大動脈弁狭窄症(AS) – 循環器の疾患

大動脈弁狭窄症(Aortic stenosis:AS)とは、心臓の大動脈弁が硬くなり、十分に開かなくなってしまう病気です。

大動脈弁の開きが悪くなると、心臓は大動脈に血液を送り出すためにより強く収縮しなくてはいけなくなります。

その結果、心臓の筋肉が肥大し、心不全を引き起こす可能性があります。

発症原因としては先天性の弁の異常、加齢に伴う弁の硬化、リウマチ熱などが挙げられ、息切れや胸痛、失神などの症状が現れますが、初期の段階では多くが無症状です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

大動脈弁狭窄症(AS)の種類(病型)

大動脈弁狭窄症の重症度は、心エコー所見により軽度、中等度、高度、非常に高度の4つに定義されています。

重症度が高くなるほど心臓への負担が増大し、重篤な症状が現れるリスクが高まります。

軽度

この段階では大動脈弁の狭窄が軽微であるため、心臓の機能にはほとんど影響がみられません。

通常、自覚症状はなく、日常生活に支障をきたすことはありません。

大動脈弁口面積(AVA)1.5 cm²以上
大動脈弁の最高ジェット速度2~2.9m/秒
平均圧較差< 20mmHg

中等度

中等度ASでは大動脈弁の狭窄が進行し、心臓への負担が増大します。

軽度の息切れや動悸などの症状が現れる場合がありますが、安静時には症状がないことが多いです。

大動脈弁口面積(AVA)1.0~1.5cm²
大動脈弁の最高ジェット速度3~4m/秒
平均圧較差20~40mmHg

高度

大動脈弁の狭窄が著しく、心臓への負担が大きくなります。

安静時でも息切れや胸痛などの症状が現れ、日常生活に支障をきたす可能性が高くなります。

  • 狭心症
  • 失神
  • 心不全

上記のような症状が現れる場合もあります。

大動脈弁口面積(AVA)< 1.0cm²
大動脈弁の最高ジェット速度4m/秒
平均圧較差> 40mmHgを超える

非常に高度

大動脈弁の狭窄が極めて重度であり、心臓の機能が著しく低下します。

安静時でも重篤な症状が現れ、生命に関わる危険性が高くなります。

大動脈弁の最高ジェット速度> 5m/秒
平均圧較差40mmHgを超える

大動脈弁狭窄症(AS)の主な症状

大動脈弁狭窄症の症状は、病態の進行とともに徐々に顕在化してきます。

初期では多くが無症状ですが、狭窄が進行するにつれて、狭心痛、息切れ、失神発作、疲労感などの症状が出現してきます。

狭心痛

大動脈弁狭窄症が進行すると心臓への負担が増大し、心筋の酸素需要が高まります。

その結果、心筋への血流が不足するために狭心痛が引き起こされる可能性があります。

症状特徴
狭心痛胸部の圧迫感や絞扼感
安静時や運動時に出現

息切れ

大動脈弁狭窄症の進行に伴い、左心室の拡張障害が生じ、肺うっ血が起こることがあります。

その結果、息切れや呼吸困難感が出現します。

  • 軽度の息切れ:運動時に出現
  • 中等度の息切れ:日常活動で出現
  • 重度の息切れ:安静時にも出現

失神発作

大動脈弁狭窄症による心拍出量の低下は、脳血流の減少を引き起こし、失神発作を招く要因となります。

失神発作は、運動時や立位での発症が多く見られる傾向です。

症状特徴
失神発作一過性の意識消失
運動時や立位で発症しやすい

疲労感

大動脈弁狭窄症による心機能低下は、全身の酸素供給を減少させ、慢性的な疲労感を引き起こす要因となります。

大動脈弁狭窄症(AS)の原因

大動脈弁狭窄症(AS)の原因は、加齢による弁の変性、先天的な弁の異常(二尖弁など)、リウマチ熱の後遺症などがあります。

中でも、加齢に伴うもの(変性性)が最も多くみられます。

先天性の原因

先天性の大動脈弁狭窄症は、生まれつき大動脈弁の形成不全や二尖弁(通常は三尖弁)などの奇形により発症します。

先天性の場合、幼少期から症状が現れるケースもあります。

後天性の原因

後天性の大動脈弁狭窄症は、加齢に伴う弁の石灰化や、リウマチ熱などの炎症性疾患によって引き起こされます。

特に高齢者では、加齢による大動脈弁の石灰化が主な原因となっています。

原因発症時期
加齢に伴う弁の石灰化高齢期
リウマチ熱などの炎症性疾患様々
大動脈弁の変性高齢期

リスク因子

大動脈弁狭窄症のリスク因子としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 高齢
  • 高血圧
  • 高脂血症
  • 喫煙
  • 糖尿病

これらのリスク因子に当てはまる方は、大動脈弁狭窄症を発症する危険性が高まります。

遺伝的素因

大動脈弁狭窄症には遺伝的素因も関与していると考えられています。家族に大動脈弁狭窄症の患者がいる場合、発症リスクが高まる傾向です。

診察(検査)と診断

ASの診断は、聴診による心雑音の確認、心エコー検査による弁の狭窄や心臓の状態の評価、必要に応じて心臓カテーテル検査などを行い総合的に判断します。

心音の聴取

ASでは、大動脈弁の狭窄により、収縮期雑音(Levine III/VI以上)が聴取されることが多いです。

この雑音は、胸骨右縁第2肋間で最も強く聴取されます。

聴診部位雑音の特徴
胸骨右縁第2肋間最も強く聴取される
頸動脈放散音が聴取される

心電図検査

心電図検査では、左室肥大所見や心筋虚血所見がみられる場合があります。

しかし、心電図所見のみでASの重症度を判断するのは容易ではありません。

心エコー検査

心エコー検査では、次の所見からASの重症度を総合的に評価します。

  • 大動脈弁口面積(AVA)
  • 平均圧較差(MPG)
  • 最高血流速度(Vmax)
重症度AVAMPGVmax
軽度>1.5 cm²<25 mmHg<3.0 m/s
中等度1.0-1.5 cm²25-40 mmHg3.0-4.0 m/s
重度<1.0 cm²>40 mmHg>4.0 m/s

心臓カテーテル検査

心エコー検査でASの重症度評価が難しい場合や、冠動脈疾患の合併が疑われる際には、心臓カテーテル検査を実施します。

この検査では、大動脈弁の圧較差を直接測定し、重症度を評価します。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療法と処方薬、治療期間

大動脈弁狭窄症(AS)の治療法は、軽症の場合は経過観察と薬物療法(利尿薬、血管拡張薬など)で症状を緩和し、重症の場合はカテーテル治療(TAVI)や外科手術(AVR)で弁を修復または置換します。

軽症の場合は生涯にわたる経過観察が必要となり、重症の場合は手術後も定期的な検査が必要です。

薬物療法

軽度から中等度のASでは、症状を緩和するための薬物療法が行われます。利尿薬や血管拡張薬が用いられ、心臓への負担を軽減します。

また、不整脈の予防や治療のためにβ遮断薬や抗不整脈薬が処方される場合もあります。

薬剤名作用
利尿薬体内の余分な水分を排出し、心臓への負担を軽減
血管拡張薬血管を拡張し、心臓の負担を軽減

経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)

重度のASで、外科的手術のリスクが高い患者さんに対してはTAVIが選択されます。

TAVIは、カテーテルを用いて人工弁を大動脈弁の位置に留置する低侵襲な治療法です。

全身麻酔は必要なく、回復期間も短いというメリットがあります。

外科的大動脈弁置換術(AVR)

重度のASで全身状態が良好な場合には、AVRが適応となります。AVRは胸骨を切開し、人工弁を直接縫着する方法です。

侵襲度は高いですが、長期的な予後が期待できます。

治療法適応特徴
TAVI重度のAS、外科的手術高リスク患者低侵襲、全身麻酔不要、回復期間短い
AVR重度のAS、全身状態良好な患者侵襲度高い、長期予後良好

治療後の経過観察

ASの治療後は、定期的な経過観察が欠かせません。

  • 症状の変化の確認
  • 心エコー検査による弁機能の評価
  • 血液検査による貧血や感染症の有無の確認
  • 不整脈の有無の確認

治療と経過観察よりASの症状は改善し、予後の向上が見込めます。

予後と再発の可能性について

大動脈弁狭窄症(AS)では、無症状期が数十年と長いのが特徴であり、症状出現後の予後は不良とされています。

無治療での平均余命

症状平均余命
狭心痛出現後5年
失神発作出現後3年
心不全症状出現後2年

しばしば突然死がみられるのも特徴であり、症状出現後の10~20%で発生しているとの報告があります。

このため、2020年のガイドラインでは、無症状であっても超重症であれば治療の適応となっています。

ASの治療後の予後

ASに対する外科的治療や経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)などの治療後、多くの患者さんは症状の改善を認め、予後は良好です。

欧米からの報告では、80歳以上患者の外科的大動脈弁置換術(AVR)後の1年生存率は約90%、5年生存率は約70%と報告されています※1

※1 出典:田端実; 高梨秀一郎. 大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術の最近の動向. 心臓, 2010, 42.10: 1260-1264.

一方、TAVIを受けた患者さんの予後は、AVRと同等かそれ以上との報告もあります※2

※2 出典:谷口陽介. 経カテーテル的大動脈弁留置術における治療後の予後予測に関する検討. 2021.

ただし、TAVIは比較的新しい治療法であるため、長期的な予後についてはさらなる研究が必要です。

再発の可能性

大動脈弁狭窄症(AS)の再発には、主に2つのパターンがあります。

  • 弁置換術後の構造弁の劣化
  • カテーテル治療後の再狭窄

生体弁(ブタ弁やウシ弁)を使用した場合、時間の経過とともに弁が劣化し、再び狭窄を起こす場合があります。

また、経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)などのカテーテル治療後、弁の周囲にカルシウムが付着して再狭窄を起こすことがあります。

ただし、弁置換術後に生体弁ではなく機械弁を使用した場合、弁の劣化による再発はほとんど起こりません。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療における副作用やリスク

大動脈弁狭窄症の治療法には、副作用やリスクが伴う場合があります。

薬物療法の副作用

薬物療法で使用される利尿薬や血管拡張薬には、めまい、低血圧、電解質異常などの副作用が報告されています。

薬剤名主な副作用
ループ利尿薬低カリウム血症、脱水、難聴
サイアザイド系利尿薬低ナトリウム血症、高尿酸血症、耐糖能異常

また、心不全治療に用いられるジギタリス製剤は、中毒症状を引き起こすリスクがあります。

中毒症状には以下のようなものがあります。

  • 悪心・嘔吐
  • 食欲不振
  • 錯乱
  • 視覚異常

経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVI)の合併症

TAVIは低侵襲な治療法ですが、以下のような合併症が生じる可能性があります。

合併症発生率
脳卒中1~5%
血管合併症5~10%
ペースメーカー植え込みが必要となる房室ブロック10~20%

外科的大動脈弁置換術(AVR)の合併症

AVRは開胸手術を伴うため、TAVIと比較して合併症のリスクが高くなります。

主な合併症としては、出血、感染、心房細動、腎機能障害などが挙げられます。

また、人工弁に関連する合併症として、血栓塞栓症や感染性心内膜炎のリスクがあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

大動脈弁狭窄症(AS)の治療費は、薬物療法の場合は比較的安価ですが、カテーテル治療(TAVI)や外科手術(AVR)の場合は高額になり、健康保険適用でも自己負担額は数十万円になる場合があります。

検査費用の目安

検査項目金額目安
心エコー検査1〜3万円
心電図検査1,500円程度
胸部レントゲン3,000円程度
心臓カテーテル検査20万円以上

処置・手術費用の目安

大動脈弁置換術などの外科的治療が必要となった場合、手術費用は200万円以上になる場合がほとんどです。

人工弁の種類によっても費用が大きく変わるため、担当医とよく相談することが重要です。

入院費用の目安

大動脈弁狭窄症の治療では長期の入院が必要となる場合が多く、入院費用も高額になる傾向です。

1日につき1万円程度が目安となり、個室を希望する場合は、別途個室料金が必要です。

以上

References

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ROSS JR, John; BRAUNWALD, Eugene. Aortic stenosis. Circulation, 1968, 38.1s5: V-61-V-67.

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