急性散在性脊髄炎(ADEM acute disseminated encephalomyelitis )とは、感染症が引き金となって発症する脳、脊髄、視神経の炎症性脱髄疾患です。
主に小児や若年成人に見られ、ウイルスや細菌感染、予防接種後に発症することがあります。
多くの患者さんは単相性の経過をたどり後遺症なく回復しますが、重症例の場合、後遺症が残ることや再発を繰り返すことも。
急性散在性脊髄炎(ADEM)の種類(病型)
急性散在性脊髄炎(ADEM)は、症状の経過や再発パターンに基づいて、いくつかの異なる病型に分類できます。
単相性ADEM
単相性ADEMは、ADEMの中で最も多くみられる病型です。 この病型を持つ患者さんは、初回のADEM発症後に再発を経験しません。
治療を受けることで、多くの患者さんは完全に回復できます。
病型 | 再発の有無 |
単相性ADEM | なし |
再発性ADEM | あり |
再発性ADEM
再発性ADEMは、単相性ADEMに次いで多い病型とされ、初回のADEM発症後に、同様の症状が再び現れます。
再発までの期間は、数か月から数年と幅があります。
多相性ADEM
多相性ADEMは、比較的まれにみられる病型で、この病型の特徴は、初回のADEM発症後に、初回とは異なる症状を伴う新たな再発が起こることです。
多相性ADEMの場合、再発の間隔にはばらつきがあります。
- ADEM-ON(視神経炎を伴うADEM)
- 急性出血性白質脳症(AHLE)
病型 | 特徴 |
ADEM-ON | 視神経炎を伴う |
AHLE | 白質の出血性病変を伴う |
その他の病型
ADEM-ONは、ADEMに加えて視神経炎を合併する病型で、AHLEはADEMの重篤な亜型の一つであり、白質に出血性の病変を生じるのが特徴です。
これらの病型では、標準的なADEMとは異なる治療アプローチが必要になることがあります。
急性散在性脊髄炎(ADEM)の主な症状
急性散在性脳脊髄炎は、感染症の後に発症する炎症性の脱髄疾患で、さまざまな神経症状が現れます。
発熱
急性散在性脳脊髄炎の初期症状の一つに、高熱が挙げられ、感染症の症状として現れるケースと、急性散在性脳脊髄炎自体による症状として現れるケースがあります。
頭痛
急性散在性脳脊髄炎では、多くの患者さんが頭痛を訴えます。
片頭痛のようにズキズキとした痛みを感じる人もいれば、重苦しい頭重感を訴える人も。
頭痛の性質 | 頻度 |
ズキズキとした痛み | 比較的多い |
重苦しい頭重感 | 比較的多い |
嘔吐
急性散在性脳脊髄炎の患者さんの中には、嘔吐を伴う人もいて、これは、頭蓋内圧亢進による症状と考えられています。
吐き気や嘔吐がある際は、脱水にも注意が必要です。
けいれん
急性散在性脳脊髄炎ではけいれん発作を起こすことがあり、全身性のけいれんや部分的なけいれんなど、いろいろなタイプのけいれんが見られます。
けいれんの種類 | 割合 |
全身性 | 60% |
部分的 | 40% |
運動障害
急性散在性脳脊髄炎では、脱髄による運動機能の低下が見られることがあります。
現れる症状
- 手足の脱力や麻痺
- 歩行障害
- 協調運動の障害
急性散在性脊髄炎(ADEM)の原因・感染経路
急性散在性脊髄炎(ADEM)は、ウイルスや細菌による感染が原因で発症し、ADEMの主な原因となる感染症には、麻疹、水痘、風疹、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎などがあります。
感染症名 | ウイルス/細菌 |
麻疹 | ウイルス |
水痘 | ウイルス |
風疹 | ウイルス |
インフルエンザ | ウイルス |
マイコプラズマ肺炎 | 細菌 |
ウイルスによる感染経路
空気感染は、空気中に浮遊するウイルスを吸入することで感染し、飛沫感染は、感染者のくしゃみや咳などの飛沫に含まれるウイルスを吸入することで感染します。
感染経路 | 説明 |
空気感染 | 空気中に浮遊するウイルスを吸入することで感染 |
飛沫感染 | 感染者のくしゃみや咳などの飛沫に含まれるウイルスを吸入することで感染 |
空気感染と飛沫感染は、ウイルスによるADEMの主な感染経路です。
細菌による感染経路
細菌によるADEMの感染は、感染者との直接的な接触や、感染者が触れた物に触れることによります。
細菌によるADEMの場合、接触感染が主な感染経路です。
感染リスクを高める要因
ADEMの感染リスクを高める要因としては、以下のようなものがあります。
- 免疫力の低下しているとき
- ワクチン未接種のとき
- 感染症の流行時期のとき
診察(検査)と診断
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)を正しく診断するためには、患者さんから詳しい病歴を聞き取り、神経学的な検査を行うことが重要です。
さらに、脳脊髄液検査やMRI検査を行うことで、より確実な確定診断へと繋げていきます。
詳細な病歴聴取と神経学的検査
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)が疑われるケースでは、まず初めに詳細な病歴聴取を行います。
発症に至るまでの経緯や、先行感染の有無などを確認するのが大切なポイントです。
さらに、神経学的検査を実施し、中枢神経系の障害状態を評価します。
運動機能、感覚機能、反射、協調運動などを詳しくチェックすることによって、病変の分布範囲や重症度を把握します。
臨床診断のポイント
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の臨床診断を行う際は、いくつかの点を重視します。
- 急性または亜急性の経過で発症する
- 中枢神経系の多巣性病変を示唆する症状や所見がある
- 先行感染やワクチン接種との関連性がある場合がある
- 他の疾患が除外できる
これらの特徴を総合的に判断し、臨床診断を下していくことになります。
確定診断に必要な検査
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の確定診断のためには、検査が必要です。
脳脊髄液検査
検査項目 | 特徴 |
細胞数 | 軽度~中等度の単核球優位の上昇 |
蛋白 | 軽度~中等度の上昇 |
オリゴクローナルバンド | 陰性であることが多い |
MRI検査
撮影部位 | 特徴的な所見 |
脳 | 散在性の高信号病変(T2強調画像、FLAIR画像) |
脊髄 | 散在性の高信号病変(T2強調画像) |
鑑別診断の重要性
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)は、いくつかの疾患と鑑別を要します。
- 多発性硬化症(MS)
- 視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)
- 感染性脳炎・脳症
- 脳腫瘍
- 脳血管障害
急性散在性脊髄炎(ADEM)の治療法と処方薬、治療期間
急性散在性脳脊髄炎の治療では、炎症の抑制と免疫系の異常反応の制御が大切で、治療期間は通常、数週間から数ヶ月に及びます。
初期治療:ステロイド療法
急性散在性脳脊髄炎の第一選択治療は、高用量ステロイド(通常はメチルプレドニゾロン)の静脈内投与で、炎症を速やかに抑え、症状の進行を食い止めることが可能です。
投与期間は一般的に3〜5日間とし、その後は経口ステロイドに切り替えて徐々に減量していきます。
ステロイド | 投与経路 | 投与期間 |
メチルプレドニゾロン | 静脈内 | 3〜5日間 |
プレドニゾロン | 経口 | 数週間かけて漸減 |
二次治療:免疫グロブリン療法
ステロイド療法で十分な効果が得られない患者さんに対しては、免疫グロブリン療法の選択肢があります。
この療法は健康な人から採取した抗体を患者さんに投与するものです。
炎症の抑制と免疫系の異常反応の是正に働きかけ、通常、1〜2g/kgを2〜5日間かけて点滴で投与します。
三次治療:血漿交換療法
ステロイド療法や免疫グロブリン療法でも改善が見られない難治性の患者さんについては、血漿交換療法の実施が検討されます。
患者さんの血液から病的な抗体を含む血漿を取り除き、新鮮な血漿やアルブミン製剤に置換し、炎症を引き起こす因子を体内から除去することが可能です。
療法 | 適応 | 効果 |
血漿交換療法 | 難治性ADEM | 炎症惹起因子の除去 |
免疫吸着療法 | 難治性ADEM | 病的抗体の選択的除去 |
補助療法と長期管理
急性散在性脳脊髄炎の治療においては、補助療法も重要な役割を担います。
急性期の治療が奏功した後も、再発予防と後遺症管理のための長期的なフォローアップが必要です。
定期的な神経学的評価や画像検査を行い、病勢をモニタリングしていくことになります。
予後と再発可能性および予防
急性散在性脳脊髄炎は適切に治療すれば予後は比較的良好ですが、患者さんの一部に後遺症が残ったり、再発するリスクがあります。
予防にはワクチン接種と感染予防対策が有効です。
治療予後について
急性散在性脳脊髄炎の治療予後は全般的に良く、患者さんの多くは数週間から数ヶ月で症状が改善し、後遺症なく回復します。
ただし、運動機能障害や認知機能障害などの後遺症が残るケースも。
予後 | 割合 |
後遺症なし | 約70-90% |
軽度の後遺症 | 約10-20% |
重度の後遺症 | 約5-10% |
再発リスクについて
急性散在性脳脊髄炎は単相性の疾患で、多くは1回の発症で終わりますが、患者さんの一部で再発することがあります。
再発率は5-10%程度です。
再発予防について
予防法 | 効果 |
感染対策 | ◎ |
ワクチン接種 | ○ |
ストレス管理 | △ |
長期的な管理の重要性
急性散在性脳脊髄炎から回復した後も、定期的な経過観察が重要です。
身体機能や認知機能の評価を行い、必要であればリハビリテーションを継続します。
急性散在性脊髄炎(ADEM)の治療における副作用やリスク
急性散在性脊髄炎(ADEM)の治療では、副作用やリスクを十分に理解し、適切に管理することが大切で、特に注意が必要なのは、免疫抑制療法による感染症のリスク増大です。
免疫グロブリン大量静注療法の副作用
免疫グロブリン大量静注療法の副作用
副作用 | 頻度 |
発熱 | 1-5% |
頭痛 | 1-5% |
悪寒 | 1-5% |
これらの副作用は多くの場合、軽度で一過性ですが、注意が必要で、また、まれにアナフィラキシー反応を起こすこともあります。
血漿交換療法のリスク
血漿交換療法は有効な治療法ですが、一定のリスクもあります。
リスク | 対策 |
感染症 | 無菌操作の徹底、カテーテル挿入部の管理 |
出血傾向増大 | 抗凝固薬の調整、止血の確認 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
ADEMの治療費の概要
ADEMの治療費は、入院にかかる費用、薬の費用、リハビリテーションの費用などです。
症状が軽い場合は数十万円程度で済むこともありますが、重症化すると数百万円以上かかってしまうこともあります。
軽症 | 重症 |
数十万円 | 数百万円以上 |
高額療養費制度の活用
ADEMの治療費が高額になった場合、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることが可能です。
高額療養費制度の自己負担限度額は、所得に応じて設定されています。
所得区分 | 自己負担限度額(月額) |
住民税非課税 | 35,400円 |
一般 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
現役並み所得者 | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% |
・住民税非課税の場合は、月額35,400円が自己負担限度額となります。
・一般の場合は、月額80,100円に加えて、267,000円を超える医療費の1%が自己負担額となります。
・現役並み所得者の場合は、月額252,600円に加えて、842,000円を超える医療費の1%が自己負担額となります。
以上
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