たこつぼ心筋症 – 循環器の疾患

たこつぼ心筋症(Takotsubo cardiomyopathy)とは、突然のストレスや感情の変化が引き金となり、心臓の一部の心筋の動きが悪くなってしまう病気です。

心臓の形がたこつぼに似ている理由からこの名前が付けられており、一時的に心機能が低下します。

2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災では、被災後に発症者が増加しました。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

たこつぼ心筋症の主な症状

たこつぼ心筋症は高齢の女性に多く、胸痛、心不全などが代表的な症状です。

急性心不全症状

急性心不全症状は、心臓のポンプ機能の急激な低下によって全身に血液を送り出せなくなり、息切れ、呼吸困難、胸部圧迫感、浮腫などが生じる症状を指します。

症状説明
息切れ安静時や軽い運動時でも呼吸が苦しくなります
呼吸困難横になると呼吸が苦しくなり、座位や起座位でないと呼吸ができません
胸部圧迫感胸が締め付けられるような、圧迫されるような感覚があります
浮腫体内に水分が貯留し、手足などがむくみます

胸痛

たこつぼ心筋症では、急性冠症候群と似た胸痛が特徴です。

急性冠症候群は冠動脈の狭窄や閉塞によって生じる疾患ですが、たこつぼ心筋症では冠動脈に問題がないにもかかわらず、同様の胸痛が生じます。

たこつぼ心筋症の胸痛の特徴
  • 突然発症する
  • 安静時や深夜・早朝に出現する
  • 締め付けられるような、圧迫されるような胸部絞扼感を伴う
  • 痛みは持続的で、数分から数十分続く

不整脈

不整脈は心臓の電気的活動の乱れによって生じる疾患であり、動悸、胸部不快感、失神などの症状を引き起こします。

たこつぼ心筋症でみられる不整脈の種類と頻度

不整脈の種類頻度
心室頻拍約5%
心室細動約1%
発作性心房細動約5~10%
洞不全症候群約5%

血栓塞栓症

たこつぼ心筋症では心臓内に血栓が形成され、それが全身の血管に飛ぶことで、脳梗塞や肺塞栓症などの塞栓症を引き起こすリスクが高くなります。

特にたこつぼ心筋症の急性期では心機能が低下しているため、心臓内の血流がうっ滞しやすく、血栓が形成されやすい状態にあります。

塞栓症の主な症状
  • 脳梗塞:片麻痺、言語障害、意識障害など
  • 肺塞栓症:胸痛、呼吸困難、血痰など
  • 四肢の動脈塞栓症:突然の四肢の疼痛、冷感、チアノーゼなど

たこつぼ心筋症患者において血栓塞栓症は稀ではありますが、致死的となる可能性が高いため、注意が必要な合併症の一つです。

たこつぼ心筋症の原因

たこつぼ心筋症は、主に急性のストレスが引き金となって発症すると考えられています。

ストレスとカテコラミンの関係

ストレスを感じた時、交感神経が刺激を受け、アドレナリンやノルアドレナリンなどのカテコラミンが分泌されます。

これらのホルモンには心拍数や血圧を上昇させる作用があり、心臓に負担をかけてしまいます。

ストレスの種類カテコラミンの分泌量
急性ストレス多量に分泌
慢性ストレス徐々に分泌量が増加

カテコラミンによる心筋障害のメカニズム

カテコラミンが過剰に分泌されると、次のような機序で心筋障害が引き起こされると考えられています。

  • 冠動脈の攣縮(れんしゅく):カテコラミンの作用で冠動脈が収縮し、心筋への血流が減少します。
  • 心筋細胞への直接的な障害:カテコラミンが心筋細胞に直接作用し、細胞死を引き起こします。
  • カルシウムイオンの過剰流入:カテコラミンの影響で心筋細胞内へのカルシウムイオンの流入が増加し、心筋の収縮力が低下します。
カテコラミンによる心筋障害発生機序
心筋細胞死直接的な細胞障害
心筋収縮力低下カルシウムイオンの過剰流入

ストレス以外の原因

ストレス以外にも、以下のような原因がたこつぼ心筋症の発症に関与している可能性が指摘されています。

  • 女性ホルモンの影響:閉経後の女性に多いことから、エストロゲンの低下が関係している可能性があります。
  • 遺伝的要因:患者の中には家族内発症が認められるケースがあり、遺伝的な素因が関与している可能性があります。
  • 中枢神経系の異常:視床下部-下垂体-副腎系の機能に異常がある可能性も考えられています。

診察(検査)と診断

たこつぼ心筋症が疑われる場合には、心電図、血液検査、心エコー、心臓カテーテル検査などを行い診断を確定します。

身体観察

身体の観察では、心臓の雑音、肺のうっ血症状、頸静脈の怒張などがないか調べます。

心電図と血液検査

心電図では、ST上昇や陰性T波など急性心筋梗塞に類似した所見を示します。

しかし、心電図の所見だけでたこつぼ心筋症と急性心筋梗塞を区別するのは難しいのが実情です。

検査項目たこつぼ心筋症急性心筋梗塞
ST上昇ありあり
陰性T波ありあり
異常Q波なしあり

血液検査では、心筋逸脱酵素(CPKやトロポニンなど)が軽度上昇することがあります。

ただし、急性心筋梗塞ほど顕著な上昇を示さないケースが多いのが特徴です。

心エコー検査

心エコー検査において、典型的には左心室の心尖部を中心に広範囲にわたる心筋の動きの低下が観察されます。

その一方で、心臓の基部の心筋の動きは保たれている点が特徴です。

たこつぼ心筋症に特有の心エコー所見
  • 左心室の心尖部を中心とした広範囲な心筋の動きの低下
  • 心臓の基部の心筋の動きは保たれている
  • 左心室の収縮力の低下

心臓カテーテル検査

心臓カテーテル検査は、たこつぼ心筋症の確定診断に欠かせない検査です。

冠動脈造影では、有意な狭窄がないことを確かめます。左心室造影では心尖部を中心とした、広範囲な心筋の動きの低下が観察されます。

検査項目所見
冠動脈造影有意狭窄なし
左心室造影心尖部を中心とした心筋の動きの低下

たこつぼ心筋症の治療法と処方薬、治療期間

たこつぼ心筋症の治療では、心臓の機能回復と合併症の予防を主な目的とします。

急性期は安静と薬物療法を中心に行い、回復期には生活指導と薬物療法を継続していきます。

急性期の治療

急性期は、心機能低下に対して酸素投与、利尿薬、血管拡張薬などを使用するのが一般的です。

また、血栓ができるのを防ぐため、抗凝固薬や抗血小板薬を投与する場合があります。

薬剤名効果
利尿薬体内の余分な水分を排出し、心臓の負担を軽減
血管拡張薬血管を拡張させ、心臓の負担を軽減
抗凝固薬血液の凝固を抑制し、血栓形成を予防
抗血小板薬血小板の凝集を抑制し、血栓形成を予防

重症の患者さんでは、大動脈内バルーンパンピング(IABP)や経皮的心肺補助装置(PCPS)などの補助循環が必要になるケースもあります。

治療により、多くの場合で数日から数週間で心機能が回復します。

回復期の治療

心機能が回復した後は、再発を防ぐために以下のような薬物療法を継続します。

  • アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB):心臓の負担を軽減し、心機能を改善します
  • ベータ遮断薬:交感神経の作用を抑制し、心臓の負担を軽減します
  • スタチン:コレステロールを下げ、動脈硬化が進行するのを予防します

また、生活面では、ストレス管理、禁煙、適度な運動、健康的な食事などが推奨されます。

治療期間

治療期間は患者さんの状態によって異なります。 急性期の治療は通常、数日から数週間で終了します。

期間内容
急性期数日から数週間
回復期数ヶ月から数年

回復期の薬物療法は、再発を防ぐために数ヶ月から数年間継続する場合が多いです。

また、長期的に定期的な心機能検査が必要になります。

予後と再発可能性および予防

たこつぼ心筋症の予後は全般的に良好で、多くの方で回復がみられます。

予後

たこつぼ心筋症の急性期の予後は比較的良好で、多くの方は数日から数週間で回復します。

入院中の死亡率は1〜2%程度と報告されており、他の急性心筋梗塞と比較すると低い傾向です。

急性期の予後入院中の死亡率
たこつぼ心筋症比較的良好1〜2%
急性心筋梗塞たこつぼ心筋症より重篤な傾向たこつぼ心筋症より高い

長期的な予後も概ね良好ですが、再発や合併症のリスクがあるため注意が必要となります。

再発の可能性

再発率は5年で10〜20%程度と報告されており、高齢者や基礎疾患を持つ患者で再発リスクが高くなる傾向が見られます。

以下のような患者で再発リスクが高くなります。

  • 高齢者
  • 基礎疾患(高血圧、糖尿病など)を持つ方
  • 精神的ストレスを抱えている方
  • 初回発症時に重篤な合併症を伴った方

再発予防

  1. ストレス管理
  2. 生活習慣の改善(禁煙、適度な運動、バランスの取れた食事など)
  3. 定期的な経過観察を受ける

2015年の欧州・米国の共同研究によると、最長10年を超える長期予後では総死亡のリスクが年間5.6%、心血管疾患の発症および死亡リスクも9.9%と高値であるとの報告もあります1)

たこつぼ心筋症の発作後には、治療後も定期的な心エコー検査や心電図検査、血液検査などを行い、心機能の変化や合併症のモニタリングが大切です。

たこつぼ心筋症の治療における副作用やリスク

たこつぼ心筋症の治療における副作用やリスクについてまとめました。

薬物療法に伴う副作用

たこつぼ心筋症の治療で用いられる、薬剤の副作用は以下のとおりです。

薬剤主な副作用
ACE阻害薬咳嗽、血圧低下、腎機能悪化
β遮断薬徐脈、血圧低下、気管支痙攣

利尿薬の使用時には、電解質異常や脱水への十分な注意が必要です。

また、抗不整脈薬の使用により、新たな不整脈が引き起こされるリスクもあります。

侵襲的治療に伴うリスク

カテーテル治療や外科手術などの侵襲的な治療には、次のようなリスクが伴います。

  • 感染症
  • 出血
  • 塞栓症
  • 組織や臓器の損傷

たこつぼ心筋症は高齢者に多く見られるため、侵襲的治療のリスクはより高くなる傾向にあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

たこつぼ心筋症の治療費は、症状の重症度や治療内容によって異なります。

検査費

たこつぼ心筋症の診断には、心電図検査、心エコー検査、血液検査、冠動脈造影検査などが必要です。

検査費用は、合計で10万円から20万円程度となることが一般的です。

処置費・入院費

たこつぼ心筋症の治療で行われる薬物療法や酸素療法などの処置費は、1回あたり数千円から数万円程度が目安です。

重症の場合は集中治療室での管理や人工呼吸器の使用が必要になるケースもあり、入院費が高額になる可能性があります。

入院費は、1日あたり1万円から3万円程度が目安となります。

治療内容費用
薬物療法数千円 – 数万円
酸素療法数千円 – 数万円
集中治療室管理1日あたり1万円 – 3万円

以上

References

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AIZAWA, Kenichi; SUZUKI, Toru. Takotsubo cardiomyopathy: Japanese perspective. Heart Failure Clinics, 2013, 9.2: 243-7, x.

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