Tolosa-Hunt症候群 – 脳・神経疾患

Tolosa-Hunt症候群(Tolosa-Hunt syndrome)とは、目の奥や眼窩周辺に激しい痛みが生じ、複視や、眼球を動かす筋肉の働きが低下することで目の動きが悪くなるなどの症状を起こす、炎症性の神経疾患です。

眼窩先端部や脳の重要な部位である海綿静脈洞に原因不明の炎症が発生し、その部分を通っている複数の脳神経が障害を受けることで、様々な眼の異常が生じます。

片側の目に起こる持続的な痛みは、日常生活を送ることが困難になるほどの激しいものです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Tolosa-Hunt症候群の主な症状

Tolosa-Hunt症候群は、眼窩の奥に生じる炎症により、激しい頭痛と眼の運動障害を起こります。

痛みの性質と特徴的な症状

眼窩周辺部における持続的な痛みは最も特徴的な症状で、激しい頭痛は、眼窩の周囲や前頭部に集中的に現れます。

痛みは数日から数週間に及び、鈍い痛みから始まり、次第に拍動性の強い痛みへと変化していきます。

眼窩周辺の痛みに加えて、眼球運動時に増強する痛みのパターンが観察され、この症状は重要な指標です。

眼球運動障害と視覚症状

眼球運動の制限はTolosa-Hunt症候群の代表的な神経学的症状であり、原因は、外眼筋を支配する脳神経である動眼神経、滑車神経、外転神経のいずれかが障害されることです。

障害される脳神経主な症状
動眼神経上下左右の眼球運動制限、眼瞼下垂、瞳孔異常
滑車神経上方視での複視、眼球の下転障害
外転神経外側への眼球運動制限、内斜視

神経障害により物が二重に見える複視や、まぶたが垂れ下がる眼瞼下垂などの症状が単独で、あるいは組み合わさって生じます。

随伴症状と神経学的所見

主要な症状に加えて、さまざまな随伴症状が見られます。

  • 三叉神経領域の感覚障害による顔面のしびれや異常感覚
  • 顔面神経麻痺による表情筋の動きの低下
  • 内耳神経障害によるめまいやふらつき
  • 視神経障害による視力低下や視野異常
  • 舌下神経障害による舌の運動障害や構音障害

神経学的所見を調べるには、脳神経の詳細な評価が必須です。

検査項目臨床所見
眼球運動検査複数の方向への運動制限、眼振の有無
視力・視野検査視力低下、視野欠損の評価
瞳孔検査瞳孔不同、対光反射の異常
感覚検査三叉神経領域の感覚異常の分布

症状の時間的推移と特徴

本症候群の症状は、数日から数週間かけて徐々に進行し、片側性に出現することが特徴です。

まず眼窩周囲の痛みが現れ、その後に眼球運動障害や他の神経症状が続発するというパターンを示します。

Tolosa-Hunt症候群の原因

Tolosa-Hunt症候群は、眼窩先端部における原因不明の肉芽腫性炎症により、眼窩内の組織や脳神経に障害が生じます。

基本的な病態生理

眼窩先端部の炎症性変化は、免疫系の異常な活性化により起こり、この過程で炎症性細胞の浸潤と肉芽腫様組織の形成が認められます。

炎症の発生機序は、自己免疫反応が関与していることが示唆されており、何らかの要因により免疫系が過剰に活性化され、眼窩内の正常組織に対して攻撃を開始することで病態が進行していくのです。

炎症の特徴病理学的所見
細胞浸潤リンパ球・形質細胞の集積、好中球浸潤
組織変化線維化、肉芽腫形成、血管壁肥厚
炎症範囲海綿静脈洞、上眼窩裂、眼窩先端部

免疫学的メカニズム

自己免疫反応の詳細な機序については、いくつかの免疫学的な異常が関与しています。

  • T細胞を中心とした細胞性免疫の活性化による組織障害
  • B細胞による自己抗体の産生と免疫複合体の形成
  • サイトカインネットワークの破綻による炎症の慢性化
  • マクロファージの活性化による組織破壊の促進
  • 血管内皮細胞の活性化による炎症の増強

免疫学的異常は複雑に絡み合って持続的な炎症状態を形成し、肉芽腫性炎症という特徴的な病理像を形成します。

遺伝的要因と環境因子

遺伝的背景については、特定の遺伝子多型や免疫関連遺伝子の変異が複数組み合わさることで、発症リスクを高めることが分かってきました。

関連因子影響
遺伝的素因HLA型との関連、免疫調節遺伝子の変異
環境要因ウイルス感染、ストレス、免疫系の変調
全身性疾患自己免疫疾患、血管炎症候群との関連

診察(検査)と診断

Tolosa-Hunt症候群の診断では、患者さんの症状に関する問診から始まり、各種画像検査による炎症所見の確認、さらには様々な検査データを総合的に分析します。

診察の基本的な流れ

初診では、患者さんから目の痛みや複視などの症状について聞き取り、いつ頃からどのような経過をたどってきたのか、また痛みの性質や程度はどのように変化してきたのかなど、確認します。

眼球運動の検査においては6つの方向への眼球の動きを観察し、どの方向に動かしたときに制限が生じるのか、またどの角度で複視が現れるのかを把握することが大切です。

画像診断の実際

検査方法主な確認ポイント
MRI検査海綿静脈洞の腫大や造影効果
CT検査骨病変の有無と周囲組織の状態
血管造影血管の狭窄や閉塞の確認

MRI検査では、T1強調画像やT2強調画像、造影剤を用いた造影検査など、複数の撮影方法を組み合わせることで、病変の把握が可能です。

CT検査においては、骨構造の異常の有無を確認するとともに、周囲の軟部組織の状態も観察することで、腫瘍性病変や外傷性の変化との区別を行えます。

鑑別診断のためのポイント

鑑別診断に必要な検査項目

  • 血液検査(炎症反応、自己抗体、感染症関連など)
  • 髄液検査(細胞数、蛋白、糖、培養検査)
  • 甲状腺機能検査
  • 腫瘍マーカー検査
  • 血管炎関連の検査

鑑別診断の過程では、血液検査や髄液検査の結果を総合的に判断することが重要で、炎症反応や自己抗体の有無、感染症の可能性について評価を進めます。

血液検査では一般的な炎症マーカーだけでなく、各種自己抗体や腫瘍マーカーなども確認することで、自己免疫疾患や腫瘍性病変のについても検討を行います。

また、髄液検査では、細胞数や蛋白、糖などの項目に加えて、培養検査やウイルス検査なども実施することで、感染性疾患との区別を明確にすることが大切です。

Tolosa-Hunt症候群の治療法と処方薬、治療期間

Tolosa-Hunt症候群の基本的な治療法は副腎皮質ステロイド薬による免疫抑制療法です。

ステロイド療法

副腎皮質ステロイド薬による治療は、強力な抗炎症作用と免疫抑制作用により炎症性病変の改善を図り、プレドニゾロンを中心とした経口ステロイド薬の投与が第一選択です。

初期にはプレドニゾロンを0.5〜1.0mg/kg/日を投与し、投与開始から48〜72時間以内に多くの患者さんで痛みの軽減が得られます。

投与期間ステロイド投与量
初期2週間0.5-1.0mg/kg/日
3-4週目初期量の75%
2ヶ月目初期量の50%
3-6ヶ月目漸減して中止

初期治療で十分な効果が得られない際には、メチルプレドニゾロンによるステロイドパルス療法を考慮することもあります。

免疫抑制薬による治療

ステロイド治療に反応が乏しい症例や、長期的なステロイド使用が困難な患者さんに対しては、免疫抑制薬の使用を検討することがあります。

  • アザチオプリン 50-100mg/日から開始し、効果と副作用をモニタリングしながら用量を調整
  • メトトレキサート 7.5-15mg/週で開始し、効果不十分な場合は20mg/週まで増量
  • シクロホスファミド 重症例や難治例において検討、50-100mg/日で開始
  • ミコフェノール酸モフェチル ステロイド減量時の補助療法として使用、1000-2000mg/日

免疫抑制薬は、長期的な免疫調節効果を目的として使用し、ステロイド減量時の再発予防にも有効です。

対症療法と補助的治療

疼痛管理においては、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や神経障害性疼痛治療薬を併用します。

薬剤分類使用薬剤例と投与量
NSAIDsロキソプロフェン180mg/日、セレコキシブ200mg/日
神経障害性疼痛薬プレガバリン150-300mg/日、ガバペンチン900-1800mg/日
筋弛緩薬チザニジン6mg/日、エペリゾン150mg/日

治療期間と投薬スケジュール

治療期間は3〜6ヶ月程度を要し、この間、炎症の活動性や症状の改善度合いに応じて、薬剤の投与量を段階的に調整します。

長期的な治療経過においては、免疫抑制薬の併用により、ステロイド薬の総投与量を抑えながら、疾患の活動性をコントロールすることが目標です。

Tolosa-Hunt症候群の治療における副作用やリスク

Tolosa-Hunt症候群の治療で用いるステロイド薬を中心とした免疫抑制療法には、様々な副作用やリスクが伴います。

ステロイド治療における副作用

ステロイド治療に際しては、投与開始直後から様々な代謝系への影響が現れることがあり、血糖値の上昇や血圧の変動については、投与開始後早期から経過観察が必要です。

また、免疫抑制作用による感染症への抵抗力の低下は、治療期間全体を通じて注意を要する問題で、呼吸器感染症や皮膚感染症などの一般的な感染症に対する予防的な対策を講じます。

副作用症状
代謝異常血糖上昇、脂質異常
消化器系胃潰瘍、消化不良
循環器系高血圧、浮腫

消化器系への影響としては、胃粘膜の防御機能が低下することによる胃潰瘍のリスクが高まるため、胃粘膜保護剤の使用を検討します。

免疫力低下に関連するリスク

免疫抑制作用による感染症リスクへの注意点

  • 一般的な感染症への注意
  • 日和見感染症の予防
  • ワクチン接種への配慮
  • 感染徴候の早期発見
  • 緊急時の連絡体制

ステロイド投与中は、通常では問題とならない程度の細菌やウイルスでも重症化することがあるため、基本的な感染予防対策を徹底することが大切です。

骨粗鬆症と筋力低下

ステロイドの長期投与に伴う骨代謝への影響は、投与開始後早期から始まり、定期的な骨密度の測定と、カルシウムやビタミンDの補充療法を実施します。

予防対策観察項目
カルシウム摂取骨密度の変化
ビタミンD補充筋力の状態
運動指導転倒リスク

骨粗鬆症の進行を防ぐためには、定期的な骨密度測定に加えて、運動習慣の維持や、骨粗鬆症治療薬の使用を検討することもあります。

長期使用による合併症

ステロイドの長期使用に伴う合併症としては、白内障や緑内障などの眼科的な問題も生じることから、定期的な眼科検査が大切です。

また、皮膚の脆弱化や創傷治癒の遅延なども起こりやすくなります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

基本的な検査費用

検査種類3割負担での概算費用
通常MRI15,000〜25,000円/回
造影MRI20,000〜30,000円/回
一般血液検査3,000〜5,000円/回
免疫系検査5,000〜8,000円/回

薬物療法にかかる費用

薬剤種類3割負担での月額費用
ステロイド薬3,000〜8,000円
免疫抑制薬8,000〜15,000円
非ステロイド性抗炎症薬2,000〜4,000円
神経障害性疼痛治療薬5,000〜10,000円
胃薬(ステロイド併用時)2,000〜3,000円
筋弛緩薬3,000〜5,000円

治療に使用する主な薬剤の種類と特徴

  • 副腎皮質ステロイド薬 炎症を抑える中心的な薬剤として使用
  • 免疫抑制薬 長期的な炎症コントロールのために併用
  • 鎮痛薬 症状に応じて使い分けながら使用
  • 胃薬 ステロイドの副作用予防のために使用

以上

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