閉塞性肥大型心筋症(Hypertrophic obstructive cardiomyopathy:HOCM)とは、心臓の筋肉が一部異常に厚くなることで心臓内の空間が狭くなり、血液の流れが悪くなってしまう疾患です。
特に左右の心臓を隔てる心室中隔と呼ばれる部分の筋肉が厚くなるケースが多く、心臓のポンプ機能の低下により息切れ、胸の痛み、失神などの症状が現れます。
閉塞性肥大型心筋症は遺伝の影響が強いと考えられており、家族内での発症が多いのが特徴です。
肥大型心筋症(HCM)のうち、左室流出路狭窄があるものを閉塞性肥大型心筋症といい、HCM全体の約25%を占めます。
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の主な症状
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の主な症状は、息切れ、胸痛、失神、動悸などです。
息切れ
HOCMでは、心臓の肥大により心室内腔が狭くなり、心臓から送り出される血液量が減ってしまいます。
そのため、日常の軽い運動や活動でも息切れを感じます。
息切れの程度 | 症状 |
軽度 | 階段の上り下りや坂道の歩行で息切れを感じる |
中等度 | 平地の歩行でも息切れを感じる |
重度 | 安静時にも息切れを感じる |
息切れの程度には個人差がありますが、重症になると安静時でも息切れが起こります。
胸痛
心臓の酸素需要と供給のバランスが崩れ、胸痛を生じます。
胸痛は運動時や興奮時に出やすく、安静にすると改善するのが特徴です。ただし、中には安静時でも胸痛を感じる重症のケースもあります。
失神
運動時や興奮時に心室内圧較差が大きくなり、心拍出量の低下により一時的に脳への血流が減少し、失神する場合があります。
失神の頻度には個人差がありますが、重症だと日常生活に支障をきたすこともあります。
- 運動
- 興奮
- 脱水
- 飲酒
動悸
心室内圧較差が大きくなるため心臓の負荷が増え、動悸を感じます。動悸は運動時や興奮時に出やすく、安静にすると改善します。
ただし、中には安静時でも動悸を感じる重症のケースもあります。
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の原因
閉塞性肥大型心筋症 (HOCM) の主な原因は、遺伝的要因だと考えられています。
遺伝子変異が引き金に
HOCMの多くは、心筋の収縮に関わるタンパク質をコードする遺伝子の変異が原因で発症します。
これらの遺伝子変異により心筋細胞内のタンパク質のバランスが崩れ、心筋の肥大や構造的変化が引き起こされるのです。
遺伝子 | 変異の頻度 |
MYH7 | 約30-40% |
MYBPC3 | 約20-30% |
TNNT2 | 約5-10% |
TNNI3 | 約5% |
家族性の疾患として知られる
HOCMは常染色体優性遺伝形式をとる家族性疾患であり、片方の親が変異遺伝子を持っている場合、子供に50%の確率で受け継がれます。
そのため、HOCMと診断された患者の家族にも注意が必要です。
環境因子の影響も示唆
一方で、遺伝子変異を持っていても必ずしもHOCMを発症するわけではありません。
他の遺伝的要因や環境因子が発症リスクに関与している可能性が示唆されています。
- 高血圧
- 肥満
- 過度な運動 など
診察(検査)と診断
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)を診断するためには、心電図検査や心エコー検査など、複数の検査の実施が必要です。
心電図検査
心電図検査では、左室肥大を示唆するT波の逆転や、高い電位差といった特徴的な所見が認められます。
心電図所見 | 特徴 |
ST-T変化 | 左室肥大に伴う変化 |
高電位差 | 左室壁の肥厚を反映 |
心エコー検査
心エコー検査で以下のような所見が認められた際には、HOCMの可能性が高いと判断します。
心エコー所見 | 特徴 |
左室壁肥厚 | 心室中隔を中心とした肥大 |
左室流出路狭窄 | 収縮期の血流加速 |
SAM | 僧帽弁の前尖が収縮期に前方へ運動 |
心臓MRI検査
心臓MRI検査は、心筋の形態や線維化の評価に非常に優れた検査です。
HOCMでは、左室壁の肥厚や心筋内の線維化が認められます。
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の治療法と処方薬、治療期間
HOCMの治療は、症状を和らげ、突然死のリスクを下げることを目的として行います。
薬物療法
薬物療法では、β遮断薬やカルシウム拮抗薬が第一に選ばれます。
心臓の収縮力を抑え、左室流出路の圧の差を小さくして症状を良くします。
薬 | 働き |
プロプラノロール | β1とβ2受容体の両方を遮断 |
ベラパミル | L型カルシウムチャネルを遮断 |
セプタルアルコールアブレーション
薬だけでは十分な効果が得られないときは、セプタルアルコールアブレーションが検討されます。
この治療法は、中隔の厚くなった部分にアルコールを注射し、心筋を壊死させて左室流出路の詰まりを取り除きます。
外科的中隔心筋切除術
重症の場合や他の治療法が効かないときは、外科的中隔心筋切除術が検討されます。
この手術では、厚くなった心筋を切除して左室流出路の詰まりをなくします。
手術の方法 | 概要 |
経大動脈的中隔心筋切除術 | 大動脈弁を通して厚くなった心筋を切除 |
経心尖部的中隔心筋切除術 | 心臓の先端部から厚くなった心筋を切除 |
治療期間
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の治療期間は、症状の程度や治療法によって大きく異なります。
生涯にわたる薬物療法や定期的な経過観察が必要な場合もあれば、外科手術で症状が改善し、比較的短い期間で治療が終了する場合もあります。
予後と再発可能性および予防
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の治療後の見通しは全体的に良く、継続的な管理により再発を防げます。
予後
治療後年数 | 生存率 |
5年 | 91.5% |
10年 | 81.8% |
治療により多くが長期的に良好な予後を得られます。
しかしながら、一部の患者では心不全の進行や不整脈の発生などにより、予後不良となるケースもあります。
重症例や合併症を有する場合、特に慎重な経過観察が必要です。
再発予防のための管理
HOCMの再発を防ぐためには、以下のような定期的な管理が重要です。
- 症状のモニタリングと薬物治療の調整
- 心エコー検査による心機能の評価
- 不整脈の有無を確認するための24時間心電図検査
- 必要に応じた運動負荷試験の実施
これらの検査を定期的に行い、異常所見があれば速やかな対処が大切となります。また、生活習慣の改善と服薬の継続も重要です。
遺伝カウンセリングの重要性
HOCMには遺伝的素因が関与しているため、患者の家族に対する遺伝カウンセリングも重要な役割を担います。
遺伝子変異が同定された場合は、家族内の保因者に対して定期的なスクリーニングを行うことで、早期発見・早期治療につながります。
閉塞性肥大型心筋症(HOCM)の治療における副作用やリスク
閉塞性肥大型心筋症の治療を行う際には、副作用やリスクが伴う点に注意が必要です。
薬物療法の副作用とリスク
使用する薬剤によっては、低血圧、徐脈、めまい、疲労感などの副作用が生じる可能性があります。
薬剤名 | 主な副作用 |
ベータ遮断薬 | 低血圧、徐脈、気管支痙攣 |
カルシウム拮抗薬 | 低血圧、浮腫、便秘 |
また、薬物療法のみでは十分な効果が得られず、副作用が強く出現するケースがあるため、そのような場合には他の治療法の検討が必要です。
外科的治療の副作用とリスク
外科的治療は、薬物療法で効果が不十分なときや、重度の閉塞を伴うときに適応となります。
侵襲的な治療であるため、以下のような合併症やリスクが伴います。
- 感染症
- 出血
- 不整脈
- 心不全の悪化
手術名 | 主な合併症 |
中隔心筋切除術 | 完全房室ブロック、大動脈弁閉鎖不全 |
経皮的中隔心筋焼灼術 | 心室中隔穿孔、完全房室ブロック |
カテーテルアブレーションの副作用とリスク
カテーテルアブレーションは不整脈の治療に用いられる手法ですが、閉塞性肥大型心筋症に伴う不整脈に対しても適応となる場合があります。
カテーテルアブレーションには以下のような合併症やリスクが伴います。
- 血管穿孔
- 心タンポナーデ
- 塞栓症
- 完全房室ブロック
デバイス治療の副作用とリスク
ペースメーカーや植込み型除細動器などのデバイス治療には以下のような合併症やリスクが伴います。
- デバイス感染
- リード不全
- 不適切なショック治療
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
肥大型閉塞性心筋症(HOCM)は指定難病とされ、医療費助成の対象となっています。
医療費助成の対象
肥大型心筋症の重症度分類を用いて、中等症以上が対象です。
詳しくは難病情報センターのホームページをご確認ください。
検査費用の目安
- 心エコー検査:8,000円前後
- 心臓カテーテル検査:10万円以上かかる場合もあります。
治療費用の目安
HOCMの治療費用は高額で、手術料だけで100万円以上になる場合もあります。
状況によっては、ペースメーカー植え込み術やバイパス手術が必要になることもあり、さらに高額な費用がかかる可能性があります。
治療法 | 費用 |
アルコール心筋焼灼術 | 100万円以上 |
ペースメーカー植え込み術 | 200万円前後 |
バイパス手術 | 300万円以上 |
入院費用
HOCMの治療では、一般的に入院が必要です。
手術後は通常2週間ほどの入院が必要で、1日あたりの入院費用は1万円前後が目安となります。
手術後のリハビリテーションや合併症の管理のために長期入院が必要になる場合もあります。
以上
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