肥大型心筋症(HCM) – 循環器の疾患

肥大型心筋症(Hypertrophic cardiomyopathy:HCM)とは、心筋が異常に厚くなり心臓の機能が低下してしまう遺伝性の病気です。

心筋が肥大すると心室内腔が狭くなり、心臓から全身へ血液を送り出す機能が低下するため、息切れや胸痛、失神などの症状が現れます。

若年者でも発症する可能性があり、重症化すると心不全や不整脈、突然死を引き起こす可能性もある重大な疾患です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

肥大型心筋症(HCM)の種類(病型)

肥大型心筋症(HCM)は、肥大部位によって大きく5つに分類されます。

[非閉塞性]肥大型心筋症(HCM)

左室流出路に閉塞がみられない病型です。心室中隔や左室壁が肥厚するものの、血流の障害は比較的軽度である点が特徴となります。

特徴詳細
左室流出路閉塞なし
心室中隔・左室壁肥厚あり

閉塞性肥大型心筋症(HOCM)

閉塞性肥大型心筋症は左室流出路の閉塞を伴う病型であり、HCMの中で最も頻度が高いものです。

心室中隔の肥厚が顕著であり、収縮期に左室流出路が狭窄することで血流が妨げられ、重篤な症状につながるリスクがあります。

心尖部肥大型心筋症(APH)

  • 左心室心尖部の限局性肥大
  • 日本人に多い
  • 心室性不整脈のリスク高い

心尖部肥大型心筋症は、左心室の心尖部に限局した肥大がみられる病型です。

日本人に多いとされ、比較的予後は良好ですが、心室性不整脈を起こしやすいタイプです。

心室中部閉塞性心筋症(MVO)

心室中部閉塞性心筋症は、左室中部に肥大と閉塞がみられる稀な病型です。

左室腔の狭小化と、収縮期における左室中部の閉塞が特徴的な所見となります。

特徴詳細
左室中部肥大あり
左室中部閉塞収縮期に出現

拡張相肥大型心筋症(D-HCM)

拡張相肥大型心筋症は、左室壁の肥厚に加えて、拡張障害が主体となる病型です。

左室弛緩の障害や、左室コンプライアンスの低下により、左室への血液充満が阻害されることが病態の中心となります。

HCMと比べると予後は不良とされ、心臓移植の適応となります。

肥大型心筋症(HCM)の主な症状

肥大型心筋症(HCM)の主な症状は、息切れ、胸痛、動悸、失神などが代表的です。

息切れ

HCMでは、心臓の肥大により心室内腔が狭くなり、心臓の拡張障害が生じます。

その結果、体の組織に十分な血液を送り出すのが困難となり、息切れが起こります。

胸痛

心臓の肥大により心筋の酸素需要が増加しますが、冠動脈の血流が十分でない場合があり、心筋虚血が生じて胸痛が起こります。

胸痛は狭心症に似た症状で、胸の中央から左側にかけて圧迫感や締め付け感を感じるのが特徴です。

症状特徴
狭心症様の胸痛胸の中央から左側にかけての圧迫感や締め付け感
安静時の胸痛心筋虚血によって生じる

動悸

心室の肥大や心室内腔の狭小化により、心臓の電気的活動に異常が生じ、心臓がドキドキしたり、バクバクしたりする動悸が起こります。

症状特徴
心房細動心房が不規則に収縮する不整脈
心室性期外収縮心室が早期に収縮する不整脈

失神

HCMでは、心室内腔の狭小化により心拍出量が低下します。

また、不整脈によって心臓のポンプ機能が低下する場合もあり、これらの要因により全身の血流が低下し失神が起こります。

失神は一過性の意識消失発作で、数秒から数分で自然に回復します。

失神の前には、以下のような症状が先行する場合もあります。

  • めまい
  • ふらつき
  • 視野の狭窄
  • 耳鳴り

肥大型心筋症(HCM)の原因

肥大型心筋症(HCM)は遺伝的要因を基盤とし、心筋リモデリング、非対称性中隔肥大、微小血管障害などの複合的な要因が関与していると考えられています。

遺伝的要因

HCMの主な原因は、心筋の収縮に関わるタンパク質をコードする遺伝子の変異です。

サルコメア関連遺伝子の変異がHCM患者の約60〜70%に認められます。

変異が生じる主な遺伝子
  • ミオシン重鎖遺伝子(MYH7)
  • ミオシン結合タンパク質C遺伝子(MYBPC3)
  • トロポニンT遺伝子(TNNT2)
  • トロポニンI遺伝子(TNNI3)

これらの遺伝子変異により、心筋の収縮や弛緩の調節機能に異常が生じ、心筋の肥大や線維化が引き起こされると考えられています。

心筋リモデリング

心筋細胞の肥大や線維化が進行し、心筋のリモデリングが生じます。

心筋細胞の肥大は心筋の収縮力を増強させる代償機構ですが、過度の肥大は心機能を低下させる可能性があります。

また、心筋の線維化は、心筋の伸展性を低下させ拡張障害を引き起こします。

心筋リモデリングの特徴心機能への影響
心筋細胞の肥大収縮力の増強
心筋の線維化拡張障害

非対称性中隔肥大

HCMでは、左心室の非対称性中隔肥大が特徴的な所見です。

中隔の肥大は左心室流出路の狭窄を引き起こし、圧較差を生じさせます。この圧較差により左心室の収縮期圧が上昇し、心筋の酸素需要が増大します。

非対称性中隔肥大の程度左心室流出路圧較差
軽度(13〜15mm)30mmHg未満
中等度(16〜19mm)30〜50mmHg
高度(20mm以上)50mmHg以上

微小血管障害

HCMでは、心筋の微小血管の密度が減少し、心筋への血流が低下することが報告されています。

微小血管障害により心筋の虚血や線維化が促進され、心機能の低下につながる可能性があります。

診察(検査)と診断

肥大型心筋症(HCM)を正確に診断するためには、心電図検査や心エコー検査、MRIなどを用います。

重症度評価や合併症の有無、突然死リスクの層別化なども行い、治療方針を決定します。

身体診察・身体所見

家族歴や突然死の既往、失神発作の有無などを確認します。

身体診察では、心雑音の有無や心拍の不整、頸静脈怒張などの所見を評価します。また、下腿浮腫や肺雑音の有無も確認します。

心電図検査

心電図検査の特徴的な所見
  • 左室肥大所見(高電位差)
  • ST-T変化
  • 異常Q波
  • 不整脈(心房細動、心室性期外収縮など)

心エコー図検査

心エコー図検査は、HCMの診断と重症度評価に最も有用な検査です。以下のような所見を評価します。

評価項目所見
左室壁厚15mm以上の肥厚
左室流出路圧較差安静時または運動負荷時の圧較差
僧帽弁の収縮期前方運動(SAM)僧帽弁の前尖が収縮期に左室流出路に向かって運動
左室拡張障害拡張早期の僧帽弁口血流速度(E波)の低下

心臓MRI検査

心臓MRI検査は、心筋の形態や線維化の評価のために用います。

ガドリニウム造影剤を用いた遅延造影画像では、心筋の線維化部位が高信号として描出されます。

評価項目所見
左室壁肥厚の分布限局性、びまん性、アピカルなど
心筋の線維化遅延造影画像での高信号域
左室流出路狭窄収縮期の左室流出路の狭小化

遺伝子検査

HCMの診断には、以下のような遺伝子検査も有用です。

  • 遺伝性HCMの原因となる遺伝子変異の同定
  • 家系内の保因者のスクリーニング

ただし、遺伝子検査の結果だけでHCMの診断を下すことはできません。あくまでも臨床所見や他の検査結果と併せて、総合的に判断する必要があります。

肥大型心筋症(HCM)の治療法と処方薬、治療期間

肥大型心筋症の治療では、症状がない場合は、定期的な経過観察が行われます。

一方、症状がある場合では薬物療法や非薬物療法を行っていきます。

治療法内容
薬物療法ベータ遮断薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬など
非薬物療法ペースメーカー植込み術、心筋焼灼術、外科手術など

薬物療法

薬物療法では、以下のような薬が使われます。

  • ベータ遮断薬:心拍数を下げ、心筋の酸素必要量を減らす
  • カルシウム拮抗薬:心筋の収縮力を抑え、心筋の肥大を防ぐ
  • 利尿薬:体液貯留を改善し、心臓への負担を減らす

非薬物療法

非薬物療法には、以下のような方法があります。

治療法適応
ペースメーカー植込み術徐脈性不整脈を合併する場合
心筋焼灼術薬物療法で改善しない患者さん
外科手術重度の閉塞性肥大型心筋症の患者さん

これらの治療法は、薬物療法で十分な効果が得られないときに選択されます。

治療期間

HCMの治療は、生涯にわたって続ける必要があります。 定期的な検査を受け、症状の変化に注意しながらの治療継続が重要です。

症状が良くなっても治療を中止せず、長期的な管理が予後改善につながります。

予後と再発可能性および予防

肥大型心筋症の治療成績は患者さんによってバラつきがあるものの、治療や生活管理によって比較的良い経過がみられ、再発のリスクも下げられます。

また、HCMは遺伝する病気であるため、ご家族に既往歴がある場合は積極的な検査と予防的介入が大切です。

治療予後

HCMの治療予後は、病気の重症度や治療開始のタイミング、患者さんの年齢や全身状態など、様々な要素に影響を受けます。

早期発見と治療介入により、多くの場合で症状のコントロールが可能となり、QOLの維持や予後の改善が見込めます。

具体的には、厚生省特発性心筋症調査研究班昭和57年度報告集によると、5年生存率91.5%、10年生存率81.8%と報告があります。

一方で、重症例や治療に反応しにくい症例では心不全の進行や死に至る不整脈のリスクが高くなるため、注意深い経過観察と治療が必要です。

治療効果が十分でない場合、心臓移植などの非薬物療法の適応も検討されます。

予後良好因子予後不良因子
若年発症高齢発症
軽症・中等症重症
早期診断・治療診断・治療の遅れ
治療反応性良好治療抵抗性

再発可能性

HCMの再発は、治療後も残っている心筋の構造的な異常や遺伝的な要因が関係していると考えられています。

再発リスクは以下の因子によって高くなります。

  • 家族歴
  • 若年発症
  • 遺伝子変異の重症度
  • 治療後の心筋肥大の残存

再発例に対しては、初回治療と同じような薬物療法や非薬物療法が選択されますが、病状に応じて治療の強さを調整する必要があります。

治療が難しい再発例では、カテーテルアブレーションや外科手術など、より体への負担が大きい治療の適応も考慮されます。

再発リスク因子再発予防策
遺伝的素因定期的スクリーニング
心筋リモデリングの残存薬物療法の継続
治療中断・自己中断服薬アドヒアランスの向上

再発予防

再発予防のためには、薬物療法の継続と生活管理が大切です。

薬物治療の継続により心筋リモデリングの進行を抑制し、心臓に関連する事故を避けることができます。

また、以下のような生活管理により、再発リスクを低減できます。

  • 激しい運動の禁止
  • 禁酒・禁煙
  • 感染症予防
  • 定期的な心臓検査

特にご家族にHCMの方がいらっしゃる場合は、無症状の段階から定期的な検査を受け、早期発見・早期治療が重要です。

肥大型心筋症(HCM)の治療における副作用やリスク

肥大型心筋症(HCM)の治療には、副作用やリスクが伴います。

薬物療法に伴う副作用

HCMの治療に用いられるβ遮断薬やカルシウム拮抗薬などの薬剤は、心機能を改善し症状を緩和する一方で、副作用を引き起こす可能性があります。

主な副作用は以下の通りです。

薬剤主な副作用
β遮断薬徐脈、低血圧、気管支痙攣、疲労感、うつ状態
カルシウム拮抗薬浮腫、便秘、頭痛、顔面紅潮、めまい

侵襲的治療に伴うリスク

外科的心筋切除術やアルコール中隔焼灼術などの侵襲的治療は、一定のリスクが伴います。

  • 手術合併症(出血、感染、不整脈など)
  • 心機能の悪化
  • 突然死のリスク増加
  • 術後の回復期間の長期化

デバイス治療に伴うリスク

高リスクのHCMに対しては、突然死予防のために植込み型除細動器(ICD)の適応が検討されます。

ICDの植込みには以下のようなリスクが伴います。

  • 感染
  • 上室性不整脈などによる不適切なショック

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

肥大型心筋症の治療費用は、症状の重篤度や治療方針によって大きく変動します。

また、肥大型心筋症は指定難病とされていて、医療費助成の対象です(肥大型心筋症の重症度分類を用いて中等症以上が対象)。

初診料・再診料の目安

項目費用
初診料2,820円〜7,700円
再診料720円〜1,800円

検査費の目安

検査項目費用
心電図1,300円〜2,000円
心エコー8,800円〜15,000円
心臓MRI20,000円〜35,000円

入院費

入院治療が必要となるケースでは、入院費は1日あたり約5,000円〜15,000円程度が目安です。

以上

References

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