脳静脈洞血栓症(cerebral venous sinus thrombosis)とは、脳内の静脈洞と呼ばれる太い静脈の中で血栓が形成され、脳からの血液の排出が阻害される脳血管疾患です。
動脈血が脳組織に酸素や栄養を供給した後、静脈血として心臓に戻る過程で重要な役割を果たす静脈洞に血栓が発生すると、頭蓋内圧が上昇し、様々な神経症状を起こす可能性があります。
この疾患は、妊娠・出産に関連したホルモンバランスの変化、経口避妊薬の使用、頭部外傷後の炎症、感染症による血液凝固能の亢進、また先天的な血栓形成傾向などが原因です。
脳静脈洞血栓症の主な症状
脳静脈洞血栓症では、頭痛や吐き気などの症状から、重篤な意識障害や麻痺といった深刻な神経症状まで現れることがあります。
一般的な症状の特徴と見分け方
脳静脈洞血栓症における頭痛は、徐々に進行していき、、多くの患者さんで、安静にしていても改善が見られないことが特徴的です。
頭痛は、脳内の静脈還流が妨げられることによって脳圧が上昇し、それに伴って発生する痛みであるため、通常の片頭痛や緊張性頭痛とは性質が大きく異なります。
吐き気や嘔吐を伴うことも多く、朝方に症状が強くなり、症状が数日から数週間持続することは重要な診断の手がかりです。
症状の種類 | 特徴的な性質 |
頭痛 | 持続的で進行性、安静時でも改善しにくい |
吐き気・嘔吐 | 朝方に増強、症状の変動が少ない |
神経学的症状の進行と警告サイン
脳静脈洞血栓症が進行すると、より深刻な神経学的症状が現れることがあります。
視覚に関する症状として、視野が一時的にぼやけたり、物が二重に見えたりする複視が生じ、症状は脳圧亢進による視神経への圧迫が原因です。
けいれん発作や意識レベルの低下といった症状も見られることがあり、意識障害は脳静脈洞血栓症の病態が進行していることを示すサインとして認識されています。
身体症状の特徴と観察のポイント
脳静脈洞血栓症による身体症状は、症状の出現部位や程度に個人差が大きいものの、以下のような症状パターンが観察されます。
- 片側の手足の脱力や麻痺が出現し、時間とともに症状が変化する
- 言語障害として、言葉が出にくくなったり、発音が不明瞭になる
- めまいや平衡感覚の障害により、歩行が不安定になる
- 顔面の痺れや違和感が出現し、徐々に広がっていく
- 聴覚に関する症状として、耳鳴りや難聴が起こる
症状の経時的変化と進行パターン
脳静脈洞血栓症の症状は、急性期から慢性期にかけて様々な変化を示します。
初期症状として現れる頭痛や吐き気から、重度な神経症状へと進展していく過程を理解することは、早期発見において大切なポイントです。
進行段階 | 主な症状の変化 |
初期 | 持続する頭痛、吐き気、嘔吐 |
中期 | 視覚障害、めまい、感覚異常 |
進行期 | 意識障害、けいれん、麻痺症状 |
血栓の形成部位や範囲によって、症状の現れ方は様々です。
静脈洞の閉塞部位によって、てんかん発作や局所神経症状といった特異的な症状が現れすることがあります。
急性の経過をたどる場合には数時間から数日で重症化することもあり、注意深い経過観察が必要です。
脳静脈洞血栓症の症状は、一般的な頭痛や体調不良と見分けることが難しいですが、持続的な頭痛や進行性の神経症状が見られる場合は、専門医による診察を受けてください。
脳静脈洞血栓症の原因
脳静脈洞血栓症は、血液凝固異常、感染症、自己免疫疾患、外傷、妊娠・出産など、多岐にわたる要因によって起こります。
血液凝固系の異常による発症機序
血液凝固系の異常は脳静脈洞血栓症の発症において重要な要因です。
先天性の血栓性素因として、アンチトロンビンⅢ欠損症やプロテインC欠損症、プロテインS欠損症などがあり、血液が凝固しやすい環境が形成されることで血栓が生じやすくなります。
遺伝子変異による血栓形成リスクの上昇もあり、第V因子ライデン変異や、プロトロンビン遺伝子変異などが血栓形成を促進する遺伝的背景です。
先天性血栓性素因 | 血栓形成への影響 |
アンチトロンビンⅢ欠損症 | 血液凝固制御機能の低下 |
プロテインC欠損症 | 凝固因子の不活性化障害 |
プロテインS欠損症 | 抗凝固作用の減弱 |
後天的要因と環境因子の関与
後天的な要因として、悪性腫瘍、炎症性腸疾患、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患が脳静脈洞血栓症の発症リスクを高めます。
基礎疾患に伴う炎症反応や免疫系の異常が、血管内皮の損傷や血液凝固能の亢進を引き起こすメカニズムが明らかになってきました。
妊娠・出産に関連する脳静脈洞血栓症では、妊娠後期から産褥期にかけてのホルモン環境の変化が血液凝固能を亢進させることに加え、分娩時の脱水や血圧変動なども発症の誘因です。
感染症と炎症による血栓形成
中耳炎や副鼻腔炎などの頭蓋内近傍の感染症が波及することで脳静脈洞血栓症を起こすことがあり、以下のような感染性要因が確認されています。
- 細菌性髄膜炎による血管壁への直接的な炎症波及
- 敗血症に伴う全身性の凝固異常
- 真菌感染症による血管内皮障害
- ウイルス感染後の血管炎症反応
- 慢性感染症による持続的な炎症状態
外傷・手術・薬剤による発症リスク
頭部外傷や脳神経外科手術後に脳静脈洞血栓症が発症することがあり、硬膜損傷や静脈洞の直接的な損傷が血栓形成の契機となります。
リスク要因 | 血栓形成メカニズム |
頭部外傷 | 静脈洞の直接損傷、局所の炎症反応 |
脳神経外科手術 | 手術操作による血管壁損傷、術後の炎症 |
経口避妊薬 | エストロゲンによる凝固能亢進 |
薬剤性の要因として、経口避妊薬の使用があり、特にエストロゲン含有製剤の使用では、血栓形成リスクが上昇します。
脱水状態や長期臥床による静脈うっ滞も血栓形成を促進する要因となり、高齢者や慢性疾患の患者さんでは、環境因子が重なることで発症リスクが高まります。
さらに、血液粘稠度の上昇を伴う疾患、例えば多血症や本態性血小板血症などの骨髄増殖性疾患も、脳静脈洞血栓症の発症に関与します。
また、抗リン脂質抗体症候群などの自己免疫性血栓症では、免疫学的機序による血管内皮障害と凝固異常が複合的に作用して血栓形成を起こすことが分かってきており、若年者での発症にも注意が必要です。
診察(検査)と診断
脳静脈洞血栓症の診断においては、問診と神経学的診察を基礎として、画像診断による血栓の確認と、血液検査による凝固能の評価を組み合わせて行います。
初期診察における神経学的評価
神経学的診察では、意識状態の評価からはじまり、瞳孔反射、眼球運動、顔面筋の動き、四肢の筋力や感覚機能など、脳神経系全体の機能を確認します。
頭痛の性質や持続時間、随伴症状の有無などについて、発症時期から現在までの経過を聴取することで、血栓形成の進行度合いを推測します。
また、患者さんの既往歴、特に血栓症の家族歴や妊娠・出産歴、服用中の薬剤などの情報は、診断の精度を高める上で大切な要素です。
画像診断による血栓の評価
検査方法 | 特徴と診断的意義 |
MRIベノグラフィー | 造影剤を用いず静脈の血流を可視化 |
CT静脈造影 | 高解像度で血栓の位置を特定可能 |
脳血管造影 | 血流動態をリアルタイムで観察 |
画像診断技術の進歩により、非侵襲的な方法で脳静脈系の観察が可能となり、早期発見・早期診断へとつながっています。
造影CTやMRIによる検査では、静脈洞内の血栓の描出に加え、脳実質の状態も同時に評価することが可能です。
血液検査による凝固能評価
凝固系の異常を評価するため、以下の項目を中心とした血液検査を実施します。
- プロトロンビン時間
- 活性化部分トロンボプラスチン時間
- D-ダイマー値
- フィブリノゲン値
- 抗リン脂質抗体
- プロテインC活性
- プロテインS活性
補助的検査と鑑別診断
鑑別のための検査 | 評価のポイント |
髄液検査 | 頭蓋内圧の測定と感染症の除外 |
脳波検査 | てんかん性異常の有無の確認 |
眼底検査 | うっ血乳頭の評価 |
頭蓋内圧亢進の程度を正確に把握するため、髄液検査を行うことがあり、この検査では同時に髄膜炎などの感染症の除外診断もできます。
脳波検査では、脳の電気的活動を記録することで、てんかん性の異常や脳機能の全般的な低下などを評価しす。
また、眼底検査によるうっ血乳頭の有無の確認は、頭蓋内圧亢進の評価方法として有用です。
脳静脈洞血栓症の治療法と処方薬、治療期間
脳静脈洞血栓症の治療は、抗凝固療法を中心とした薬物療法が基本で、急性期から慢性期まで抗凝固薬の投与を行うとともに、血栓溶解療法や外科的治療を組み合わせて実施します。
抗凝固療法による血栓の進展予防
抗凝固療法は脳静脈洞血栓症治療における基本的な治療法です。
急性期には未分画ヘパリンあるいは低分子量ヘパリンを投与し、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を正常値の1.5~2.5倍に維持しながら、血栓の進展を抑制します。
ヘパリン投与による初期治療の期間は5〜7日間で、その後はワルファリンによる経口抗凝固療法へと移行していきます。
抗凝固薬の種類 | 投与方法と特徴 |
未分画ヘパリン | 持続静注、APTTモニタリング必要 |
低分子量ヘパリン | 皮下注射、モニタリング不要 |
ワルファリン | 経口投与、PT-INRによる調整必要 |
血栓溶解療法の実施方法
重症例や急速に進行する症例には血栓溶解療法を行い、ウロキナーゼやt-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)を使用し、全身投与または局所投与により血栓の溶解を図ります。
局所血栓溶解療法では、血管造影下でカテーテルを血栓近くまで到達させ血栓溶解薬を投与することで、より効果的な血栓の溶解を目指します。
この治療法は、全身投与と比較して少ない薬剤量で効果が得られることが利点です。
血栓溶解療法の実施にあたっての注意点
- 発症から治療開始までの時間が短いほど、治療効果が高くなる
- 血管造影検査で血栓の位置や範囲を正確に把握することが必要となる
- 投与方法や投与量は患者の状態に応じて慎重に決定
- 治療中は凝固系パラメータを頻回にモニタリング
- 出血性合併症の早期発見に努める
外科的治療の選択と実施
保存的治療に反応が乏しい症例や、急速に神経症状が悪化する症例では、外科的治療の実施を検討します。
減圧開頭術は、重度の頭蓋内圧亢進に対して実施する手術で、脳組織の圧迫を軽減することで二次的な損傷を予防します。
手術方法 | 適応と目的 |
減圧開頭術 | 重度の頭蓋内圧亢進、脳浮腫に対する緊急処置 |
血栓除去術 | 大きな血栓による閉塞、急性期の重症例 |
治療期間と経過管理
抗凝固療法の継続期間は3〜6ヶ月ですが、凝固異常や自己免疫疾患が原因となっている事例では、より長期の治療継続が必要となることがあります。
また、早期の段階から理学療法やリハビリテーションを開始することで、二次的な合併症を予防するとともに、日常生活動作の改善を図ることも大切です。
脳静脈洞血栓症の治療における副作用やリスク
脳静脈洞血栓症の治療では、抗凝固療法を中心とした薬物療法に伴う出血性合併症のリスクと、頭蓋内圧亢進に対する減圧術などの外科的処置に関連する手術後合併症などがあります。
抗凝固療法に伴うリスク
抗凝固薬の使用においては、投与量や投与期間の調整が血栓の進行防止と出血リスクのバランスを決定づける大切な要素です。
未分画ヘパリンやワルファリンなどの抗凝固薬による治療では、頭蓋内出血や消化管出血などの重篤な出血性合併症のリスクがあります。
抗凝固薬 | 主な副作用とモニタリング項目 |
未分画ヘパリン | 出血傾向、血小板減少症、APTT延長 |
ワルファリン | 出血傾向、PT-INR上昇、薬物相互作用 |
DOACs | 消化管出血、腎機能障害、肝機能障害 |
抗凝固療法中は定期的な凝固能検査が必須であり、ワルファリン使用時には、PT-INRの厳密な管理により出血性合併症の予防に努めます。
頭蓋内圧亢進への対応と合併症
頭蓋内圧亢進に対する治療では、以下の副作用に注意が必要です。
- 浸透圧利尿薬による電解質異常と腎機能障害
- ステロイド薬による血糖値上昇と感染リスクの増加
- 脳脊髄液排除に伴う髄液漏や感染症
- 減圧開頭術後の創部感染や髄膜炎
- 頭蓋形成術における人工材料関連合併症
薬物相互作用による影響
抗凝固薬と他の薬剤との相互作用は、治療効果の変動や副作用を引き起こす可能性があります。
併用薬剤 | 相互作用のリスク |
抗血小板薬 | 出血リスクの増加、消化管出血 |
解熱鎮痛薬 | 抗凝固作用の増強、胃粘膜障害 |
抗菌薬 | ワルファリンの作用増強、PT-INR上昇 |
特にワルファリンは多くの薬剤や食品と相互作用を示すため、新規薬剤の追加や食事内容の変更時には慎重なモニタリングが欠かせません。
長期的な抗凝固療法の課題
長期の抗凝固療法では、骨粗鬆症や微小出血などの慢性的な合併症リスクがあります。
高齢者や腎機能障害を有する患者では、薬物の体内動態が変化することにより、予期せぬ副作用が現れることを考慮しなければなりません。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法にかかる費用
治療内容 | 自己負担額(3割負担の場合) |
抗凝固薬(ヘパリン) | 1日あたり2,000円~3,000円 |
経口抗凝固薬(ワルファリン) | 1日あたり100円~200円 |
血栓溶解薬 | 1回あたり30,000円~50,000円 |
点滴関連費用 | 1日あたり1,500円~2,500円 |
手術および処置の費用
血管内治療や外科的処置には以下のような費用が必要です。
- 血管内治療(カテーテル治療)90万円~120万円
- 減圧開頭術 120万円~150万円
- 血栓除去術 100万円~130万円
- 術後管理(ICU管理)1日あたり15,000円~20,000円
- 術後リハビリテーション 1日あたり3,000円~5,000円
検査関連費用の詳細
検査項目 | 自己負担額(3割負担の場合) |
血液凝固検査 | 1回あたり2,000円~3,000円 |
頭部MRI/MRA | 1回あたり12,000円~15,000円 |
脳血管造影 | 1回あたり30,000円~40,000円 |
凝固系因子検査 | 1回あたり5,000円~8,000円 |
長期治療における費用の変動要因
外来での継続治療では、抗凝固薬の種類や投与期間によって月額3万円から5万円が自己負担額です。
定期的な画像検査や血液検査の実施により、月に1回程度の検査を行う場合、追加で1万円から2万円程度の費用が発生します。
入院期間が長期化した際には、リハビリテーション料や療養環境費用なども加算され、1ヶ月あたりの総額が30万円を超えることもあります。
以上
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