腺摘除術自己負担額(3割負担の場合) 約10万円〜15万円
  • 入院費用(1日あたり) 約1万円〜2万円

血漿交換療法や免疫グロブリン大量静注療法などの特殊治療も、入院して行うことが多いです。

治療法1クール自己負担(概算)
血漿交換療法5万円〜10万円
免疫グロブリン大量静注療法10万円〜20万円

以上

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