福山型筋ジストロフィー(Fukuyama congenital muscular dystrophy)とは、新生児期から始まる進行性の神経筋疾患で、生後間もない時期から筋力の低下や運動発達の遅れが見られる遺伝性の病気です。
この疾患は、主に骨格筋と脳に症状が現れ、筋肉の発達が十分に進まないことで、運動機能の獲得に大きな影響を与えます。
新生児のおよそ9万人に1人の割合で発症し、特に東アジア地域に多く見られる疾患です。
福山型筋ジストロフィーの主な症状
福山型筋ジストロフィーは、乳児期から筋力低下と中枢神経系の異常が起き、運動発達の遅れや知的障害を伴う進行性の筋疾患です。
全身の筋力低下と運動機能への影響
乳児期から始まる全身性の筋力低下は最も特徴的な症状であり、体幹や四肢の近位で機能低下が観察されます。
首のすわりや寝返り、ハイハイなどの基本的な運動機能の獲得に著しい遅れが生じることから、早期からの医学的介入が不可欠です。
筋力低下は進行性であるため、年齢とともに症状が徐々に進行していきます。
体幹の筋力低下により、座位の保持が困難となり、姿勢の安定性が著しく損なわれます。
観察される症状
- 体幹の筋力低下による姿勢保持の困難さ
- 四肢近位筋の著明な筋力低下
- 関節拘縮の進行
- 歩行機能の制限
年齢 | 一般的な運動発達の状況 |
0-6か月 | 首すわりの遅延 |
6-12か月 | 寝返りや這い這いの困難 |
1-2歳 | 座位保持の不安定性 |
2-3歳 | 立位・歩行の困難 |
中枢神経系における症状
福山型筋ジストロフィーの中枢神経系の症状は脳の構造異常が原因で、神経学的所見として現れます。
てんかん発作は患者さんの多くに認められ、また、脳の構造異常は認知機能にも影響を及ぼします。
呼吸器系および心臓への影響
疾患の進行に伴い、呼吸筋や心筋にも障害が起こることで、様々な合併症が現れます。
呼吸機能の低下は、肺炎などの呼吸器感染症のリスクを高める要因で、心筋障害は、心不全や不整脈などの心臓合併症につながる可能性も。
呼吸筋の脆弱化は呼吸機能の低下を起こし、特に夜間の換気障害や分泌物の排出困難などの問題が生じます。
また、嚥下機能の低下は誤嚥性肺炎のリスクを高める要因となるため、注意深い観察と対応が必要です。
影響を受ける器官 | 主な症状と合併症 |
呼吸器系 | 呼吸筋力低下、肺炎 |
心臓 | 心筋障害、不整脈 |
消化器系 | 嚥下障害、胃食道逆流 |
眼科的症状と視覚への影響
多くの患者さんに見られるのは、網膜異常や近視などの眼科的症状です。
網膜剥離のリスクは年齢とともに上昇し、眼球運動障害は複視や視野の制限を起こすことがあるため、視覚機能の定期的な評価が必要となります。
代表的な眼科的所見
- 網膜剥離
- 近視性変化
- 眼球運動障害
福山型筋ジストロフィーの原因
福山型筋ジストロフィーは、染色体6番上にあるフクチン遺伝子の変異が原因です。
フクチン遺伝子の役割と変異の影響
フクチン遺伝子は、筋膜の形成や維持に重要な働きを持つタンパク質の生成に関与しており、遺伝子の変異により筋組織の正常な発達が妨げられます。
フクチン遺伝子はαジストログリカンという糖タンパク質の糖鎖修飾に必須の役割を果たしており、この過程の障害により筋細胞膜の安定性が損なわれていくことが分かっています。
遺伝形式と発症メカニズム
福山型筋ジストロフィーは、常染色体劣性の形をとります。
遺伝形式 | 特徴 |
常染色体劣性遺伝 | 両親からそれぞれ変異遺伝子を受け継ぐ |
保因者 | 症状を示さないが変異遺伝子を持つ |
発症率 | 変異遺伝子を両方受け継いだ場合に発症 |
診察(検査)と診断
福山型筋ジストロフィーの診断は、臨床所見の観察、血液検査、画像診断、遺伝子解析など、複数の診断アプローチを組み合わせて行います。
初期評価と臨床診断
初診時の診察では、以下の項目について評価を実施することが重要です。
- 新生児期からの発達歴の聴取と家族からの情報収集 運動発達の遅れや筋緊張の変化などの経時的な変化を把握。
- 出生時の状況の確認 首のすわり、寝返り、座位の獲得などの運動発達のマイルストーンを確認していくことで、発達の遅れのパターンを明確に。
- 神経学的診察 深部腱反射の評価や筋力テスト、関節可動域の測定など、総合的な身体機能の評価を行う。
評価項目 | 評価内容 |
身体診察 | 筋緊張、関節可動域 |
発達評価 | 運動発達、認知発達 |
家族歴 | 遺伝性疾患の有無 |
神経学的所見 | 反射、筋力評価 |
血液検査による評価
血液検査ではマーカーの測定により、筋組織の状態を評価していきます。
特に、クレアチンキナーゼ(CK)値の上昇は、筋ジストロフィーを示唆する重要な指標です。
さらに、各種酵素の活性値を総合的に分析することで、筋組織の障害の程度をより詳細に把握できます。
血液検査の項目
- クレアチンキナーゼ(CK)値の測定
- アルドラーゼ活性の確認
- トランスアミナーゼ値の評価
- 乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の測定
画像診断による評価
画像診断技術を用いた評価では、脳と筋肉の両方の状態を詳細に観察することで、診断の精度を高められます。
MRI検査では、大脳白質の信号異常や脳回形成異常などの特徴的な所見を確認することが可能で、所見は診断の重要な根拠です。
筋エコー検査では、筋組織の性状変化を観察でき、特に乳幼児期の評価において有用な検査方法となっています。
また、CT検査による筋萎縮の評価や筋生検による病理学的評価も、総合的な診断において大切です。
検査手法 | 評価対象 |
MRI検査 | 脳構造異常、白質変化 |
筋エコー | 筋組織の性状変化 |
CT検査 | 筋萎縮の程度 |
筋生検 | 筋線維の病理変化 |
遺伝子検査による確定診断
分子遺伝学的検査では、染色体6番上のフクチン遺伝子変異の有無を分析することで、確定診断の根拠を得られます。
患者さんの多くに見られる3キロベース欠失変異の検出は、診断における重要なステップとなりますが、その他の変異パターンについても解析が必要です。
遺伝子検査の項目
- 染色体6番のフクチン遺伝子解析
- 変異の種類と位置の同定
- 遺伝子変異と臨床像の関連性評価
補助的診断法
筋電図検査や運動機能評価など、複数の検査を組み合わせることで、より包括的な診断が可能です。
- 筋電図検査 筋線維の電気的活動を記録することで、筋障害のパターンや程度を客観的に評価。
- 運動機能評価 標準化された評価スケールを用い、運動機能を定量的に把握し、経時的な変化を追跡。
- 呼吸機能検査や心機能検査 全身状態をより正確に評価。
- 神経伝導速度検査や誘発電位検査などの電気生理学的検査 診断の確実性を高める上で大切な役割。
福山型筋ジストロフィーの治療法と処方薬、治療期間
福山型筋ジストロフィーの治療は、抗てんかん薬や心機能改善薬などの薬物療法を組み合わせながら、生涯にわたって継続的な管理を行います。
薬物療法の基本方針
薬物療法は症状の進行を緩やかにすることが主な目的です。
患者さんの年齢や症状の進行度、全身状態などを総合的に評価しながら、投薬内容を調整していきます。
中枢神経系の症状に対しては、てんかん発作のコントロールのための抗てんかん薬の使用が中心的な治療です。
他の合併症の有無などを考慮しながら最も効果的な薬剤を選定していき、複数の抗てんかん薬を組み合わせることで、より確実な発作のコントロールを目指すこともあります。
抗てんかん薬
- バルプロ酸 ナトリウム発作全般に有効
- レベチラセタム 副反応が比較的少ない
- クロバザム 他剤との併用が可能
薬剤名 | 投与期間 |
バルプロ酸 | 長期継続 |
レベチラセタム | 発作抑制まで |
クロバザム | 状態に応じて調整 |
呼吸器および心機能のサポート
呼吸器系の管理では気管支拡張薬や去痰薬を使用し、感染予防に努めながら、呼吸機能の維持・改善を図っていきます。
心機能の維持では心不全の予防と治療を目的として、ACE阻害薬やβブロッカーなどの心保護薬を使用し、心筋の負担を軽減し、心機能の低下を防ぎます。
また、利尿薬を併用することで、心臓への負担をさらに軽減することが可能です。
心機能の維持に使用する主な薬剤
- ACE阻害薬
- βブロッカー
- 利尿薬
治療目的 | 使用される薬剤群 |
心機能改善 | ACE阻害薬、βブロッカー |
呼吸機能維持 | 気管支拡張薬、去痰薬 |
感染予防 | 予防的抗生物質 |
リハビリテーション医療
リハビリテーション医療は、運動機能の維持と二次的な合併症予防において重要な役割を果たします。
理学療法士による関節可動域訓練や呼吸リハビリテーションを定期的に実施することで、関節拘縮の予防や呼吸機能の維持を図ります。
また、作業療法士による日常生活動作の訓練も合わせて行うことも大切です。
栄養管理と消化器症状への対応
栄養状態の維持と消化器症状の軽減には、各種消化酵素薬や制酸薬などを使用し、嚥下機能の低下が認められる際には、経腸栄養剤による栄養補給を検討します。
消化管運動の改善を目的とした薬剤の使用も考慮し、総合的な栄養管理を行っていくことが重要です。
消化器症状への対応に使用する薬剤
- 消化酵素薬
- 胃酸分泌抑制薬
- 消化管運動改善薬
福山型筋ジストロフィーの治療における副作用やリスク
福山型筋ジストロフィーの治療に伴う副作用やリスクには、呼吸器合併症、心臓への影響、骨格系の問題などがあります。
薬物療法における副作用
ステロイド製剤は効果的な薬剤ですが、長期に使用すると副作用のリスクがあります。
副作用の種類 | 発現頻度 |
骨密度低下 | 高頻度 |
免疫力低下 | 中程度 |
消化器症状 | 中程度 |
内分泌異常 | 低頻度 |
ステロイド製剤の副作用
- 体重増加や満月様顔貌などの身体的変化
- 血糖値の上昇と耐糖能異常
- 電解質バランスの乱れ
- 胃粘膜障害のリスク増加
呼吸管理に関連するリスク
人工呼吸器の使用には、いくつかのリスクが伴います。
リスク要因 | 発生機序 |
気道感染 | 気管内の細菌増殖 |
換気障害 | 気道分泌物の貯留 |
皮膚トラブル | マスクの圧迫 |
循環動態変化 | 胸腔内圧の変動 |
栄養管理における注意点
経管栄養に関連するリスクとして、以下の項目に留意が必要です。
- 誤嚥性肺炎の発症
- 消化管出血の可能性
- 栄養素の吸収障害
- 腸内細菌叢の変化
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
定期的な通院費用
外来診療での診察や血液検査、心電図検査などの基本的な検査項目を含む一回あたりの費用は、保険適用後で3,000円から5,000円です。
診療内容 | 保険適用後の費用 |
一般的な診察 | 3,000円 |
血液検査 | 2,000円 |
心電図 | 1,500円 |
入院時の費用
人工呼吸器管理や心機能評価などが必要な入院診療では、一日あたりの自己負担額が以下の範囲となります。
入院内容 | 1日あたりの費用 |
一般病棟 | 5,000円 |
集中治療室 | 12,000円 |
リハビリ病棟 | 4,000円 |
薬剤費用
薬物療法の費用
- 抗てんかん薬 月額4,000円~8,000円
- 心機能改善薬 月額3,000円~6,000円
- 呼吸器関連薬 月額2,000円~5,000円
- 消化器症状治療薬 月額2,000円~4,000円
以上
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