亜急性硬化性全脳炎(SSPE) – 感染症

亜急性硬化性全脳炎(SSPE subacute sclerosing panencephalitis)とは、麻疹ウイルス感染後の、重篤な合併症の一つです。

この病気は通常、麻疹に罹患してから数年から10年の間に発症することが多く、主に小児や若年層に見られます。

SSPEは脳の炎症と変性を引き起こすため、痙攣、認知機能の低下、運動障害などの症状が徐々に進行していきます。

まれな疾患ではあるものの、SSPEの予後は非常に不良であり、発症から数年以内に死亡に至るケースがほとんどです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の種類(病型)

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は、臨床症状の進行に応じて4つの病型に分類され、第1期から第4期まで、患者の状態は段階的に悪化していきます。

第1期(初発期)

第1期は初発期とも呼ばれ、行動の変化、知的機能の退行、学業成績の低下などが主な症状です。

この時期は、まだ明らかな神経学的異常所見は認められません。

症状特徴
行動の変化怒りっぽくなる、無気力になるなど
知的機能の退行既に獲得していた能力が徐々に失われていく
学業成績の低下学習能力が低下し、成績が下がる

第2期(急性期)

第2期は急性期と呼ばれ、ミオクローヌス、痙攣発作、錐体路徴候、錐体外路徴候などが現れ、SSPEに特徴的な症状が明らかになってきます。

  • ミオクローヌス:突然の筋肉の収縮により、不随意な体の動きが起こります
  • 痙攣発作:全身または部分的な筋肉の収縮が持続的に起こります
  • 錐体路徴候:バビンスキー反射などの病的反射が見られます
  • 錐体外路徴候:筋強剛、寡動、振戦などの症状が現れます
症状特徴
ミオクローヌス突発的な筋収縮により不随意運動が起こる
痙攣発作全身または部分的な筋収縮が持続する

第3期(慢性期)

第3期は慢性期であり、無動無言状態、除皮質硬直、自律神経障害などが見られるようになり、この時期になると、患者さんは寝たきりの状態となり、日常生活動作(ADL)は著しく低下します。

無動無言状態では、自発的な運動や発語がほとんど見られなくなり、除皮質硬直は、四肢の屈曲拘縮が進行し、体が硬直した状態に。

自律神経障害では、発汗異常、体温調節障害、血圧の不安定などが起こります。

第4期(終末期)

第4期は終末期であり、完全な植物状態となり、 自発呼吸は停止し、最終的には心停止により死に至ります。

第4期に至るまでの経過は数ヶ月から数年と個人差が大きいですが、不可逆的な経過をたどります。

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の主な症状

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の主な症状は、精神症状、認知機能低下、けいれん発作、不随意運動などです。

精神症状と認知機能低下

SSPEの初期には、性格変化や学力低下などの精神症状や認知機能低下が現れることが多いです。

無気力、感情の平板化、記憶力低下、集中力低下などの症状が見られます。

精神症状認知機能低下
無気力記憶力低下
感情の平板化集中力低下

けいれん発作と不随意運動

SSPEの中期以降になると、けいれん発作や不随意運動が現れることが多いです。

けいれん発作には、全身性のけいれんや部分的なけいれんなどさまざまな種類があります。

不随意運動

  • ミオクローヌス(突発的な筋肉の収縮)
  • ジストニア(筋肉の持続的な収縮によるねじれや異常姿勢)
  • コレオアテトーゼ(不規則で予測不能な舞踏病様の動き)
けいれん発作不随意運動
全身性のけいれんミオクローヌス
部分的なけいれんジストニア
コレオアテトーゼ

進行性の経過

SSPEの症状は、数ヶ月から数年かけて徐々に進行していきます。

初期症状が見られてから、けいれん発作や不随意運動などの神経症状が現れるまでの期間は、数ヶ月から1年程度です。

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の原因・感染経路

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は、麻疹ウイルスの持続感染が原因となって発症する極めてまれな疾患です。

麻疹ウイルスに感染したのち、数年から数十年という長い潜伏期間を経て発症します。

麻疹ウイルスの持続感染が原因

SSPEを引き起こすのは、麻疹ウイルスの持続感染です。

麻疹ウイルスは、麻疹という病気の原因となるウイルスであり、空気感染や飛沫感染によって人から人へ伝播します。

麻疹に感染すると、約2週間の潜伏期間ののちに発熱や発疹などの症状が現れます。

通常、麻疹は自然に治癒しますが、まれに麻疹ウイルスが中枢神経系に潜伏感染し、数年から数十年という長い期間を経てSSPEを発症するこも。

麻疹ウイルスSSPE
麻疹の原因となるウイルス麻疹ウイルスの持続感染が原因
空気感染、飛沫感染で人から人へ伝播数年から数十年の潜伏期間ののちに発症

SSPEの発症メカニズム

SSPEがどのようにして発症するのか、メカニズムについてはまだ完全には解明されていませんが、以下のような仮説があります。

  • – 麻疹ウイルスが中枢神経系に潜伏感染し、長期間にわたって持続感染を起こす
  • – 免疫機構の異常により、ウイルスを排除できない状態が続く
  • – 潜伏感染したウイルスが再活性化し、脳組織の炎症や変性を引き起こす

麻疹ウイルスの遺伝子変異や宿主の免疫応答の異常が、SSPEの発症に関与しているのではないかと示唆されています。

SSPEの感染経路

SSPEは麻疹ウイルスの持続感染によって発症するため、麻疹と同じような感染経路をたどります。

麻疹は空気感染や飛沫感染で人から人へ伝播するため、感染者との接触や、感染者が咳やくしゃみをした際に放出されるウイルスを吸い込むことで感染。

感染経路感染リスク
空気感染高い
飛沫感染高い
接触感染低い

ただし、SSPEそのものは感染症ではないため、SSPE患者から直接感染することはありません。

診察(検査)と診断

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の診断をするには、臨床症状を評価すると同時に、脳波検査、髄液検査、血清学的検査などの検査を実施することが必要です。

臨床症状の評価

医師がSSPEの診断をする際、まず大切になるのが臨床症状の評価です。

医師は患者さんから詳しい病歴を聞き取り、神経学的な診察を行うことで、SSPEの可能性がある症状がないかどうかを確認します。

脳波検査

SSPEの診断には、脳波検査が欠かせない検査の1つとされています。

SSPEの患者さんの脳波を調べると、周期性同期性放電(PSD)と呼ばれる特有の所見が認められるケースが多いです。

脳波所見特徴
周期性同期性放電(PSD)全般性の高振幅徐波複合
基礎律動の徐波化背景脳波の徐波化

髄液検査

髄液検査を行うと、髄液中の細胞数が増加していたり、蛋白濃度が上昇していたりするなど、非特異的な所見が見られたり、また、髄液中の麻疹ウイルス抗体価が上昇していることを確認できる場合もあります。

髄液所見特徴
細胞数リンパ球優位の軽度上昇
蛋白濃度軽度〜中等度上昇
糖濃度正常〜軽度低下
麻疹ウイルス抗体価血清より高値

血清学的検査

血清学的検査では、血清中の麻疹ウイルス抗体価を計測し、SSPEでは、麻疹ウイルスに対するIgG抗体価が異常に高い値を示すことが多いです。

いくつかのような検査を組み合わせることによって、SSPEをより高い精度で診断することが可能となります。

  • 脳脊髄液中の麻疹ウイルス抗体価測定
  • 血清中の麻疹ウイルス抗体価測定
  • 脳脊髄液中のオリゴクローナルバンド検出

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の治療法と処方薬、治療期間

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の治療は、主に症状の緩和と病気の進行を遅らせることを目的とした対症療法が中心です。

そのため、抗ウイルス薬や免疫調整薬の投与、リハビリテーションなどを組み合わせた包括的なアプローチが重要視されています。

抗ウイルス薬療法

SSPEの原因となるはしかウイルスに対して、抗ウイルス薬を投与することで、ウイルスの増殖を抑制し、症状の進行を遅らせる効果が期待できます。

代表的な抗ウイルス薬は、イノシンプラノベクス(イソプリノシン)やリバビリンなどです。

薬剤名投与方法投与期間
イノシンプラノベクス経口数ヶ月〜数年
リバビリン経口または静注数週間〜数ヶ月

免疫調整療法

SSPEでは、過剰な免疫反応が脳の炎症を引き起こしているため、免疫抑制剤の投与により炎症を抑え、症状の進行を遅らせます。

ステロイド薬(プレドニゾロンなど)やインターフェロンβなどが用いられます。

薬剤名投与方法投与期間
プレドニゾロン経口または静注数週間〜数ヶ月
インターフェロンβ筋肉注射または皮下注射数ヶ月〜数年

支持療法とリハビリテーション

SSPEの患者さんに対しては、支持療法とリハビリテーションが実施されます。

  • ・痙攣発作に対する抗てんかん薬の投与
  • ・呼吸機能の維持と肺炎予防のための理学療法
  • ・嚥下障害に対する摂食・嚥下リハビリテーション
  • ・関節拘縮予防のための関節可動域訓練
  • ・意思疎通や認知機能の維持を目的としたコミュニケーション訓練

治療期間と予後

SSPEの治療は長期間にわたることが多く、数ヶ月から数年の継続的な治療が必要です。

予後と再発可能性および予防

亜急性硬化性全脳炎は治療が大変難しい病気で、完治は望めませんが、治療を行うことで症状の進行を遅らせ、生活の質を保つことができます。

再発のリスクは低いですが、予防には麻疹ワクチンの接種が欠かせません。

SSPEの治療予後

SSPEの治療予後はあまり良くなく、ほとんどの患者さんが数年以内に亡くなります。

ただし、早期に発見し治療を行えば、症状の進行を遅らせ、生存期間を伸ばすことが可能です。

治療開始時期予後
発症初期比較的良好
発症後期不良

SSPEの治療目標

SSPEの治療目標は、症状の進行を遅らせ、患者さんの生活の質を維持することです。

行われる治療

  • 抗ウイルス薬の投与
  • 免疫療法
  • 対症療法

SSPEの再発可能性

SSPEの再発は非常にまれですが、完治後も長期的なフォローアップが必要です。

再発のリスク因子としては、以下のようなものが考えられます。

  • 免疫抑制状態
  • 麻疹ウイルスの再活性化
  • 不完全な治療

再発を防ぐためには、定期的な経過観察と、免疫状態の維持が大切です。

再発リスク因子対策
免疫抑制状態免疫状態のモニタリング
麻疹ウイルスの再活性化抗ウイルス薬の継続投与
不完全な治療適切な治療の継続

SSPEの予防

SSPEを予防するためには、麻疹ワクチンの接種が最も重要で、麻疹ウイルスの感染を防ぐだけでなく、SSPEの発症リスクを大幅に減らせます。

推奨される予防策

  • 定期的な麻疹ワクチンの接種
  • 麻疹患者との接触を避ける
  • 海外渡航時のワクチン接種

特に、乳幼児期からの計画的なワクチン接種が大切です。

亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の治療における副作用やリスク

亜急性硬化性全脳炎の治療に用いられる抗ウイルス薬や免疫調節薬は、効果が期待される一方で、重大な副作用を引き起こすことがあります。

抗ウイルス薬の副作用

抗ウイルス薬の投与により、消化器症状や血液障害などの副作用が生じるがことあります。

副作用症状
消化器症状悪心、嘔吐、下痢など
血液障害白血球減少、貧血、血小板減少など

免疫調節薬の副作用

免疫調節薬の使用に伴い、感染症のリスクが高まる可能性があります。

  • 日和見感染症(カリニ肺炎、サイトメガロウイルス感染症など)
  • 結核の再活性化
  • ウイルス性肝炎の再燃

免疫抑制状態では、通常は問題とならない微生物が重篤な感染症を引き起こすことがあるため、注意が必要です。

長期的な副作用とリスク

亜急性硬化性全脳炎の治療は長期間にわたることが多く、薬剤の長期使用による副作用が懸念されます。

長期的な副作用リスク
腎機能障害薬剤の蓄積による腎臓へのダメージ
肝機能障害薬物代謝の負荷による肝臓への影響

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

高額な治療費

SSPEの治療では、抗ウイルス薬や免疫グロブリン療法など、高価な薬剤を使用する必要があるため、治療費が高額になりがちです。

治療費の目安

治療法費用(目安)
抗ウイルス薬数十万円~数百万円
免疫グロブリン療法数百万円~1,000万円以上

公的医療保険の適用

SSPEの治療は、公的医療保険の対象ですが、高額療養費制度の適用を受けたとしても、自己負担額が高額になることもあります。

医療費助成制度の活用

SSPEの患者さんは、医療費助成制度を利用できる可能性があります。

  • 小児慢性特定疾病医療費助成制度
  • 難病医療費助成制度
  • 自立支援医療費制度(精神通院医療)

以上

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