肢帯型筋ジストロフィー – 脳・神経疾患

肢帯型筋ジストロフィー(limb-girdle muscular dystrophy)とは、遺伝子の変異により主に肩や腰の周りの筋肉が徐々に衰えていく進行性の遺伝性疾患です。

この病気では、上腕や大腿部の筋力が次第に低下していくため、階段の昇り降りや立ち上がり動作に困難を感じる方が多く、進行に伴って歩行にも影響が出てきます。

早期から定期的な診察を受けることで、症状の進行を把握し、それぞれの段階に応じた生活の工夫やリハビリテーションを取り入れていくことが重要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

肢帯型筋ジストロフィーの主な症状

肢帯型筋ジストロフィーは、肩帯部と骨盤帯周囲の筋力が徐々に低下し、進行性の筋萎縮が起こります。

初期症状における特徴的な筋力低下

骨盤帯や肩甲帯の筋肉に現れる筋力低下は、肢帯型筋ジストロフィーで最も特徴的な初期症状です。

特に下肢の筋力低下は、歩行時のふらつきや階段の昇降時の困難さとして現れることが多く、患者さんが最初に気づく症状で、歩行の安定性が失われていく過程では、転倒のリスクが上昇します。

症状部位症状
骨盤帯歩行困難、立ち上がり困難
肩甲帯物を持ち上げにくい、腕が上がりにくい

筋力低下の進行パターン

筋力低下の特徴として、左右対称性に進行することが挙げられ、多くの事例では上肢よりも下肢の症状が顕著に表れます。

肢帯型筋ジストロフィーの進行は、遺伝子変異の種類や発症年齢によって大きく異なります。

筋力低下の症状

  • 大腿四頭筋の筋力低下
  • ハムストリングスの筋力低下
  • 臀筋群の筋力低下
  • 三角筋の筋力低下
  • 上腕二頭筋の筋力低下

運動機能への影響

運動機能の低下は、緩徐に進行するものの少しづつ日常生活動作に影響を及ぼしていきます。

歩行時の姿勢の変化や動作パターンの変化は、肢帯型筋ジストロフィーの進行の代表的な症状です。

変化する動作特徴
歩行動揺性歩行、つま先歩行
姿勢前傾姿勢、腰椎前弯
起立動作ガワーズ徴候

二次的な身体症状

疾患の進行に伴い、関節拘縮や脊柱変形などの二次的な合併症が現れます。

特に進行期においては呼吸筋や心筋への影響も見られることがあり、注意が必要です。

  • 股関節や膝関節の拘縮
  • 脊柱側弯症の発症
  • 呼吸筋の筋力低下
  • 心筋障害の発現

肢帯型筋ジストロフィーの原因

肢帯型筋ジストロフィーは、筋肉の形成や維持に関わる遺伝子の変異によって起きます。

遺伝子変異のメカニズム

肢帯型筋ジストロフィーの発症には、筋細胞を構成するタンパク質の産生に関与する複数の遺伝子が関係しています。

遺伝子に変異が生じることで、筋細胞の膜構造を支えるタンパク質の合成が正常に行われなくなり、筋組織の脆弱化が進んでいきます。

さらに、変異した遺伝子から作られる異常なタンパク質は、細胞内で正常なタンパク質の機能を阻害することもあり、筋細胞の損傷を加速させる要因です。

筋細胞の構造異常

肢帯型筋ジストロフィーでは、筋細胞膜にあるジストロフィン複合体という特殊なタンパク質構造の異常が、筋細胞の安定性を損なう要因です。

複合体の構成要素が欠損すると、筋細胞の収縮と弛緩のサイクルで、細胞膜の損傷が蓄積していきます。

また、細胞膜の修復機構も同時に障害されることで、筋細胞の変性が加速度的に進行します。

タンパク質主な機能
カルパイン3筋タンパク質の分解
ジスフェルリン膜修復と融合
サルコグリカン細胞膜の安定化

環境因子との相互作用

遺伝子変異の影響は、日常生活における様々な環境要因によって増幅されます。

同じ遺伝子変異を持つ患者さんでも、生活環境や身体の活動量の違いで、症状の進行速度や重症度に差が出ることがあります。

また、年齢や性別といった生物学的要因も、遺伝子変異の表現型に影響を与える重要な因子です。

環境因子

  • 過度な運動負荷による筋細胞へのストレス
  • 栄養状態や代謝の変化
  • ホルモンバランスの変動

診察(検査)と診断

肢帯型筋ジストロフィーの診断は問診と身体診察から始まり、血液検査、筋生検、遺伝子検査などの段階的な検査を経て確定診断に至ります。

初診時の診察手順

初診時における診察では、まず患者さんやご家族からの詳しい病歴聴取を行うことから始まります。

特に発症時期や症状の進行具合、ご家族での同様の症状の有無などについて、綿密な情報を集めることが大切です。

身体診察では、筋力の分布や程度を客観的に評価するため、筋力テストを実施します。

また、関節の可動域測定や歩行状態の観察なども併せて行うことで、より詳細な状態を把握できます。

診察項目評価内容
問診家族歴、発症時期、進行速度
身体診察筋力低下部位、歩行状態、姿勢異常

血液検査による評価

血液検査では、筋肉の損傷を示す各種マーカーの測定を行い、血清クレアチンキナーゼ値の上昇は、肢帯型筋ジストロフィーにおける代表的な検査所見です。

血液検査の結果は、疾患の活動性や進行状態を判断する上で大切な情報源となるため、定期的なモニタリングを通じて変化を観察していきます。

血液検査の項目

  • アルドラーゼ値の確認
  • 乳酸脱水素酵素の測定
  • トランスアミナーゼ値の評価
  • ミオグロビン値の確認

画像診断の実施

MRIでは、筋肉の質的変化や脂肪置換の程度を評価でき、疾患の進行状態や重症度の判定に有用です。

CTスキャンによる評価では、筋肉の萎縮パターンや左右差などの特徴的な所見を捉えられます。

画像検査観察ポイント
MRI検査筋肉の信号変化、脂肪置換
CT検査筋萎縮の分布、左右差

遺伝子検査と筋生検

確定診断に向けた検査として、遺伝子解析と筋生検を実施し、遺伝子検査では関連する遺伝子について解析を行い、変異の有無や型を同定します。

筋生検は筋組織を採取して顕微鏡で観察する検査で、筋線維の変性や再生像、炎症細胞の浸潤など、特徴的な病理所見を確認することが可能です。

  • 遺伝子パネル検査の実施
  • 次世代シークエンス解析
  • 筋組織の病理学的評価
  • 免疫組織化学染色による解析

肢帯型筋ジストロフィーの治療法と処方薬、治療期間

肢帯型筋ジストロフィーの治療は、ステロイド薬を中心とした薬物療法とリハビリテーションを組み合わせて行います。

薬物療法

肢帯型筋ジストロフィーの治療では、筋力低下の進行を抑制する効果が期待できるステロイド薬が第一選択肢です。

筋力低下が明確になった時点で早期に開始することで、より良好な治療効果を得られることが多いです。

薬物療法の開始前には、骨密度や血糖値、血圧などの詳細な検査を実施し、治療の安全性を確認していきます。

薬剤名投与方法
プレドニゾロン経口投与
デフラザコート経口投与
メチルプレドニゾロン静脈注射

リハビリテーション療法

肢帯型筋ジストロフィーではリハビリテーションを通じて、残存する筋力の維持と関節拘縮の予防に努めることが大切です。

運動強度は患者さんの体力と筋力を考慮して設定し、過度な負荷がかからないよう配慮しながら実施します。

また、自宅でも継続できる運動メニューを提供し、日常生活の中での運動習慣の定着を目指します。

リハビリテーションの方法

  • 低負荷の筋力トレーニング
  • ストレッチ運動
  • 呼吸機能訓練
  • 関節可動域訓練

補助具・装具の活用

日常生活動作の維持と改善のため、補助具や装具を効果的に取り入れていきます。

補助具の選定は、作業療法士や理学療法士が患者さんの生活環境や使用目的を詳しく確認し提案することが重要です。

使用開始後も定期的に適合状態を確認し、必要に応じて調整や新しい製品への変更を検討します。

補助具の種類主な目的
下肢装具歩行補助
車椅子移動支援
呼吸補助装置呼吸機能維持

治療期間と経過観察

定期的な診察を通じて、治療効果の評価と調整を継続的に行っていくことが必要です。

筋力評価では筋力テストに加えて、定量的な筋力測定器を用いた詳細な評価も実施します。

心機能検査では心電図や心エコー検査を通じて、心筋の状態を詳しく確認。

呼吸機能検査では、肺活量や一秒量などの指標を測定し、呼吸筋の機能を評価していきます。

経過観察

  • 3ヶ月ごとの診察による経過観察
  • 6ヶ月ごとの詳細な筋力評価
  • 年1回の心機能・呼吸機能検査

病型や進行度によって治療内容は異なりますが、多くの場合、長期的な治療継続が必要です。

定期的な診察では、筋力測定や関節可動域の評価に加えて、心機能や呼吸機能の検査も行います。

肢帯型筋ジストロフィーの治療における副作用やリスク

肢帯型筋ジストロフィーに対する薬物療法やリハビリテーションには、それぞれに特有の副作用やリスクがあります。

ステロイド薬による副作用

ステロイド薬は、筋力維持に一定の効果を示す一方で、長期使用に伴う副作用には特注意が必要です。

体重増加や満月様顔貌といった比較的早期から現れる変化から、骨密度低下や血糖値上昇など、徐々に進行する全身性の影響まで、多岐にわたる副作用があります。

副作用発現部位
骨粗鬆症全身の骨
白内障水晶体
高血圧循環器系

免疫抑制薬のリスク

免疫抑制薬の使用では、免疫機能の低下に伴う感染症のリスク上昇が最も懸念される点です。

特に上気道感染症や帯状疱疹などのウイルス感染症には十分な警戒が必要となります。

また、消化器系への影響や肝腎機能への負担もあるので、服用開始後は定期的な血液検査によるモニタリングを実施し異常が、認められた際には、投与量の見直しや一時的な休薬を検討します。

  • 感染症への抵抗力低下
  • 消化器系の不調
  • 肝機能障害
  • 腎機能障害

呼吸管理に伴うリスク

呼吸管理における人工呼吸器の使用では、気道感染症や肺炎などの感染性合併症に対する予防的な対策が重要です。

また、長期の人工呼吸管理に伴う気道粘膜の損傷や、マスクやカニューレによる皮膚への圧迫など、物理的な問題にも注意を払う必要があります。

さらに、加湿管理の不足による気道分泌物の粘調度上昇や、体位変換不足による無気肺の形成などもリスク要因です。

リスク要因具体的内容
感染誤嚥性肺炎、気道感染
機械的問題気道損傷、皮膚圧迫

リハビリテーションにおける注意点

リハビリテーションでは、過度な運動負荷による筋線維の損傷を防ぐことが大切です。

運動強度や頻度の設定には細心の注意を払い、疲労の程度を評価しながら進めていきます。

また、関節可動域訓練においても、無理な他動運動による関節への負担や、筋の過伸展による損傷には十分な配慮が必要です。

リハビリテーションで注意する点

  • 筋力低下の急激な進行
  • 関節拘縮の増悪
  • 疲労の蓄積
  • 転倒による外傷

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

検査費用の概算

神経・筋疾患の診断確定までには複数の検査が必要となり、段階的に検査を進めていきます。

検査項目保険適用後の自己負担額(3割)
血液検査3,000円~5,000円
MRI検査15,000円~20,000円
遺伝子検査30,000円~50,000円
筋生検25,000円~35,000円

薬物療法にかかる費用

薬物療法では、患者さんの状態に応じて複数の薬剤を組み合わせて使用します。

薬剤分類月額自己負担(3割)
ステロイド薬2,000円~4,000円
免疫抑制薬5,000円~8,000円
ビタミン剤1,000円~2,000円

リハビリテーション関連費用

リハビリテーションは定期的な実施が効果的で、補助具や福祉機器の利用に関しても、レンタルや購入時の補助制度を活用することで、経済的な負担を軽減できます。

  • 理学療法  1回あたり1,500円~2,500円
  • 作業療法  1回あたり1,500円~2,500円
  • 装具作製 20,000円~40,000円
  • 車椅子レンタル 月額 1,000円~3,000円

以上

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