起立性低血圧(orthostatic hypotension)とは、座ったり横になったりしている状態から立ち上がった際に、急激に血圧が下がってしまう病気です。
その結果、立ちくらみやめまい、ふらつき、ひどい場合は失神などの症状が現れます。
健康な人でも、急に立ち上がるとごくわずかな時間血圧が下がる場合もありますが、起立性低血圧の場合はその症状が強く出るため、日常生活に支障をきたす病気です。
この病気は高齢者に多いですが、若い人でも発症する可能性は十分にあります。
この記事では、起立性低血圧の原因や症状、治療法について解説します。
起立性低血圧の種類(病型)
起立性低血圧は、自律神経系の障害が原因となる神経原性のタイプと、それ以外の要因で起こる非神経原性のタイプに分けられます。
神経原性起立性低血圧
神経原性起立性低血圧は、自律神経系の異常が引き金になって発症します。
交感神経系の働きが低下すると、立ち上がった時や体位を変えた際に、血管が十分に収縮せず、血圧が急激に下がってしまうのです。
また、副交感神経系が過剰に働くために、心拍数が上がりにくくなるのも血圧低下の原因の1つです。
神経原性起立性低血圧を引き起こしやすい病気としては、パーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症、純粋自律神経不全症、糖尿病性自律神経ニューロパチーなどが挙げられます。
これらの病気では、自律神経系の変性や機能不全のために、起立性低血圧がよく合併します。
非神経原性起立性低血圧
非神経原性起立性低血圧は、自律神経系以外の原因で生じるタイプです。
主な要因としては、次のようなものが知られています。
原因 | 機序 |
体液量減少 | 脱水、出血、利尿薬の使用などによる循環血液量の低下 |
薬剤性 | 降圧薬、抗うつ薬、抗精神病薬などの副作用 |
心機能低下 | 心不全、弁膜症、心筋梗塞などによる心拍出量の減少 |
内分泌疾患 | アジソン病、甲状腺機能低下症などのホルモン異常 |
これらの状態では、自律神経系の機能自体は保たれていますが、血圧を維持するための他の要素に問題が生じるために、起立性低血圧が起こるのです。
起立性低血圧の主な症状
起立性低血圧は、立ち上がったときのめまいやふらつきが主な症状です。重症の場合、失神してしまう場合もあります。
めまいやふらつき
起立性低血圧の最も典型的な症状は、立ち上がった際のめまいやふらつきです。
これは、体位変換時に血圧が十分に維持できず、一時的に脳への血流が減少するために起こります。
めまいの程度には個人差がありますが、軽度のものから、立っていられないほどの強いものまで様々です。
失神
起立性低血圧が重度の場合、立ち上がった直後に失神するケースもあります。
これは、脳への血流が著しく低下するため、意識を失ってしまう状態です。
失神の前兆として、めまいやふらつきに加え、顔面蒼白、冷や汗、視野狭窄などが現れる場合があります。
症状 | 説明 |
めまい | 立ち上がった際に回転性のめまいを感じる |
ふらつき | バランスを保てず、よろけたり倒れそうになる |
失神 | 脳への血流低下により意識を失う |
倦怠感や脱力感
起立性低血圧では、全身的な倦怠感や脱力感を伴う場合が多いです。
症状 | 説明 |
倦怠感 | 全身がだるく、疲れやすい感覚 |
脱力感 | 力が入らず、体を動かすのが困難な状態 |
これは、身体全体への血流が低下し、細胞への酸素や栄養の供給が不足するために生じます。
特に、朝起きた際や長時間座位の後に、この症状が顕著に現れます。
その他の症状
起立性低血圧では、上記の主要な症状以外にも、様々な不調が現れる場合があります。
- 頭痛
- 集中力低下
- 動悸
- 息切れ
頭痛や集中力低下は、脳への血流低下を反映した症状であり、動悸や息切れは、体位変換時の交感神経の過剰反応によって生じると考えられています。
これらの症状は、起立性低血圧の重症度や個人の体質によって、出現の程度は異なります。
起立性低血圧の原因やきっかけ
起立性低血圧には様々な原因があり、自律神経系の異常、脱水症状、貧血、加齢による影響などが複雑に絡み合って症状を引き起こしていると考えられています。
自律神経系の異常
起立性低血圧の主な原因の一つは、自律神経系の異常です。
自律神経は、体の様々な機能を無意識にコントロールしており、血圧の調整もその一つです。
交感神経と副交感神経のバランスが崩れると、血圧の調整がうまくいかなくなり、起立性低血圧を引き起こす可能性があります。
脱水症状
もう一つの重要な原因は、脱水症状です。体内の水分が不足すると、血液量が減少して血圧が下がりやすくなります。
特に、高齢者や利尿薬を服用している人は、脱水になりやすいため注意が必要です。
貧血
貧血も起立性低血圧の原因となり得ます。貧血では、血液中のヘモグロビンが減少し、酸素運搬能力が低下します。
その結果、立ち上がった際に必要な酸素が十分に供給されず、血圧が下がってしまうのです。
貧血の種類と起立性低血圧への影響
最も一般的な貧血で、起立性低血圧を引き起こす
ビタミンB12の欠乏による貧血で、起立性低血圧のリスクが高い
骨髄の機能低下による貧血で、起立性低血圧を伴う場合がある
加齢による影響
加齢に伴う身体機能の低下も、起立性低血圧の原因となります。
高齢者は、血管の弾力性が低下し、血圧の調整機能が衰えてくるため、起立性低血圧を発症しやすくなるのです。
また、加齢による心臓の拍出量減少も、血圧低下に拍車をかけます。
起立性低血圧の原因となる代表的な疾患
疾患名 | 機序 |
パーキンソン病 | 自律神経系の障害により血圧調整機能が低下 |
糖尿病 | 自律神経障害や血管障害を引き起こし、起立性低血圧のリスクが上昇 |
多系統萎縮症 | 自律神経系の変性により、血圧調整機能が著しく低下 |
検査方法
起立性低血圧の検査方法について詳しく解説します。
安静時血圧と立位血圧の測定
起立性低血圧の検査で最も重要なのは、安静時血圧と立位血圧の比較です。
まず、仰臥位で5分以上安静にしてもらい、その間に血圧を測定します。
次に、ゆっくりと立ち上がってもらい、立位になってから1分後、3分後、5分後の血圧を測定します。
測定タイミング | 収縮期血圧 | 拡張期血圧 |
安静時 | 120 mmHg | 80 mmHg |
立位1分後 | 100 mmHg | 70 mmHg |
立位3分後 | 95 mmHg | 65 mmHg |
立位5分後 | 90 mmHg | 60 mmHg |
この測定結果を比較し、立位3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上、あるいは収縮期血圧の絶対値が90mmHg未満に低下する場合、または拡張期血圧が10mmHg以上低下していれば、起立性低血圧と診断されます。
Head-up Tilt試験(ヘッドアップティルト試験)
Head-up Tilt試験は、起立性低血圧の診断に用いられる検査法の一つです。
チルト角度 | 継続時間 | モニタリング項目 |
60〜80度 | 10〜45分 | 血圧、心拍数 |
この検査では、患者をチルトテーブルに寝かせ、徐々にテーブルを傾斜させて立位の状態を再現します。
傾斜角度は通常60〜80度で、10〜45分間維持します。
その間、継続的に血圧と心拍数をモニタリングし、起立性低血圧の症状が現れるかどうかを観察します。
自律神経機能検査
起立性低血圧の原因として、自律神経機能の異常が疑われる場合があります。 そのような場合には、以下のような自律神経機能検査が行われます。
- 心電図R-R間隔変動解析
- Valsalva試験
- 寒冷昇圧試験
- 発汗試験
これらの検査により、交感神経と副交感神経のバランスや反応性を評価し、自律神経機能の異常を検出します。
起立性低血圧の治療法と処方薬
起立性低血圧の治療では、まずは生活習慣の改善が行われます。それでも改善しない場合、薬物療法が検討されます。
治療法 | 適応 |
生活習慣の改善 | 全ての患者 |
薬物療法 | 生活習慣の改善で効果不十分な場合 |
非薬物療法 | 重症例や薬物療法が奏功しない場合 |
生活習慣の改善
起立性低血圧の治療では、まず生活習慣の改善が重要です。
- ゆっくりと体位変換を行う
- 脱水を防ぐために十分な水分摂取を心がける
- 弾性ストッキングの着用で下肢への血液貯留を防ぐ
- 規則正しい食事と運動習慣を身につける
薬物療法
生活習慣の改善だけでは症状が改善しない場合、薬物療法が検討されます。 起立性低血圧の治療に用いられる主な薬剤は以下の通りです。
薬剤名 | 作用機序 |
ミドドリン | α1受容体刺激作用により末梢血管を収縮 |
フルドロコルチゾン | ミネラルコルチコイド作用により血液量を増加 |
非薬物療法
重症の起立性低血圧に対しては、非薬物療法も選択肢の一つです。
- 着圧療法(腹部や下肢を圧迫することで血液貯留を防ぐ)
- 傾斜台療法(傾斜台で受動的に体位変換を行い、耐性を獲得する)
定期的な血圧モニタリング
起立性低血圧の治療では、定期的な血圧モニタリングが欠かせません。
治療効果の判定や薬剤調整のために、自宅や医療機関で定期的に血圧を測定します。
治療に必要な期間
起立性低血圧の治療には一定の期間が必要です。
治療期間は原因や症状の重症度によって異なりますが、治療により症状を改善し、日常生活を送れるようになります。
治療期間は原因によって異なる
起立性低血圧の治療期間は、その原因によって大きく異なります。
原因 | 治療期間 |
脱水症 | 数日から数週間 |
薬の副作用 | 数週間から数ヶ月 |
神経障害 | 数ヶ月から数年 |
脱水症が原因の場合は、輸液などで比較的短期間で改善するケースが多いです。
一方、薬の副作用や神経障害が原因の場合は、原因となる薬の調整や神経の回復に時間がかかるため、治療期間が長くなる傾向にあります。
症状の重症度も治療期間に影響する
治療期間は、症状の重症度によっても異なります。
- 軽度の症状の場合: 数週間から数ヶ月
- 中等度の症状の場合: 数ヶ月から1年程度
- 重度の症状の場合: 1年以上
軽度の症状であれば、生活習慣の改善などで比較的短期間での改善が期待できます。
しかし、中等度以上の症状の場合は薬物療法や理学療法などの継続的な治療が必要となるため、治療期間が長引く傾向です。
起立性低血圧の治療における副作用やリスク
起立性低血圧の治療では、患者さんの症状や状態に合わせて適切な治療法が選択されますが、どの治療法にも一定の副作用やリスクがあります。
薬物療法の副作用
起立性低血圧の治療に用いられる薬剤には、フルドロコルチゾンやミドドリンなどがあります。
これらの薬剤は、血圧を上昇させる効果がある一方で、以下のような副作用を引き起こす可能性があります。
- 体重増加
- 浮腫
- 電解質異常
- 不整脈
非薬物療法のリスク
起立性低血圧の非薬物療法には、弾性ストッキングの着用や水分・塩分の摂取量増加などがあります。
これらの療法は比較的安全ですが、以下のようなリスクもあります。
- 脱水
- 電解質異常
- 心不全の悪化(塩分の過剰摂取による)
外科的治療のリスク
重症の起立性低血圧に対しては、ペースメーカー植え込み術などの外科的治療が検討されます。
外科的治療は効果が期待できる反面、以下のようなリスクが伴います。
- 感染
- 出血
- 機器の不具合
予後と予防
起立性低血圧の治療を終えた後の予後は比較的良好ですが、再発を防ぐためには継続的な生活習慣の管理が重要です。
起立性低血圧の治療後に注意すべきポイントや、再発を予防するための具体的な方法について解説します。
治療後の予後
起立性低血圧では、若年者で合併症がない場合、治療後の予後は非常に良好で、再発のリスクも低いと考えられます。
一方、高齢者や心血管系の合併症を持つ患者では、治療後も再発のリスクが比較的高いことが知られています。
年齢 | 合併症の有無 | 治療後の予後 |
若年者 | なし | 非常に良好 |
若年者 | あり | 良好 |
高齢者 | なし | 良好 |
高齢者 | あり | やや不良 |
再発の予防
起立性低血圧の再発を防ぐためには、日常生活における血圧の変動を最小限に抑える必要があります。
そのためには、以下のような生活習慣の管理が求められます。
- 十分な水分補給
- 規則正しい食事
- 適度な運動
- ストレス管理
- 過度の飲酒を避ける
特に、脱水は起立性低血圧の主要な誘因の一つであるため、こまめな水分補給を心がけましょう。
治療後は定期的な血圧測定が不可欠
起立性低血圧の再発を早期に発見するために、自宅で毎日血圧を測定し、記録するようにしましょう。
また、医師の指示に従って、定期的に医療機関を受診し、詳細な血圧評価を受けることも重要です。
測定時期 | 測定頻度 | 測定場所 |
起床時 | 毎日 | 自宅 |
就寝前 | 毎日 | 自宅 |
医療機関 | 月1回程度 | 病院 |
薬物療法の継続
起立性低血圧の治療において薬物療法が行われた場合、治療後も医師の指示に従って、薬の継続が必要です。
自己判断で薬の服用を中止すると、再発のリスクが高まる危険性があります。
保険適用・治療にかかる費用
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
起立性低血圧の治療は、基本的に保険が適用されます。
起立性低血圧の治療費用の目安
起立性低血圧の治療費用は、症状の重症度や治療法の選択によって異なります。
軽症であれば生活習慣の改善のみで対処できる場合もあり、その際の治療費用は最小限に抑えられます。
しかし、薬物療法が必要になると、治療費用は上昇します。
代表的な治療薬であるミドドリンは、1ヶ月あたり5,000円から10,000円程度。 フルドロコルチゾンは、1,000円から3,000円程度の費用がかかります。
さらに重症の起立性低血圧では、入院治療を要する場合もあり、その場合の治療費用は通院よりも高額です。
保険適用について
起立性低血圧の治療で、保険が適用される条件は次の通りです。
- 医師による起立性低血圧の診断がなされた場合
- 検査によって起立性低血圧が確認された場合
- 重症の症状があり、日常生活に支障をきたしている場合
これらの条件を満たしていれば、治療費用の7割から9割を保険でカバーできます。
ただし、先発医薬品の使用や入院が必要な場合は、自己負担額が増加する可能性があります。
治療費や保険適用の可否について、詳しくは診察時に担当医師に直接ご確認ください。
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