収縮性心膜炎(Constrictive pericarditis)とは、心臓を覆っている心膜の肥厚、硬化、癒着により心臓が圧迫され、拡張障害を引き起こす疾患です。
心膜の異常により心臓が締め付けられるため、心臓への血液の流入が妨げられ、うっ血性心不全の症状があらわれます。
息切れ、浮腫、腹水、胸水など右心不全を示す症状が特徴で、重篤な心不全症状を引き起こす可能性があります。
収縮性心膜炎の種類(病型)
収縮性心膜炎は病型に応じて、一過性収縮性心膜炎、滲出性収縮性心膜炎、慢性収縮性心膜炎の3つに分類されます。
病型 | 滲出液の有無 | 心膜の肥厚 |
滲出性収縮性心膜炎 | あり | あり |
慢性収縮性心膜炎 | なし | あり |
一過性収縮性心膜炎は可逆的な経過をたどることが多いのに対し、滲出性収縮性心膜炎や慢性収縮性心膜炎では心機能の低下が問題となります。
一過性収縮性心膜炎
特徴 | 説明 |
発症 | 急性または亜急性 |
持続期間 | 数週間から数ヶ月 |
一過性収縮性心膜炎の特徴は、心膜の炎症が比較的短期間で収まることであり、自然軽快するものや薬物療法により回復が見込める病型です。
心膜の収縮が一時的なため、心機能へ与える影響は限られているケースが多いです。
滲出性収縮性心膜炎
滲出性収縮性心膜炎は、心膜の炎症によって滲出液が貯まると同時に、心膜の収縮が起こる病型です。
- 心膜の炎症と滲出液貯留が同時に発生する
- 心膜の肥厚と収縮が徐々に進行する
- 心機能の低下が見られる
滲出液の量が多いと、心タンポナーデを合併する恐れがあるため注意が必要です。
慢性収縮性心膜炎
慢性収縮性心膜炎は、心膜が線維性に肥厚し石灰化することで、心膜が持続的に収縮した状態となる病型です(3~6カ月以上持続するもの)。
心膜の肥厚と石灰化は元に戻らず、進行性の心機能低下を引き起こします。
慢性収縮性心膜炎の原因には、結核性心膜炎や放射線照射後の心膜炎などが知られています。
収縮性心膜炎の主な症状
収縮性心膜炎の症状は非特異的なものが多いため、早期発見が難しいとされています。
呼吸困難や浮腫などの心不全症状が見られた場合、収縮性心膜炎の可能性を考慮し、検査を行うことが重要です。
呼吸困難と浮腫
収縮性心膜炎の代表的な症状として、呼吸困難と浮腫が挙げられます。
心臓の拡張制限により心臓への血液還流が減少し、その結果、肺うっ血や全身の浮腫が生じます。
特に、活動時の呼吸困難や下肢の浮腫が顕著に現れる傾向です。
症状 | 特徴 |
呼吸困難 | 労作時に顕著に現れる |
浮腫 | 下肢に現れる場合が多い |
腹部症状
収縮性心膜炎では、うっ血性肝腫大や腹水貯留などの腹部症状も観察されるケースがあります。
これらの症状は、心不全による静脈圧上昇が原因で起こります。
- 腹部膨満感
- 食欲不振
- 嘔気・嘔吐
頸静脈怒張・Kussmaul兆候
心不全による静脈圧上昇は、頸静脈怒張としても表れます。
仰臥位で頸静脈の怒張が明らかに認められる場合、収縮性心膜炎を疑う必要があります。
さらに、収縮性心膜炎では、Kussmaul(クスマウル)兆候と呼ばれる特異的な所見が見られます。
Kussmaul兆候とは、吸気時に頸静脈圧が上昇する現象です。
心膜の拘束により、吸気時の心臓への静脈還流が制限されるために起こります。
その他の症状
収縮性心膜炎では、倦怠感や体重増加といった非特異的な症状を伴う場合もあります。
また、不整脈や胸痛などの心臓関連症状が現れるケースもあります。
収縮性心膜炎の原因
収縮性心膜炎の原因は、感染性、非感染性、特発性の3つに大別できます。
日本では結核性の収縮性心膜炎はほとんどみられず、現在は突発性やウイルス性によるもの、放射線治療や心臓手術後の収縮性心膜炎が多いです。
感染性の原因
感染性の原因には、結核、ウイルス感染、細菌感染などがあります。
中でも結核は、発展途上国において今なお重要な原因の一つとされています。
結核菌による心膜への直接感染が心膜の肥厚や石灰化を引き起こし、収縮性心膜炎を発症させます。
非感染性の原因
非感染性の原因 | 詳細 |
放射線照射 | 心膜の炎症と遷延化 |
心臓手術 | 術後の心膜炎症 |
自己免疫疾患 | 全身性エリテマトーデス、リウマチ性多発筋痛症など |
悪性腫瘍 | 心膜への転移 |
非感染性の原因としては、放射線照射、心臓手術、自己免疫疾患、悪性腫瘍などがあります。
放射線照射や心臓手術後の心膜炎症が遷延化したり、全身性エリテマトーデスやリウマチ性多発筋痛症などの自己免疫疾患による心膜の慢性炎症が収縮性心膜炎を引き起こしたりするケースが代表的です。
また、悪性腫瘍の心膜転移も心膜の肥厚や硬化の原因となり得ます。
特発性の原因
- 原因不明
- 徐々に進行する心膜の炎症や肥厚
- 自己免疫的機序の関与の可能性
原因が特定できない特発性の収縮性心膜炎も少なからず存在します。
特発性の場合、心膜の炎症や肥厚が徐々に進行し、収縮性心膜炎を発症します。
その機序は完全には解明されていませんが、何らかの自己免疫的機序の関与が示唆されています。
診察(検査)と診断
収縮性心膜炎を診断するためには、身体所見や画像検査、心臓カテーテル検査などを組み合わせて総合的に判断する必要があります。
身体所見・画像検査
収縮性心膜炎の場合、頸静脈怒張、肝腫大、下腿浮腫など右心不全を示唆する徴候が認められるケースが多いです。
また、聴診で心膜摩擦音が聞こえる場合もあります。
心電図を撮影すると、低電位差やST-T変化など非特異的な所見が見られるのも特徴です。
胸部X線では心拡大や胸水貯留が認められ、心エコー図検査では以下のような特徴的な所見が得られます。
- 心室中隔が奇異性運動を示す
- 下大静脈が拡張し、呼吸による変動が消失している
- 左室後壁の拡張早期速度(e’)が低下している
- 三尖弁輪収縮期移動距離(TAPSE)が低下している
心臓MRI検査を行うと心膜の肥厚と造影効果が認められ、心臓CTでは石灰化を伴う心膜肥厚が見られます。
検査方法 | 特徴的な所見 |
心電図 | 低電位差、非特異的ST-T変化 |
胸部X線 | 心拡大、胸水貯留 |
心エコー図 | 心室中隔の奇異性運動、下大静脈の拡張と呼吸性変動の消失、左室後壁のe’低下、TAPSEの低下 |
心臓MRI | 心膜の肥厚と造影効果 |
心臓CT | 石灰化を伴う心膜肥厚 |
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査では以下のような所見がみられます。
検査所見 | 特徴 |
右房圧と右室拡張末期圧 | 上昇と平低化 |
左右心室の拡張末期圧 | 等圧化 |
心室圧波形の下降脚 | dip and plateau |
心室圧曲線の呼吸性変動 | 消失 |
心膜の病理学的検査
収縮性心膜炎の確定診断のためには、心膜切除術によって採取した心膜の病理学的検査が必要です。
病理検査では以下のような所見が認められます。
- 心膜が線維性に肥厚している
- 石灰化を伴っている
- 炎症細胞の浸潤がある
- 癒着が見られる
鑑別診断
収縮性心膜炎と鑑別を要する疾患としては、以下のようなものがあります。
- 拘束型心筋症
- 三尖弁閉鎖不全症
- 右室梗塞
- 肺高血圧症
収縮性心膜炎の治療法と処方薬、治療期間
収縮性心膜炎の治療の基本は、外科的な心膜剥離術です。
薬物療法は対症的に用いられ、利尿薬やステロイド薬が処方されます。
治療法 | 概要 |
心膜剥離術 | 肥厚した心膜を外科的に切除する |
薬物療法 | 利尿薬やステロイド薬による対症療法 |
心膜剥離術
収縮性心膜炎に対して、根本的に治療するのが心膜剥離術です。
全身麻酔下で胸骨正中切開を行い、心膜を大きく開いて肥厚した部分を広範囲に切除します。
術後の回復には数週間かかりますが、予後は良好だとされています。
薬物療法
収縮性心膜炎の薬物療法は対症療法であり、根本的な治療ではありません。
利尿薬は体液貯留によるうっ血症状を改善する目的で使用されます。
ループ利尿薬のフロセミドやトラセミドがよく用いられ、症状に合わせて増減します。
また、ステロイド薬は炎症を抑える目的で使われます。
プレドニゾロンを1日10~20mg程度の少量から開始し、症状の改善具合を見ながら徐々に減量していきます。
ただし、ステロイド薬の効果は限定的で、副作用にも注意が必要です。
薬剤名 | 分類 | 作用 |
フロセミド | ループ利尿薬 | ナトリウムの再吸収を抑制し利尿作用を発揮 |
トラセミド | ループ利尿薬 | フロセミドより作用時間が長い |
プレドニゾロン | ステロイド薬 | 抗炎症作用を有する |
治療期間
心膜剥離術後は入院治療が必要です。
手術の侵襲から回復し、心機能が安定するまでに数週間ほどかかりますが、合併症がなければ比較的早めに退院できます。
退院後は定期的に外来通院して経過を見ていきます。
予後と再発可能性および予防
収縮性心膜炎の治療後の見通しは全体的に良いですが、再発のリスクがあるため、長期的な経過観察と予防策が大切です。
治療後の予後
収縮性心膜炎の治療後の見通しは、原因や治療方法によってばらつきがあります。
原因 | 治療方法 | 見通し |
特発性 | 心膜切除術 | 良い |
結核性 | 抗結核薬 + 心膜切除術 | 比較的良い |
治療を受けた方の多くは症状が改善し、日常生活を送れるようになります。
ただし、一部の患者さんでは、治療後も心機能の低下が残ってしまう場合があり、注意深く経過を見守る必要があります。
また、臓器障害が進んだ症例では、手術成績は不良とされています。
再発のリスク
収縮性心膜炎は、治療後も再発するリスクがあります。
再発のリスクは、原因によって違いますが、特に結核性の場合は再発のリスクが高いと考えられています。
また、心膜の切除が不完全だったり、心膜炎の原因が残っていたりする場合も再発のリスクが高くなります。
再発してしまった場合はもう一度治療が必要になるので、定期的な検査と経過観察が大切です。
再発の予防
- 原因となる病気(結核など)の完治
- 心膜の完全な切除手術
- 手術後の炎症のコントロール
- 定期的な経過観察と検査の実施
特に結核性の場合は、抗結核薬での治療が大切です。
また、心膜切除術の後は、ステロイド剤などを使って炎症を抑えることが再発予防に役立ちます。
収縮性心膜炎の治療における副作用やリスク
収縮性心膜炎の治療では、副作用やリスクを伴う可能性があります。
手術療法の副作用とリスク
心膜剥離術は収縮性心膜炎の根治的治療ですが、侵襲性の高い手術です。
出血、感染、不整脈、低心拍出量症候群などの合併症が起こるリスクがあります。
また、心膜の癒着が強い場合は完全な剥離が難しく、再発する可能性も残ります。
合併症 | 頻度 |
出血 | 5-10% |
感染 | 1-3% |
不整脈 | 10-20% |
低心拍出量症候群 | 5-15% |
薬物療法の副作用とリスク
薬剤 | 主な副作用 |
利尿薬 | 電解質異常、腎機能悪化 |
抗炎症薬 | 消化性潰瘍、腎障害 |
ステロイド | 易感染性、骨粗鬆症、糖尿病 |
利尿薬は、電解質異常や腎機能悪化などの副作用に注意が必要です。また、抗炎症薬を長期間使用すると、消化性潰瘍や腎障害のリスクがあります。
ステロイド薬は炎症を抑える働きがありますが、以下のような副作用が起こる可能性があります。
- 感染症にかかりやすくなる
- 骨粗鬆症
- 糖尿病
- 消化性潰瘍
放射線療法の副作用とリスク
放射線療法の適応は限られていますが、放射線障害として心筋障害、冠動脈疾患、弁膜症、不整脈などが長期的に発生するリスクがあります。
照射範囲に肺が含まれると、放射線による肺炎や肺線維症が起こる可能性もあります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
収縮性心膜炎の治療費は、状態や合併症、経過により大きく差があります。
検査費・処置費
収縮性心膜炎の診断には、心エコー検査、CT検査、MRI検査などが必要です。
検査費用は、合わせて10万円から20万円程度となるケースが一般的です。
項目 | 費用 |
心エコー検査 | 1万円~2万円 |
CT検査 | 3万円~5万円 |
MRI検査 | 5万円~10万円 |
心膜剥離術 | 100万円~200万円 |
入院費
収縮性心膜炎の治療のために入院が必要になったケースでは、入院費が発生します。
入院費は、1日あたり1万円から2万円程度が一般的です。
以上
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