薬剤性腸炎(Drug-induced colitis)とは、医薬品の服用が原因で起こる腸の炎症性疾患を指します。
原因となる薬剤は多岐にわたりますが、代表的なものとしては抗生物質や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、抗がん剤などが知られています。
主な症状としては、下痢や腹痛、血便などが挙げられます。重症化した場合には、発熱や脱水症状を伴って現れることもあるため注意が必要です。
薬剤性腸炎の種類(病型)
薬剤性腸炎は、抗菌薬によるもの(抗生物質起因性腸炎)と、それ以外の薬剤によるもの(非ステロイド性抗炎症薬腸炎、抗がん剤による薬剤性腸炎など)に分けられます。
病型 | 原因薬剤 | 特徴 |
偽膜性腸炎 | 抗菌薬 | クロストリジウム・ディフィシル感染、偽膜形成 |
急性出血性腸炎 | キノロン系抗菌薬 | 下痢、血便 |
NSAIDs腸炎 | 非ステロイド性抗炎症薬 | 小腸から大腸まで広範囲に病変、狭窄や潰瘍形成 |
抗がん剤による薬剤性腸炎 | イリノテカン、フルオロウラシルなど | 下痢、腹痛、重症化すると合併症 |
抗菌薬による薬剤性腸炎の分類
抗菌薬による薬剤性腸炎は、「偽膜性腸炎」と「急性出血性腸炎」に大別されます。
偽膜性腸炎は、主にクロストリジウム・ディフィシル(Clostridioides difficile)による感染が原因で発症し、大腸内視鏡検査で特徴的な偽膜(粘膜表面に付着した白色~黄白色の膜状物)を認めるのが特徴です。
一方、急性出血性腸炎は、キノロン系抗菌薬の使用により発症することが多く、下痢や血便などの症状を呈します。
抗菌薬による薬剤性腸炎の分類 | 主な原因 |
偽膜性腸炎 | クロストリジウム・ディフィシル感染 |
急性出血性腸炎 | キノロン系抗菌薬の使用 |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)による薬剤性腸炎
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の長期使用により発症する薬剤性腸炎は、小腸から大腸まで広範囲に病変を認めることがあり、狭窄や潰瘍形成を伴う場合もあります。
NSAIDsを長期間服用している患者さんは、定期的な消化管検査を受けることが推奨されます。
抗がん剤による薬剤性腸炎
イリノテカンやフルオロウラシルなどの抗がん剤は、腸炎を引き起こしやすいことが知られています。
重症化すると敗血症や腸管穿孔などの合併症につながる場合もあるため、抗がん剤治療の際には腸炎の症状に注意し、異常を感じたら速やかに医療機関を受診することが大切です。
薬剤性腸炎の主な症状
薬剤性腸炎は、下痢や腹痛、血便などの消化器症状が主な症状です。
頻回の下痢
薬剤性腸炎では、頻回の水様性下痢が現れます。1日に10回以上に及ぶこともあるため、下痢に伴う脱水や電解質異常にも注意が必要です。
腹痛・腹部不快感
下腹部を中心とした腹痛や、腹部の不快感も症状のひとつです。
鈍痛から疝痛(激しい痛み)までさまざまですが、持続的に症状が起こる場合が多いです。
症状 | 特徴 |
腹痛 | 下腹部を中心とした鈍痛や疝痛 |
腹部不快感 | 持続的な腹部の不快感 |
血便・粘液便
重症例では、血便や粘液便が認められることがあります。
血便は出血性腸炎の可能性を示す所見であり、粘液便は、腸管の炎症により粘液の分泌が亢進することで生じるものです。
所見 | 特徴 |
血便 | 鮮血から暗赤色まで様々な性状 |
粘液便 | 腸管の炎症による粘液分泌の亢進が原因となる |
全身症状
- 発熱
- 倦怠感(だるさ)
- 食欲不振
- 体重減少
薬剤性腸炎の原因
薬剤性腸炎は薬剤の使用によって腸に炎症が起こる病気で、特に抗生物質の使用が主な原因となります。
薬剤性腸炎の主な原因となる薬剤
薬剤性腸炎の原因となる薬剤は多岐にわたります。
抗生物質、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、抗がん剤、免疫抑制剤などが代表的な原因薬剤です。
薬剤の種類 | 具体的な薬剤名 |
抗生物質 | ペニシリン系、セファロスポリン系、クリンダマイシンなど |
NSAIDs | アスピリン、イブプロフェン、ジクロフェナクなど |
抗生物質による薬剤性腸炎
抗生物質を服用すると、腸内の正常な細菌叢が減少し、有害な細菌が異常増殖することがあります。
特に、Clostridioides difficile(クロストリディオイデス・ディフィシル)という細菌が増殖すると、偽膜性腸炎を発症する危険性が高くなります。
抗生物質による腸内細菌叢への影響 | 説明 |
正常な細菌叢の減少 | バランスの乱れ |
有害な細菌の異常増殖 | 炎症の誘発 |
NSAIDsによる薬剤性腸炎
NSAIDsはプロスタグランジン(炎症を引き起こす物質)の合成を阻害することで抗炎症作用を発揮しますが、同時に腸管粘膜の保護作用も低下させてしまうことがあります。
その結果、腸管粘膜が傷つきやすくなり、炎症が生じる原因となります。
NSAIDsによる粘膜傷害のメカニズム | 説明 |
プロスタグランジン合成阻害 | 粘膜保護作用の低下 |
直接的な粘膜傷害 | 炎症の誘発 |
その他の原因薬剤
その他の原因薬剤 | 発生メカニズム |
抗がん剤 | 腸管粘膜の細胞分裂阻害による粘膜傷害 |
免疫抑制剤 | 腸管の免疫機能抑制による感染症リスクの増加 |
心血管系薬剤 | 腸管血流の低下による虚血性粘膜傷害 |
診察(検査)と診断
薬剤性腸炎の診断では、服用中の薬剤を確認し、血液検査や便検査で炎症の程度や原因となる菌を調べます。
また、確定診断のために大腸内視鏡検査を実施し、腸の状態を直接観察します。
問診・身体診察
薬剤性腸炎が疑われる患者さんに対しては、現在服用中のお薬やサプリメント、症状が出現した時期やその後の経過などをお聞きし、薬剤との関連性について評価します。
また、お腹の視診や触診、聴診を行い、腹痛や下痢などの消化器症状の有無を確認します。
問診で確認する項目 | 確認する内容 |
服用されていた薬剤 | 医師から処方されたお薬、市販のお薬、サプリメントなど |
薬剤の服用期間 | いつから服用を開始したか、症状が出現するまでの期間 |
血液検査・便検査
薬剤性腸炎の診断に役立つ検査として、血液検査と便検査があります。
血液検査では、炎症反応や電解質異常、肝機能障害などを評価していきます。
便検査では、便中の白血球や潜血、細菌培養などを行い、感染性腸炎(細菌やウイルスが原因の腸炎)との区別を行います。
内視鏡検査で観察される所見 | その特徴 |
粘膜の発赤、びらん(表面のただれ) | 軽症の場合でも認められる |
潰瘍、偽膜 | 重症の場合に認められる |
内視鏡検査
薬剤性腸炎を確定診断するためには、内視鏡検査が必要です。
大腸内視鏡検査(大腸カメラとも呼ばれます)を行うことで、粘膜の発赤やびらん、潰瘍などの炎症所見を直接目で見て確認し、病変の広がりや程度を評価します。
また、生検(組織の一部を採取して顕微鏡で調べる検査)を行うことで、他の病気との区別や病理学的な診断が可能となります。
薬剤リンパ球刺激試験(DLST)
薬剤性腸炎の原因となったお薬を特定するために、薬剤リンパ球刺激試験(DLST)を実施する場合があります。
DLSTは、患者さんの血液からリンパ球(白血球の一種)を取り出し、疑わしいお薬と反応させることで、そのお薬に対する過敏性を評価する検査です。
ただし、偽陽性や偽陰性の可能性もあるため、結果の解釈には注意が必要です。
血液検査で確認する項目 | 便検査で確認する項目 |
炎症反応(CRP、赤沈など) | 便中の白血球 |
電解質異常(ナトリウム、カリウムなど) | 便潜血反応 |
肝機能障害(AST、ALTなど) | 細菌培養 |
薬剤性腸炎の治療法と処方薬、治療期間
薬剤性腸炎の治療は、原因となった薬剤の中止と症状に応じた対症療法が基本となります。
重症例ではステロイド剤の投与や抗菌薬の処方を行い、通常2〜4週間程度の治療期間がかかります。
原因薬剤の中止と対症療法
薬剤性腸炎が疑われる際は、まず原因と考えられる薬剤の使用を直ちに中止することが大切です。
続いて、下痢や腹痛などの症状に対して、整腸剤や止瀉薬、鎮痛薬などの対症療法を行います。
脱水を防ぐため、十分な水分補給も治療上重要なポイントとなります。
対症療法薬の種類 | 薬剤の作用 |
整腸剤 | 腸内細菌叢のバランスを整える |
止瀉薬 | 下痢の症状を抑制する |
鎮痛薬 | 腹部の痛みを緩和する |
重症例に対するステロイド剤・抗菌薬の投与
軽症から中等症の薬剤性腸炎では、原因薬剤の中止と対症療法のみで改善する場合が多いのですが、重症例ではステロイド剤の投与が必要となることがあります。
ステロイド剤には炎症を抑制する作用があり、プレドニゾロンなどが用いられることが一般的です。
また、二次的な細菌感染の合併が疑われる際には、適切な抗菌薬の投与も検討します。
重症例の治療 | 使用される薬剤 |
ステロイド剤 | プレドニゾロンなど |
抗菌薬 | 二次的な細菌感染が疑われる場合 |
治療期間
薬剤性腸炎の治療期間は、通常2〜4週間程度であることが多いです。症状の改善とともにステロイド剤を徐々に減量し、最終的に中止します。
治療後は再発の有無を確認するために、一定期間の経過観察が必要です。
治療の時期 | 治療内容 |
1〜2週目 | 原因薬剤の中止、対症療法の実施、ステロイド剤の投与 |
3〜4週目 | ステロイド剤の漸減、症状の改善状況を確認 |
治療終了後 | 再発の有無を確認するための定期的な経過観察 |
予後・再発予防
薬剤性腸炎は、原因薬剤の中止と適切な治療により予後は良好であり、多くの場合で完治が目指せます。
ただし、原因薬剤を再び使用すると再発する可能性がありますので、使用するお薬については、医師との相談が必要です。
再発予防のポイント
- 原因となった薬剤の再使用は避ける
- 他の薬剤でも同様の副作用が起こる可能性があるため、十分な注意が必要
- 症状が再発した際は速やかに医療機関を受診する
薬剤性腸炎の治療における副作用やリスク
薬剤性腸炎の治療では、原因となる薬剤の中止や症状を抑えるための薬剤の使用などが行われますが、治療によって新たな副作用や感染症のリスクが生じることがあります。
抗菌薬による副作用
抗菌薬の使用により、腸内細菌叢のバランスが崩れてしまい、下痢や腹部不快感などの消化器症状が生じる可能性があります。
また、アレルギー反応や肝機能障害、腎機能障害などの全身性の副作用も報告されています。
抗菌薬 | 主な副作用 |
ペニシリン系 | アレルギー反応、下痢、腹部不快感 |
セファロスポリン系 | 下痢、アレルギー反応、肝機能障害 |
マクロライド系 | 下痢、腹部不快感、肝機能障害 |
ニューキノロン系 | 腱障害、中枢神経系の副作用、光線過敏症 |
ステロイド薬による副作用
ステロイド薬を長期使用すると、以下のような副作用を引き起こす可能性があります。
- 骨粗鬆症
- 高血糖
- 感染症のリスク増加
- 体重増加
免疫抑制薬による副作用
免疫抑制薬は強力な効果を持つ一方で、感染症のリスクを高めたり、血液障害や肝腎機能障害などの重篤な副作用を引き起こしたりするおそれがあります。
免疫抑制薬 | 主な副作用 |
アザチオプリン | 骨髄抑制、感染症リスク増加、肝機能障害 |
メトトレキサート | 肝機能障害、腎機能障害、骨髄抑制 |
シクロスポリン | 腎機能障害、高血圧、感染症リスク増加 |
タクロリムス | 腎機能障害、神経障害、高血糖 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬剤性腸炎の治療は、基本的に健康保険が適用されます。一般的に、軽症例では10万円程度、重症例では100万円以上の費用がかかる場合もあります。
治療費の目安
項目 | 費用 |
入院費 | 1日あたり5,000円〜10,000円 |
薬剤費 | 1日あたり1,000円〜5,000円 |
検査費 | 1回あたり10,000円〜50,000円 |
治療費の例
症例 | 治療内容 | 治療費 |
A氏(40代男性) | 入院14日間、薬剤投与、内視鏡検査 | 約80万円 |
B氏(60代女性) | 入院21日間、薬剤投与、内視鏡検査、血液検査 | 約120万円 |
以上
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