大動脈弁閉鎖不全症(AR) – 循環器の疾患

大動脈弁閉鎖不全症(Aortic regurgitation:AR)とは、心臓の大動脈弁に異常が起こり、血液が大動脈から心臓に逆流してしまう疾患を指します。

大動脈弁は心臓の左心室と大動脈をつなぐ役割を果たしており、通常は左心室から大動脈へ血液を送り出す際にのみ開き、血液が逆流しないよう閉じる機能があります。

ところが、この弁に問題が生じると十分に閉鎖できなくなり、大動脈に送り出されたはずの血液が心臓に逆流します。

それにより、左心室は通常よりも多くの血液を拍出する必要が出てくるため、左心室の拡大や肥大が起こり、重症化した際には心不全を引き起こすことがあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の種類(病型)

大動脈弁閉鎖不全症は、進行の程度から慢性と急性の2つに分類されます。

慢性AR

慢性ARは、大動脈弁の変性や損傷が徐々に進行し発症します。

弁尖の肥厚や硬化、石灰化などにより弁の閉鎖不全が生じると、長期間にわたって心臓に負担がかかり、左室の拡大や心不全へと進展していきます。

病因特徴
リウマチ性弁膜症弁尖の肥厚・癒合・硬化
加齢性変性弁尖の石灰化・硬化

急性AR

急性ARは、大動脈解離や感染性心内膜炎などによって、突発的に大動脈弁の閉鎖不全が生じる病態です。

  • 大動脈解離による大動脈弁閉鎖不全
  • 感染性心内膜炎による弁尖の破壊
  • 外傷性の大動脈弁損傷

急激な左室容量負荷により重篤な心不全を引き起こすため、緊急の外科的介入が必要です。

ARの重症度分類

ARの重症度は、Sellers分類によって4段階に分けられます。

これは大動脈造影検査における逆流の程度に基づいた分類で、Grade 1からGrade 4までの評価となります。

Grade逆流の程度
Ⅰ度軽度の逆流で、造影剤が大動脈弁を通過した後、左室壁に沿って少量逆流する。
Ⅱ度中等度の逆流で、造影剤が左室の中央付近まで逆流する。
Ⅲ度重度の逆流で、造影剤が左室全体に広がるが、造影剤の濃度は大動脈内よりも薄い。
Ⅳ度最も重度の逆流で、造影剤が左室全体に広がり、造影剤の濃度が短時間で大動脈内と同程度になる。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の主な症状

大動脈弁閉鎖不全症(AR)は、症状が出るまでに時間を要することが多いですが、病状が進んでくると動悸、息切れ、疲労感など特有の症状が現れてきます。

重症化すると、失神や心不全を引き起こす可能性もあります。

息切れ・疲労感

ARが進行してくると、左心室が拡大し心拍出量が低下することで、息切れや疲労感を覚えるようになります。

こうした症状は、体を動かした時により顕著になる傾向です。

胸痛

重症化すると、狭心症に似た胸の痛みがあらわれてきます。これは、左心室の酸素需要が高まることに起因しています。

動悸

左心室の拡大により、運動中や安静時に突如として動悸が生じます。

失神

  • 起立性低血圧
  • 運動時の失神
  • 安静時の失神

重症のARにおいては、心拍出量の低下により失神を引き起こす場合があります。

これは、脳への血流が一時的に減少することが要因です。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の原因

大動脈弁閉鎖不全症の原因は、大きく分けて弁自体の器質的変化によるものと、弁周囲の異常によるものの2つに分類できます。

弁自体の器質的変化による原因

弁自体の器質的変化としては、先天性の異常、リウマチ熱や感染性心内膜炎による弁の損傷、加齢に伴う変性などが挙げられます。

これらの要因により、弁の形態や構造に異常が生じ、弁の閉鎖機能が損なわれます。

弁自体の器質的変化特徴
先天性異常大動脈二尖弁など弁の形成異常
リウマチ熱や感染性心内膜炎弁の炎症や損傷
加齢に伴う変性弁の硬化や石灰化

弁周囲の異常による原因

一方、弁周囲の異常としては、大動脈解離や大動脈瘤などの大動脈疾患が代表的です。

これらの疾患では、大動脈基部の拡張や変形が生じ、弁の支持構造が損なわれ弁の閉鎖不全を引き起こします。

弁周囲の異常特徴
大動脈解離大動脈壁の解離による大動脈基部の拡張
大動脈瘤大動脈の局所的な拡張による弁の支持構造の破綻

弁自体の器質的変化と弁周囲の異常は、それぞれ単独で大動脈弁閉鎖不全症の原因となり得ますが、両者が併存するケースもあります。

例えば、先天性の弁異常に加え、加齢による弁の変性が進行したり、大動脈疾患を合併したりする場合などです。

診察(検査)と診断

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の診察では、聴診器による心雑音の確認、胸部X線検査、心エコー図検査などが行われます。

その後、重症度に応じて心臓カテーテル検査や心臓MRI検査などが追加されます。

身体所見

ARでは、聴診による特有の拡張期雑音が特徴です。

所見内容
脈圧増大
心尖拍動亢進
大動脈弁逆流音拡張期雑音

心エコー検査所見

また、大動脈弁閉鎖不全症の重症度を評価するためには、心エコー検査による逆流の程度や左室機能の評価が重要です。

心エコー検査では、以下のような所見を確認します。

所見内容
大動脈弁の形態弁尖の肥厚、石灰化など
逆流ジェット到達距離、面積
左室拡大、収縮機能低下の有無

心臓カテーテル検査

大動脈弁閉鎖不全症の確定診断には、心臓カテーテル検査による逆流の定量評価が有用です。

心臓カテーテル検査では、以下の評価を行います。

  • 大動脈造影:逆流の程度を視覚的に評価
  • 左室造影:左室容量の増大を確認

これにより、大動脈弁閉鎖不全症の重症度を判定できます。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の治療法と処方薬、治療期間

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の治療法は、軽症の場合は経過観察とACE阻害薬やARBなどの降圧薬の投与が中心です。

重症例や症状がある場合は外科的大動脈弁置換術や弁形成術が行われ、治療期間は個々の症例や手術の種類によって異なります。

薬物療法

軽度から中等度の大動脈弁閉鎖不全症の場合、薬物療法が第一選択となります。

主な処方薬は以下の通りです。

薬剤名効果
ACE阻害薬血管拡張、後負荷軽減
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)血管拡張、後負荷軽減
利尿薬体液量の調整
β遮断薬心拍数の調整、心筋保護

これらの薬剤を組み合わせて心臓の負担を軽減し、症状の改善を目指します。

治療期間は状態によって調整されますが、基本的には長期的な服用が必要です。

外科的治療

重度の大動脈弁閉鎖不全症や薬物療法で十分な効果が得られないケースでは、外科的治療が検討されます。

主な手術方法は以下の通りです。

  • 大動脈弁置換術(AVR):人工弁または生体弁を用いて大動脈弁を置換する
  • 大動脈弁形成術:自己の弁尖を修復、再建する
  • ロス手術:自己の肺動脈弁を大動脈弁の位置に移植し、肺動脈弁は人工弁で置換する

手術後の回復期間には個人差がありますが、一般的な入院期間は2~3週間程度とされています。

術後は定期的な経過観察と服薬管理が欠かせません。

予後と再発可能性および予防

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の予後は重症度や基礎疾患の有無によって異なり、軽症の場合は経過観察で良好な経過をたどります。

ただし、心不全を生じた場合の重症ARでは予後不良とされています。

予後

軽症のARは無症状で経過することが多く、経過観察と生活習慣の管理によって良好な予後が期待できます。

内科的治療をした場合の軽度~中等度のAR患者における10年生存率は、80~95%と報告があります。

ただし、定期的な検査が必要です。

一方で、中等症~重症のARでは薬物療法を行っても根本的な治療にはなりません。

また、放置すると心不全のリスクが高まるため、外科的治療(弁置換術や弁形成術)が必要です。

いったん心不全を生じた場合は回復が困難となり、予後は不良です。

治療後の再発リスク

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の再発は、主に以下の2つの状況で起こり得ます。

  • 弁置換術後の生体弁の劣化
  • 弁形成術後の弁の変形

生体弁(ブタ弁やウシ弁)を用いた弁置換術では、時間の経過とともに弁が劣化し、再びARが生じる可能性があります。

また、弁形成術後に弁が変形し、ARが再発することがあります。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の治療における副作用やリスク

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の治療における副作用やリスクは、薬物療法では低血圧や腎機能障害、外科的治療では出血、感染症、脳梗塞、不整脈などが考えられます。

薬物療法の副作用

利尿薬やACE阻害薬、β遮断薬などの薬剤は、副作用として低血圧、電解質異常、腎機能障害などが生じる可能性があります。

薬剤主な副作用
利尿薬低カリウム血症、脱水、尿酸値上昇
ACE阻害薬空咳、血管浮腫、腎機能悪化

外科的治療のリスク

大動脈弁置換術は侵襲性が高く、感染症、出血、塞栓症などの合併症リスクを伴います。

合併症発生頻度
感染症1-5%
出血2-10%
塞栓症1-3%

手術適応や術式の選択には、慎重な判断が必要とされます。

人工弁関連の合併症

人工弁置換後は、血栓弁や感染性心内膜炎などの合併症リスクが長期的に残ります。

  • 血栓弁:抗凝固療法が必須だが、出血リスクとのバランスが難しい
  • 感染性心内膜炎:人工弁への細菌の定着により発症し、致死率が高い
  • 構造的劣化:生体弁の耐久性は限られており、再手術が必要になる場合がある

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

大動脈弁閉鎖不全症(AR)の治療費は、薬物療法の場合は比較的安価ですが、外科的治療(弁置換術や弁形成術)が必要な場合は高額になります。

健康保険の適用や高額療養費制度の利用が可能です。

検査費の目安

検査名費用
心エコー検査8,800円程度
心臓カテーテル検査13万2,000円前後

処置・手術費の目安

治療法費用
大動脈弁形成術(カテーテル)約93万円
人工弁置換術約178万円

入院費の目安

入院費用は1日あたり1万円程度かかります。

手術後のリハビリ期間なども含めると1ヶ月以上の入院が必要となるケースもあり、高額な費用負担となる場合があります。

以上

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