虚血性大腸炎(Ischemic colitis)とは、大腸の血流が突然減少、または途絶えることで起こる炎症性疾患です。
主に50歳以上の高齢者に多いものの、若い方でも発症する例が報告されています。
典型的な症状は激しい腹痛、血便、下痢などで、血流低下の背景には、動脈硬化や血圧低下、体内の水分不足など、様々な要因が潜んでいます。
虚血性大腸炎の種類(病型)
虚血性大腸炎は、重症度と臨床経過から一過性型、狭窄型、壊疽型の3つの病型に分類されています。
病型 | 頻度 | 特徴 |
一過性型 | 60〜70% | 短期間で回復する |
狭窄型 | 20〜30% | 腸管の狭窄を伴う |
壊疽型 | 5% | 最も重症 |
一過性型
一過性型は虚血性大腸炎の中で最も頻度が高く、全体の60〜70%を占めます。
このタイプは腸管の血流障害が一時的であり、症状は1〜2週間程度で回復します。
狭窄型
狭窄型は全体の20〜30%を占め、虚血による腸管壁の線維化が進行し、腸管の狭窄を引き起こすものを指します。
腹痛や便通異常などの症状が慢性化するリスクがあるほか、狭窄が高度な場合は腸閉塞の症状を呈することもあります。
壊疽型
壊疽型は虚血性大腸炎の中で最も重症な病型であり、全体の約5%を占めます。
この型では、腸管壁の血流障害が重度かつ広範囲に及び、腸管壁の壊死が生じます。
急激な腹痛や発熱、ショック症状が主な症状であり、緊急手術が必要です。
病型別の主な症状・治療方針
病型 | 主な症状 | 治療方針 |
一過性型 | 一時的な腹痛、下血 | 保存的治療 |
狭窄型 | 慢性的な腹痛、便通異常 | 経過観察・手術検討 |
壊疽型 | 急激な腹痛、発熱、ショック | 緊急手術・集中管理 |
虚血性大腸炎の主な症状
虚血性大腸炎の主な症状は、突然の腹痛、血便、下痢です。
突然の腹痛
虚血性大腸炎では、突然襲ってくる腹痛が最も典型的な症状です。
基本的には左下腹部に集中して痛みが現れますが、腹部全体に広がることもあります。
痛みの程度は軽度から重度まで様々ですが、痛みのために歩行が困難になり、救急車で搬送されるようなケースもあります。
血便
虚血性大腸炎のもう一つの特徴的な症状は血便で、多くの患者さんに見られます。
患者さんによっては便器が赤く染まるほどの出血が起こる場合もあり、このような症状が見られた場合は速やかに医療機関への受診が必要です。
血便の特徴 | 頻度 |
鮮血 | 高い |
暗赤色 | 中程度 |
黒色便 | 低い |
下痢
水様性から泥状の下痢もよく見られます。排便回数が増加し、下痢に伴って腹部の不快感や膨満感を感じる患者さんも少なくありません。
その他の症状
症状 | 発現頻度 |
腹痛 | 非常に高い |
血便 | 高い |
下痢 | 高い |
吐き気 | 中程度 |
発熱 | 低い |
症状の持続時間と経過
虚血性大腸炎の症状は発症後24〜48時間でピークに達し、多くの場合は1〜2週間程度で改善します。
ただし、重症例では入院治療が必要になる場合もあります。
経過 | 一般的な期間 |
発症からピーク | 24〜48時間 |
症状改善まで | 1〜2週間 |
完全回復まで | 数週間〜数ヶ月 |
特に、高齢者や基礎疾患のある患者さんは重症化のリスクが高いため、早期の受診が望ましいとされています。
虚血性大腸炎の原因
虚血性大腸炎の主な原因は、大腸への血流が一時的に減少、または停止することです。
血流障害が起こるしくみ
虚血性大腸炎は、大腸の血管に異常が生じることで発症します。
血流が減少すると大腸の組織に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなり、大腸の粘膜に炎症や潰瘍が形成されます。
血流障害には様々な要因が関与しており、それぞれの患者さんで原因が異なります。
年齢との関連
虚血性大腸炎は高齢者に多く見られる疾患であり、加齢に伴う血管の弾力性低下や、動脈硬化の進行が原因であると考えられています。
年齢層 | 発症リスク |
65歳以上 | 高い |
40-64歳 | 中程度 |
40歳未満 | 低い |
基礎疾患との関連
特定の基礎疾患を持つ方は、虚血性大腸炎のリスクが高くなります。
心臓病や高血圧、糖尿病などの循環器系疾患は、大腸への血流に影響を与える可能性があります。
また、血液凝固異常や血管炎などの疾患も、血流障害を引き起こす要因となることがあります。
生活習慣・環境要因
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 慢性的な便秘、下痢
- ストレス、過労
- 過度の運動
- 脱水状態
このほか、不規則な食生活をされている方や、運動不足の方はリスクが高くなります。
薬剤性の要因
血管を収縮させる作用を持つ薬剤や、腸管の運動に影響を与える薬剤が虚血性大腸炎の発症原因となる場合があります。
薬剤の種類 | 影響の可能性 |
利尿薬 | 血流減少 |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | 腸管血流減少 |
抗凝固薬 | 出血リスク増加 |
血管収縮薬 | 血流障害 |
解剖学的要因
大腸の血管構造は部位によって異なり、特に脾湾曲部(左上腹部の大腸の曲がり角)や直腸S状部移行部(S状結腸と直腸の境界部)は血流が不安定になりやすい傾向があります。
また、腸管の走行や屈曲の程度によっても血流に影響が生じます。
解剖学的部位 | 血流の特徴 |
脾湾曲部 | 不安定 |
直腸S状部移行部 | 変動しやすい |
上行結腸 | 比較的安定 |
下行結腸 | やや不安定 |
基本的には複合的な要因により発症する
多くの場合、虚血性大腸炎の発症には複数の要因が関係しています。
基礎疾患をもつ高齢の患者さんに、生活習慣の乱れが重なることで発症リスクが上がるようなケースが典型例です。
また、解剖学的に血流が不安定な部位に、薬剤の影響が加わって発症するケースもあります。
要因の種類 | 例 |
身体的要因 | 高齢、基礎疾患 |
環境要因 | ストレス、気温変化 |
薬剤要因 | 降圧剤、NSAIDs |
解剖学的要因 | 血管構造の特徴 |
診察(検査)と診断
虚血性大腸炎の診断では、内視鏡検査や画像診断などを実施します。
問診・身体診察のポイント
症状、発症時期、持続時間、随伴症状などを確認するほか、過去の病歴や現在服用中の薬、日々の生活習慣なども診断の手がかりとなる情報です。
身体診察では、圧痛の有無や腸蠕動音の異常などを確認していきます。
血液検査・便検査
血液検査は、炎症の程度や貧血の有無を確認するために実施します。
便検査では、肉眼では見えない血液の有無(便潜血)や細菌の培養を行い、他の疾患との区別に役立てていきます。
検査項目 | 主な目的 |
血算 | 貧血や炎症の評価 |
CRP(炎症反応を示す指標) | 炎症の程度の評価 |
生化学検査 | 腎臓の働きや電解質のバランスの確認 |
便潜血検査 | 消化管からの出血の有無の確認 |
画像診断
腸管の異常な拡張や、腹腔内に漏れ出たガスの有無を確認します。
腸管壁の厚さの変化や周囲の脂肪組織の濃度上昇などの特徴的な所見を捉えるのに有用な検査です。
腸管壁の厚さの変化や周囲の脂肪組織の濃度上昇などの特徴的な所見を捉えるのに有用な検査です。
造影剤を使用したCT検査を行うことで、腸管壁の血流状態や血管の狭まりや詰まりを評価できます。
このほか、超音波検査も、腸管壁の厚さの変化や血流の状態を評価するのに役立つ場合があります。
内視鏡検査
大腸内視鏡検査は、虚血性大腸炎の診断において最も重要な検査となります。
内視鏡検査では、粘膜の浮腫、発赤、縦走潰瘍などの特徴的な所見を確認していきます。
また、組織の一部を採取(生検)することで、顕微鏡レベルでの診断も可能となります。
ただし、症状が急激に悪化している重症例では腸管に穴が開く(穿孔)リスクがあるため、内視鏡検査を行うかどうかは慎重に判断する必要があります。
内視鏡所見 | 特徴 |
粘膜の浮腫 | 粘膜面のむくみ |
発赤 | 粘膜の赤み |
縦走潰瘍 | 腸管の長さ方向に沿った潰瘍 |
粘膜下出血 | 粘膜の下の層での出血 |
鑑別診断
以下は、主な鑑別すべき疾患です。
- 感染性腸炎
- 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)
- 大腸憩室炎
- 大腸癌
確定診断
典型的な症状と内視鏡所見が認められれば、虚血性大腸炎の確定診断となりますが、典型的でない症例や他の病気との区別が難しい場合は、症状の経過を見守ったり、さらに検査を追加する場合もあります。
診断基準 | 内容 |
臨床症状 | 突然の腹痛、血便など |
内視鏡所見 | 粘膜のむくみ、赤み、縦に走る潰瘍 |
画像所見 | 腸管壁の厚さの変化、周囲の脂肪組織の濃度上昇 |
病理所見 | 粘膜の壊死、炎症細胞の集まり |
虚血性大腸炎の治療法と処方薬、治療期間
虚血性大腸炎では、ほとんどの場合は保存的治療で回復します。
保存的治療の主な内容
- 絶食または食事制限
- 点滴による水分と電解質の補給
- 腸管の安静
保存的治療により腸管への負担を軽減し、血流の回復促進を目指します。
軽症から中等症の患者さんでは、保存的治療のみで症状が改善することが多いです。
薬物療法
保存的治療に加えて、症状や状態に応じて薬物療法を併用します。
薬剤の種類 | 主な効果 |
抗生物質 | 二次感染の予防 |
鎮痛剤 | 腹痛の緩和 |
整腸剤 | 腸内環境の改善 |
血管拡張剤 | 腸管血流の改善 |
抗生物質は、腸管粘膜の損傷による細菌感染のリスクを軽減するために使用します。
鎮痛剤は強い腹痛がある場合に使用しますが、過剰な使用は腸管運動を抑制する可能性があるため、投与量の調整が必要です。
外科的治療
保存的治療で改善が見られない場合や、重症例では外科的治療を検討します。
外科的治療の主な適応
- 腸管壊死
- 腸管穿孔
- 持続的な出血がある
- 腹膜炎の合併
外科的治療の方法
手術方法 | 適応 |
腸管切除 | 壊死部位の除去 |
人工肛門造設 | 腸管の安静化 |
腸管切除は、壊死した部分を取り除き、健康な腸管同士を吻合する手術です。
人工肛門造設は一時的に腸管を体外に出し、腸管内容物を体外に排出させることで、腸管を休ませる方法となります。
治療期間
軽症例では、数日から1週間程度で症状が改善することが多いです。中等症から重症例では、2週間から1か月程度の治療期間が必要です。
また、症状が改善し、炎症反応が正常化した後も、再発予防のために数か月間の経過観察が大切です。
治療段階 | 観察項目 | 頻度 |
急性期 | 腹痛、血便、炎症反応 | 毎日 |
回復期 | 食事摂取量、排便状況 | 週1-2回 |
経過観察期 | 再発兆候、生活習慣 | 月1回 |
虚血性大腸炎の治療における副作用やリスク
虚血性大腸炎の治療は保存的な治療が中心となるため、副作用やリスクは少なくなります。
ただし重症な場合は手術が必要となり、出血や感染症などのリスクがあります。
薬物療法による副作用
抗生物質を長期使用すると、腸内細菌叢(腸内の細菌のバランス)を崩し、下痢や腹痛が起こる場合があります。
また、抗凝固薬は出血のリスクが高まる副作用があります。
手術に伴うリスク
リスク | 具体例 |
感染 | 創部感染、腹腔内膿瘍 |
出血 | 術中・術後出血 |
縫合不全 | 腸管吻合部の離開 |
腸閉塞 | 術後癒着による通過障害 |
特に、高齢者や免疫機能が低下している場合は、術後合併症のリスクが高くなります。
再発のリスク
虚血性大腸炎は、治療後も再発のリスクがあります。再発率は報告によって異なりますが、およそ10〜20%程度とされています。
再発を繰り返した場合には、腸管の機能低下や慢性的な症状が残存することがあります。
再発リスク因子 |
高血圧 |
糖尿病 |
喫煙 |
便秘 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
虚血性大腸炎では、軽度の場合は外来治療で済みますが、重症例では入院治療が必要となるため治療費用が高額になります。
外来治療の費用の目安
項目 | 費用(円) |
処方薬 | 5,000~15,000 |
血液検査 | 5,000~10,000 |
大腸内視鏡検査 | 20,000~40,000 |
入院治療の費用の目安
入院期間や治療内容によって費用は変動しますが、概ね以下のような範囲となります。
入院期間 | 概算費用(円) |
1週間 | 250,000~350,000 |
2週間 | 450,000~650,000 |
1ヶ月 | 900,000~1,300,000 |
高額療養費制度
虚血性大腸炎の治療費が高額になった際には、高額療養費制度を利用することで負担を軽減できます。
この制度は医療費が一定額を超えた場合に適用され、所得に応じて自己負担限度額が設定されています。
以上
GANDHI, Sanjiv K., et al. Ischemic colitis. Diseases of the colon & rectum, 1996, 39: 88-100.
WASHINGTON, Christopher; CARMICHAEL, Joseph C. Management of ischemic colitis. Clinics in colon and rectal surgery, 2012, 25.04: 228-235.
THEODOROPOULOU, Αngeliki; ΚOUTROUBAKIS, Ioannis E. Ischemic colitis: clinical practice in diagnosis and treatment. World journal of gastroenterology: WJG, 2008, 14.48: 7302.
SCHARFF, James R., et al. Ischemic colitis: spectrum of disease and outcome. Surgery, 2003, 134.4: 624-629.
TOURSARKISSIAN, Boulos; THOMPSON, Robert W. Ischemic colitis. Surgical Clinics of North America, 1997, 77.2: 461-470.
YADAV, Siddhant, et al. A population-based study of incidence, risk factors, clinical spectrum, and outcomes of ischemic colitis. Clinical Gastroenterology and Hepatology, 2015, 13.4: 731-738. e6.
RIPOLLÉS, Tomás, et al. Sonographic findings in ischemic colitis in 58 patients. American Journal of Roentgenology, 2005, 184.3: 777-785.
ZOU, Xiaoping, et al. Endoscopic findings and clinicopathologic characteristics of ischemic colitis: a report of 85 cases. Digestive diseases and sciences, 2009, 54: 2009-2015.
MOSZKOWICZ, D., et al. Ischemic colitis: the ABCs of diagnosis and surgical management. Journal of visceral surgery, 2013, 150.1: 19-28.